第九話 受け入れろ。男がするのはそれだけで良いByかつての師匠たち
ナナは人誑し。そりゃ聞き上手で大抵は肯定してくれる寛容君だもの……。
なんとも言えない空気が僕たち3人の間に流れていたら。
「……え、えーと、お騒がせしました〜……」
未だに顔の赤いシズクちゃんが、女子更衣室からそそくさと出てきた。
一応落ち着いたみたいだけど、チラチラ僕を見ているから、まだ吹っ切れた訳ではないみたい。
続いて出てきた、疲れた様子のレイ先輩と、苦笑を浮かべたユーリ先輩を見ても、それが分かる。
「お疲れ様です?」
「原因に言われてもなぁ。で、何でお前は平気そうなんだよ……。恥ずかしいとかないのか?」
「僕、小さいせいか年上の人によく構われるんですよ。ほっぺやおでこには、まあ何度もされてるんで」
「嫌な慣れだなオイ……」
知り合いのお姉さんたち、僕の扱い小学生の中学年ぐらいから変化しないんだよねぇ。一応、年齢的には思春期迎えてるんだけど……。
「むー……」
レイ先輩と話していると、何故だかシズクちゃんがむくれていた。
「こーらっ。事故とはいえキスした相手のいる前で、別になんて事ないみたいな事を言わないのっ。失礼よ」
ユーリ先輩に窘められ、言われてみれば確かにと納得する。自分は意識してるのに、相手は全く意識してないっていうのは流石に酷いか。シズクちゃん、この手の経験もなさそうだし。
「ごめんねシズクちゃん。デリカシーに欠けてたよ」
「ふえ!? あ、いやその、私こそごめんなさい! あんな事しちゃって……! い、嫌だったよね……?」
「まさか。事故だろうと、可愛い女の子にキスされて嫌な気持ちになる訳ないよ」
男なんてそんなもんだよ。オープンなお馬鹿様だともう一回とか言いかねないよ。
「むしろ、シズクちゃんの方こそ嫌だったでしょ? 事故とはいえ、出会って1日の男にキスなんてして」
「かわっ!? え、あ、い、嫌じゃないよ! そ、その……嫌じゃ……なかったです………」
「えーと、ありがとう? ……じゃあお互いに嫌な思いをしてないなら、もう気にしないようにしようか。ね?」
「う、うん……」
よし。僕のからのフォローはこんな感じで良いかな。お互いに嫌じゃないって事にすれば、必要以上に気に病む事もないだろうし。
(おい、アイツやけに手馴れてないか……?)
(うーん。女の子に優しいのは良いことだし、悪いところを直ぐに本人に謝れるのは素晴らしいと思うけど。アレはちょっとお姉さんも心配になっちゃうわねぇ……)
(あ、やっぱり先輩たちもそう思います? さっきセフィと2人で、ナナの女たらしについて話してたんですけど……)
(あと、シズクが何時堕とされるのかも。多分、今月中には堕ちますけど)
……何か凄い失礼な事を言われてる気がする。
そろそろ一言ぐらい物申そうかなと思っていると、くいくいと控えめにだけど袖を引かれる。
思い詰めた様子で、シズクちゃんは僕の方を見ていた。
「あっ、あのね、ナナ! その、スパーの時なんだけど……」
「うん? スパーがどうしたの?」
「えっと、えっとね、私、熱くなってくると、その、ちょっと変になっちゃうの。皆に気を付けるように言われてて、私も注意してるんだけど、さっきは熱くなりすぎちゃって、失敗しちゃって。えっと、気持ち悪かったよね? ドン引きしたよね? 次から気を付けるから、その、ごめんなさい!!」
羞恥で顔を赤くして、目に薄らと涙を浮かべて、シズクちゃんは深く頭を下げた。
……あー、さっきの2人の台詞から予想してたけど、これは結構深いコンプレックスになってるみたいだね。まあ、シズクちゃんみたいな年頃の女の子としては、アレは受け入れ難いか。
周りからも変な目で見られてきた事が多いのか、快く思われなかった事が多いのか。シズクちゃんの小さな身体からは、拒絶しないでという想いがいっぱい溢れていた。案外、さっき逃げ出したのは、キスよりもこっちの理由の方が強いのかもしれない。
ならばやるべきことは一つだ。これまでの人生のお陰で、こういう時に取るべき行動を僕は知っている。教えてくれたプロ(開発地区の接待業従事者)がいる。
「ねえシズクちゃん。スパー、またやろうよ」
それは受け入れること。ただあるがままに、シズクちゃんの全てを肯定する。
「……え?」
「僕とスパーやるのは嫌かな?」
「い、嫌じゃないっ! 嫌じゃないけど……」
「そっか。じゃあやろうよ」
言葉は少なく、簡潔に。要点だけを分かり易く主張しての全肯定。
こういう時、下手な言葉に意味はないのだ。理路整然とした正論も、長ったらしい感想も、具体的な意見もいらない。だって本人がソレを嫌がっている以上、余程のインパクトがなければ外野が何を言ったところで『嫌い』という結論に落ち着くのだから。
余計な意見や前置きは、その人の中でどのような解釈がなされるか分からない。傷付けるだけならまだマシで、最悪敵認定されて何を言っても受け入れてもらえなくなってしまう。
