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科学者の過去

 妻のマリアと娘のアリス。二人を失ってから億単位の時間が過ぎた。彼岸の先で私を呼ぶ二人の顔は見えない。でも着ていた服はなんとなく覚えていた。声も聞こえるのにどんな声であったかも思い出せない。もう触れられないから手のひらの暖かさも忘れてしまった。五感のすべてが二人を取りこぼしていく。思い出の場所も朽ち果てた。此岸から彼岸に至るために超えなくてはならない川には足をつくこともできない。死ねないから天国にもいけない。


 マリアは同僚だった。元々甘えん坊だった私は彼女の母親のような優しさに惹かれて、懸命なアプローチの結果結婚することができた。マリアが身籠ってから、私にも父性というものが芽生えた。生まれてきたアリスはこの世の何よりも可愛くて、思わず涙が出てきてマリアをよく困らせた。

 アリスは将来はマリアや私のような科学者になるとよく言っていた。四歳の頃に洗いたての白衣を着て科学者ごっこをして、絵の具の色水で何枚も白衣をだめにされたんだったな。その後、絵の具について調べるのが楽しくなって、三人でラピスラズリからウルトラマリンを作ったんだった。

 私は鉱物と植物についての研究が好きだった。はるか昔に降り注いだ隕石から組成不明の万能物質を採取したり、木の実の中に魂の存在の可能性を見出したり。いつか大きくなったアリスがこの世界をもっともっと楽しめるように。そう思って研究していた。


 当時、世界は混乱を極めていた。なにかといえば戦争、裏切り。暗い世の中だった。私の努めていた研究所にもその波は押し寄せてきていた。国から兵器開発の命令が下されたのだ。高い給料に目が眩んだか、仕事仲間はみんな最悪の兵器を作り始めた。特に不死兵を作る実験は凄惨なもので、犯罪者に薬を投与しては銃で撃ち殺したりしていた。冤罪を最後まで訴えていた男もいた。

 命や魂にまつわる研究であるためか、私は何度も研究の誘いを受けた。しかしそんなことのためにやってきた研究ではない。私は何年も拒絶を続けた。レポートを盗み出されたこともあったが、そうなれば私の意思は関係のない次元の話だ。いっそ勝手に盗んでもらったほうが気楽だった。

 同僚で親友のプラリネも私と同等の頭脳を持っている上で共に命令に背いていた。だからいくら白い目で見られようと平気でいられた。プラリネはいつでも私のことを優先した。親友だからと彼は言っていたが、時折申し訳なくなるほど私を大切にしてくれた。


 いよいよ私達の態度が上層部の怒りを買ったらしい。世界でも類を見ないレベルの天才を二人も持て余しているのだから仕方ないとも思えた。でもあまりにも突然の制裁だった。

 その日はアリスの16歳の誕生日。早めに帰ろうと準備していた。

「オズさん、せっかくなのでちょっと見てほしいものがあるんです。」

にごりきった目をした後輩に声をかけられた。またとんでもなくくだらない処刑現場でも見せられるのだろう。こんな日にそんなもの見せてほしくなかった。

「見たくないなら良いんですよ?」

「あぁもう、わかったよ。見れば良いんでしょ?」

見ないといえば見るまでネチネチ語りながらついてくるくせに。




「は?」

「オズさんのレポートを参考に得られたデータからかなり不死兵の研究が進んだんですよ!とても頑丈な身体に何度も魂を呼び戻せばいい。心臓は電極を埋め込んで無理やり動かせばいい。血液は輸血パックでも背負わせれば良いんじゃないですかね?今回は出血とかあんまり気にしなくて良さそうなんで何も用意していませんが。」

耐熱性のガラスの向こうでは赤い炎が轟々と燃えている。黒く煤け、全身がただれた少女がガラスを叩いて呻いていた。

「今は大体900℃くらいですね。火葬と同じくらい。普通の少女にもこんなに耐久性が付けられるようになったんです。すごいですね。このあとは段階的に温度を上げていって、いつ絶命するか、いつ灰になるかまで観測します。あ、この子は二体目で、この前にもう一体でデータも取ってあるんですよ。大体二人の体格、身体の組成も近しいので平均を取りやすそうだと思ったんですよね。まぁ同じものを食べてるんですし似てきますよね。」

目は既に見えていないだろうその子は、明らかに「パパ」と叫んでいる。声は聞こえない。

「アリス!!」

まあまあ落ち着いてと言葉で抑えられるが、落ち着けるわけがなかった。暴れだしそうな私を周囲にいた数人が抑え込んだ。

「そうそう、これが一体目ですよ。」

小さなワイン瓶に詰められた白い灰。

「マリア!!」

「おや、なんでわかったんですか?」

とぼけた様子の後輩は栓のされていない瓶を逆さにした。サラサラと、マリアが床に流れていく。無風の室内ではそのまま灰の山が生み出された。それを後輩はなんの気無しに蹴り飛ばし、業火に目を向けた。

