第八話 人に迷惑さえかけなきゃ大抵は個性かと
取り敢えずナナ君は引き分け! そう簡単には勝たせねぇよぉ!
「はい止まりなさい2人とも!」
突如響いた静止の声。
だけども、僕らは丁度全力でぶつかり合うところだった。
その状態で急に止まれる訳もなく。
「へ? ーーぐはぁ!?」
「ふえ? ーーきゃう!?」
一瞬意識が他所にいったせいで、ものの見事に僕らは激突した。
そのままリングの上をゴロゴロと転がり、僕の上にシズクちゃんが寝そべる形で漸く止まる。
「……いてて………わーお、朝の焼き回しみたいな状態になってるし」
僕の上にはシズクちゃん。丁度、今朝の登校時間に起きた件と似た状況だ。違うとすれば、上にいるのがシズクちゃんだけだという事。後は体勢か。朝の時は僕の上に座る感じで乗っていたけど、今は押し倒されたような体勢に収まっている。
「あわわわっ!?」
ともすればキスしてしまいそうな程、至近距離に僕の顔があるというのは、流石のシズクちゃんも堪えるらしい。顔を真っ赤にして、パニックを起こしている。
「ちょっと、あんたたち大丈夫!?」
「シズク!」
中々立ち上がらない僕らを見て焦ったのか、ルナ先輩とセフィが駆け寄ってきた。
「ご、ごめんナナ! 今起きるからっ」
「あー、その前に一旦深呼吸して落ち着いた方が……」
「す、直ぐどくかーーんむ!?」
……ほーら、言わんこっちゃない。
シズクちゃんは慌てて立ち上がろうとしたが、体勢が不安定過ぎてズルッと滑り、また倒れた。
勢いがついていた為、今度は頭突きを食らう事になった訳だけど。
運命の神様の悪戯か、シズクちゃんの唇が僕の顔に触れる。
まあ、倒れてきた瞬間に察して咄嗟に横向いたから、マウストゥーマウスは避けれたんだけど。
「〜〜っ!?」
それでも、シズクちゃんには刺激が強すぎたようで、全身が茹でダコのように紅くなる。
そして転がるようにして僕の上から退き、そのまま奥の女子更衣室に駆け込んで行った。
シズクちゃんを見送った後、僕はゆっくり立ち上がる。
「あらら。ほっぺにキスでもああなっちゃうんだ」
「当たり前でしょう。アンタももう少し慌てなさい」
「あいて」
呆れたような顔で、ルナ先輩にポカリと叩かれた。
「……えい」
「あだっ!?」
私も一応、といった感じで、セフィにも殴られた。ただし音はゴッて重い音がした。
「セフィ、痛いから……。にしても、フィクションみたいなハプニングキスだったね。あのタイミングで声が掛かるなんて」
「それに関してはゴメンなさいね、水無月君。まさかあんな事になるとは思わなかったの……」
静止した声の主、僕のクラスの担任であり、この部のコーチ兼顧問であるアドラ先生が、リングの外で頭を下げていた。
「あー、僕は別に気にしてないんで、シズクちゃんの方のフォローを。後で僕もやるんで」
「……そうね。取り敢えず、今はユーリとレイに行って貰ってるわ。こういう時は、あの娘たちの方が向いてるから」
「ああ、なんか分かります」
年下の扱い上手そうだもんね、ユーリ先輩とレイ先輩。シズクちゃんも、安心して任せられる。
さて、それじゃあ彼女が戻ってくる間、僕は何しようか? スパーはもう十分だと思う。散々タコ殴りにされた訳だし。実力の方も示せたでしょう。
他にあるとすれば練習器具だけど、まだ正式な部員じゃない僕が使うのもなぁ。
「……ああ、丁度良いや。アドラ先生、入部届け貰えます?」
リングから降りて、アドラ先生に話しかける。
どっちにしろ入部届けは貰わなきゃならないんだし、だったら先生の手の空いている今が、タイミングとしてはベストだろう。
「え? あ、そうね。シズクも引っ込んじゃったから、今持ってくるわ。ちょっと待っててね」
僕の言葉に頷いた後、アドラ先生は外に出ていった。職員室にでも行ったのかな?
「んー、折角来たのに、悪い事しちゃったかな? というか、先生って何時来たんだろ?」
「スパーが始まって直ぐよ。コーチ、凄い驚いてたわ。見知らぬ男子が、うちの部期待のルーキー1号と、本気で殴りあってたんだから」
僕の独り言に答えたのは、ルナ先輩だった。疑問を直ぐに拾ってくれる辺り、本当に面倒見が良いなこの人。
それはそれとして、本気で殴り合いってちょっと大袈裟では?
