ずっと片想いしていた幼馴染と実は両思いだったけど……
「すみません、前日予約はさっきの方がラストだったんです」
俺の目の前には『間に合わなかった』っと、がっくり肩を落とす男性が。
「でも、多くはないんですけど、キャンセル分や当日販売もありますから」
「そうなんだね!? ありがとう。それに賭けてみるよ」
トナカイの着ぐるみに身を包み、俺は路上でクリスマスケーキの前日予約を受け付けていた。
「冬馬君、お疲れ様。今日はもう上がっていいよ。明日はイヴだけど、本当にいいのかい?」
「店長、お疲れ様です。自分、シングルベルなんで、気にしないで下さいよ。それに、短期のバイトって、ありがたいですし」
「それならいいんだけど。明日もよろしく頼むね!」
「ハイ!!」
受験を控えた高校3年の俺にとって、短期のバイトはすげぇ助かる。
事実、クリスマスだからって、俺には何の予定も無い訳で。
受験生だから? 違う違う。
息抜きは大事だよね。
クラスメイトも、なんとなく浮かれた感じで。まぁそれは、お相手がいればの話なんだけどさ。
俺にも好きな子はいんるだ。でも、ずっと片想い中。
「ハイ、今日の分」
「ありがとうございます!」
そう、このバイトは短期で更に日払いという最高の条件だったりする。
「でも、受験生が珍しいね? 冬馬君、進学校だし」
「あぁ……ちょっと欲しいモノがあってですね」
あれは2週間ぐらい前。急に寒さが厳しくなった、そんな朝だった。
・・・・・・・・・・
「冬馬君、おはよ」
「しおりさん、おはようございます」
俺が家のゴミを捨てに、玄関から出て少しすると、向かいの家から同じようにゴミを持った女性が出てきた。
「今日は一段と冷え込んだわね」
『寒いですよね。あっ、俺、持ちますよ』っと、しおりさんへと歩み寄る。
「冬馬君は相変わらず優しいのね。ありがと」
「そ、そんなこと」
「うちの遥香も少しは見習って欲しいわ」
そうボヤいたしおりさんから、俺は無言でゴミを受け取り、ゴミステーションへと向かう。なぜかしおりさんは家へ戻る訳でもなく、俺の横へと並んで歩いてくる。
「冬馬君、背伸びたね。ほんっと、男前になちゃって」
「そんなこと言ってくれるのは、しおりさんだけですよ」
昔からしおりさんは、何かと俺のことを良く褒めてくれる。
3歳の時だったかな。引っ越してきたの。それからしばらくは、ご近所さんとして家族ぐるみの付き合いをしていた。
しおりさんの娘の遥香とは、その時からずっと一緒。同い年だった俺たちは、幼稚園も、小学校も、そして中学校もずっと一緒。
俺と遥香は、高校まで一緒だったりする。
なんとなく距離ができたのは、中学生になってから。家族ぐるみの付き合いもなくなっていった。
俺がずっと片想いしている相手。よくありがちな幼馴染。今は話すこともほとんどない、そんな幼馴染。
「…………君?」
「す、すみません」
「あら、私に見惚れちゃってたかしら?」
小悪魔のように笑うしおりさんは、なんだか昔から変わらない気がする。きっとそんなことはないんだけど、綺麗だってことは変わっていない。
幼い頃、『おばちゃん』って呼んだ俺は、猛烈に怒られ、『しおりさん』って呼ばされるようになった。
だから今でも、『しおりさん』って呼んでいる。
「遥香ね、今年はマフラーが欲しいって言ってたわよ」
「そうなんですか?」
「あの子ね、まだサンタさんがいるって信じてるの」
「えぇ!?」
『冬馬君、秘密よ秘密』っと、唇に人差し指を当てながら、またどこか悪そうな、そんな笑みを浮かべていた。
そして俺は、サンタになるべくバイトを探したのだった。
・・・・・・・・・・
「今日、シングルベル会やりまぁす!!」
「おぉ〜!!」
「いいねぇ!!」
「せっかくのイヴだし、明日は終業式! みんなで遊びに行こうよ!?」
いつも賑やかな時間の昼休み。今日は異様な空気に包まれていた。
「じゃあ、行く人ーー!?」
「「「はーい!!」」」
けっこう多いな…って、全員? みんな手を挙げてるんじゃないか?
