日常
日課
今日は、学業、部活動と戦ってきた者たちの休息の日、日曜日。
春人の高校のサッカー部はインターハイを目指しているわけでもないので毎週日曜日は休み。
「休みがなかったら部活やんないし。だって俺、ガチ勢じゃないし、ベンチ温める係りだし……」
春人はそう零しながらVRゲームを起動した。
春人がずっとやっているVRゲームは世界的に大人気のBullet&Tactics Online。通称BTOだ。
このタイトルはなんといってもシンプルな白兵戦がアツく、刻一刻と変わる戦況の読み合い、足音に耳を澄ませ敵の位置を探る、仲間との連携、地形を利用した戦術、等数えだしたらキリがないほどの奥深さがあるのだ。
そして戦って戦果をあげることで、身体能力のステータスを上げたり、スキルを上げたりするためのポイントが貰える、なのでやりこめばやりこむほど、プレイヤーはどんどん強くなっていく。
扱う銃は現実に存在するもので、アサルトライフル、ライトマシンガン、サブマシンガン、ショットガン、ハンドガン、等の種類があり、その他にロケットランチャー、シールド、といったもの迄ある。
かなりの種類の銃があり、その手のマニアには大人気なのだ。
また、このゲームではクランというチームを組める機能があり、仲の良い友達どうしで分隊を組んだりして遊べる。
春人の所属しているクランはワールドランキング10位圏内に常に入っている廃人集団で、かなりのガチ勢だ。
今日も春人はクラン戦に勤しむ。
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コンクリートの建物ばかりが目に映る放棄された町、そこは硝煙のにおいが立ち込め、銃撃戦の音が響いていた。
そんな街の細い路地で一瞬眩い閃光が走った後、B地点を確保しようと動いていた一人の班員が喚く。
「くっそ! フラッシュグレネードだ! 前方から攻撃を受けた。視覚阻害、スタン、共に食らってはいない。ただ、敵に居場所がバレていると思われる」
「一旦下がるぞ、このままB地点取りに行ってもやられるだけだ。それに後ろの開けた場所なら4人でも連携して殲滅できる」
班員が突然閃光榴弾を食らっても、ブラボー班の斑長兼クラン隊長は、冷静に指示を出す。
すると、すぐに無線で他の斑からの舌打ちが隊長の耳に入った。
「ッチ、だめっすね。A地点は機銃手2名、高台に狙撃手2名が待ち伏せてやがるっす。計4人の戦術単位一班が足止め要員で、A地点を取りにいくことも取らせる気もないみたいっす」
アルファ斑の班員からの無線だった。
苛立ちの混じった声から、そこまで良い状況ではないらしい。
「アルファ斑とチャーリー斑で突撃するのは得策ではないだろうな。いくら相手の戦力の二倍で突撃しても待ち伏せさせられてちゃ分が悪い、想像できる損害を考えると得策ではないだろう。むしろこっちの痛手が大きいな。しばらく様子を見るか。ブラボー斑が後で合流できるかもしれん」
「了解っす隊長。あの、思ったんすけど、敵がA地点を足止め要員だけ置いて取りにいかないって事は、敵の本隊はC地点に向かってるんじゃ……」
ドミネーションと呼ばれるこのゲームモードは、各地点の占拠時間に応じてポイントの獲得のできるルールだ。後半戦術的に重要になってくる地点がマップ毎にある。今回の廃市街地マップではA地点とC地点だ。
もちろん陣地は多い方が良いが、まず優先すべきはこの二つの地点。
相手にこの二つを取られると間のB地点をとっても挟み撃ちにされてしまう。
しかし、同時にAとC地点を取るにはその二つの地点は距離がある、なので普通は片方を確実に取りに行くのだ。
もちろん取りにいかない方にも足止め要員を置くことがある。
今現在の状況がそれだ。
「ああ、おそらくそうだろう。それでは、チャーリー斑をC地点に向かわせ……なくてもいいか。はぁ……、まったく、つまらなくなるな」
よりにもよってC地点に敵の本隊が向かっていると分かると隊員達は苦笑しかできない。
相手は足止め要員をA地点に置いており、C地点を全力で取りに行ってることがわかる。
一方こちらは、A地点を取りに行くのに多くの班員を動かしている。
C地点に足止め要員がいるのだ。
しかし、少々問題のある足止め要員だった。
「そうっすね~。C地点行かれちゃったらつまらなくなるっすね」
「まじですか!?C地点に行っちゃったんですか?それじゃつまんないですよ」
他の班員も口々につまらない。つまらない。と言い出した。
まるでC地点だけは敵に向かってほしくなかったと言わんばかりに。
それもこれも、全てC地点で足止め要員として動いているチームメイトに向けられた言葉だ。
