第五十話 英雄ブートキャンプ(体験談)
またもやギリギリ。いやー、社会人ってマジで体感時間が早いっすね。やってらんねぇと思うこの頃。
それはそれとして、今回誤字報告を受けました。前も受けたんですけど、今のなろうシステムって誤字報告から修正できるんですよね。色んなところで時代の流れってのを感じます。
誤字報告をしてくださった方には大変な感謝を。これからも報告や感想を頂けると私の大変な励みとなります。
水無月ユメという魔導師がどんな存在かを皆に説明したら、『有り得ないけど有り得るんだろうなぁ……』というなんとも言えない反応が返ってきました。
まあそんな訳で、ユメ姉さん主導の練習メニューに入ります。
「やることは簡単だよー。これから私が【弾速】【操作】【威力】の3種の魔法弾を使って、皆を攻撃します。あ、攻撃って言っても、練習用の安全な奴だから心配しないで? 1番強い【威力】の魔法弾でも、せいぜい身体が少しよろけるぐらいだから」
そう言いながら、ユメ姉さんはデモンストレーションとして威力重視の魔法弾を放ってみせる。……僕に向かって。
「えー……」
何でよと言いたくなったけど、多分これ例題なんだろうなぁと判断し、大人しく飛んでくる魔法弾を受け止める。
で、真正面から喰らってみせた訳だけど、パァンッ!と風船が割れるような音と、しっかり地に足つけて入ればなんてことない程度の衝撃が身体に走る。
「とまあ、安全性はこんな感じ」
「実験体にするならせめて一声欲しかったんですがそれは」
「さっきの紹介のお返しです。……それは冗談で、ナナ君は経験者だから、ちょっと身体張って貰いました」
「さようで……」
にぱっと笑いながらそう言われては、僕としては大人しく引き下がるしかない。ユメ姉さんのあの笑い方は、本当に一切の悪意や含みがない時の奴だからだ。『絶対に問題ないからやった』と言外に告げられては、文句は勿論ツッコミすら入れられない。
「今見て貰った通り、【威力】の魔法弾に当たったとしても、ちゃんと踏ん張れば姿勢を崩すことはないよ。他の2種もこれ以下の威力だしね。ただ【威力】の魔法弾は勿論、他の奴も変に受けると行動が阻害される程度の衝撃はあるから、そこは注意して。……1番重要なのは当たらないことなんだけどね?」
ユメ姉さんの言葉を要約すると、魔法弾は被弾しないことを大前提として、それでも被弾してしまう場合は受けきる用意しておけという意味になる。
戦闘において不意の一撃や、予想以上の威力の攻撃を喰らうと、そこを起点に崩されてしまうからだ。それを避ける為に、被弾しては駄目な攻撃と良い攻撃を見極め、その上で己の手札と戦況を考慮し、回避or防御or敢えての被弾の判断をしていくというのが1つの理想である訳で。
「これらを踏まえて、皆には私の攻撃を全力で避けて貰います。当たってもしっかり受ければ大丈夫だから、被弾もまた選択肢に入れることだけは忘れないで」
「当たっても良いんですか?」
「うん。結局のところ対遠距離って、距離を詰めた上で相手を殴り倒せればそれで勝ちだから。極論言うと、当たっても問題ないなら躱さずに特攻かけるのが最適解だったりするし」
「えー」
ユメ姉さんの極論に、質問をしたシズクちゃんは唖然となる。他の皆も極論過ぎると苦笑を浮かべている。……尚、僕とロア姉さんは苦笑の種類が違う。
「流石に実感籠ってるねー、ユメ」
「それサイガ大将との模擬戦の話でしょ?」
「うん。対次元艦隊魔法を突っ切ってこられた時は本当に絶望した」
「「「「「えー……」」」」」
機動隊組の会話に今度こそ皆がドン引き。そう。ユメ姉さんの極論はマジもんの実体験なのです。
アレは前に機動隊内で行われた、ユメ姉さんVS SSS魔導師であるサイガ大将の模擬戦で起こった1幕のことです。
途中までは普通だったんだ。絵面が最終戦争ということを除けば、超ハイレベルな陸上近接型魔導師と航空遠距離型魔導師の典型的な戦闘だった。空を逃げながらチクチク(戦術級魔法)攻撃するユメ姉さんと、それを避けながら追いかける(超音速)サイガ大将っていアレ。……それが面倒に思ったのか、サイガ大将が避けるのを止めたのが全ての始まり。
【至高】の二つ名を持つサイガ大将。その真髄は、無尽蔵な魔力と神域の戦闘センスを利用した肉体の超強化。【技】の極地たる上総大将と双璧を成す【力】の極地。絶望的なまでのスペックの暴力で全てを粉砕するが故に、【至高】の生命体と揶揄される超越者の1人である。
