第六十六話 フリットカップ第1地区予選、初戦 (ナナ)
遅くなりました。ゴメンなさい。
「……マズイことになったわね」
熱狂の開会式が終わった後、コーチは難しい顔でそう呟いた。具体的に何がマズイとは口に出さなかったが、先程のアレの後となれば大体想像できる。
「やっぱり彼女、マズイですか?」
「ええ。魔導戦技関係者として、なにより1人の大人としては、彼女の復活はとても嬉しく思うわ。あの事故はそれほど衝撃的だったから」
栄光を手にした少女のはや過ぎる落日。そのニュースは業界関係者に大きな影を齎したとコーチは語る。故にこそ、今回の復活は喜ばしいものである。歓声をもって迎えたいと思うのが人情だ。
では何がマズイのかと言うと、
「ただ貴方の指導者としては、素直に喜べないのよねぇ……」
件の世界最強が、僕とぶつかることになるからである。……いや、うん。ファルシオン選手が開会式に出てきたことである程度は察してた。あの場にいたってことはこの地区予選に出るってことだし、それでいて男女混合の部の優勝者だし。勝ち進めば必然的に僕たち1年トリオの誰かと当たる訳だ。ファルシオン選手が負けることはまず有り得ないだろうしね。本人曰く今が全盛期らしいし。
で、トーナメント表を確認してみたところ、ファルシオン選手は僕と当たることになっていた。しかもよりにもよって、ベスト8を決める第4試合目でぶつかるという。これには部の皆で頭を抱えた。
「何でここなんでしょうね?」
「組み分けに関しては運よ。しょうがないわ」
「理想を言えば1つ後が最高だったんですけど」
「そこはもう諦めなさい」
「世の中上手くいきませんねー」
順調に進めば同門対決無しで都市本戦だった訳だけど、いざ蓋を開けたら、いや蓋を開けた上でひっくり返ってこの通りと言うべきか。ある意味では理想的な組み分け。絶妙なタイミングでとんでもない強敵とぶつかることになろうとは。
1つ後の試合なら特に問題は無い。都市本戦への出場が決まっているから、思うところもなく胸を借りれただろう。逆にもっと早く当たるのなら、運が悪かったと諦めもつくだろう。しかし、現実はこの組み分けだ。もう笑うしかない。
「因みに、ファルシオン選手と戦って勝てると思います?」
「……あくまで、2年前の彼女の実力を参考にした場合だけど」
「はい」
「厳しい意見になるけど、貴方の実力じゃまず無理よ。1R保つか怪しいわ」
「わーお」
多世界最強がどれ程なのか知らないので聞いてみたら、中々に辛辣な言葉が返ってきた。予想はしてたけどそんなに強いのね。
「本当にケタ違いに強いのよ、彼女。かつての大会中、1度もダウンを取られなかったなんて伝説があるぐらいにね。【魔導戦技のオーバーS】なんて異名も付いてるわ」
「……あらまぁ」
オーバーS。知っての通りこの社会の最強存在だ。そんなトンデモに例えられるってことは、つまり彼女は魔導戦技においてそれだけ隔絶した実力があるということ。……流石に本物ではないだろうけど。野良のオーバーSとか確保に統括局が動くし。
まあでも、ファルシオン選手がそのレベルの相手ということなのは分かった。それならむしろ、一撃KOはされないって点で高評価な気もする。
「それじゃあ、やっぱり都市本戦は無理そうですねー」
「……そこは是非とも、絶対勝ってやるっていう気概が欲しいのだけど?」
「いやまあ、最善は尽くしますよ?」
その上で叩き潰されるだろうなぁとは思ってますけど。
そう言ったらコーチに頭を抱えられた。
「その淡白な反応はどうかと思うわ……」
「淡白て。僕だって残念な気持ちはあるんですよ? 皆と上まで行きたかったですし」
「その理由が淡白だと……いえ。何でもないわ」
