第八十二話 VS多世界最強その12
という訳で、今回は二話連続投稿でございます。この話は後編ですので、最新話は一つ前からとなっておりますのでご注意ください。
「……は? どう、言う、意味……?」
僅かな沈黙の後、ファルシオン選手が問い掛けてきた。……そこに混じる明確な怒気は敢えて置いておく。
「……言葉通りですよ。この勝負を降参すると言ったんです」
「……念の為確認するが、良いのかい?」
「ええ。審判さん。お願いします」
「ちょっと……!!」
僕が審判の確認に頷くと、ファルシオン選手が怒りの声を上げる。
だが彼女から次の言葉が飛び出す前に、全てが終わった。
「水無月選手、降参! よって勝者、ファルシオン選手!!」
会場全体に響く試合終了の宣言。圧倒的に有利な状況からの降参ということで、観客席の方からも困惑と疑問のざわめきが広まっていく。
そんな不穏な空気の中、動いたのはやはり彼女だった。
「……どういうつもり? ねえ、一体どういうつもりなのさ!?」
ファルシオン選手から発せられた、リングを揺るがすような怒声。試合が終わり精神ダメージが解けたことで、彼女はしっかりとした足取りで、怒りに満ちた瞳で僕の元へと詰め寄ってきた。……ダメージは無くなっても疲労はあるだろうに、それすら感じさせないか……。余程怒っているみたいだ。
だが彼女の立場からすると当然の反応でもあるので、僕もまた疲労と痛みを無視してしっかりと向き直る。
「色々と言いたいことはあるでしょうけど、まずはお疲れ様と。ファルシオン選手、良い試合でした」
「良い試合!? ふざけないで!! 何で降参なんかしたの!? キミの方が圧倒的に有利だったじゃないか!!」
「そうですね」
大ダメージこそ負ってはいたが戦おうとすれば戦えた僕と、意思はあれど戦うことすら覚束無い状態だったファルシオン選手。どちらが勝利に近かったのかは語るまでもないだろう。
それでも僕は降参した。勝利目前だった試合を自ら投げ出した。そこは否定しないし、怒りを向けられることも承知している。
「念の為に言っておきますが、僕としても忸怩たる思いなんですよ?まだ戦おうという意志も無かった訳ではないですしね。……ただ、どうにか理性でそれを抑えたんです」
「だから何で……!? 何でそんなことをしたのさ!!」
「これ以上は戦っちゃ駄目だからですよ」
「はぁ!? 意味が分からないよ!!」
「……それを今から説明しますから。ちょっと落ち着いてください」
詰め寄ってくるファルシオン選手を片手で制しながら、デバイスを操作して武装を解除。そして分かりやすいように上着を捲ってみせる。
「っ、それ……!?」
「変に言葉で語るよりも早いですし、誤解もないでしょう?」
怒りを忘れて絶句するファルシオン選手に、僕はそう言って肩を竦めてみせる。
晒された素肌、具体的に言うと右脇腹から胸にかけて部分は、赤黒く変色し腫れ上がっていた。……僕も捲って初めて知ったけど、ちょっと引くぐらいには酷い状態だなコレ。まさかここまでになってるとは思わなかった。
「っ、急いで担架持ってこい! あと救急車!」
僕の怪我を認識した途端、会場に蔓延していた不穏な空気は霧散し、とても慌ただしいものへと変化した。
審判を初めとした会場内のスタッフが駆け出すのを横目で眺めていると、ファルシオン選手が真っ青な顔色で叫んだ。
「な、何で怪我を……!? 防護フィールドは!?」
「あー、最後の一撃ですね。どうも防護フィールドを貫いたらしくて」
あの人力パイルバンカー、マトモに喰らえば冗談抜きで身体をぶち抜きかねない威力だったからね。空中で衝撃が幾らか逃れたとは言え、それでも防護フィールドを貫通して物理的ダメージを与えるぐらいの威力はあったのだ。