如何に規格外のユメ姉さんであっても、そんな人型のナニカは相手が悪かった。都市部で放てば壊滅的な被害を齎す威力の砲撃ですら、理不尽なまでの耐久力の前では無力と化し。空を自在に翔ける航空魔導師としてのアドバンテージですら、大気と空間を無理矢理踏み締め空を翔けるという御業で無意味となり。その場で切れる最高威力の魔法であった戦略級魔法、対次元艦隊魔法【ステラ】ですら正面突破されるという、まさに絶望的な光景。
実際アレは、映像で見ていた機動隊隊員全てが絶句したレベルだった。なんていうか、上には上が居るということを様々と見せつけられたというか。アレはオーバーSという規格外の中でも、尚異色の領域ではないかという疑問が頭を過ぎったというか。
「……機動隊って人外魔境過ぎない?」
トンデモエピソードを前にしたルナ先輩の疑問が、多分全てを物語っている。
「ルナ先輩。機動隊じゃなくてオーバーSが人外なんです」
「ナナくーん? 身内のキミがそれ言うー?」
「ユメ姉さん。普通の人は個人で世界の戦力と比較されたりしない」
「こればかりはナナが正論よユメ」
「むー」
ロア姉さんの援護射撃にユメ姉さんがむくれる。……あの、皆の前なんでそういうリアクションは控えてくれません? 身内としてちょっと恥ずかしいんだけど。
と思っていたら、ユメ姉さん顔が少し赤くなった。遅ればせながら、子供たちの目があることに気付いたらしい。
「……まあ、うん。話を戻すけど。そんな一部しかできない極論は兎も角。戦闘に絶対の正解はないからね。最適解や最善の選択なんて、人によって変わるから。だから理想やイメージに囚われちゃ駄目ってこと。自分の手札と状況を見て、自分にとっての最適解や最善をしっかり判断できるようになってね、っていうのがこのトレーニングの目的だから」
「「「「はい!」」」」
皆の元気な返事が、青空の下に響き渡る。それに対して、ユメ姉さんも満足そうに笑っている。トレーニング前の雰囲気としては上々と言えるだろう。……ただ僕は知っている。多分この後、色んな意味で阿鼻叫喚の地獄になるだろうということを。
「それじゃあロア。障壁で壁お願い。長方形のフィールド4つ。フィールドの大きさは1つが……んー、30ぐらいで良いんじゃない?」
「はいはい」
そんな僕の内心を他所に、ウキウキとした様子でユメ姉さんが準備に入る。
ユメ姉さんの指示に従い、ロア姉さんが障壁魔法を発動させる。するとユメ姉さんの前に、半透明な障壁で区切れた幅と奥行が30メートル程のフィールドが4つ形成された。……あれ? 4つ?
「じゃあ皆、ここに入ってね」
「え、あの、4つなんですか? オレたち、選手は5人なんですが」
「うん、分かってるよ。ただ、ナナ君は皆の後にやって貰うつもりだから」
「……何で僕だけハブ?」
「経験者としてのお手本、みたいなものかな。機動隊所属として、皆に対遠距離のその先を見せてあげなさい」
「蜂の巣にされるところの間違いでは?」
何か変なハードルの上げ方されたけど、言うて僕もユメ姉さん相手じゃ手も足も出ないんですが?
という旨を伝えたらユメ姉さんに呆れられた。
「そういう意味じゃなくてね? 上手な被弾の仕方とか、魔法を使った回避の仕方とか、そういう一朝一夕で身につかないテクニックの類を見せてあげてってこと」
「あー、はいはい。小技の類ね」
言われて納得。確かに僕は、その手の小手先の技術が得意だったりする。まあそれも、素直に身体を動かしての回避じゃユメ姉さん相手だと間に合わないから、そういうのを併用するしかなかったっていうだけなんだけども。
ただ面白い立ち回りであることは認めるので、皆の教材という意味では確かにもってこいではあると思う。
「まあそんな訳で、取り敢えず最初は4人で挑戦して貰います。ということで、皆好きなフィールドにゴー!」
「「「「はい!」」」」
ユメ姉さんの指示に従い、選手組が適当なフィールドに入っていく。
「あ、言い忘れてたけどー! 皆奥の端からスタートしてねー! で、近付けたらどんどん近づいてねー! 勿論、距離が近くなればなるほど弾幕は厚くなるよー! それでこっちの端までこれたらクリア、いやむしろ免許皆伝だからー!」
「「「「はーい!」」」」
ユメ姉さんの補足を聞いて、皆がフィールドの端に立ったことで準備は完了。これによって、トレーニングはいつでも始めることができる状態が整った。
そんな光景を眺めながら、お留守番組である僕は、同じく見学組のコーチとユーリ先輩に質問する。
「因みに訊きますけど、お2人はこのトレーニングどう思ってます?」