「あーあ、貴方に気を取られてるうちに娘さん死んでますよ。データ取れたかな?」

何かをチェックしに向かった。

「だめですね。貴方が暴れようとしたせいで無駄死にじゃないですか。費用もかかるのに。」

「お前らの目的はなんだ……?」

「貴方をこちら側に引き込むことですよ。早くその頭脳で利益を上げてください。うちにも可愛い娘がいるんですよ。」

「それが他人の妻子を殺して言うことか……?」

「貴方が命令に背き続けたからでしょう。悪いのは貴方です。」




 妻と娘のいない世界なんてなんの価値も無かった。だから全人類を滅ぼすための兵器を作ってやろうと思った。全てなくなれば勝ちも負けもない。誰も得も損もしない。

 人間を確実に殺すために蔓のように取り付いて離れない花の形状にしようと思った。既存の魂のある花では確実に殺すに至れる見込みはない。だから新しい花を開発した。魂を持たない宝石の花、その名もアリスベリリア。花弁はアクアマリン、蔓や葉はエメラルド。これが生える病をサンタマリア病と名付けた。


 しかし、開発のためには寿命が足りない。悩んでいたある日、天啓のように不老不死への至り方を思いついた。一年間祈りを込めた鉱石を飲み込めばいい。これが天啓ではないと知ったのは人類の滅亡に失敗した後だったが。

 正直一人で不老不死になるのはとても怖かった。だからプラリネもダメ元で誘った。だがプラリネは二つ返事で用意していた鉱石を飲み込んだ。

「オズが望むなら、俺は一緒に世界を滅ぼすし、誰もいない世界を一緒に散歩してやる。一度失敗したくらいで諦めるな。」

ある時そう言われてから、なんとなく世界を滅ぼすモチベーションが下がっていった。


 四百年くらい経った頃、天啓の正体がわかった。この星そのものだ。夢に出てきて最上級の不老不死になる方法を伝えてきたのだ。どうやら星自体、最後に一人で死ぬことに怯えて一緒に死んでくれる者を探していたらしい。このことについてはプラリネには長い間言えずにいた。でも内緒にしたまま一緒に後戻りのできない特級不老不死になった。


 やがてプラリネは私以外の依存先を見つけたようで、独自の研究に没頭するようになった。だから私も子供を保護して育てる活動を始めた。世界が滅んでもなおお互いの活動は続いた。子供たちを見ていると世界を滅ぼすなんて馬鹿らしくなってきた。マリアもアリスも絶対それを望んでくれる。

 子供たちへの愛が深まるとともに、二人の記憶が薄れていった。完全に忘れることは永劫無いにしても、それは確実なことだった。


 時間に全て解決されてしまった。





 プラリネさんはずっと僕たちにオズさんについての出来事を話してくれた。どれほどオズさんが子供を愛しているのかをかなり力説された。

 ここは寝室。プラリネさんがオズさんを運んだのだ。

「お、起きた起きた。オズ、もう大丈夫だぞ。」

「プラリネ?あぁ、ごめん。今日帰ってくるんだったね。」

オズさんは上体を起こしてから申し訳無さそうに笑った。

「そこの無礼な妖精くんにお前のこと色々話したけど良かったか?」

「あー、だから昔の夢を見てたんだね。」

「それは悪かったな。」

「いいんだよ。」

 タフィーはぷるぷる震えていた。

「さっきはなんにも知らないのにあんなこと言ってごめんなさい。」

あの態度が嘘みたいにしおらしく謝った。

「いいよ。私だって反省するべきだ。ちゃんとなんの研究をしているか詳しく調べるべきだった。」

「あの、悪い奴らはオレが退治してきたから!アンタはもう敵討ちなんて考えなくてもいいぞ!」

「そうか。私の子供たちのために頑張ってくれたんだね。ありがとう。」

タフィーがオズさんに抱きついて泣き始めると、思わず二度見するくらいプラリネさんの表情が険しくなっていた。僕の視線に気づいたのかスッと真顔に戻った。


 また三人で会議をする。まさか行く宛が消し飛ぶとは。

「俺たち大人は蚊帳の外過ぎて何が起きたのかあんまりわかんねぇや。な、ロゼッタ。」

「タフィーくんは見えるけど、オズさんとプラリネさんが見えないからねぇ。」

 それに気づいたタフィーが近寄ってきた。

「なになに、何の話?」

「次の行き先とオズさんたちが見えなくて困るっていう問題についてだよ。」

僕が説明するとタフィーは首をかしげる。

「人間は大人になるとああいう人達が見えなくなるんだよ。だから神様だなんて呼んだりするんだ。」

「へぇ。じゃあ見えればいいのか?」

タフィーは突然手のひらの上に飴玉を2つ出した。

「ほら、これ食べてみて。妖精とおんなじ視界になれる飴玉。一日は持つよ。」

「え!おもしろそう!」

ロゼッタは飴玉を受け取ると喜んで口に入れた。

「うわ!なんか今までより色が鮮やか!全部キラキラして見える!」

「ほぉー。」

それを聞いてズコットも口にした。

「なんか子供みたいな視界だな。」

そういいつつ少し楽しそうだ。


「お前ら、子供らのおやつの時間だから配膳手伝ってくれ。頑張ったやつにはおまけのチョコレートをやるぞ。」

プラリネさんがやってきてそう言い放った。ズコットとロゼッタはまじまじと見つめる。

「プラリネさんってそんな顔だったんだ。髪の毛がキラキラで綺麗!」

目を輝かせるロゼッタ。プラリネさんは少し驚いたが、タフィーの仕業だとすぐに見抜いたらしい。

「とにかく早く手伝え。あとで俺が次の行き先を教えてやるよ。」

「はーい!」

一番元気よく返事したのはタフィーだった。

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