俺はクラスメイトを見渡しながら、1番気になる相手に目をやった。
「あっ……」
遥香も手を挙げてない。
予定、あるのかな。
不安な気持ちでついつい遥香を見ていた俺は、彼女と目が合った瞬間、キッと睨まれる。
そもそも俺、なぜか遥香に嫌われているんだ。
今ではほとんど口もきいてもらえないほど。
「遥香は来ないの? そっかぁ、デートね? いいなぁ」
クラスの女子生徒一人がそう大きな声で口にすると、周りにいた男性陣からは、溜息だったり、怨み言が吐き出されていた。
当の遥香は、その女子生徒と何か話しているようだったけど、当然聞こえるわけもなく。
やっぱり……彼氏いたのか。
そりゃそうだよな。俺なんかと違って、遥香は昔からモテたから。
「あれ? 冬馬君も来ないの? もしかして、遥香と?」
「おい!! 冬馬、そうなのかよ!?」
「お前ら確か、幼馴染だもんな!!」
よ、余計なことを。
小、中と同じ学校に通っていた男子生徒が、まるで自分だけ知っている秘密を、みんなに暴露するかのようにドヤ顔で俺を見ていた。
「違うから」
クラス中の注目が俺に集まる中、再び遥香の方に目を向ける。
俺の目に映ったもの、それは……
今まで見たことないような険しい顔で、顔を真っ赤にさせながら俺を睨みつけている幼馴染の姿だった。
俺と誤解されたこと、たぶん、めちゃくちゃ怒ってるんだな。
「バイトなんだよ」
俺はただ事実を伝えたのだが……
「冬馬君、バイトしてなかったじゃん?」
「嘘だぁ」
「彼女いるんでしょ?」
な、なんでだ?
『えーー』っという声とともに、クラスの女子があっちこっちでコソコソと話をしている。
数人の女子生徒が遥香の元へと集まり、また何やら話しているようだった。
彼氏のことでも、聞いてんのかな。
俺の視線に気がついた遥香は、目を細め、明らかに何かを疑っているようで。
なぜか凄く悲しそうな表情を浮かべた後、わかりやすく顔を逸らされた。
なんなんだよ……
「シングルベール♪ シングルベール♪」
もやもやとした気持ちを抱えた俺とは程遠いほど、クラスでは明るい替え歌が鳴り響いていた。
・・・・・・・・・・
「クリスマースケーキ、本日は完売です!!」
疲れたぁ……。クリスマス時期のケーキ屋さん、ハンパない。マジで半端ない。
「冬馬君、お疲れ! 今日は例年より早く完売したよ」
「それは良かったです」
サンタの衣装を着た俺は、慣れないつけ髭を触ってみせる。
「ハイ、今日の分。欲しいものは買えそうかい?」
「実は昨日、もう買ったんですよ」
「え? じゃあ……」
「大丈夫です! 明日まできっちり働きますから!!」
「すみません、売り切れ……ですか?」
あっ、昨日の
「申し訳ありません。今日の分は完売したんです」
「そうなんですかぁ」
店長の言葉に、今にも崩れ落ちそうな男性客。
「あっ、奥にひとつ残ってますよ、ちょっと待ってて下さいね」
「ほ、ほんとかい?」
俺は家族用に買っておいたクリスマスケーキを、男性客に手渡した。
「冬馬君、それは……」
「店長、いいんですよ」
「こ、これは君のじゃないのかい? 受け取れないよ」
「お客さん、いいんですって」
『でも』っと続けようとした男性客の話を俺は遮って
「僕も幼い頃、父親が買いそびれたことがあってですね。それで母さんが、母が凄く不機嫌になっちゃって。しまいには喧嘩しちゃって。だから、そのケーキをお譲りしますよ」
「そうは言っても」
「僕はひとりっ子で、うちには小さい子もいませんから、気にせずに。メリークリスマス!」
『じゃあ、遠慮なく買わせておらうよ』っと、財布からお札を 1枚手渡してくる。
「お釣りは受け取れない。もう、お金で買えないモノを譲って頂いたのだから。君の好きなモノを買って欲しい。メリークリスマス」
呆気に取られた店長と俺を尻目に、男性客は店から消えるようにいなくなっていた。
「なんだか、心を打たれたよ。君の行動に」
「クリスマスケーキって、特別ですから」
「私は今まで、お客さんの笑顔だけを考えてこの仕事をしてきたけど、そういったこともあるんだな」
「さっきの話には続きがあってですね」
・・・・・・・・・・
『ピンポ〜ン』
「あら冬馬君、どうしたのこんな時間に?」
「しおりさん、はるちゃん……ぐひっ、えぐっ」
「とう君、どうしたの?」
「パパとママが喧嘩して。ケーキ無いって」
「あ〜そういうことね。遥香、冬馬君をお家に入れてあげて。ママはちょっと冬馬君のお家に行ってくるから」
「はぁ〜い! とう君、行こう」
遥香に手を引かれながら、泣きべそをかいていた俺はリビングへと連れて行かれた。
その年から、クリスマスはいつも遥香と一緒。
家族ぐるみの付き合いが始まったきっかけは、クリスマスケーキだった。
・・・・・・・・・・
「あっ、店長すみません、ちょっと電話が」
しおりさんからだ。どうしたんだろう。
「もしもし?」
「冬馬君、遥香と一緒じゃない?」
電話越しのしおりさんは、なんだか慌てているようで
「違いますけど、どうして?」
「まだ帰ってきてないのよ」
「デートじゃないですか?」
「誰と? 冬馬君と?」
「ちちち、違いますよ! 俺バイトですし、遥香、予定あるって学校で」
「そんなはずないわ。今日、一緒にケーキを作るから早く帰ってくるって……ちょっとごめん、電話切るわね」
「え? もしもし? もしもし?」
まさか? 行方不明? 誘拐!?
