第六話 スパー(実質バトル)
戦闘描写はいりまーす
結局、男子更衣室を片付けるにしろ僕がいるとやりにくいという事で、隅っこの方で着替える事になった。
「ごめんなさいね、私たちの都合で迷惑かけて」
「別にいいですよー。着替えなんて見られたところで恥ずかしくないですし」
男なんてそんなもんです。そんな訳で、ちゃっちゃとジャージに着替えてしまう。
「やっぱり男は楽でいいな。そういうところは羨ましいぜ」
「レイちゃん? 身嗜みはちゃんとしなきゃダメよー?」
「わ、分かってるからその目を止めろユーリ!」
あ、今ので2人の力関係が分かった。この部のボスは多分マネージャーのユーリ先輩だ。
(にしても、見た目の割に結構がっしりしてたわね)
(そうですね。実力は兎も角、肉体の方は相当鍛えてるみたいです。シズクの言ってた期待の新人というのも、案外間違いではないかと)
一方で、ルナ先輩とセフィが僕の身体についてヒソヒソと話している。この2人、僕の着替えをチラチラ見てたんだよね。まあ、異性の身体に興味を持ってたのはルナ先輩だけで、セフィの方は筋肉の付き方とかを観察してたみたいだけど。
「ナナ、腹筋触らせてー」
「ちょっ、シズク! アンタはまたそんな事言って!」
僕のところにやってきたシズクちゃんを、ルナ先輩が慌てて引っ張っていった。そして再び始まるお説教。
なんとなくだけど、この部のメンバーの関係性や、性格とかが見えた気がする。
大雑把だけど頼りになるレイ先輩が引っ張って、ユーリ先輩がそのフォロー。ルナ先輩が調整役兼常識人枠。セフィはマイペースだけど熱心な真面目枠擬き、シズクちゃんが自由奔放なムードメーカーってところかな。
取り敢えず、確実に苦労人であろうルナ先輩には優しくしてあげよう。
「ああもうっ、これじゃあ全然始まらないじゃない! さっさとスパーやるわよ!」
シズクちゃんに軽く拳骨を入れてから、ルナ先輩が仕切り直しを行った。
「で、誰が相手をします?」
「うーん……まずナナのスタイルにもよるしなぁ。そこんとこどうなんだ?」
「一応、素手での格闘型です」
「そりゃ良かった。武器を使うにしても、ウチのリング小せえからな。長物とかはあんま振れねえんだよ」
確かに、ここのリングは魔導戦技用のものにしては少し小さい。多分だけど、ボクシングとかのを流用したんだろう。
「さて、格闘型なら一応全員相手は出来るな。……なら1年組のどっちかとかか?」
「あ、じゃあ私がやります! やりたいです!」
レイ先輩の言葉に、すかさずシズクちゃんが立候補した。
「セフィはどうだ?」
「気になりますけど、ここはシズクに譲ります。スパーは何時でも出来ますし」
セフィが観戦に回った事で、僕の相手はシズクちゃんとなった。
そんな訳で、2人で簡単なアップとストレッチを行う。怪我予防は大事だ。
「楽しみだなぁ! ナナと試合してみたかったんだよね!」
「そうなんだ。頑張ろうね、シズクちゃん」
「ナナもね。 ベストを尽くそっ」
話しながらリングへと上がり、コツンとお互いの拳をぶつけてから、位置につく。
「じゃあ2人とも、まず防護フィールドを起動してね」
「はい」
「起動しました」
ユーリ先輩に言われた通り、デバイスを3級用にデータを切り替え、魔導戦技専用の防御魔法を起動させる。
この魔法はかなり特殊なもので、この防御魔法の掛かったもの同士が戦うと、一定以内の威力のダメージが精神的なものに変換される。つまり、怪我の可能性がとても少なくなるという事だ。
また、3級デバイスは設定によって、1度の魔法行使の際に使用出来る魔力や、付け足される魔法領域に上限を掛ける事が出来る。これによって魔導競技は、魔力量や魔法領域など才能によるゴリ押しをある程度抑え、技巧を駆使したスポーツとなるのだ。
ただまあ、これにも問題があって、色々と特殊な魔法やら機能を備えているために、3級デバイスのシステムは他の日常用のシステムとの併用が難しいんだよね。大抵のデバイスは、4級デバイスとしての機能も併用しているのだけど、3級デバイスは色々と処理する事が多いので普段使いするシステムまで基本入らない。専用に作られたオーダーメイドならいけるが、相当高額だし伝手がないと難しい。だから大抵の魔導競技者は、普段使いのデバイスと競技用のデバイスを2つ持っている。
