第七話 魔力を炸裂! あと乙女の本性も
全話でもちょくちょく出てますが、ナナ君は実戦経験も豊富でクソ強いです。ただしスポーツとなるとスペックが滅茶滅茶制限されるので【強い】から【つおい】になります。……まあ実戦でも余裕で上には上がいるんですけどね。
炸裂格闘術。それは身体の一部に魔力を集め、炸裂させる事で加速や攻撃を行う、僕オリジナルの魔導格闘術だ。
攻撃、防御、移動全てで応用が効き、1回の攻撃で事実上2回の攻撃を仕掛ける事が出来るという中々のメリットがある。
だがその反面、魔力を常に動かし続けなければならず、炸裂魔法により魔力を大量に消費し、魔法領域を連続で酷使する必要があるという、メリットを遥かに上回るデメリットが存在するという欠陥格闘術。
ただそれでも、強い技術に変わりない。長期戦闘に全く向かないというデメリットに目を瞑れば、叩き出される火力と機動力は優秀な部類だし、なにより近接戦闘の技量をある程度までなら炸裂魔法でカバー出来るというのが魅力的だ。
速度が上がればそれだけで対応する難易度が上がる。火力が上がればそれだけで勝てる可能性が高くなる。
だからこそ、
「……はぁ、はぁ、……っ、イツ、はぁー、危なかった……!」
速度を上げ、火力を上げ、尚且つ初見故の不意打ちですらギリギリ防ぎきったシズクちゃんは、やっぱり相当強い。
「あはは……決まったって思ったんだけど……。決めゼリフみたいな事言っておいて倒せてないってのは、ちょっぴり恥ずかしいかな?」
アレ、結構渾身だったんだけどなー。拳の方は兎も角、炸裂魔法に関してはほぼ無防備なところに打ち込んだつもりだったんだけど。
「何で無事なのか教えて貰っても?」
「ナナがやってたの、真似したの。咄嗟だったから、結構食らっちゃった、けどね」
「マジかー……」
魔力の集中による魔法のピンポイント発動。あれって結構難しい技術なんだけど……。
まず魔力操作が巧くないと魔力を1箇所に集めるのは難しいし、その状況で魔法を使うと処理が複雑になって魔法が暴れる。なんとか技量を上げて2つのハードルを超えても、相手の攻撃が着弾する前に行わないといけないという壁が立ち塞がる。
僕がポンポンそれを行えるのは、普段から阿呆みたいな量の魔力を扱ってるからであり、膨大な魔法領域を持ってるからだ。
幾ら魔力上限が30という極僅か量だとしても、不完全とはいえぶっつけ本番で成功させるような技術じゃない。
「シズクちゃん、才能豊か過ぎない?」
「やってみて分かったけど、こんな難しい事をぽんぽんやってるナナの方が、ずっと凄いと思うよ?」
「僕は慣れてるだけだよ」
天才っているもんだね。なんか、真っ当に才能豊かな人って初めて見た気がする。
いや、強い人ならユメ姉さんを筆頭にいっぱいいるんだけど、大体が経験豊富な歴戦の魔導師か、才能が突き抜け過ぎて異能の領域に入ってる人とかだから……。
発展途上な普通の天才って、見ていて新鮮だ。
「うん、やっぱりナナとやるのは楽しいな。凄いの見せて貰ったし、今度はこっちが見せる番だよ!」
「あはは、まだ本領じゃなかったって結構衝撃なんだけど……。でも、そういう事なら是非見して欲しいかな!」
まだ上があるというなら、ひっじょうに気になるところ。見ていて楽しいし、なにより僕は強くなりたいから。
こういうタメになる経験は、幾らあっても足りないからね!