「何故そこで言葉を切るんです?」
「今の貴方に何を言っても多分無駄だもの」
「えー……」
何か1人で納得して切り捨てられたのですが。
「先に言っておくけど、変な意味じゃないわよ? だって貴方、魔導戦技を始めたばかりの初心者じゃない。始めたばかりの、それも憧れとか好きとは違う理由で競技を始めた子供に、そういう【熱】を求めるのは時期尚早でしょう?」
「はぁ……」
「今は真面目にやってるだけで良し。続けていれば自然と【熱】は生まれてくるわ。そうじゃなければこの競技に向いてないってことだけど、それはその時に考えることよ」
「なるほど?」
コーチ曰く、今の僕は勝ち負けの経験を積み重ねる時期なのだとか。僕の所属故に実力その他諸々は初心者を大きく逸脱しているが、それでも選手としてはヒヨっ子もいいところ。そうした心構えが芽生えて、漸くさっきの言葉に意味が生まれるそうだ。
「という訳で、貴方がやるべきは試合の数をこなすこと。まず手始めに、この後の試合に目を向けましょうか」
そう言ってコーチは軽く周囲に、これからの試合に向けて準備をしている選手たちに視線を飛ばした。
ここは幾つかある選手用の控え室の1つだ。そしてここにいるのは、本日行われる男女混合の部に出場する選手たち。即ち、僕が当たるかもしれない未来の対戦相手である。
強そうな人、普通な人、こういうとアレだけど弱そうな人。誰と当たることになるかは知らないけど、こうして眺めていると自然と意識が切り替わる。
「取り敢えず、1試合目の方針は憶えてるかしら?」
「単純な格闘戦オンリー。強化は重ね掛けまで」
「よろしい」
それは事前にコーチから伝えられていた作戦。多重掛けもブラストアーツも無し。序盤はできるだけ手の内を隠すという方針。
「貴方のアレはトリッキーだし、ルーキー故に知ってる人も部員以外はラクシアの子たちだけ。で、そのラクシアは地区が違う。となれば、初戦で切るのは勿体無いわ。理想はファルシオン選手との試合まで温存ね」
「……本当にこれで良いんですかね? 下手に温存して負けません?」
自分で言うのもアレですけど、僕の格闘能力そこまで高くないですよ? それで格闘オンリーは流石に不安があるのですが……。
しかしながら、コーチは問題無いと首を振った。
「有名選手でもない限りはそれで十分よ。貴方の場合、基準がちょっとおかしくなってるだけ」
「そうな──」
──会場の準備ができましたので、以下の番号の選手は指定されたリングまでお越しください。
言葉を紡ごうとしたタイミングで、控え室にアナウンスが流れる。読み上げられる番号の中には、僕のゼッケンに記された数字もあった。
「ほら。行くわよ」
「はい」
会話を中断し、控え室を出る。リングに向かう途中で、先に行われた試合の偵察に向かっていたユーリ先輩が合流する。
「他の試合はどんな感じだった?」
「気になる選手はあんまりですねー。あ、ナナ君と次に当たるのは、こちらのグロウ選手に決まりましたー。……まあ、問題無いかとー」
「そう。念の為データは頂戴。後で確認するわ」
「了解ですー」
やり取りは短く、偵察の結果は後回し。コーチとユーリ先輩もセコンドとして参加する為、今は目先の試合に意識を向けていた。
そして会場へと到着する。
「わお」
自然と言葉が漏れていた。開会式から思っていたけど、地区予選という割には客入りが良い。観客席が殆ど埋まっている光景は圧巻の一言だ。
リングに向かうまでの短い間ですら、多くの視線を感じる。全員から注目されているとは思わない。精々が見渡してる途中で視界に入る程度だろう。それでも中々のプレッシャーを感じるのは、僕が人に観られ慣れていないからだろうか?