「あくまで素人判断ですが、肋骨が2・3本は逝ってますね。あとは肺の方にダメージが少々。……ぶっちゃけ泣き出したいぐらいには痛かったりします」
「大丈夫なのそれ……!?」
「大丈夫ではないんですよ。我慢はできますけど」
予想以上の状態だったのか、それとも余程ビジュアルが衝撃的だったのか。既にファルシオン選手の怒りは収まって、いや消滅していた。
「ま、コレが降参の理由です。戦おうとすれば戦えましたけど……それはもうスポーツじゃなくなっちゃいますから」
スポーツは安全が保証されてなければならない。怪我なく楽しめるからこそ魔導戦技なんだ。大怪我を負って尚戦えば、それはもう実戦になってしまう。公の場でスポーツを実戦に変えるというのは、あまりに無粋だろう。それなら降参した方が余程マシだと思ったんだ。
「それでも一応、ファルシオン選手がどうするかまでは待ってたんですよ? 倒れてくれてれば……僕の勝ちだったんですけどね」
でもファルシオン選手はリングに戻ってきた。その時点で僕の負けは決まったのだ。これ以上戦う気が無かった僕としては、戦闘続行を宣言された時点で降参するしかなかった。……彼女の覚悟を見て、勝利を譲る気持ちが芽生えた面も少しはあるが。もしあのまま戦って僕が勝っても、怪我の具合によっては以降の試合を止められる可能性もあったしね。お互いに先に進めないのなら、確実に進めるであろう彼女に譲った方がまだ良い気がしたんだ。それを言ったら怒られるだろうから口には出さないけど。
「貴女の意思が勝利を掴んだ。これはそういう結果ですよ」
「何それ……。何それっ……!! 納得いかないよそんなの!!」
「でしょうね」
こんな勝ち方、そりゃ納得なんて出来ないだろうさ。地球世界風の言葉で言うなら、ファルシオン選手は『試合に勝って勝負で負けた』のだから。魔導戦技に全てを懸けていると言っても過言ではない彼女にとって、この勝利は不本意に決まっている。
でも、僕としてはそれは違うと断言できる。
「ここは敢えて『戦い』と言っておきますが、戦いなんてそんなもんですよ。過程はどうあれ勝ちは勝ちです」
過程も大事ではあるけど、最も重要なのは結果なんだ。戦いなんて水物なのだから、過程に拘り過ぎてはいけない。どんなに降って湧いたような勝利でも、不正がなければそれを享受するべきだ。
「ま、それでも納得できないかもしれまんせんが。でも勝利は受け止めてくださいよ? 選手は敗者の想いを背負って戦うって説教したのは、ファルシオン選手なんです。……僕だって勝ちたかったんですから」
「っ……!」
最後の呟き。それは偽りのない僕の本心だ。始まりは不真面目だったし、途中から出した全力もただのカッコつけ。最後だって勝ちを譲ったけど、それは僕の状態と最悪の可能性が存在したから。それがなければ……僕だって勝ちたかった。あの一進一退の攻防は、全力での競い合いを知らなかった僕をして本気になるぐらいに楽しかったんだ。本気で勝負をつけたかった。だからこそ、こんな終わり方は僕が一番不本意なんだ。
「もしこの結果が納得できないのなら、またいつか試合をしましょう。決着はその時に。……だから今は前を向いて、次を目指してください」
僕だって『勝負に勝って試合で負けた』んだ。不完全燃焼なのはお互い様。この終わり方は、いつか必ず精算してみせる。
ただそれは今じゃない。僕は敗者で大会はここで終わりだけど、ファルシオン選手はまだ先がある。
「この結果を変に引きづって勝てる程、僕の仲間たちはぬるくないです。下手したら足元すくわれますよ?」
もしかしたら彼女は、この先でシズクちゃんやセフィとぶつかるかもしれない。あの2人は僕よりも余程真摯に魔導戦技と向き合っている。その熱意はファルシオン選手にだって匹敵するかもしれないんだ。
