転生
晩御飯を食べ終わり、シベリアンハスキーのジローの散歩に出かけた。
こうやって毎晩散歩に出かけるのは日課だった。それに夏でも夜はそれなりに涼しい。
湿度が高かったらどうしても不快ではあるが、今日はそんなにジメジメしておらず結構気持ちがよかった。心なしかジローも快適そうだ。
いつもの散歩ルートを歩きいつもの交差点を渡ろうとした時、何を思ったのかジローが突然道路に飛び出してしまった。
とっさにリードを掴もうと駆け寄るが届かず、気づいたらすぐそばにトラックが迫っていた。
ジローが走り去るのを見ながら、自分の体が跳ね飛ばされている事に気づく。
視界がグルグルと回りながら、俺は意識を手放した……
「―――・・――・・・・」
目の前には空が広がっていた。
自分は死んだのだろうか、死んでないのなら病院かどっかの天井が見えるはずだ。まさか、路上に放置はないだろう。
それにしても、まっさらな青、青、青――。
ここが天国というとこなのだろうか、身体の感覚が全くない。
ふつくしい女神様が今にファーっと光臨でもするんだろうか。
「!?」
突然視界に銀色の物が見えた、キラキラと銀色になびく様子はとても綺麗で、まるで光に反射して輝く上質な絹のようだった。
と、思ったら銀色に輝く髪をした……。
――女神ッ!
「あら、よく分かりましたね。私はこの世界エリュシオンの女神、名をエルミスと言います。突然ですが春人さん、あなたは地球の日本時間午後9時23分42秒に死亡しました」
女神様は綺麗に透き通った声でそう告げる。
正直死んだんだろうとは思っていた。
自分が今どういう状態なのかわからないが、死んだ事に動揺しないぐらいには異常な事になってるだろう。
それにしてもなんで女神が俺に話を?今から天国に連れって行ってくれるのだろうか……。
ま、まさか! 地獄行きの宣告!? い、いくら登校時に駅のホームの階段で部活の可愛いマネージャーの事を凝視していたからって地獄はない、よな?
今日は黒色か! とかは考えてたけどさ……。
「え~っと、うん。え?」
まったく状況が読み込めない、だってまさか本当にふつくしぃ女神様がファーって光臨するなんて思えないし。でもファーって来たんだよな……。
よし、とりあえず冷静に分かることを確認しよう。
――この女神、可愛いな。
目鼻のくっきりした顔立ちに、瑠璃色に輝く大きな瞳は宝石の様。無駄な色彩が全て洗い落とされたかの様に真っ白な肌に、これまた純白なトーガを身にまとっていおり、銀色の髪が腰まで流れている様子は神秘的だった。
ダメだ、それしかわからん。
「春人さんあなたそんな事してたんですか……。えっと、そういう事ではなくてですね。あなたにこの世界へ、エリュシオンへ転生してもらいに来たんですよ。たしか一度、あなたの深層心理の中で了承を得たはずですが……」
「転生って…やっぱ俺、まじで俺……、死んだんだ。あ、そっかトラックに跳ねられて……。っていうかそんな話ししたっけ?」
そんな事あったっけ?思い出せない。
「はい、あなたは私に死にたくないと答え、死ぬぐらいなら非日常の世界を受け入れると言ったじゃありませんか」
「……あぁっ! 思い出した! そう言えばなんか変な夢を見た記憶がある、ていうかそれってYESって言っちゃったから俺は死んだんですか?」
「いいえ、あなたは遅かれ早かれ一週間の間に死ぬ定めでした。ただ、訳あって今回は転生することになります」
「それって、このエリュシオンとかいう世界にですか?」
「そうです。このエリュシオンの世界に転生して、この世界に特異点を作ってほしいのです」
エリュシオンとかいう世界に特異点を作る?