「いっくよー!」
「こっちこそ!」
お互いが同時に踏み出し、リングの中央でぶつかり合う。
シズクちゃんが拳を打ち出し、それを身体に掠めながらもギリギリで僕が躱す。僕が懐に入ってブラストアーツを構えれば、シズクちゃんは小刻みにステップを踏んでするりと間合いから離れてしまう。
追いかけようと1歩踏み込むと、出鼻を挫くかのような顔面狙いのカウンター。咄嗟に身体を反らしたけど、また鼻先掠めたよ! しかも体勢崩した瞬間、ここぞとばかりにラッシュを打ち込んでくるんだから堪らない。
「っ、ぇぃ!」
崩れた身体を無理矢理を動かし攻撃を捌く。それでも無理なものはある程度受け入れ、回避不能な致命的な一撃だけは魔力集中によるピンポイント魔法防御で防ぐ。
なんとかラッシュを凌ぎ、体勢を戻した途端にシズクちゃんは離れていった。綺麗なヒットアンドアウェイだねっ。
「あははっ! 硬いねナナ! 呆れるぐらい硬いよ! 押し切れそうなのに押し切れない!」
「魔法能力にはちょっと自信があるからね。というか、シズクちゃんも巧くない? 本気でキツイんだけど」
「一応、コーチから、格闘術だけでもフリットカップ地区予選の上位には届くかも、とは言われてるから!」
「何それ怖い」
シズクちゃんの予想以上の実力に、思わずため息が出た。
というか魔導戦技の大会って、これだけの腕があっても地区予選の上位までしか通用しないんだ……。格闘術だけでそこまで食い込むシズクちゃんが凄いのか、そこまでしかいけない魔導戦技が魔窟なのか。
どっちにしろ、今の僕じゃ、魔導戦技では通用しない。テレビで観るのと、実際にやるのとじゃ全然違うね。ルールの上では、ここまで強い人がいっぱいいて、ここまで僕が弱体化するとは。
「うん、やっぱり私もとっておき、使っちゃおう!」
「来るかー……」
現状では、格闘術ではシズクちゃんが一回り程上、魔法能力では僕のが圧倒的に上だけど、制限のせいで同じように一回り上ぐらいに落ち着いている。結果として、実力はほぼ拮抗している。
だが忘れちゃいけないのが、シズクちゃんが使ってるのは身体強化系の魔法だけで、あとは格闘術だけで戦っているという事。僕たちが行っているのは魔導戦技である以上、他にも魔法を使うのは当然だ。
んで、格闘術だけで拮抗されてるのに、魔法なんて使われたら……。
「こりゃ下手したら負けるかな……?」
微妙に戦きながらも、警戒体勢を取る。
はたして、彼女のいうとっておきとは。
「ふっ!」
シズクちゃんは素早い動きで距離を詰め、僕目掛けてジャブを放つ。
その拳は、紅く輝いていてーー。
「っとお!?」
あっぶなぁ……っ!?
なんかすっごい綺麗な紅だったせいで、一瞬反応が遅れたよ! ギリギリで回避したけど、ちょっと服掠った。本当に危ない。あんな如何にも何かありますよって攻撃、当たりたくないよ。
いやでも、まさかこういう搦手をしかけてくるとは!
「デバイスの発光による目眩しとは、また随分古典的だね」
「いや違うよ!? 私のとっておき、そんなしょぼくないよ!」
うん知ってた。
「にしても綺麗な紅だね。試合中なのに見蕩れちゃったよ」
「ありがとう! でも、それで負けたら駄目だからね! そんなのつまらないから」
「まさか!」
会話は楽しげに、しかし行動は苛烈に。
ジャブ、ジャブ、ローキック、ストレート、アッパー。絶え間なく放たれる攻撃を、なんとか避けていく。攻撃を捌く事は出来ない。あの発光が触れるだけで効果を発揮する可能性がある以上、迂闊に防ぐのは不味い。
とはいえ、今まで完全に回避するのが難しかった攻撃だ。逃げに徹していても、直ぐに限界がくる。
ならば、距離をとってまた仕切り直そう。バックステップするのと同時に、足先から魔力を炸裂。
「これで離れーーっ!?」
一気にシズクちゃんから距離をとろうとしたら、途中で身体がつんのめった。まるで何かに繋がれているように。
バランスを崩したその瞬間、シズクちゃんが猛然と突っ込んでくる。マズっ!?