「断言しますが、力量なんて関係なくあの2人は僕より手強いです。油断なんかしない方が身のためです」
「……っ、当たり前でしょ! キミじゃないんだ。本気でやってる選手の方たちは、どんな人でも強敵さ!」
僕の忠告に対して、そう言ってファルシオン選手は不敵な笑みを浮かべてみせる。……その表情に迷いはない。取り敢えずは割り切ったみたいだ。
「改めて宣言するよ。私はもう一度多世界最強の栄冠を手に入れる。この試合は心残りではあるけれど、それまではひとまず置いておく。……だから、全てが終わった後にもう一度、キミと戦う!」
「……ええ。望むところですよ」
そうして再戦の約束が結ばれた。
ふと気付けば、いつの間にか自然とお互いの顔に笑みが、獰猛な笑みが浮かんでいる。
「良し! 私たちは地球世界風で言うところの、試合で勝って勝負に負けた間柄! つまり一勝一敗の引き分け状態! だからこの次で、真の勝敗を決めるよ!」
「ええ」
「それまで精進を怠るんじゃないよ! そんなことしたら一瞬でKOするから!」
「そっちだって、先を見過ぎて足元すくわれてもしりませんよ?」
「言うじゃないか! それでこそ私のライバルだ!!」
……っ、。
「……ふ、あはは、あははははは!!! 多世界最強からライバル認定か! そりゃ光栄だね全く! いやもう、笑い過ぎて脇腹と肺が痛い!」
「ちょっ、そこは無理しないでくれる!? ていうか担架来てるんだから早く行きなさい! 無駄にピンピンしてるせいでスタッフさんが戸惑ってるでしょうが!」
「おっと。これは失礼」
いつの間にかやってきていたスタッフの方々に謝りつつ、ささっと担架へと寝転がる。……ぶっちゃけこのぐらいの怪我なら普通に歩いて帰れるんだけども。
「いやでも、実際驚きですよ。僕がライバルとはねぇ」
元とは言え多世界最強のライバル。肩書きだけだけどルーキーから大出世だ。
そう肩を竦めてみせると、返ってきたのは苦笑だった。
「……あそこまで私を追い詰めた初めての相手だもの。ライバル認定ぐらいするって。……ところで試合中から思ってたけど、ちょくちょくキミ口調変わってない? どっちが素なの?」
「え? あー……どっちも素ではあるんですよね。まあ、強いて言うなら荒い方が地に近いのですが」
「そ。じゃあ今度からそっちで話して。あと私のことはアテナで良いわ。私もナナって呼ぶから。ライバルなんだからもっと砕けましょう?」
「また唐突ですね?」
「いや、うん。そういう建前を無しにしても、キミの丁寧口調は何か腹立つのよ。試合の最初を思い出すから」
「えー……」
最後の言葉は余計な気がするのですが。……いやまあ、そうしてと言われれば応えるけども。
「じゃあ……こんなんでいいのかな? アテナさん」
「別に呼び捨てでも構わないんだけど。ま、そこは自由でいっか。……取り敢えず、遅れたたけど握手をしましょう。良い試合だったよナナ。ナイスファイト」
そう言ってアテナさんが手を刺し出してきた。勿論、僕はそれに笑顔を浮かべ、
「こちらこそナイスファイト。アテナさん」
その手を強く握り返した。
──そうして僕の初めてのフリットカップは終了した。
ナナ君、負傷による降参でした。……相変わらず勝てない主人公ですが、今回は普段の敗北と少しばかし毛色が違う感じです。
そして今回の話でアテナさんがヒロイン以上のキーパーソンと呼ばれる所以が判明。彼女はナナ君のライバルキャラなのです。
因みに、あと一話か二話やってこの章は終わりです。そして作者の中ではこの物語は2部構成となっており、この章までが第1部となっております。ちょくちょくツッコまれていた主人公勝率悪い、あんま活躍しない問題はぶっちゃけそれが原因です。……ここまで言えば後はお分かりですね?




