第七十八話 VS多世界最強 その七
ギリギリセーフ!……アウト?
ファルシオン選手がダウンした。
──6、7
無常に進んでいくカウント。しかし、ファルシオン選手は動かない。
──8
まさかこれで終わりかと、そんな疑問が頭を過ぎる。しかし、直ぐにそれは有り得ないと首を振る。
数の暴力で圧倒したとはいえ、攻撃してたのは所詮ゴーレムだ。岩石製故に『硬く重い』攻撃を放つことができるが、それでも限度はある。ルール上で運用できるゴーレムの質は高くない。その質を誤魔化す為の数ではあるけれど、本気で防御を固めた多世界最強選手を相手に、あのダウン判定が下る僅かな時間で致命的なダメージを与えられるかと言われれば。
──9
「大丈夫です」
すくっと立ち上がるファルシオン選手を見て、だろうなぁと苦笑が浮かんだ。まあ、どう考えても否だよね。
それと同時に察した。何でカウントギリギリまで動かなかったのか。それはファルシオン選手の様子から明らかだった。
「なるほど。わざとダウンしましたか」
「わざとって訳ではないよ。キツかったのは本当だし。ダウンもね。……ただまあ、敢えて早めにダウンしたのは否定しない」
返ってきたのはあっさりとした肯定。その口調だけで、負い目を感じていないことが良く分かる。『故意のダウン』というと随分アレに思えるが、そこには明確な戦術が存在していた。
即ち、ダウンによる戦闘の仕切り直し。更にカウントを利用した休息。
これによって、ゴーレムの包囲網は再び構築しなければならず。また、追い詰めたファルシオン選手の呼吸は整えられてしまった。そしてトドメとばかりに、『数の脅威』という情報はしっかり実感されたまま。
「……やられましたね」
実戦ではまずお目にかかれない戦術に、内心で舌打ちする。
数の力を利用したゴーレムによる包囲。絶え間無い攻撃による精神的、肉体的な圧力。慣れない多対一の状況から始まり、そうした諸々の要素を加えることによる情報的有利。できればこの『流れ』のまま詰みにまで持っていきたかったのだけれど。
結果として得られたのは、ファルシオン選手のダウン判定のみ。勿論、勝利への1歩としては大きなものではあるけれど、仕切り直しからの逆転の可能性を考えるとあまり旨くない。
なにせ相手は多世界最強であるファルシオン選手だ。ただの仕切り直しの為にダウンという不利を背負う選択するとはどうにも思えない。どちらかと言えば、『ダウンを取られても仕切り直せれば挽回できる』なんて考えてた方がしっくりくる。
「……さて、どうなることやら」
最悪の事態、『数の暴力に対する有効的な一手』を打たれることは想定しておく。その上で僕が取るべき選択。
──始め!
「行け!!」
即ち先手必勝! 何かされる前に数の力で圧殺する!
定位置についていた僕の側に控えるゴーレム、その全てをファルシオン選手にけしかける。それと同時に新たなゴーレムを次々に生み出し、同じように突撃させていく。
今までは生み出すゴーレムの上限を12体までに制限していた。徒手空拳のファルシオン選手を相手にする場合、それ以上のゴーレムは遊兵となると判断したから。それに広いとはいえ、リングのスペースは有限。下手にぞろぞろ生み出すと、もしもの時の僕の機動力に影響が出かねない。
しかし、今回は敢えてその制限を無視する。最悪の事態が起きた場合、一気にゴーレムが減る可能性が高いかはだ。減ってから作っていてはまず間違いなくファルシオン選手の接近を許すだろうし、下手すればそのままゲームオーバーだ。
故にこその全力創造。はたして結果は──
「ふっ!」
聞こえてきたのは短い呼気。それと同時に空間に迸る黒い閃き。
そして、ファルシオン選手に殺到していたゴーレムの大半が破壊される!
「っ、やっぱりか!」
予想は的中。外れて欲しかったが、どうやら最悪の事態が起きた様子。
問題はその手段だ。魔法、それも1度に10体近いゴーレムを破壊するような範囲攻撃の気配は感じなかった。更に言えば、あのゴーレムたちの壊れ方。衝撃で砕かれたというより、バラバラに刻まれたような崩れ方をしていた。
そして気付く。ファルシオンの右手。そこには何かが握られていた。つまり、さっきの黒の閃きの正体は……!