「ちょっとちょっと! つまんないってなんですか! こっちは一人で計8人の戦術単位二斑も相手取らなきゃいけないのに。すこしは応援を寄こすなりしてくださいよ~」
そう文句言ったのは春人だった。
C地点の足止め要員とは春人の事だ。
「だって……ねぇ?隊長」
「ああ、そうだな。お前には増援はいらないだろう」
「そうっすよ、必要ないっす」
「ていうか、死ねばいいのに……」
実は、春人はこのチーム、いや、BTOのプレイヤーの中でも抜きんでたプレイヤースキルの持ち主だった。
春人のいる斑で敵に遭遇すると春人が全て一人で片づけてしまうので、BTOでは通常3班編成にも関わらず、春人のみの第四班、デルタ斑が出来上がっていた。
要は、お前と一緒にいるとつまんないから勝手にやっててくれという仲間の考えだ。
そんな春人のいるC地点に、活躍の場である敵主力部隊が向かってしまったとなると、せっかくのボーナスポイントの稼ぎがなくなってしまうのだ。他のメンバーとしては微妙な気持ちである。
形としては足止め要員的な役割だが、その実、敵を殲滅するほどの強さだ。
足止めなんてレベルではない。
「なんて薄情な人たちなんだ! いいよいいよ、俺一人で頑張っちゃうから! ボーナスポイント一人占めにしちゃうから! ……ていうか最後の誰!? ひどくない?」
仲間から増援をキッパリ拒否られた春人は、半ば開き直って覚悟を決める。
手に持つのはハンドガン、背中に背負うのは対物狙撃銃個人ランキングでは世界1位の極めつけの廃人である春人。
決して頭の良い戦術ではないが、持ち前の射撃センスでこれまで大量に戦果をあげていった。
戦果を上げれば上げるほどボーナスポイントが貰えるのでステータスや強いスキルを覚えれることができ、その強さはどんどん膨れがっていた。
いまでは|SoloPlatoon《一人小隊》と言う二つ名で恐れられる程に。
仲間たちに好き勝手に言われている頃、春人は市街地の細い路地を猛烈なスピードで走っていた。
目指すは1.5km先に見える周囲より高さのある廃ビル、おそらく敵の狙撃斑が潜伏されていると思われる場所だ。
VRSで1.5km先の敵を狙撃するとなるとかなりの難しさが伴う。しかし、そこは流石世界ランキング10位圏内に入るクランというところだろう。
敵のスナイパーは中々の手練れの様だ。
ボーナスポイントによって凶悪に強化された春人の身体能力は最高速度64kmという驚異的な早さ発揮し、みるみる目の前の廃ビルに近づいていく。
あっという間に廃ビルまで走ってきた春人だが、息も上がっていない。そのまま裏口からトラップを警戒しつつ慎重に階段を登っていった。
狙撃犯を始末する際に一番厄介なのはクレイモア地雷などのトラップだ。
後ろを見張ることのできないスナイパーは、トラップなどを仕掛けて安全な狙撃ポイントを確保する。
しかし、大量のボーナスポイントで春人はトラップ解除のスキル【工兵】も上げているので、それらのトラップはさして問題にならなかった。
対して苦労せずにトラップを解除しながら着々と登っていく。
やがて、サビ付いて赤茶色になっている扉が見えてきた。おそらく屋上への扉だろう。
それをスキル【隠密機動】を発動しながら気配を消してゆっくりと開ける。
サビついてるせいなのか、ギィギィと変な音を立ててしまいこの音で気付かれる可能性があった。
扉を開けると、そこには二人の灰色のギリースーツを着た狙撃斑が、対物狙撃銃を長距離用の狙撃姿勢で構えていた。
横には通信用の大きな無線機器が設置してある。
ずっとスコープを覗いたまま微動だにしないので、春人の存在には気づいていないようだ。
春人は自分の存在に気づかれる前に素早く敵を片付けようと、素早く腰のホルスターから愛用の大口径拳銃を取り出した。
そして、それを敵の頭へ向け発砲する。
短い発砲音が二回響き、二人分のアバターの霧散する音がそれに続く。春人の撃った50口径の弾丸は二人の狙撃手の頭へと吸い込まれ、ヘッドショットが決まった。
「これで狙撃斑はクリアっと。さてさて、お楽しみといきますか」
「隊長! 狙撃斑、信号途絶えました!」
一方、C地点確保に向かっていた相手の偵察兵が喚く。
「なんだと!? 敵は前にいるんじゃなかったのか!」
「敵の反応も前方から消えています!これはきっと《一人小隊》が動き出したかと思われます」
敵方のクラン隊長は焦っていた。決して《一人小隊》を舐めていたわけではないが、動きが早すぎたのだ。
完全に予想の範疇を超える行動をされ、動揺が隠せていなかった。
それに班員も動揺して陣形が崩れてしまっている、相手の動きがすばやく捕捉できていないこの状況では非常に危険だ。
急いで陣形を建て直し、相手の出方に注意する。