因みに軍用デバイスになってくると、量産型でもアホみたいに処理能力が高いので、システムを組めば業務用以外の全てのデバイスとして扱う事が出来る。業務用が無理なのは、用途が専門的過ぎて使う方がちんぷんかんぷんになるからだ。逆に言えば、やろうとすれば出来るという事でもある。
なので、僕が軍用デバイスを持っているとしても、3級デバイスとして使う以上は、シズクちゃんのデバイスとの差は殆どない。単純な実力勝負という事になる。
「今回のスパーでは、魔力使用上限は30までとします。使用出来る魔法の種類は強化系、補助系、防御系のみ。遠距離及び範囲系の魔法は無し。武器も長物以下のサイズまで。分かった?」
「はい」
「了解です」
ルールに異存はない。シズクちゃんも頷いた。
「ではデバイスを戦闘形態に」
ユーリ先輩の言葉に、僕たちは行動で答えた。
僕のデバイス、バッジ型軍用デバイス【オーケストラ】が起動し、僕の両手が光、一瞬で紺色のグローブが装着される。
シズクちゃんがネックレス型のデバイスを起動すると、手先から肘までを包むバンテージのような物が装着された。
毎回思うけど、これどうなってんだろ? 3級以上のデバイスって、戦闘形態に変えると形が激変したりするんだ。物によっては指輪サイズから、大人の男の倍ぐらいのサイズの武器に一瞬で変わったりするし。空間接続やら物質置換がどうたらと理論で説明された事はあるけど、本当に何言ってんのか分かんなかったんだよね……。
「ところでシズクちゃん、随分変わったデバイスだね? 何それバンテージ?」
僕が疑問に思ったのは、シズクちゃんのデバイスの戦闘形態だ。結構色んなデバイスの戦闘形態を見てきたけど、シズクちゃんのは初めてみる。
形態的にはグローブや手甲系統だと思うけど、細部が色々違う。バンテージ擬きの色合いはメタリックな赤で、普通のと違って五指の先から肘の辺りまでグルグル巻になっている。なんだろう? 肘まで包む手袋を、無理やり包帯かロープで再現したような感じだ。
「えへへ。【アトラクナカ】っていうの。パパが1から全部作ってくれた、自慢のデバイスなんだ」
「……え、それオーダーメイド品? というかハードからシステムまで全部手作り?」
「うん。私のお父さん、統括局の開発部で働いてるの」
「あれまぁ……」
ビックリし過ぎて、変な声が出たよ。変わった形だなとは思ったけど、まさかオーダーメイド品だったとは……。確かに殺傷能力のある軍用や自衛用と違って、3級デバイスは基準さえ満たしてれば制作の申請は通るし、特別な技術や素材は必要ない。だからオーダーメイド品を持ってる競技者はそこそこいる。
でもだからって、プロでも有名なアマチュアでもない、普通の公立中学の部活に、オーダーメイド品を持つ子がいるとは思わなかった。
……というか、開発部に所属って事は、下手したら僕、シズクちゃんのお父さんに会ったことあるかもしれない。僕のオーケストラだって、開発部で作られた訳だし。今度開発部行ってみよう。
「でもナナのデバイスだって、カッコイイよ?」
「ありがと。オーケストラっていうんだこれ。まあ、特殊な仕掛けもない無難なデバイスなんだけどね」
嘘です。こと格闘戦に関しては、僕のオーケストラはただの手袋以上の意味はないです。見掛け倒しというか、見た目通りの代物だ。
いやね、僕専用の軍用デバイスだし、性能的にも価値的にも十分以上に上等で特殊なデバイスなんだけど、能力が僕の得意魔法の補助に特化してるせいで、魔導戦技のルールだと使えないんだ。僕の得意魔法って、馬鹿みたいな魔力と魔法領域を必要とするから、競技で使うと1発で反則負けなんだよね。
……なので手袋に仕込まれたギミックは、競技の間は一生日の目を見ないだろう。
まあ、それはそれとしてだ。お互いにデバイスを構えた事を確認して、僕たちは意識を切り替えた。
「では、2人とも準備はいいかな? ーーそれじゃあ、始め!」
ユーリ先輩の言葉と同時に、魔法で身体を強化し、拳を構えたシズクちゃんが一直線に突っ込んでくる。
っ、結構速い!
「はっ!」
短い気合いとともに、コメカミ目掛けて飛んでくるジャブ。予想以上に鋭い一撃に面食らうが、それでもギリギリで顔を逸らす事で回避。っ、でもちょっと掠った。
いや本当、結構強いよシズクちゃん!?
