第八十六話 ラクシアからのお誘い
……遅れました。いや、はい。めっちゃ仕事が忙しくてですね。エタったというご心配をお掛けしたかと思いますが、まだまだ頑張りますので何卒お願いします……。
「皆、一旦集合して貰っていいかしら? ちょっと相談したいことがあるの」
「「「「「「はい!」」」」」」
呼び掛けに応え、今やっているトレーニングを中断してコーチのもとへ。
はてさて。終わりのミーティングではなく、今のタイミングで相談したいとは。割とコーチはそういう流れというか、実技と座学はきっちり分けるタイプなのだけど、そんな拘りを脇に置くぐらいには重要なことなのだろうか?
そう感じているのは僕だけでないらしく、全員が薄らではあるが不思議そうというか、珍しいこともあるなといった雰囲気を出している。
「練習を中断させて悪いわね。ちょっと早い段階で皆の意見を聞きたかったの。合宿の件なんだけど」
「「「「「「合宿?」」」」」」
コーチから発せられた予想外の言葉に、僕たちは揃って首を傾げた。
長期休みだし、ここは運動部だ。そういう意味では、合宿を行うというのは全く不思議なことではない。では、何故僕らがそんな反応をするかというとだ。
「どういうことっすか? 今年は合宿中止になったじゃないすか」
簡単に言ってしまえば、そういうことなのである。
合宿というのは、言ってしまえば普段より設備が充実した施設に泊まりで向かい、普段よりも内容的にも時間的にも密度の濃い練習を行うことだ。他にも部内での結束を強めるとかの目的もあるけれど、そこは敢えて置いておく。取り敢えず、部活においてやっておいて基本的に損はないイベントであり、この部活も去年までは行っていたらしい。
が、今年は少しばかり事情が変わった。というのも、僕が機動隊の訓練施設を紹介したことで、全力で魔法を行使できる場を定期的に確保できるようになったからだ。しかも格安で。その結果として、わざわざ移動に時間を割いてまで、泊まりの合宿をする必要性が薄れてしまってのだ。……意図的ではないとはいえ、皆の青春イベントの1つを潰してしまったことは極めて申し訳なく思っているのだけど、それはあくまで僕個人の感想。他の皆は都市本戦を控えた身であり、無駄な部分はガンガン削っていこうという結論になった為に、少し前の話し合いの結果そうなったのである。
それは当然、コーチも承知していた筈なのだけど……。
「実は今さっき電話で、ラクシアの方から合同合宿の誘いがあってね」
「合同合宿、ですか?」
合同合宿。つまりラクシアの皆さんと一緒に、泊まり掛けでトレーニングをしましょうってことかな?
「そう。日程的には1週間後の3の日から、2泊3日。場所は第8地区のルシナ山の方にある、ラクシア所有の運動施設よ」
「……また随分と急な誘いですね?」
驚きの日程につい呆れた声が出てしまった。1週間後とか本当に急だな。
そしてこれはコーチも同感だったのか、苦笑を浮かべていた。
「まあね。コイルコーチも平身低頭だったわ。どうもラピスラズリ選手を筆頭に、一部の選手たちから熱烈なラブコールが起こったそうでね。紆余曲折を経て、取り敢えず提案だけでもすることになったみたい」
「あぁ……」
その光景がなんとなく想像できてしまった為に、思わず遠い目を浮かべてしまう。
幾ら教師兼コーチとはいえコイルさんは男で、あそこは完全に女所帯だ。以前に合った時も肩身が狭い的なことをポロッと零していたので、色々詰め寄られて最終的に折れることになったのだろう。団結した女性は強いのだ。しかもあそこにはラピスさん、本物の王族という正真正銘の君臨者も存在するのだから尚更だ。
「ただ急なのは確かだから、断っても全然構わないとは言われたわね。一応受けるメリットとしては、施設も移動手段のバスもラクシア所有の物だからタダ。所属してる選手の数も多くレベルも高いから、色んな経験を積めることが挙げられるわ。合宿の時は卒業した元有名選手を呼んだりするらしいし、単純な指導でも普段より上のものが提供されるそうよ。その反面、ラピスラズリ選手を筆頭とした向こうの都市本戦出場選手に、皆の情報が渡ってしまうわね。……ま、これはお互い様だけど」
そうメリットとデメリットを挙げた上で、コーチはどうする?と問い掛けてきた。どうやらコーチとしては、僕たちの意見を最大限尊重するつもりらしい。
そんな訳で、僕たちで話し合うことに。
「どうするよ?」
「悩みどころではありますよねぇ。日程の方はまあ、泊まりになるだけでこちらの負担はそんな無さそうですけど……」
