第四十二話 背負うは義務、故に少年の背中は草臥れて
更新飛ばしたお詫びといってはアレですが、連続で。……まあ単純に最新話特急で書いただけなんですが。
……そろそろ残機がヤバい……。
「っかれた〜……」
保安隊第一地区中央署の廊下にて、僕は大きなため息を吐いていた。日が沈み人通りが疎らになったせいで、ため息が廊下に結構響いてしまったけれど、そんなことを気にする気力はなかった。
全く……。毎度毎度思うけど、この手の手続きって何でこんな煩雑なんだろうね。いや、理屈は分かるんだけども。この手の手続きは犯罪者の今後を決める重要なもの。この場で作成される書類やデータは、ある意味で1人の人生を左右するのだから、堅苦しくなるのも仕方ない。幾ら映像データという明確な物的証拠があろうと、そう簡単に簡略化されるようなものでも、して良いものでもない。
だからしょうがない。でもそれはそれとして面倒くさい。この辺りのジレンマは永遠とついてまわるんだろうさ。
そんな風に黄昏れていると、近くに人の気配が。そちらに視線を向けると、缶コーヒーを片手に持ったユメ姉さんが。
「随分とお疲れな様子だねー」
「ユメ姉さんじゃん。どしたの?」
「迎えに来たに決まってるでしょー。ほい、これは差し入れ」
「ありがとう」
缶コーヒーを受け取り、早速開けてグビリ。
「……ふぅ。こういう時のコーヒーって、何でこんなに美味いんだろね」
「オジサンみたいだよナナ君」
「イケオジ?」
「草臥れてる」
「さいで」
クスクスと笑うユメ姉さんに釣られて、僕も苦笑い。……ああ、本当に。こういうやり取りは染み渡るよ。
「……ふむ? 本当に疲れてる顔だね。どうしたの?」
おっと。どうやら予想以上に、僕の内心が表情に出てしまったようだ。……うーん。こりゃ相当堪えてるな僕。単純な疲労以上に、精神的にキテいるのかもしれない。
「何でもない、で済ませて良い?」
「だーめ」
駄目みたいだ。どうやら今の僕の状態は、ユメ姉さんにとって看過できるものではない様子。
にこやかな笑顔であるが、それでいて一歩も引かないという固い意思を感じる。これは足掻くだけ無駄かな。
という訳で、情けない話ではあるけれど、素直に僕がここまで疲労している理由を話すことに。
「いやさ、子供を逮捕したじゃん今日」
「うん。事情は聞いてるよ。……何とも言えない事件だったね」
「全くだよ」
なんとも言えない。僕らからしたら、今日の一件はその感想が全てだった。
タイラー少年には悪意があった。しかし、犯罪者に堕ちる程のものがあったという意味では否だろう。だがそれでも、彼のしたことは重く、付随させた言葉はより事態を深刻化させてしまった。子供ながらの浅慮が招いたにしては、あまりにも大きな罪。それはタイラー少年の経歴に、致命的な傷を与えた。
それがどうにもやるせない。勿論、子供がしたことであっても罪は罪だし、僕がしたことが間違っているとは思っていない。だがそれはそれとして、前途ある子供の将来をこの手で閉ざしたというのは、うん。なんとも言えない気分になる。
「彼は言ってしまえば、癇癪持ちの子供。タチの悪いタイプのクソガキだよ」
「まあ話を聞いた限りだと、やんちゃな性格はしてたんだろうね」
ああ、うん。やんちゃっていう表現が一番的をいてるね。やんちゃ坊主の方じゃなくて、ちょい悪や半グレを指す方だけど。
「でも13歳だ。幾ら今はやんちゃしてても、これから矯正される余地は十分にあった。学校生活、友人関係、恋愛etc.。そういう経験が、タイラー少年を育てた可能性もあった」
流石にあの性格、というか本質が変わるとは思っていないけれど、上手い具合に世間と折り合い付ける術を身に付けることはできたかもしれない。そうしてある程度の猫を被って、普通の人生を歩むこともできたかもしれないんだ。
「その可能性を僕は摘み取った訳だよ。まあしょうがないことだけど」
「……そうだね。この仕事をやっていく以上、逮捕を躊躇するのは絶対にやっちゃいけないことだもの」
「うん。それは弁えてる」
逮捕を躊躇するというのは、犯罪者を野放しにするということであり、新たな被害者を生み出す行為だ。自分の感傷、いや己の気分のためだけに、誰かを犠牲にするなんて最低な行為だ。