「っ、はあっ!?」
自然と驚愕の声が上がった。右手の中の物と、ゴーレムの壊れ方。そこから導き出されるのは、刃物による斬撃。そこまでは読めた。獲物はどこから持ってきたのかとか、色々と言いたいことはあったけど、今はそれ以上に獲物そのものに対してただ驚いていた。
「蛇腹剣!? 何ですかそのキワモノ!? 浪漫武器にも程があるでしょ!?」
そう。ファルシオン選手が握っていたのは柄だ。だがその柄から伸びるのは真っ直ぐな刀身ではなく、ワイヤーのような漆黒の糸。刃となる刀身は、等間隔にその糸に繋がる形で存在していた。
その武器の名は蛇腹剣。通常の武器としてはまず製作できない、地球世界発祥の架空武器。一応、魔法を使う前提のデバイス武器としては存在はしているが、普通の鞭のような中距離打撃武器として作った方が、製作難易度的にも使用難易度的にも容易いという、色んな意味で残念な浪漫武器だ。……まあ、その浪漫溢れるビジュアルから根強いファンや使い手が存在しているのは耳にしてたけど。
「まさかファルシオン選手が蛇腹剣使うとは思いませんでしたよ……!!」
「んー? これ慣れれば結構便利なんだよ?」
「そもそも慣れるような物じゃないんですが!?」
何度も言うけど、蛇腹剣は浪漫武器だ。念動系魔法の補助を使って漸く振り回せる。振り回せたところで相手を切り裂く程の鋭い一撃を放つことが難しい。そもそも刃筋を立てるのがまず困難。そんな三重苦を背負い、最終的に『刃要らない。打撃武器にした方がマシ』と言われるような武器なのだ。慣れるとかそういう問題じゃない。
しかし、
「ハッ!」
ファルシオン選手の操るソレは、的確にゴーレムたちを斬り裂いていく。それまさしく刃の大蛇。武器そのものが意志を持つが如く、縦横無尽にリングの上で猛威を振るっていた。
「有り得ないでしょう……! 何ですかその練度!? というか、そもそもそんな獲物何処から!?」
「え、秘密」
「でしょうね!?」
種明かしは当然の如く拒否された。まあ、わざわざ相手に利を与える意味もないのだから、この反応が普通だろう。
それにぶっちゃけると、見当自体はついているのだ。そもそも、ああいう武装は試合開始前から装備しておかなければルール違反となる。無手と思って近づいた途端、獲物を呼び出してズンバラリンというのは、明らかにスポーツマンシップに反しているからだ。後は単純に、試合中にデバイス武器の装備を許すと、過剰威力の物が持ち出される可能性があり危険だから。
つまり、普通ならデバイス武器は既に所持しておくか、そうでなくても腰に吊るすなどして分かるように装備していなければならない。しかし、ファルシオン選手は明らかに無手だった。そうにも関わらず蛇腹剣を手にし、審判からストップも入っていないとなれば、それ即ち合法ということ。
そんなことを可能にする方法を、僕は知っている。なにせ、僕のゴーレムだって味方を変えれば武装のようなものであり。
「つまり、試合内での創造! そして魔法らしい魔法の気配が無いとなれば……【固形化】の魔力性質か!」
「っ、相変わらず勘が鋭い!」
半ば確信を込めて叫べば、ファルシオン選手から返ってきたのは遠回しな肯定の言葉。
魔力性質【固定化】。それは単純に言えば魔力の物質化である。魔力性質の中では一通りポピュラーなものであり、扱いに慣れれば色々な物を魔力で造ることができる。それこそファルシオン選手のように!
「……ついでに色々見えましたよ。確かタタラって言うのは、姉さん曰く地球世界の日本で昔使われていた製鉄方。つまりそのデバイスは、魔力で武器を形成する為の補助具あたりですか?」
「本当に勘が鋭いなぁ!? 今の一瞬でそこまで見抜くかな普通!?」
「洞察力は養われてましてね」
実戦で培われた情報収集能力と情報分析能力。そして命懸けの戦闘で研ぎ澄まされた勘。これらが合わされば、これぐらいはどうにか看破できる。
「ただそれでも、蛇腹剣をチョイスした意味だけは理解できませんがね。その練度も含めて」
「あー……。一応言って置くけど、浪漫主義って訳じゃないから。別に槍みたいな長物でも良かったし。ただ私が扱える武器の中では、一番コレが広範囲だったってだけ。ついでに言うと、ある程度は斬撃と打撃で使い分けができるしね」
「……は?」
待った。今サラッと凄いことが聞こえた気がする。凄い厄介な言葉が混ざってた。
「私が扱える武器の中では……?」
「……おっと。失言だったかな? いやまあ、変な趣味扱いされるよりは良いか……?」
僕の言葉に、ファルシオン選手は苦笑しながら首を傾げる。……その反応が余計に背筋を泡立たせる。
そんな中、この際だからとファルシオン選手は言った。言い放った。
「ま、察しの通り。魔力性質を有効活用する為に、一通りの武器は修めているよ。全部似たような練度でね。……あ、勘違いしないで欲しいけど、キミと違って別に舐めプって訳じゃないから。基本的に格闘スタイルなのは、それが一番得意ってだけ。変に武器つくって魔力を消費するより、強化して徒手空拳で攻撃した方が効率的なんだよね」
その言葉の意味を、僕は戦慄と共に理解した。後半部分はぶっちゃけどうでも良い。重要なのは、あの蛇腹剣と同等の練度で一通りの武器を扱えるということ。
先程見せた技量は、蛇腹剣をただの浪漫武器と片付けられないレベル、即ち達人と呼べるものだった。……それと同じ練度? 一通りの武器を?
「……ふざけてる。どんな才能だ」
「キミに言われたくは無いけど……。ま、ここは敢えてこう返そうか」
そういって、ファルシオン選手は柄を握る右手を僕に突き付け。
「確かに多対一の戦場では、キミのが遥かに強いみたいだ。数の暴力がこんなに厄介なんて知らなかった」
──でも、
「魔導戦技は私の領分だ。ほんの一時圧倒したからって、余裕こいてると痛い目みるよ?」
獰猛な笑みを浮かべてみせた。
そろそろ試合も終わります。まー長いこと長いこと。