「……緊張してる?」
「まあ程々に」
「パフォーマンスには?」
「全く影響無いですね」
「それは頼もしい」
緊張で実力を発揮できないような柔な鍛え方はしていない。その程度を醜態を見せていたら、誰の命も救えないから。
だから問題は無い。指定されたリングの前に着く頃には、メンタルと肉体はしっかり切り離されていた。
「勝ってきなさい」
「はい」
簡潔な激励。いや最早これは指令かな? 苦笑が出そうになるのを堪えながら、リングに上がる。するとほぼ同じタイミングで、僕の対戦相手もリングに上がってきた。
対戦相手は高校生ぐらいお姉さん。名前はアイス・ミルファ。リンジージムってところの所属だった筈。
「あらま。可愛い子だ」
「まだまだ子供みたいだな。あまりやり過ぎるなよ、アイス」
「分かってますよ」
ミルファ選手とコーチと思われる男性が、僕を見てそんな会話を交わしている。……聞こえてるんだけど。まあ、僕の見てくれはちっこいし、子供扱いも当然と言えば当然か。うん、思うところは特にない。
という訳で、リングの中央へと向かう。そして同じようにやってきたミルファ選手に手を伸ばし、握手を求める。
「宜しくお願いします」
「うん。宜しくねボク」
「ええ。全力で、戦いましょう」
「……もしかして今の聞こえてた?」
「地獄耳とは言われます」
「ゴメンね!?」
わざと全力を強調すると、ミルファ選手は慌てて謝罪してきた。……うん、悪い人では無さそうかな。
「ふふ、冗談ですよ。でも手加減は無用ですよ? 僕だって大会に出ようとするぐらいには強いんですから」
「あはは……。了解しました」
僕が念押しすると、ミルファ選手は困ったように頷いた。その様子に僕も苦笑が浮かんでしまう。
ミルファ選手の表情に滲む、僅かな躊躇と戸惑い。口では了解と言っても、やはり内心ではそうはいかないようだ。それがミルファ選手の善性からくるものなのか、侮りからくるものなのかは知らない。
ただまあ、しっかり忠告はした。
「──ではデバイスの起動を」
審判からのルール説明と注意事項の伝達が終わり、試合の開始が迫る。
審判の指示に従い、デバイスを起動しバトルスーツを身に纏う。そうして僕とミルファ選手は、所定の位置に移動する。
お互いに構える。僕は拳を。ミルファ選手は片手剣と盾を。
そして暫く睨み合い、
「──試合、開始!!」
戦いの火蓋が切って落とされた。
「っ!!」
合図と同時に肉体を強化! そのまま一気にミルファ選手の元へ突っ込む!
「っえ!? ちょ、速!?」
視線の先では慌ててミルファ選手が盾を構えていた。どうやら僕の行動が彼女の予想以上に速かったようだ。ミルファ選手のそれを上回る魔法の構築速度。更には重ね掛けによる通常強化以上の身体能力。この2つが合わさり、最上の先手が実現する!
「はぁっ!!」
「っぐ!? なにこれ重っ!?」
ぶつかり合う拳と盾。追撃を構える僕と、盾越しの衝撃に苦悶の表情を浮かべるミルファ選手。
その差は一目瞭然だった。
「くぅぅぅっっ!!!」
拳によるラッシュを、何とか盾で防ぐミルファ選手。だがその姿は亀だ。盾を必死に構えるだけで、剣を振る余裕は無いのだろう。
そして、それは限界が近いのと同義だ。
「らぁ!!」
「きゃぁ!?」
盾目掛けて放つ、下からの掬い上げるような一撃。盾を構える右手が限界だったのか、このアッパーをミルファ選手は防ぎ切れなかった。
──右手が跳ね上がり、がら空きとなった胴体。致命的なまでに泳いでいる姿勢。
幾ら格闘能力がヘボくとも、これ程の隙を見逃す訳がない。
「──KO! 勝者、水無月ナナ選手!!」
「ありがとうございました!」
フリットカップ第1地区予選、男女混合の部。第1試合、勝利。
という訳でついに始まったバトル。そして待ち受ける多世界最強。頑張れナナ君……!!
尚、マトモな試合では多分これが初勝利だったり。まあ、描写されてないだけで部の練習上ではちょくちょく勝ってる筈なんですがね。
因みに勝因は100%重ね掛け。普通に考えれば、基本横並びの強化率でそれを想定している中、大体1.5倍ぐらいの力でぶん殴られればそりゃあね。重ね掛けが一流選手の登竜門かつ決戦技術扱いされてる理由です。つまり、ぽんぽん使ってるナナがおかしい。