だからあの時の判断は、胸を張って正しいと宣言できる。タイラー少年に関しても、何を言われようが『自業自得だ馬鹿野郎』と返すつもりだ。……でもね、あんな馬鹿野郎でも1人じゃないんだよ。僕が摘み取った可能性を、当然のものと考え、享受することを楽しみにしていた人たちがいたんだよ。
「……僕が堪えたのはタイラー少年の『こんな筈じゃなかった』って叫びじゃない。あのクソガキの為に汗だくになって駆け付けてきた、ご両親の必死の謝罪だよ」
タイラー少年が逮捕されたことは、当然ながら彼のご両親にも報告が行った。そうして間もなく、あの人たちはやってきたんだ。
化粧する時間も惜しんだことが分かる、最低限の身嗜みで、それでいてそれすら汗と涙でぐちゃぐちゃになった母親。仕事を中断して必死で駆け付けたであろう、スーツが皺だらけになった父親。
あの2人は此処に到着するやいなや、近くの保安隊隊員に駆け寄り、必死で詳しい説明を求めた。そして事情を聞いた母親は泣き崩れ、父親は震えながら『なんて馬鹿なことを……!』と叫んでいた。
それでもあの人たちは、決してタイラー少年の罪を否定しようとはしなかったんだ。『どうして』とは嘆いていても、『何かの間違いだ』とは言わなかった。……歯を食いしばって子供の不始末を受け止めていた姿は、あまりにも痛々しかった。
「……だからさ、つい出てっちゃったんだよね。僕が彼に絡まれた被害者で、それでいて逮捕した者ですって。あの人たちの前に出て言ったんだよ」
「……罪滅ぼしとして?」
「まさか。何度も言うけど、僕は僕の行為を間違ってるなんて思ってないよ。……敢えて言うなら義務感だよ。恨み言を聞くのだって、僕らの仕事じゃないか」
治安維持なんてやってれば、『何で』も『どうして』の言葉も頻繁に投げつけられる。僕らは誰かを助ける仕事をしているけれど、それと同じぐらい誰かから、被害者や加害者、その関係者から恨まれる。それもまた仕事なのだろう。
だからこそ僕はあの時、タイラー少年のご両親の元に向かったのだ。罵声を浴びる為に。あの人たちの哀しみを、僅かでも吐き出させようと思って。
「……でもさ。あの人たちはそんなことしなかったんだよ。色んなものを飲み込んで、『馬鹿息子が御迷惑をお掛けしました』なんて言って、ただ頭を下げたんだ」
あんなの本心な訳がないんだ。僕はあの2人の息子を破滅させた張本人なのだから。実際、名乗り出た時には、あの人たちの瞳に憎しみの色が確かに宿っていた。
それでも直ぐにそれを引っ込めて、深々と謝罪したんだよ。その時の瞳にあったのは、僅かな憎しみの名残りと、大部分を占める悲哀の色。
「大人としても、親としても当たり前の行動なんだろうけどね。……だからこそ、ああいう人たちの幸せを奪ったってのは少しキツい」
良心の呵責、という奴なんだろう。犯罪者になら容赦など要らないと断言できる。犯罪者を擁護するような奴なら割り切れる。でも、そんなことをしない一般市民の幸せを奪うというのは、ちょっと堪える。
「仕方のないことだってのは分かってるよ。これはそういうものなんだから。確かな愛情があればこそ、子供の不始末は冷たく親に跳ね返ってくる」
保護者と被保護者の関係なのだ。子供がやらかせば、相応のペナルティが親に与えられるのが世の常。だからこそ、あのご両親の今後は暗いものになる筈。
これは言わばルールの話。だからこそ、こういう感傷を持ち出すのはご法度なんだろうけどさ。
「立派なご両親だった。あのクソガキが育ったのが信じられないぐらいにね。……申し訳ないと感じるぐらいには、良い人たちだったんだよ」
善人とは流石に言い切れない。本当に少ししか話してないし。ただまあ、報われた日々を送ってほしいと思えるような人たちだった。……こんな感傷も、身勝手なものなんだろうけど。
「ふぅ……。話したら少しはスッキリしたよ。聞いてくれてありがとうね、ユメ姉さん」
「あら? もう自己解決しちゃったの? 折角人生の先輩として色々話そうと思ったのに」
「言ったでしょ? 僕のしたことに後悔はないって。だから適当に悩んで、それで消化して終わりだよ」
