第七十三話 VS多世界最強 その2
遅れました。ごめんなさい。
「哈ッ」
「っどう!?」
予備動作無しで放たれる拳。炸裂魔法で無理矢理身体を吹き飛ばし、ギリギリで躱す。
「セイッ!」
「っの!!」
鞭のような靱やかさで放たれる回し蹴り。直撃の瞬間に全身を捻り、脚の側面を擦るように回転することでなんとか受け流す。
「フッ!!」
「ぶっな!?」
蛇のような狡猾さで持ち込まれたグラップリング。致命的な形に入る前に、掴まれてる箇所に炸裂魔法を発動させることでどうにか逃れる。
「哈ッ……!!!」
「ぐぬぅっ……!?」
ゼロ距離から放たれる掌底。咄嗟に腕をクロスさせ、更に後方に跳ぶことでダメージを抑えようとしたが、達人の理によって成されたあまりにも重い一撃の為に、衝撃を逃しきれずに吹き飛ばされる。
「はぁっ……キッツ……」
そうして行われた数々の攻防に、自然と弱音が漏れた。
試合の展開は中々に酷いものである。防戦一方という言葉が正に現状を表しており、僕はファルシオン選手に攻撃することが1度もできていない。あまりにも苛烈な攻撃の数々に、防御することがやっとな状態だ。
しかも残念なことに、僕がこれまで何とか隠してきた手札の数々は既に開示済みときた。ブラストアーツは回避の為に何度も使ってるし、多重掛けも技量の差を少なくする為に使用済み。初見殺しのアドバンテージ云々の話は何処へやら。持てる全てを駆使して何とか凌いでいるのが現状だ。
いやはや。分かってはいたけど手も足も出ない。本当にとんでもないよ彼女は。人によっては心が折れるんじゃなかろうか? そう思ってしまうぐらいに強過ぎる。
選手としてのレベルは勿論なのだけど、それ以上に恐ろしいのが技の種類の多さだ。ところどころで流派は不明だが古流武術らしき理が見受けられるし、かと思えば多種多様な近代格闘技の技が飛んでくる。しかもその全てが達人の練度で繰り出されるのだから堪らない。
達人という枠組みの中では、ファルシオン選手の技量は下位だ (競技選手としてはそれでも十分に化け物の部類だけど)。しかし、技の多彩さという面ではかなりのもの。いや、もはや節操が無いと言っても良い。どうやったらこんなオールラウンダーの怪物が誕生するのだろうか?
……まあ、そんな現実逃避の疑問はさておいといて。結論から言うと、マジで勝てないコレ。情けない試合にはしないなんて目標を掲げてたけど、ちょっと無理そう。単純に強過ぎる。そしてなにより、
「……手強いですね」
ファルシオン選手の意識がどんどん研ぎ澄まされていっているのがキツい。
試合前に見せていた明るさは既にない。試合直後の白刃を連想させる鋭さも消えた。今の彼女はそれよりも恐ろしい、兵器のような無機質の冷たさを放っていた。
「本当に嫌になります。何度も追い詰めたのに、その度にギリギリところですり抜ける。どうしても最後の一手が攻めきれない」
嫌になる。ファルシオン選手はそういった。魔導戦技に並々ならぬ熱量を注ぐ彼女の言葉とは思えない。しかし、現実として吐き出される言葉には一切の熱が籠っていなかった。
「これだけなら最高の強敵なんですけどね。──手抜きされてることを踏まえれば、とてもイラッとします」
何故なら彼女は、試合前と比べると酷く不機嫌になっているから。理由は単純で、彼女は達人であるが故に僕の実力を正しく理解してしまったらしいから。
「……手抜きなんてしてないですよ?」
「確かに水無月選手は真剣にやってますね。限定した力の範囲でなら、という条件がつきますけど」
「……」
図星をつかれて思わず閉口する。彼女の口振りからして、カマかけではなく確信を持っているのだろう。いやまあ、防戦一方になってる最中に『様子見してるんですか?』とか『そろそろ本気を出しても良いんですよ?』とか楽しげに言われてたし、そんな気はしてたけども。……それが次第に『防戦一方になっても尚出し渋るんですか!?』ってなって、最終的に『……分かりました。貴方は勝つ気がないんですね』と失望されてしまった訳で。
「……何でそう思ったのか訊いても?」
「まず炸裂魔法と多重掛けだけで、貴方の魔法能力の高さは分かります。魔力量、魔法技術だけなら、私は多分水無月選手の足元にも及ばない」
「……かもしれないですね」
この部分に関しては否定はしない。分かる人なら簡単に分かることだ。実際、ラピスさんにも速攻でバレた。
「でも、それだけで手抜きって言うのは酷くないですか?」
「まあ、個人の好みもありますからそれは否定しません。……でも水無月選手、貴方は格闘に思い入れがある訳ではないじゃないですか」
「何故です?」
「逆に分からないとでも? 貴方の身体は確かに鍛えられてますけど、格闘をやる鍛え方ではなかった。試合前に拝見した手の感じを見るに、格闘を本格的に始めたのはココ最近でしょ」
「……ええ」
「でも、貴方の判断から裏打ちされた経験は伺えます。つまり格闘をやる前から戦技そのもには触れていた。そしてあのスタイル。変幻自在で大変素晴らしいと思いますけど、明らかに身体に掛かる負担の方が大きい。使い慣れてる感じはありますけど、スタイルとして常用するには明らかに変です」
「……」