「まだまだっ!」
逃がさないとばかりに、シズクちゃんの追撃が飛んでくる。顔に2発、ボディに1発。なんとか捌いて距離を取……あ、下がり過ぎたロープ際だここ。
「今っ!」
「あ、やば」
ロープに気を取られた事で生まれた一瞬の隙。それを見逃す事なく、シズクちゃんの渾身のボディブローが僕のお腹に炸裂する。
「っ!?」
だが、顔を顰めたのは僕じゃなくてシズクちゃんの方だった。
「っ、硬い!?」
「あっぶない……」
咄嗟に上限いっぱいの魔力を集め、拳の当たるポイントを全力で防御したんだけど、上手くいって良かったよ。上限30とか少な過ぎて不安になる量だけど、それはシズクちゃんも同じ事。シズクちゃんの使ってるであろう強化魔法は、筋力以外にも強化を振ってるだろうし、1箇所の防御に極振りしたら流石に抜けないか。
ただこの位置だとタコ殴りにされかねないから。
「ちょっと離れ、ようか!」
「わっ!?」
強引に身体をシズクちゃんにぶつけ、最低限の強化だけを残し、使える全ての魔力を放出して推進力とする。
手応えからしてしっかり防御されたようだけど、狙いはそこじゃない。体格差は殆どない、むしろ負けかねない僕だけど、素の筋量や重量なら上回っている。それならば、強引なタックルであっても姿勢を崩させるぐらいは出来るし、そこに魔力放出による加速を加えれば、距離を取らせる事が出来る。
シズクちゃんが離れ、僕がロープ際から脱した事で、一旦仕切り直しとなった。
「凄い、凄いよナナ! 最初のラッシュで終わったと思ったのに、あそこから一瞬で巻き返すなんて!」
とても楽しそうに、いや嬉しそうに僕の事をシズクちゃんは褒める。何でそんなに嬉しそうなのかはよく分からないけど。
「褒めてくれてありがと。でもシズクちゃんも中々強いね。危うくタコ殴りになるとこだったよ」
「えへへ。これでも結構練習してるからね。それに今年はフリットカップに出るつもりだから!」
「あらまぁ……」
また変な声が出た。でもそれぐらい驚いた。
フリットカップとは、簡単に言えば夏に行われる魔導競技の大会だ。デバイス開発の最大手であるフリット社が主催する大会で、10代の子供たちが凌ぎを削る魔導の祭典。有名ジムはもとより、学校、無所属(個人)でのエントリーもできる間口の広い大会でもある。
成績優秀者はプロの競技選手となって活躍したり、機動隊に入隊したりと話題に事欠かず、アマチュアの競技大会の中でも特に注目されている大会だ。
そんなものに参加するというのだ、この目の前の女の子は。
「まあ結構いいとこ行く気がするけど」
「そうかな!?」
「並の選手よりは十分強いと思う」
いや本当に。全体的な動作は速いし、攻撃は鋭いし、相手の事もよく見てる。多分、年齢の割には相当強いよ。もしこれが並って言われたら、魔導戦技ってかなりの魔窟環境だと思う。
「それに比べて僕と来たら……」
呆れるぐらいに貧弱で涙が出るよ。僕、中学生の女の子にタコ殴りにされかけたけど、一応機動隊に所属してるんだよ? 更にいうと、殲滅指定組織を筆頭に幾つもの犯罪組織とやりあってるんだけど……。
得意魔法や魔力を制限されると、ここまで弱体化するとは流石に思わなかった。本来のスタイル的には完全後衛型だけど、それでも制限無しで魔力で強化すれば、人間に反応不可能な速度だろうと対応出来たのに。悲しいのは素の対応能力なんだよなぁ。近接戦闘の技術が年齢相応なんだよね。魔法と魔力無しで戦うと、訓練や実戦経験があるからそこいらの一般人には負けないだろうけど、競技選手とか格闘経験者が相手になると普通に負けると思う。
まあだからこそ、わざわざスタイルが真逆の格闘型を選んだんだけども。
「うん。もっと強くならなきゃね」
「ナナも強いと思うよ?」
「今よりももっと、って事だよ!」
宣言すると共に、力強く踏み込む。1歩踏みしめ、足からほぼ上限の量の魔力を炸裂させる。
急加速。
同じ事をもう一度。
更に加速!
「わわっ!?」
一瞬で間合いを潰した僕、シズクちゃんは慌てて防御の姿勢を取るけれど、それじゃあ遅い!
甘い防御を貫いて、僕の拳がシズクちゃんのお腹に突き刺さる。
「あぐっ!?」
「まだだよ!」
打ち込んだ拳に魔力を送り、炸裂させる!
「これが、僕の、炸裂格闘術だ!」
ゼロ距離から発生した衝撃破は、シズクちゃんのお腹を撃ち抜き、吹き飛ばした。