勿論、改善案や意見も大事ではある。ただ、それは今じゃない。落ち込んだり、心がささくれだっている時に、わざわざ意見をぶつけるのは挑発と取られてもおかしくないのだ。本人にその気がなかろうと、その言葉が刃となる可能性がある。だからこそ、こういう時は聞きに徹して全肯定。意見云々は、相手の心が上向きな時にでも言えば良い。
「僕とのスパー、楽しかったんでしょ?」
「……うん。楽しかった。楽しかったよ。でも、あんなの、変でしょ。嫌でしょ……?」
「まさか。僕はさっきのシズクちゃんの事、とても綺麗だなって思ったよ。凄く可愛いと思ったよ。そう思っちゃうぐらい、あの時キミが浮かべてたのは魅力的な笑顔だったよ。だからさ、そんな悲しそうな顔しないで。また一緒にスパーやって、あの魅力的な笑顔を僕に見せて。ね?」
変じゃない。嫌じゃない。素敵だった。主張を一貫させた上で、シズクちゃんを肯定する。コンプレックスなど存在しないように振る舞い、彼女の不安を払拭する。
キミの全てを受け入れる。そういう意味を込めて、僕が笑い掛けた瞬間。
「わっ!?」
衝撃が来て尻餅をついた。どうやらシズクちゃんが、感極まって抱き着いてきたようだ。
(……あれ完全に堕ちたんじゃね?)
(まあ、今のはねぇ……。殺し文句にしても極まり過ぎてるわー。観客の立場でもちょっとキュンときちゃったもの。言われた本人は堪ったもんじゃないでしょうねぇ)
(言い回しといい、行動といい……。よくあんな恥ずかしい事を臆面もなく言えるわねアイツ。しかも凄い自然体だし……。魔導戦技やるよりホストやった方がよっぽど合ってるんじゃない?)
(確か、ナナって今日この学校来たんでしたよね? 出会ったその日にシズクを堕としたという事になるんですが……)
……更に酷い事を言われてる気がする。
というか、皆がすっごい生暖かい目で僕たちを見ていた。いや違う。生暖かい目を向けられてるのはシズクちゃんだけだ。僕はヤバイ奴を見る目で見られてる。
取り敢えず、シズクちゃんを揺すって状況を理解させないーー。
「……はぁ」
いや、やっぱり止めとこうかな。
ぎゅっと抱き着いてきてるシズクちゃんを思うと、そんな気も失せた。
泣いてるって程じゃないけど、それでも感動してるんだ。そこに水を指すのは無粋だと思う。
揺すろうとした手は、そのままシズクちゃんの背中に。トントンと、子供をあやすように優しく叩く。
シズクちゃんの抱き着く力が余計に強くなった。そして更にヤバイ奴を見る目をされた。
「水無月君、入部届け…………」
丁度そのタイミングで、入部届けを片手にアドラ先生が戻ってきた。
先生は僕たちを見てフリーズ。そして何度か目頭を揉んだあと、もう1回僕たちの見る。
「……部活中に不純異性交遊とは、いい度胸してるわね」
ドブネズミを見るような目で、そんな事を言われてしまった。
や、光景的にそんな風に見られるとは思ってたけども。
とはいえ、流石にそんな不名誉な誤解をされるのは困る訳で。
「えっと、弁明しても?」
「……納得出来る理由を提示できるなら、してみなさい」
許可が下りたので、シズクちゃんの肩を叩く。こんな状況じゃ、無粋とか言ってられないし。
シズクちゃんの方からも、弁明して貰わないと。
「って、あれ?」
「…………」
何度か僕の腕をにぎにぎしたあと、シズクちゃんは無言立ち上がった。
そしてそのまま、早足で女子更衣室へ向かっていった。なお、顔は茹でダコみたいに赤くなってた。
「……あー、ちょっと羞恥心が湧き上がってるみたいなんで、シズクちゃん10分ぐらい放っておいて貰っていいですか? その分僕が説明するんで」
「……いいでしょう。ただ、理由が納得いかなかったら指導しますから、そのつもりで」
しっかり釘を刺されたけれど、やましい事は何もしてないから大丈夫……の筈。
「えっと、まずシズクちゃんのアレはご存知で? テンション上がると出てくる奴」
「この部のコーチなんですから、当然ですね」
「それがさっきのスパーで出ちゃった訳ですよ。まあ見てたと思いますけど。で、あのあと更衣室から出てきたシズクちゃんに、またスパーやろうねって言ったら、感極まったみたいで抱き着かれました」
「……の割には、ストライムさんの顔が真っ赤でしたけど?」
全然納得してくれなかった。全部本当の事なのに。
どうしたもんかと困っていると、ルナ先輩が助け船を出してくれた。
「あー、コーチ、じゃなくてアドラ先生。ちょっとこっちに」
「……なんですか?」
ちょいちょいと手招くルナ先輩たちに、怪訝な表情を浮かべながらアドラ先生は近寄っていった。
そして再び始まるヒソヒソ話。
(ナナの言ってる事は間違いじゃないです。殆ど本当です。ただ雰囲気とかセリフ回しとか、説明出来ない細かなところがちょっと……ぶっちゃけ、ほぼ10割が口説き文句といいますか)
(端的に言ってNO.1ホストでした)
(凄かったっすよ? あれをやられたら、例えナナがタイプじゃなくても堕ちかねねぇ)
(ちょっと将来が心配になるぐらい手慣れてましたー)
(……えっと、つまり?)