「お金とかの心配はないのはありがたいわよねー」
「ただ施設云々は、ぶっちゃけここが理想的過ぎなんだよなぁ。近場だし遠慮なく魔法ぶっぱなせるし」
「結果として、合宿の必要が薄れるぐらいですからね。流石は機動隊の訓練施設です」
「ただやっぱり、ラクシアの皆さんと試合できるのも大きいかなと。特にラピスさんとかは、この機会を逃せばもう都市本戦じゃなきゃ戦えない訳ですし」
「まあ、向こうにも都市本戦出場者はいる訳で。情報収集という意味ではいい機会では?」
全体として出てくる意見は肯定より。これが以前なら皆も前のめりで食い付いたのだろうけど、今は施設が充実した関係でちょっとブレーキが掛かっている感じだ。
まあ、機動隊が使ってるだけあって戦闘訓練施設としてはトップクラスだからなぁ、ここ。民間の施設であるような魔法の制限とかが一切無いし、だだっ広い癖に人気は皆無で、幾ら壊しても怒られない。それでいて定期的に施設全体に大規模な形状保存の魔法が掛けられているので、器具の片付けさえすれば後は問題無しという至れり尽くせりなもの。しかも偶に暇した機動隊メンバーが顔出しにくるし。
ぶっちゃけると、ラクシア所有の施設というのがどんな場所かは知らないけど、多分今の僕たちの方が良い環境にいると思う。だからそういう面でのメリットは極めて薄い。
だが、やはり『人』という面ではラクシアが圧倒的に上だ。数多の選手が所属する名門。そんな部と泊まり掛けで練習を共にすることで得られる経験、情報はとても貴重──
「……あ。ちょっとコーチ、訊きたいことが」
そこまで考えてふと気付いたのだけど、僕としては極めて重要な部分があった。
「何かしら?」
「あの、もし誘いを受けるとして、僕はその合宿に参加できるんですか? 向こうは女子校ですよね?」
なんなら頭に名門がつくようなお嬢様学校な訳だけど。幾ら部活の合宿とはいえ、そんな良いとこのお嬢様たちの中に男の僕が混ざるのはよろしくないのでは? 確かに前に練習試合はやったけど、合宿となればそれとはレベルが違うのだし。
そんな考えからの質問だったのだけど、コーチはなんてことのないように肩を竦めてみせた。
「そこに関してはちゃんと確認済みよ。結論から言うと参加可能です。女子しかいないと言っても、コイルコーチもいるから、そこまで心配する必要は無いとのことよ」
部屋や入浴等に関して、コイルさんと同じにしておけば問題無いとの言質を頂いているそうだ。
「ついでに言うと、向こうからのラブコールにはナナもしっかり含まれてたわよ? あの地区予選を観て、ラピスラズリ選手以外の選手からも希望が上がってるみたい」
「そうなんですか!?」
これには驚いた。まさか部門の壁を超えてまで僕と戦いたがる人が出てくるなんて。それ程までにアテナさんとの試合はインパクトがあったようだ。
「……ラブコール、かぁ」
「……シズク? コーチはそういう意味で言ってる訳ではないので、その目は止めましょう?」
……あと、ボソッと後ろから聞こえてきたシズクちゃんの声にも驚いた。シズクちゃんへの恋心を自覚した今、こうした嫉妬の感情を向けられるのはちょっと落ち着かない。いや、嬉しいし凄い可愛いとは思うのだけど、それと同時に嫉妬させてしまうことに申し訳なく感じてしまう。僕の気持ちも早く伝えなきゃなぁとは思うんだけど……。
まあ、兎も角だ。僕の方も合同合宿とやらに参加可能なのは良かった。1人だけ仲間外れというのは寂しいからね。
それを踏まえてもう1度皆と話し合い。……と言っても、最終的な結論が出るのにはそう時間は掛からなかったのだけど。
「その話、受けようと思います」
僕たちを代表してレイ先輩がそうコーチに告げる。
施設云々の部分で多少ブレーキが掛かっていたとはいえ、元々全員の意見としては肯定よりのものだったのだ。一応、僕たちの情報が漏れるデメリットはあるけれど、それはお互い様だしあまり気にせず、貴重な機会を掴みにいってみようという話になったのである。
「そう。それじゃあ先方にはそう伝えておくわ。細かい部分はこの後詰めて、終わりまでには伝えるからそのつもりで。──それじゃあ、練習に戻りましょうか」
「「「「「「はい!」」」」」」
学園ものを書いてると切に思う。学生時代に戻りたいなと。大人になるって寂しくて辛いものですね。……あ、でも、今じゃ毎朝早くに登校したり、黙々とノートは取れないかも。……結論、大学生に戻りたいなぁ。