「はぁぁっ!」
「っくぅ!?」
マトモな回避も出来ず、渾身のラッシュが叩き込まれる。
一気に距離をとろうとしたのがいけなかった。炸裂させた反動は大きく、いまだ重心が浮いていた。その状態で予期せぬ方向から力が掛かれば、マトモな反応など出来ない。
せめてもの抵抗として、ピンポイント魔法防御を行うが、手数で攻められたら流石に追いつかない。
「……うっそ!? これでもまだ沈まないのナナ!?」
「既に沈没間近だよ!!」
一瞬でも気を抜けば、その瞬間にノックアウトされそうだからね!? というかこれ、試合だったら判定負けが確定してるぐらいボッコボコにされてるよ。
「っ、なんとかしなーーあれ!?」
どうにか身体を動かして、ラッシュから逃れようとして気付く。
なんか身体が動かない!?
何故だか知らないけど、身体の至るところが他のところとくっ付いて離れない。え、何これトリモチでも叩きつけられた!?
「ちょ、えっ!?」
「これが私のとっておきだよ!」
やはりというか、シズクちゃんが何か魔法を使ったらしい。
……いやでも、こんな拘束魔法、僕知らないんだけど。捕物やる身としては、一通りの拘束魔法の知識はあるのに……オリジナル魔法? それともユニーク魔法? いやそれはないよね。そもそもこんな特殊な魔法、3級デバイスで追加される程度の魔法領域じゃパカパカ撃てない筈だし……。
なんとかシズクちゃんから距離を取りながら、このとっておきとやらの正体について思考を巡らせる。
「……っ! まさか魔力性質!?」
「正解っ!」
もしやと思って声に出したけど、正解だったらしい。
え、というか本当に!? もしそうなら、これ相当強力でレアだよ。
魔力性質とは文字通り魔力の持つ性質だ。何人かに1人の割合で、何らかの特性を備えた魔力を持つ者が生まれる。その特性に沿った魔法を行使しやすくなり、特性の強さによっては行使する全ての魔法に特性が宿り、更に強くなると魔力だけで影響を与えられる。
有名な特性では加熱や冷気。加熱ならば炎熱系の魔法、冷気なら冷却系の魔法が得意となり、強くなると全然違う魔法にすら熱や冷気に沿った効果が表れ、更に強くなると魔力自体に熱や冷気を持つようになる。
因みに僕も、浸食と同化の性質持ちだ。性質も珍しく、複数持ちも珍しいので、偶にレアキャラ扱いされる。
まあ、それはそれとして。シズクちゃんの性質だけど……。
「トリモチみたいな感覚、身体拘束……接着や粘性?」
「おおー、正解だよナナ! 接着が私の魔力性質。お餅みたいにくっ付いて、相手の自由を奪うのだ!」
「そりゃこんなにガッツリ食らった分かるよ!」
にしても接着かぁ。また随分と珍しい性質だね。しかも魔力に触れただけで引っ付くとか、性質の強さは最高レベルだし。
「シズクちゃん、明るいイメージに反して、相当えげつない戦い方をするね……」
攻撃に当たる、または防御すればする程、行動が制限されていく。接着の魔力を解こうとすれば、意識が向いてるうちに攻撃されて降り出しに戻る。距離をとろうとしても、くっ付いた箇所とシズクちゃんの腕から伸びる魔力がゴムみたいになって、さっきの僕みたいになると。
そして恐らくだけど、シズクちゃんのデバイスは魔力性質の補助特化。バンテージのような形態も、拳をメインに使うシズクちゃんに合わせたからだろう。
……というか、今思い出したけど、【アトラクナカ】って地球世界のコズミックホラーに出てくる、蜘蛛の化け物か神様だよね? 子供のデバイスの名前にしちゃちょっと物騒過ぎやしないかな!?
「まあ完璧なまでに名は体を表してるけれど」
「どういう事?」
「いや、魔力で拘束しながら戦うのって蜘蛛みたいだなと」
「あー!? そういう事言うんだ! そういう事言うんだ!?」
「あれこれ逆鱗!?」
だってデバイスの名前も蜘蛛関連じゃん!? ちょっ、そんな今まで1番強烈なラッシュ止めて!?