「集合しろ! 円形に陣形を組み全方位から攻撃を警戒するんだ!」
「「「はい!」」」
さすがはトップ10入りのクラン、素早く陣形を立て直すことができた。
しかし、様子を伺ってしばらくしても相手が仕掛けてこない事にザリーは苛立っていた。
春人は敵部隊に接触せず、狙撃ポイントを潰した後にC地点から離れていったのだ。
「敵の反応ロスト! 半径2.5kmに敵の反応ありません」
「なにか仕掛けてくるかと思っていたがどうやら逃げたらしい。いくら個人の戦闘能力が高くても、チームワークの重要なBTOでは一人vs戦術単位二斑は厳しいと考えたのだろうな。おそらくはC地点を放棄し、Aの方に応援にいくといったとこだろう……。よし! いまの内にC地点を確保するんだ! その後A地点で敵を足止めしている隊に合流する。各工兵、素早くトラップを解除し安全を確保しろ」
C地点はどちらかというと春人達のベース基地側に存在するので、どうしても先に確保されてしまう。もちろんこの際にトラップを仕掛けられてしまうのだ。
「C4爆弾、クレイモア地雷共に反応ありません。C地点に突入、確保します」
と、班員の工作兵がいった瞬間だった。
工作兵とその後ろにいた突撃兵の計二名が光り霧散していった。
「クソっ!! 伏せろ! 狙撃だ!」
とっさに伏せたものの、敵クラン達はすぐに状況を呑み込むことができなかった。クランの偵察兵の話で既に2.5km圏内には春人がいないと聞いていたからだ。
しかし、ザリー達は狙撃された。これが意味するのは春人が2.5km先から狙撃したという事に他ならない。
VRSでの超長距離射撃など到底出来る筈もなく、ザリー達が意表をつかれるのも仕方がなかった。
なにせ、ヴァーチャルリアリティを謳ってるこのゲームでは、2.5kmもの弾動の落ちる角度の修正、風向きによる修正、それらをミリ単位で調節するリアルな技量がないとできる筈もないからだ。
しかし、春人はそれを成功させた。
個人ワールドランキング一位というのがいかにバケモノなのかが分かる。
「うし、ダブルヒット! さて、そろそろ前に出てアレを試してみるか」
そんな神業を簡単にやってのけた春人は対物狙撃銃を背中に背負い直し、大口径拳銃を手に持って先ほどの恐ろしいスピードで敵の本隊に向かった。
コンクリート製の廃ビル屋上から飛び降り、力強く地面を蹴る。
春人の周りの背景がどんどん通り過ぎていき、肉眼で相手が見える位置になるまでさして時間もかからない。
敵は近場の瓦礫に身を潜めて、その場をまだ動いていなかった。未だに狙撃を警戒してるのだろう。
「まだ狙撃を警戒している……、これなら【隠密機動】を使えば前に行っても気づかれなさそうだ」
しかし、敵もワールドランキング8位、優れた偵察兵によってすぐに春人は感知されてしまう。
「≪一人小隊≫きました! 突撃兵構えてください!」
「了解! こっちは6人だ! 一人ぐらいやってやらぁ!」
突撃兵達は威勢よくアサルトライフルで迎え撃つ。
しかし、春人とっておきのアレ、大口径拳銃と体を軽量化し移動速度を格段に上げるスキル《ライトウェイト》の組み合わせに、持ち前のステータスを合わせた春人を捉えることは誰もできなかった。
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【シュパーン……】
虚しく響いたのは敵のアバターが霧散する音だ。
「いやぁ、この新スキルライトウェイトと大口径拳銃の組み合わせは鬼だな、攻撃食らわないし大口径だからかなりのダメージを与えられるし。正にヒット&アウェイする前にヒット戦法ですわ」
【Congratulations!~あなた達は勝利しました~】
少し休んでいると突然ログが表示され、春人はクラン戦の待機用サーバーに飛ばされた。
「春人、お疲れ」
待機用ロビーで春人を出迎えたのは偉丈夫なアバターのクランの隊長だった。クラン戦が終わると各班の班長は集まって反省会や、今後の予定を話し合うのだ。
「これで、今季のシーズンマッチでも10位圏内に入ることができた。今季こそは5位圏内に入れるように頑張っていこう。ってことで俺は嫁の晩飯を食べなきゃいけないから落ちることにする。皆、今日はご苦労だった」
「あ~隊長!そのさりげないリア充アピールやめてほしぃっす! でも、自分も晩飯なんで落ちますわ。お疲れっす~」
「俺も妹と母さんが待ってるから落ちるわ。お疲れ~」
「あ、私もこれで落ちます。お疲れ様でした」
今回は首尾よく勝てたこともあり、反省会などもせずに各班に挨拶だけして解散することになった。
こうして春人の毎週日曜のクラン戦はお開きになったのだった。