「店長、すみません、今日はもう終わりですよね!? 俺ちょっと行きますんで!!」
「あっ、あぁって、そのまま行くのかい!?」
俺は店長の言葉もよく聞かないまま、店を勢いよく飛び出していた。
あの電話だけで、状況もわからないまま。とりあえず俺は、家へと猛ダッシュする。
・・・・・・・・・・
「ハァハァッ……」
バイト上がりの、しかも受験で鈍った体には、ちょっとキツイな。
でも、もうこんなところまで来てたのか。
無我夢中で走っていた俺は、家の近所の公園まで帰りついていた。
近道をする為、公園を通り抜けようとした時、ブランコのベンチにポツンと座っている女子生徒を発見する。
すぐに遥香だと気付いたものの、ずっとまともに会話もしていないこともあって、なんて声を掛けたらいいのかわからずに。
俺はしおりさんへ連絡をしようと、携帯を取り出した。
「シングルベル会の……」
携帯の通知に、クラスのグループSMSが何通も投稿されていた。
そうだ
「シングルベール♪ シングルベール♪」
「とう……ま?」
「サンタさんだ」
「ぶっ……。もぉ、なによ」
「遥香こそ何やってんだよ? こんな時間まで。みんな心配してるぜ」
「デートは?」
「はっ?」
「デートだったんでしょ?」
「こんな格好でか? バイトだって、教室でも言っただろ」
「でも……」
「遥香こそ、デートだったんじゃないのかよ?」
「誰と?」
「いや、その……彼氏と」
「いないよ、彼氏なんて」
少しだけ笑顔を取り戻したような彼女は、再び下を向く。
遥香とこんな風に話したの、いつぶりだろうな……。
「……だったの?」
「え?」
「ホントにバイトだったの?」
「じゃなきゃ、ただの不審者だろ。いや、サンタさんか」
『なぁんだ』っと彼女はスッとブランコから立ち上がる。
「俺とじゃ嫌かもしれないけど、帰ろうぜ」
「いや、じゃないよ。いやなんかじゃない!!」
そう強く否定した彼女の頬には、なぜか涙が伝っていて。
「ど、どうしたんだよ、遥香」
「わかんない」
わ、わかんないって……。
「俺も一緒にしおりさんへ謝ってやるからさ」
無言で立ちすくむ遥香は、すすり泣いているようで。
俺も訳がわからなくなったのか……『ほら』っと無意識に手を差し出していた。
「ふぇ、冬馬?」
少しだけ戸惑ったようだった遥香は、すぐに俺の差し出した手に手を合わせてくる。
ひんやりとした感触が、どれほど長い時間、外にいたのかを表現していた。
「一緒に帰ろう」
「うん」
本当にいつぶりだろう。
「冬馬、ごめんね」
「俺はいいから、しおりさんへ謝れよ」
「今日のことじゃなくて」
「ん? あぁ、俺、嫌われたんだって…………は、遥香?」
繋いでいた手をパッと離したかと思うと、遥香は後ろから俺へ抱きついてきた。
「違う! 違うの。ずっと好きだったの、大好きだったの。冬馬のこと、ずっと……」
突然のことで、身動きできなくなっていた俺は、遥香に返す言葉も失っていて。
そんな俺の背中へ、遥香はぎゅっと顔を埋め込んでくるようにして。
「もう、遅いよね」
そう、震えながら呟いた。
腹部に回された遥香の小さな手に、俺はそっと手を添える。
「イヴなのにさ、俺たちの街には、一度も雪なんて降ることはなかったな」
「え? うん、そうだね」
「月が……本当に月が……綺麗だ」
少しの沈黙が聖なる夜を迎え入れたように。
「ずっと、ずっと前から、月は綺麗だったよ」
ずっと片想いしていた幼馴染と、実は両思いだった。
『冬馬の手、昔から温かいね』っと、俺の幼馴染は、泣いているのか、笑っているのか、わからないような顔をしながら、再び手を繋いでくれた。
・・・・・・・・・・
「あなた、帰ってきたよ!!」
「遥香!!」
あの後すぐに、俺はしおりさんへ連絡を入れた。
遥香はというと、ただ単にスマホの充電が切れていただけだった。
「ただいま」