「ご説明しましょう。特異点とは緩慢となった世界の大きな流れに再び波を与えること、大きな波を持つ可能性に満ちた未来に必要な物です。このエリュシオンでは、ここ数千年で文明の発達こそしましたが、世界の大きな流れに波がありません。このままだとこの先ずっと、この世界の発展は停滞したままになり、終焉へと向かっていくことになります。それを阻止するために春人さん、あなた異世界人によって、この世界に特異点を作って頂きたいのです」
「な、なるほど。因みに特異点を作れって具体的にどういう風に?」
「そうですね。例えば……そう、あなたの世界の最近の特異点は“人工知能”ですね。とはいっても、特異点は発明品とかでなくてもいいんです。もっと簡単に言うと、えっと、世界統一とか?」
「いやいや! 世界統一なんてできないですって!! それよりあの、転生される前になにか特殊な能力とかってもらえないんですか?」
ここは重要なとこだ、なにせ転生物+チート物はなかなか美味しい話がたくさんだしな。
それに特異点とやらを作るのには何か大きな事をやらかさなきゃいけないみたいだし。さすがに一般人では無理だろう。
「そうですね、あなたは赤ちゃんから転生してもらいますが、女神の祝福を授けましょう。きっとポテンシャルの高い身体になりますよ」
「え……? ポテンシャルとかじゃなくてその……」
「では行ってらっしゃい」
もう説明は済んだと言わんばかりに、キラキラと眩しい爽やかな笑顔で強制的に会話を中断されてしまった。
「え~! ちょまっ 待ってって うわぁぁ~~」
ポテンシャルが高いだけって! なにそれ! 地味!!
もっとこう、最強の力とか、不死身とか、あるじゃん!!!
俺はそんなことを思いながら謎の空間を落ちていった。
***
知らない天井だ……
一度は言ってみたい、お決まりのセリフである。
しかし俺の声帯から声が発されることはなかった。
でも実際に見えてるのは天井などではなく、絹のような美しい白髪の、若い女性の顔だった。
それが、なかなかの美人で目が離せなかった……ていうか首が動かない。
なにか俺に喋りかけているようだが、さっぱりわからない。
すると、隣から銀髪の若い男が覗いてきた。これが中々のイケメンだった。
もしかして……、この二人が今世のママンとパパンってことですか?
「―――・・――・・・・――」
全く声が出ない。呻くのが精々だ。
どうやらあの女神に言われた通りに赤ん坊から転生してしまったみたいだ。
にしても、手も足も首も動かないし、辛いったらありゃしない。
こんな生活がしばらく続くのかと思うと生き地獄だ。
ただ、良い事は女子大生ぐらいのこんな美女の母乳を吸い……。
ま、まぁ辛いことに変わりはないさ。
うん。
***
「だー、うあー、うー」
「あらあら、アレンちゃんは元気がいいのね~」
転生して五ヵ月、やっとハイハイができるようになった。
俺は両親からアレンと呼ばれている。
いまだにちゃんと喋れないが、両親の言っていることぐらいはなんとなく分かるようになった。
なかなか物覚えの良い体のようだ。
まぁ赤ちゃんだからってのが理由だろうけども。
そして、俺の母親は若かった。
転生直後から若そうだとは思ったが、話に聞くと21歳らしい。
白く長いストレートな髪で、大きくパッチリとした青い眼、いつも微笑を浮かべているように見える優しそうな癒し系の顔立ち。
肌も真っ白で、透き通ったアイスブルーの瞳は母ながら人形のようだと思った。
なんか自分がその人の息子ってのが信じられないほどに美形、名前はクリスだ。
ただ悲しいかな、そんな母の母乳を飲んでいても赤ちゃんな俺はなんもムラムラと来ない、もちろん俺の小っちゃなベイビーも反応を示すわけがない。
ただただ、オシッコを予兆なくぶっ放すだけだ。まぁ下の方は自分で制御する事ができないことが分かったので素直に身を任せている。だってしょうがないじゃないか、赤ちゃんだもの。
あと、会話を断片的に聞けてるだけなので、この世界のことはよく分かっていない。
父親の方はいつも決まった時間に帰ってくる。
筋骨隆々でハリウッドにいそうな北欧系ハンサム。ショートの銀髪がよく似合っている。歳は26歳だという。健康的な小麦色の肌で好戦的な赤い瞳をしている。
普段の顔は無精髭と相まって剣呑とまではいかないが愛想があまり無い。しかし、俺や母さんに笑いかけた時の顔がとっても優しそうだった。きっとこの笑顔で数々の女性を落としたに違いない。名前はディノスだ。
とりあえず、今は特異点つったって何にもできない。
だって赤ちゃんだし。