「スパーしてただけなんですが」
「熱くなり過ぎって言ってんのよ。ざっくり実力を確かめるのが目的だったのに、負けられない試合みたいな雰囲気出してんじゃないの」
どうも僕らのスパーは、傍からだと相当物騒に見えたみたい。
どうりでアドラ先生の静止の声が、やけに鋭かった訳だ。
「後はアレよ。アンタたちのスパー、相当レベル高かったし。そういう意味でも驚いてた。というか私たちも驚いたわ」
「あー、シズクちゃんマジで強かったですもんね」
僕も本気で驚いたよ。あれ、絶対に普通の公立中学に通ってる子の実力じゃないよ。名門魔法学校にいるような人材だよ。
「いや、アンタも十分化け物じみてたわよ。本当に、今年の1年は全員どうなってんだか……」
「え? 全員って事は?」
「セフィはシズクより強いわよ」
「一応、勝率7割ぐらいは確保してます」
「何それ怖い」
え、この部活マジでなんなの? 話を聞く限り、魔力性質使い出したシズクちゃんって、都市選抜にいけるぐらいは強いっぽいのに、セフィは更に強いって……。
「この部活って名門だったりします?」
「言いたい事は分かるけど、見ての通りの弱小よ。アンタたち1年が可笑しいだけ。他の大会なら兎も角、フリットカップだと私は地区予選で何回か勝てるか程度。レイ先輩は私よりも強いけど、地区予選のベスト8に入るか入らないかぐらいよ」
それでも十分凄いんだからと、ルナ先輩はボヤく。
まあ、魔力性質無しのシズクちゃんで、地区予選上位までらしいし、そう考えると確かに強いのかも。
「あれ? その口振りだと、もしかして全員フリットカップにでる予定で?」
「まあ一応ね。シズクとセフィは出られる試合や大会は全部出るってスタンスだし、レイ先輩は来年からはアンダー19がメインになるから、その慣らしを兼ねて。私の場合は、メインはアンダー15の大会なんだけど、流石に一人だけ出ないって言うのもねぇ……」
「取り敢えず、セフィとシズクちゃんが魔導戦技大好きっ子って言うのは理解しました」
「それはどうも」
「どっちかっていうと呆れてるんだけどね」
スタンスがどう考えても戦闘狂のそれなんだよなぁ。変に拗らせない事を祈ろう。
「そういうアンタはどうなの? 実力的には良いところまでいくと思うわよ?」
「話を聞いて、出ようかなって思ってます。強くなるには、強い相手と戦うのが1番ですし」
「アンタも2人と似たようなもんじゃない」
……ここで変に反論すると、セフィやシズクちゃんから何か言われるだろうなぁ。沈黙は金、僕知ってる。
僕が無言で目を逸らしたのを見て、ルナ先輩は呆れたように肩を竦めた。
「まあ、強い選手が入ってくるのは良い事ね。ウチはスポーツジムって訳じゃないけど、有名選手がいれば練習試合とかも沢山組めるもの」
「そうなんですか?」
「そうなの。やっぱり相手としても、実力のある選手と試合した方が得るもの多いから。だから去年は大変だったのよ? レイ先輩はそこそこ有名だったけど、他の選手弱いし人数少なかったから。部全体での練習試合とか殆ど出来なかったのよ。だからまあ、1年組には期待してるの。私じゃ無理だし」
ルナ先輩は自身の実力不足を理由に挙げた。ただその口調はあっけらかんとしていて、妙に達観してるように感じられた。
「ん? ……ああ、悔しいとか思わないのか?って顔してるわね」
「あいえ、そういう訳では」
「いいのいいの。気にしてないし。そりゃ後輩に実力負けてるのには思うところあるけど、私は私で真剣にやってるし、努力もしてる。だったらそれでいいじゃないって思ってるの。相手の実力に嫉妬するのも、自分の実力不足に嘆くのも虚しいだけだしね。ましてや同じ部活の仲間なんだから、変に卑屈になるよりも、凄い凄いって祝福するべきでしょ?」
「……そうですね」
当たり前のように、ルナ先輩は言い切った。
僕にとって、これは正直意外だった。ルナ先輩は結構勝気な性格だし、なんとしても勝ってやる!みたいな事を言うのかと思ってたから。
「ま、闘争心が薄いってのは、競技選手としてはマズイんだけどね。それも含めて私の限界って奴なんでしょ」
「んー、別にマズいとは思いませんけどね。結局のところ、好きなものを素直に楽しめるかどうかな訳ですし。少なくとも、僕はその考え方好きですよ。変に張り詰めるよりずっと良い」
自嘲するように笑うルナ先輩に、僕は素直に思った事を口にした。
するとルナ先輩は一瞬だけキョトンとした表情を浮かべ、
「ふふっ、ありがと」
とても優しく笑ったのだった。
「……ナナって、そのうち刺されそうですよね」
「唐突に物騒だねセフィ」
いい感じの空気をぶった切ったよこの子。
というか人聞き悪いな。
「……えーと、何がどうしてそんな感想が出てきたのかな?」
「どうしてと言われても……ナナの態度や受け答えがとても女性受けしそうだなと感じたので。見た限りナナって、物腰柔らかで、話し掛けやすくて、頼りやすいじゃないですか。甘い事もサラリと言いますし。接してる内に無差別で引き込んで、依存させるタイプというか……」
「あー……」
納得されると困るんですがねルナ先輩。
「いやだって、すっごい自然に私の台詞肯定してきたし」
「良いと思ったことを否定する訳ないでしょう?」
「口説き文句みたいなセリフをごく自然に言うのはまた別では……」
口説き文句って……。人を悪質なホストみたいに言われるのは甚だ遺憾なんだけど。
「何が怖いって、本当に自然に言うことよね。下心が一切感じない」
「抵抗を覚えない辺り、甘くて美味しい毒みたいな感じでしょうか?」
毒って……。
「僕そこまでタチ悪くないですよ?」
「……じゃあ訊くけど、スパーの最後、シズクの様子を見てなんて思った?」
そう言われて思い出すのは、シズクちゃんが浮かべた笑顔。無邪気で、艶やかで、少しだけサディスティックな微笑み。
「とても楽しそうでしたね」
「アレ見てその感想が出てくるアンタ凄いわ……」
「シズクの悪癖、慣れてない人が向けられたら、大体引くか怖がるんですけど……」
ああ、その感じだと、シズクちゃんのアレはこの部では周知の事実だったのね。
2人の様子から、皆一応受け入れてるみたいだけど、始めはそうでもなかったのかも。
「……本当に、怖いとか気持ち悪いとか思わなかったの?」
「イキイキしてて可愛いと思いましたけど」
「うっわ! うっわ!? この状態でそれを言えるとか、アンタ本気で怖い!」
「これは一周して関心しますね……」
……2人と同じサイドのこと言った筈なのに、何故こんなに引かれるのさ。別に変なこと言ってなくない?