「となれば、アレは以前から使ってはいたものを格闘に転用したと考えられます。で、あの突出した機動力を踏まえれば……本来は近接戦にもつれ込んだ時の離脱用とかじゃないんですか?」
……認めよう。
「つまり、水無月選手の本来のスタイルは近接型ではなく遠距離型。そうですよね?」
ファルシオン選手には、全て見抜かれてしまっている。身体付きから判断するとかいう達人技は混ざっていたけど、それを置いといても筋の通った分析だ。
ここまで看破されて尚誤魔化すのは、流石に往生際が悪過ぎるかな。
「……正解です。僕は遠距離型ですよ」
「やっぱり。じゃあ手を抜いてるのも認めるんですね?」
「手を抜いてるつもりは無いんですけどね……」
「真逆のスタイルを取っていて、尚且つ追い詰められてもそれを変えないのが手抜きだとでも!?」
「くっ!?」
吐き出された怒気は雷光の如き踏み込みに転化され、ともすれば岩を貫くであろう貫手が放たれる。それをなんとか躱して距離を取るが、追撃が飛んでくることはなかった。
……ただ、ファルシオン選手は怒りで身体を震わせながら、僕を睨んでいた。
「……もうキミに丁寧な言葉は使わないよ。選手とも思わない。ねえ、水無月君。キミは何で魔導戦技をやってるの?」
口調が砕けたものに変わる。でも、それは決して僕と彼女の心の距離が縮まったからじゃない。むしろ言葉共に、先程まであった敬意も砕けていた。
「……強くなりたいから、ですかね」
「そう。私は魔導戦技が好きだからだよ」
「……でしょうね」
それは知っている。あの開会式での宣誓を聞けば、誰もが彼女の魔導戦技にかける情熱を理解できる。
「私は過去に酷い怪我をした。それでも魔導戦技が好きだから、頑張って戻ってきた。この大会はそんな私にとっての念願の舞台なの」
「……知ってます」
「だから私は真剣にやってる。もう1度多世界最強という栄光を手にする為に、選手として本気で戦ってる!」
「……分かります」
「開会式での私の言葉だってそう! 私は、真剣な選手の方々と試合をしたいの! そうして乗り越えて掴んだ先の輝きを知ってるから!!」
「……」
多くの選手たちが、本気で勝利を求めてぶつかり合う。その先にあるからこそ、その栄光は尊いのだと彼女は語る。
そしてだからこそ、僕の行為を許さないと彼女は叫ぶ。
「……勿論さ、今までの試合にだって、勝つ気がない人はいたよ。どうせ勝てないからって、諦めてる人はいた」
「でしょうね」
「……悲しいけど、それはしょうがないことだよ。実力差っていうのがあるのは事実だもの。それにそんな人でも、真剣に勝利を求めたことがあるのは見れば分かる」
別に彼女だって、心が折れた人を否定する気はないのだろう。選手だって人間だ。高過ぎる壁に膝を折ることもある。彼女からすれば、それは悲しいことではあるけど、怒るべきことではないのだという。何故なら、魔導戦技に真剣であることは分かるから。
「──でもキミは違う。あの人たちとは違う。私を前に勝つことを諦めた人たちは、勝てる可能性があれば全力で戦った人達だ。これまでの試合映像、なにより眼を見れば分かる。でもキミは! 私に勝てる可能性がありながら、一向にそれを使わない! 本来のスタイルを使わない!!」
怒るべきは、勝てる可能性がありながらそれに手をつけない者だと。真剣に勝利を求めないものであると、彼女は吼える。
「キミは強いんでしょ!? 私には分かるよ! 試合じゃないなら、いや、使用魔力のレーティングがプロのものになったら、そのスタイルでも負けかねないって! キミの魔法能力はそれ程に高い! 本来のスタイルを取れば、今からでも十分に私に勝てる可能性がある!」
「……僕の本来のスタイルは、試合で使うには不都合が多いんですよ」
「そんなんじゃ誤魔化されないよ! キミの本来のスタイルは知らない。でも、キミの魔法能力と遠距離型の立ち回りが組み合わされば、それだけで十分に脅威だ! 今のスタイルに魔法弾が加われば、一気に戦いの幅だって広がる。それができないとは言わさない!」
苦し紛れの言い訳は、天賦の才が齎す観察眼によって喝破された。
「何でやらないの!? キミに負けた人だっているんだよ!? 私たち選手は、敗者の想い背負って戦うんだ! キミがそれじゃあ、キミに負けた選手の方々が浮かばれないじゃないか! キミの行為は、悪戯に他人の夢や気持ちを摘み取ってるだけだ! そんなのは絶対に許さない!」
「っ……」
それは痛烈な言葉だった。悲しいくらいに正論で、僕には何も言い返すことができない。あまりにも後ろめたいことが多すぎて、何も言葉が出てこない。
「ここは、リングは私たち選手の聖域だ! そのふざけた考えを改めないなら、私はキミを力ずくで叩き出す!!」
「くっ……!?」
そうして、ファルシオン選手による怒涛の攻撃が始まった。
ナナ君、キレられる。……そりゃそうなるよねというのが現実なんですがね。
本気でやっている人と、本気でやってない奴がぶつかり合った訳です。特にアテナちゃんに至っては、再起の為の記念すべき大会な訳で。当然、最初は強敵だし燃える!みたいな感じでナナくんには期待してたんですが、一向に勝つ気が感じられずナメプされてたら……ね?
ある意味、これまでのナナ君の歪み的なものが指摘されたのでした。