「……そうね。まず単純に真似できないわね。同時に4人『指導』するだけでも大したものなのに、それだけでなく『相手』にするなんてトンデモないわ」
「そうですねー。それでいてトレーニングの内容も、私的には文句なしだと思います。安全に経験を積むという面では、この練習はこの上ないかとー」
「それも確かにあるわね」
トレーニングの内容については概ね好評価らしい。まあ、僕としてもそこは否定しない。
「ただ1つ気になるとすれば、水無月さんへの負担かしら? ナナたちの話では問題ないとのことだけど、それでも傍から見ると結構なハードワークよアレ」
「あ、そこは本当にご心配なく。見た目で勘違いしそうになりますけど、ユメ姉さんは正真正銘の機動隊の大エースです。普段の訓練や出動に比べれば、あの程度はなんてことありません」
凶悪犯罪組織相手に連日連夜戦闘なんてこともある訳で、それに比べたら今の状況なんてユメ姉さんからすればちょっとした気分転換レベルだろう。
「むしろ僕からすれば、ユメ姉さんよりも皆の方を心配するべきかと思う次第でして」
「……何故かしら?」
「いや、あの人見掛けによらずスパルタなんですよ」
僕がそういうと、2人はスパルタ?と揃って首を傾げた。
「そうなの? あんまりそんなイメージは湧かないけど?」
「そうですねー。とても優しい印象でした」
ああ、うん。確かにユメ姉さんは優しいんですよ。でもスパルタっていうのは、厳しいとかそういう意味で言ったんじゃなくてですね。
「あー、なんて言えば伝わりますかね? ……えーと、ユメ姉さんって厳しくはないですし、怒鳴ったりとかそういうのは全くしないんです。……ただ容赦がない」
「容赦がない?」
「はい。笑顔でえげつないことをやるタイプと言いますかね……」
そう言いながら、僕はユメ姉さんのえげつない部分を、2人にもわかり易く説明していく。
「例えばさっき、お2人はこのトレーニングを安全性に配慮されてるって言いましたよね?」
「ええ。あの威力の魔法弾なら当たったところで怪我もしないわ」
「そうなんですよ。だからこそ被弾OKな内容な訳でして」
そう。このトレーニングで使用される魔法弾は、当たっても問題ない。当たっても問題ないのだ。
「でも普通に考えて、対遠距離のトレーニングで被弾OKとかおかしくないです?」
「「っ!?」」
僕が問い掛けると、2人はハッとした表情を浮かべた。
そう。そんな甘い話がある訳ないんだよ。だって遠距離戦で下手に被弾なんてしたら、大抵はそこから鴨打ちルート一直線なのだから。
「え、でもー、被弾はOKだって認めたのは……」
「ええ。ユメ姉さんです。でも同じくこう言ってましたよ。被弾しないことが1番重要だと」
サラッと同列に語ってるのがユメ姉さんのタチ悪いところなんだけど、被弾の選択肢は本当なら最後の手段に分類されるものだ。被弾の選択肢を取らなきゃ詰むとか、被弾してでも攻撃するべきとか、そういう勝負の瀬戸際で浮かぶ筈の選択肢な訳で。選択肢として『有る』ことだけは忘れてはならないが、常に候補として考えろというのは大間違いなのだ。
「そもそも被弾は『アウトにならない』だけで、問題自体はあるんですよ。このトレーニングではダメージが入らなくても、実際の試合ならダメージ入る訳ですし」
「……まあ、そうね」
ガチの命が掛かってる仕事で、部下たちに指導してるような人が、そんなタチの悪い勘違いを産みかねないトレーニングを行うかと言われれば、確実に否だ。
「それでもこのトレーニングをユメ姉さんが採用したのは、身体がよろけるぐらいの衝撃さえあれば、ダメージなんてなくても余裕で完封できるぐらいの実力があるからで」
ほぼノーダメージの魔法弾で、被弾したら不味いという意識を強烈に叩き込むことができるからだ。
「皆がそのことに気付いてないと、トンデモない地獄絵図ができあがることになりますよ」
起こりうる未来を予想したのか、2人はゴクリと唾を呑んだ。
「まあ、最初の僕を使ったデモンストレーションや、しつこいぐらいに繰り替えされたミスリードで、全員まず間違いなく被弾OKの意味を勘違いしてるでしょうけど」
「うわぁ……」
そして2人は漸く理解したらしい。水無月ユメという人間のえげつなさを。……これを半分ぐらい天然でやってるって言ったら、もっとドン引きするんだろうなー。
次回、地獄の序章。
PS 前書きでも書いた通り、感想、評価ボタン、ブックマーク、誤字報告などは私の大変な励みとなるので、どしどしお願いします。……いや本当、見られてるって実感が凄いんですよ。お陰でこのリハビリ兼修行のモチベーションを低下しないで続けられます。