しおりさんは手を繋いで帰った俺たちを見て『おめでとう』っと、優しく祝福してくれる。
遥香の親父さんは色んな意味で、なんだか涙目になっていた。
遥香は俺と繋いでいた手を離し、『ちょっと待ってて』っと、家へ入っていってしまう。
どこか傷心した親父さんも一緒に家へ帰っていった。
「冬馬君、本当にサンタさんになったんだ」
「こ、この格好は」
『まぁ、例の件は任せておいて』っとウインクしてくるしおりさん。
「ごめん、お待たせ。もぉ、ママはお家に帰ってよ」
「はいはい、お邪魔虫は消えますよぉだ」
そう言うと、俺へとサムズアップしたしおりさんも家へと戻って行く。
「冬馬、メリークリスマス!!」
「え?」
「うふふ、驚いた? 本当はね、今日、久しぶりに冬馬の家とうちで、合同クリスマス会やる予定だったの」
「そうだったの!?」
「あれ? 聞いてない?」
母さんめ……。だから今朝、ニヤニヤしていたのか。
「初耳だよ。明日が本番だから、それはそれでいいんじゃない?」
「ありがとう」
「俺の方こそ、プレゼントすげぇ嬉しいよ」
「開けてみて」
プレゼントは割と小さ目な箱に入っていた。
俺は包装を丁寧にほどいていく。
「俺が欲しかった時計じゃん!? な、なんで」
『ふふふ、サンタさんはね、いるのだよ』っと、俺の付け髭を引っ張ってくる。
「冬馬、おやすみ」
呆気にとられていた俺をおいて、遥香はサッと家へ戻っていった。
俺はプレゼントの時計を早速腕につけ、『確かに、サンタさんはいるんだよ』っと一人呟やいた。
・・・・・・・・・・
AM7:45
俺は昨日、遥香が腰を掛けていたブランコへ、一人座っていた。ブランコの不安定感が、なんとなく落ち着かない気持ちを表しているようで。
すぐに俺と同じ学校の制服を着た女子生徒が、首にマフラーを巻いて、俺の方へと近づいてくる。
「冬馬……」
「遥香、メリークリスマス」
「私のところにもね、サンタさんが来てくれたの」
「俺みたいに、良い子にしてたからか?」
少しほっぺを膨らませて『もぉ』っと口にした遥香の顔は、紅潮しているようで。
「遥香のことが、ずっと好きだった。俺と付き合って欲しい。彼女になってくれないか?」
昨日、ちゃんと伝えられなかった言葉を、遥香と向かい合って口にする。
下を向き、手を組み合わせながら、少しモジモジしたかと思うと、マフラーのさっきを摘むようにしている遥香。
顔を上げたかと思うと、明後日の方を向きながら『イヤだ』っと返してくる。
「え……」
「イヤ」
なんで?
思考が停止している俺に、遥香は勢いよく抱きついてくる。
それから俺の顔を覗き込むように
「お嫁さんにしてくれるなら、付き合ってあげる」
ずっと片想いしていた幼馴染とは両思いだったけど、結婚前提で彼女となってくれるそうです。
その夜の合同クリスマスパーティにて
「お、親父さん」
「冬馬、遥香を、遥香を幸せにしてくれよ」
完全に酔ってるよ、遥香の親父さん……
『二人でちょっと夜風に当たってきなさいな』っと、しおりさんに言われて、俺と遥香の親父さんは庭に出た。
「でも、冬馬ならいいんだ。いいんだよ」
「あっ、ありがとうございます」
「しおりのやつな、体があまり強くないから」
事実、しおりさんは病気がちだった。
「でも、ずっと男の子が欲しいって言ってて」
「そうなんだったんですね」
「ここに引っ越してから、言わなくなったんだよ。たぶん、冬馬を自分の息子みたく思ってるんじゃないか?」
「えっ?」
「俺はお前に、娘もしおりまで取られるのかよぉ!」
いやいや、親父さん……
「俺は親父さんも、しおりさんも、本当の両親みたく思ってますから」
「冬馬ぁぁぁ」
・・・・・・・・・・
最後までお付き合いありがとうございます。
季節はずれのストーリーでしたが、少しでも楽しんで頂けると嬉しいです。
遥香視点、ご希望がありましたら、是非コメントを!
いらないって(笑)
初めて書き下ろした短編小説でした。