ムッとした様子のシズクちゃんを視界に収めながら、このままいくと詰むという予感が頭を過ぎった。
その瞬間、身体は反射的に動いていた。
「っ、ぁぁい!!」
「うわっ!?」
パパパパンッという炸裂音が響き、衝撃破がシズクちゃんを吹き飛ばす。
「っ、……!」
僕が行ったのは、半ば自爆のようなこと。接着されている箇所に上限いっぱいの魔力を集め炸裂。これを出来るだけ速く、出来るだけ強く行ったのだ。
拘束は魔法ではなく接着性質の魔力によるもの。ならば、それ以上の魔力でゴリ押せば、拘束は外せる。
ただまあ、反動を気にせず行ったせいで、余計に満身創痍になっちゃったけど。……あのままノックアウトされるよりはましだよね。必要経費必要経費。
「……っ、よし、これでまだ戦える」
「……」
「……ん? え、シズクちゃん?」
何か反応がないなと、ワンチャンさっきのでノックアウト出来たのでは思って見てみたら。
さっきの不機嫌さ何処へやら、シズクちゃんは何故かものすっごい目をキラキラさせていた。
「……す、凄い! 凄い凄い!! ナナ凄いよ!」
シズクちゃんが歓声を上げる。
「こんなに強いなんて! そんな状態になっても諦めないなんて! まだ戦おうとするなんて! カッコイイ! カッコイイよ!! もっと見して! もっともっと楽しませて!!」
とても楽しげに、とてもとても愉しげに、シズクちゃんは身体を震わせる。
それは欲しかった玩具を、突然目の前に出された子供ようで。それは大好物の獲物に、いままさに飛びかかろうとする捕食者ようで。
無邪気な子供と、残忍な捕食者。決して合わさる事のない2つが、シズクちゃんの中で混ざり合っていた。
不気味には思わない。本来なら合わさる事のないそれは、アンバランスな色気となって僕の身体に突き刺さる。
「ああ、何でなの? 私の方が優勢の筈なのに、私の方が勝ちそうなのに、何で倒せる気がしないの!? 倒したいのにっ、勝ちたいのにっ、もっともっと続けていたいよ! 何でこんなにドキドキするの!?」
まるで巣に掛かった獲物を見つけ、歓喜する蜘蛛。
シズクちゃんはこのリングの上で、僕を見ていた。僕だけを見ていた。
「愉しいなぁ愉しいなぁ愉しいなぁ!!」
決して逃さない。私の巣から帰さない。力尽きるまで足掻いてみせて。ワタシのココロを満たしてみせて!
サディスティックな表情は、アブノーマルな雰囲気は、どうしようもない程に妖しく、そして美しい。
(やっぱり蜘蛛じゃん! 戦い方どころか、内面も蜘蛛じゃんキミ!!)
怒られるから口には出さないけど、胸の内では文句が溢れてくる。
あ、別に引いたりはしてないよ? 物心ついた時から色んな人を見てきたし。これぐらいなら全然可愛いもの、むしろギャップがあって魅力的な方だと思う。
これが殺人衝動とか、そういう反社会的な方向に振られたのなら、機動隊所属としては見過ごせないけど、シズクちゃんの場合は魔導戦技限定だろうし。戦闘狂というか、サディスティックな一面も、魔導戦技という競技の中で発揮するなら、それはそれで健全だと思う。
ただこれ、確実に変なスイッチ入ってるから、絶対に攻撃とか更に苛烈になるよね?
現時点で既に満身創痍なのに、これ以上ヒートアップされると堪ったもんじゃないというか。
「あははっ、もっと! もっともっと!! ずっと一緒に楽しもう! ナナ!!」
あー……うん。なんというか、喉元まで出かかっていた文句が一瞬で引っ込んだ。
だってすっごい綺麗な笑顔なんだもん。こんな楽しそうなシズクちゃんに水を指すなんて、こんな綺麗な笑顔を曇らせるなんて、僕には出来ないよ。
ユメ姉さんに引き取られた時から、僕は女の子の笑顔が弱点になっちゃってるんだ。
「……そうだね。もっとやろうか」
「うん!!」
こんな素敵な笑顔の為なら、僕は全力で戦おう。この子の願いを叶えてみせる。ズタボロにされるだろうけど関係ない。その程度なら安いものだし。
なにより、僕は強くなる為に魔導戦技を始めるんだ。この程度、命の危険がない程度の逆境なんて、余裕で受け止めてみせないと!
「あはははっ、行くよナナ!!」
「さあ、来い!」
だからだろうか。
「はい2人とも、そこまで! ストップ! スパー終了!!」
静止の声は、リングの外から掛けられた。
ヒロインはやっぱり癖がなきゃなぁ!!