「いやだって、確かに意外ではありましたけど、それだけじゃないですか。特段害がある訳でも無し。それなのに怖いとか気持ち悪いなんて言ったら、お前何様だって話じゃないですか」
「まぁ……」
「それは確かに……」
誰かの迷惑になる訳でもないのに、人の性格や個性を否定するって言うのはねぇ? 人間に合う合わないがあるのは否定しないけど、それを言葉や態度に出したらただのイヤな奴じゃん。僕はそんなアレな人間じゃない。
……まあ、そもそも本当にあの程度の性格なら可愛いもんだし。こちとらアングラ育ちの元ストリートチルドレンだよ? 更に言うなら現在進行形でどうしようもない犯罪者たちと向き合ってる身だ。もっとエグい嗜好の持ち主や、どうしようもない性格の奴らをごまんと見てる訳で。それに比べればね……。
「人様に迷惑をかける訳では無い以上、シズクちゃんのアレはただの個性ですよ。それを他人が否定するのは筋違いだし、僕からすればアレは多少の茶目っ気だとしか思えません」
「ちゃ、茶目っ気……」
「ええ。それ以上でも以下でもない。後ろめたさを感じる必要もない。少なくとも僕はそう肯定します。だって、あれだけ楽しそうにしてたんですよ? あんなキラキラした笑顔、抑える必要全くないじゃないですか」
あの時のシズクちゃんは、確かに妖しい雰囲気ではあった。しかし、法を犯してる訳でもなく、公序良俗に反するものでもない。誰かに害を与えるものではないのだ。それなのに感情を抑えるなんて、あまりにも勿体ないじゃないか。あれだけ天真爛漫な娘がそんなことするなんて、そんなの見てるこっちが堪えるよ。
少なくとも僕は、周りを目を気にして自分を抑えるよりも、のびのびと楽しそうにしてる方がシズクちゃんには似合うと思うな。
「……」
「……」
……あの、何で本心を語ったのに無言で距離を取るの? 僕変な事言った? ちょっと、後ろ向いてヒソヒソ話しないでくれない? ねぇ。
(……シズクがこの場にいなくて良かったわね。テンション上がるとああなる事、あの子ちょっと気にしてたし。あんな自然に受け入れられたと知ったら、即堕ちしてたんじゃない?)
(同感です。……ただまあ、既に相当ナナの事は気に入ってるみたいですし、遅いか早いかの違いだと思いますよ? ただそうなると、私たちは少し距離を取った方がいいかもですが)
(あー……シズク、気に入った相手だとちょっとストーカー気質で嫉妬深いもんねぇ。同性相手なら積極的ぐらいで済むけど、好きな相手となると……)
(中々に怖い事になるかもしれません。……まあ、それすら普通に受け入れそうなナナも怖いですが)
(どっちにしろ距離は取りましょ。下手したら私たちも堕とされる)
(そうですね……。無自覚タラシ、いえ自覚した上で気にしてなさそうですし、更にタチが悪いかもしへません)
(小さい子供の好きを、曖昧に笑って受け入れる大人みたいな感じが近いかしら? どっちにしろ、とんでもないルーキーが入ったみたいね……)
……何でだろ? 表情も見えないし、何を話してるのかも聞こえないけど、凄まじく不本意な事を言われてる気がする。
「「はぁ……」」
「何でため息つかれてるの僕!?」
途中まではいい感じな空気だったのに、最終的にはなんとも言えない空気が部室に流れていた。
これは全部セフィのせいだ。
ナナ君は過去が過去なのでめっちゃ心が広いです。ヤンデレ? 別に犯罪やってなきゃ良いんじゃない。それはそれで可愛いくない? を地でいく精神です。