(口説き文句で励まされて、シズクが堕とされたんです)
もうルナ先輩は優しくしなくていいかもしれない。
「ルナ先輩、あとでスパーしましょ。僕全力でやりますから」
「アンタそれ遠回しにボコすって言ってない!?」
どちらかというとお仕置きの割合が強いかなぁ。
まあそんな冗談はさておいて。
「やましい事はしてないってのは、分かってくれました?」
「……やましいかやましくないか、ひっじょうに悩ましいところですが、まあ今回は不問とします。あ、これ入部届けです。書けるならこの場で書いてください」
「あ、はい」
ため息混じりに渡された入部届けを受け取り、必要事項をサラサラと書いていく。
「ところでナナーーああ、先に言っておくけど、私は教師とコーチで対応を分けるようにしてるわ。教師として接する時は名字で、コーチとして接する時は名前で呼ぶから。私のことも、アドラ先生とコーチで分けてね」
先生の呼び方や口調がちょくちょく変わってたのは、どうやらそういう事らしい。
「で、ナナ。キミ、統括局の嘱託職員って聞いてるけど、部活やって大丈夫なの?」
「あ、はい。僕の場合、必要があったら呼ばれる感じなんで。普段は暇してます。学校中に呼ばれたら、公欠扱いになるんですよね?」
「ええ。じゃあ活動日に招集されない限り、問題無しと。分かったわ」
ちゃんと部活に参加出来るか、確認したかったようだ。
一応、学校側には僕が統括局の嘱託職員という事は伝えてある。その方が有事の際に動きやすく、学校側としても対応しやすいからだ。……立場が立場だから堅苦しく感じるけど、アルバイト届けを学校に提出したのと大して変わらないと思う。
ただまあ、学校側に伝わってるのは、僕が嘱託職員という事のみ。詳細な情報、僕がどこに所属しているのか等は伝わっていない。そこら辺になってくると機密が絡み始めるからだ。……いや、別に機密とか僕たいして知らないけど。単に統括局も僕も、突っつかれると面倒だから濁しただけだ。
そんな訳で、先生たちは僕の事を、統括局で事務か何かのアルバイトをしてる学生、ぐらいの認識でいる。その筈。
「へー。アンタ意外な事やってんのね」
「事務作業とか得意なんですか?」
「なあ、機動隊の人とか会ったりすんのか?」
「将来はそのまま統括局に就職するのー?」
うん。やっぱり機動隊所属とか思わないよね普通は。完全に雑用係やってると思われてるよコレ。
「はいはい。その辺の会話は休憩の時にやりなさい。ほら、そろそろ練習に戻る! ユーリはシズクを連れ戻してきなさい。時間も経ったし少しは落ち着いてるでしょ。ちょっと伝えておきたい事があるから」
「「「はーい」」」
僕の周りに集まってきた皆を、コーチは手を叩いて散らす。
その間に、僕は入部届けを書き終えた。
「よし。かけました」
「じゃあ貰うわよ。これでキミもこの部の一員。ビシバシ鍛えるから、覚悟しておくように」
「はい!」
そうして、僕は魔導戦技部の一員となった。
その日の夜、自宅で。
「ナナ君、学校どうだった? 友達ちゃんと出来た?」
「まあ楽しかったよユメ姉さん。友達も出来た」
「へぇ。男の子? 女の子?」
「1番仲良くなったのは女の子かな。勿論、男の友達も出来たけど」
「……まさかそういう関係になったり?」
「どうだろうね? てか、僕よりユメ姉さんでしょ」
「おっと薮蛇だったか。で、部活入ったんだよね? 魔導戦技部。ちゃんとやってけそう?」
「うん。先輩も同級生もいい人ばっかだし。1番仲良くなった女の子も、同じ部活だし。てか僕以外、全員女子の女所帯なんだけど」
「へぇー……これはもしかするともしかするかもね……」
「何がもしかするのさ。……ただ、ちょっと僕の扱いが酷いんだよねぇ……」
「……もしかしてイジめ?」
「いやそうじゃないけど。ちょっと落ち込んでた部員の娘を慰めたら、やれホストだ、女たらしだ。挙句の果てには、いつか刺されるだって。酷いと思わない?」
「……ちゃんと加減しなきゃダメだよナナ君」
「あれー?」
あるぇー?
ナナは幼少期にアングラな住人とガッツリ交流があった為、めっちゃ女慣れしています。少なくとも、女性が求めるリアクションを理性的に弾き出せるぐらいには手慣れ……教育されています。
鈍感? 難聴? 天然? そんなんでモテるかボケェ!!!