本当なら、この手の感傷を感じる必要もないのだ。なんせ間違ったことはしていないのだから。……だからこれ、僕の良心の確認だ。普通の人々の不幸を嘆けることが分かれば、それ以上引きずることでもない。
……と、そう伝えたらユメ姉さんにため息を吐かれた。
「はぁぁ……。相変わらず変なところで可愛くないなぁナナ君は。斜に構えてるというか、ドライというか」
「物心ついた時から純真じゃなかったからしょうがない」
「そうやって育ちを言い訳にするのも悪い癖だよ」
「じゃあ生来の気質ってことで」
「開き直るなって言ってるんだけど」
コツンと軽く小突かれた。ごめんなさいはしておいた。
「……って、あー。ストリートってことで思い出した。そういやもっと悩ましいことがあったな……」
「んー? どうしたの?」
「いや、逮捕する時に、シズクちゃんの前で少しばかり素がでた」
アレは本当にやってしまった。幾ら感情的になってたからって、ストリート時代の口調に半分戻りかけてしまった。
嫌なことを思い出して思わずため息。ユメ姉さんが変に頭に衝撃与えるからだよ。
「あー。ナナ君怒るとちょっと口悪くなるからね」
「あれは『口』がというより『ガラ』が悪くなるが正しいよ」
自分で言ってアレだけど。いや本当に。……個人的には、あの状態って好きじゃないんだよ。ただ癖になっちゃてるから中々改められないんだよね。
というのも、開発地区はお世辞でも治安が宜しい場所ではないからだ。あそこではアウトローの法則【舐められたら終わり】が蔓延っている。1度そう認識されればタチの悪い奴らに際限なくしゃぶられ続けるので、そうならないよう立ち振る舞いを考えなければならないのだ。
で、僕の場合は有事の際だけ気性を荒げるようにしてた訳。僕の生来の気質と、付き合いの多かった夜のお姉様がたの要望で、普段は今と対して変わらない感じだったけど、有事の際だけは口調や雰囲気を荒っぽいものに変え対処していたのだ。……それでも普通なら子供の虚勢にしか映らないんだけど、嘱託魔導師をやっていることから分かるように僕には荒事の才能があった。なので雰囲気の変化は有事の際だけで事足りたのだ。
……問題は、それを今でも引きずってしまってることだ。
「あー、最悪……。 ただでさえデートが台無しになったってのに、アレで怖がらせてたら申し訳なさで死にたくなるよ」
「んー、大丈夫だと思うけどなぁ。アレ、ギャップがあって良いって結構好評だよ?」
「それは皆が荒事慣れしてるからだよ」
機動隊メンバーならそりゃ大丈夫でしょうよ。だってそこいらのチンピラの恫喝なんて鼻で笑える人種なんだから。でもシズクちゃんは違うの。というより、一般的な女の子は男の荒らげた口調は苦手でしょうに。
しかしながら、ユメ姉さんの意見は違うらしい。
「ふふふ〜。如何に手慣れていようと、ナナ君もまだまだお子ちゃまですなー。恋する女の子の乙女フィルターを舐めちゃいけないよ?」
「小学生の初恋以降マトモな恋をしたことない人が何か言ってる」
「あー!? そういうこと言うんだ! ……ってちょっと待って!? 何でそのことナナ君が知ってるの!?」
「ロア姉さん提供」
「ロアーー!!」
小さく叫ぶという起用なことをしながら、ユメ姉さんがロア姉さんに苦情のメールを入れた。
まあそれはそれとして。
「怖がられてるかそうでないかは兎も角。デートが台無しになったのは事実だから、何かしらのお詫びはしないとね」
「お、マメだねぇ。相変わらずそっち方面じゃそつがない」
「割と常識な部類じゃない?」
何かトラブルがあったらお詫び。人間関係を円滑に進めるには率先してこういうことはやるべきでしょうに。ましてやデートとなれば、例え原因が男側になくても、進んでフォローしておけば変に拗れることもない。
「とは言っても、どうしたものか……」
一応、プレゼントは用意してあるけど、それは今日のデートで買ったもの。お詫びの品としては不適切だろう。もっとちゃんとした時に改めて贈りたいし。
となると、他に贈り物として丁度良い感じに……ああでも、これから大会まで忙しくなるってシズクちゃんも言ってたしなぁ。となると、フリットカップに絡めたものが良いかな。
「……ならいっそのこと……ただこれだとシズクちゃんだけって訳には……ああでも、下手な物より絶対喜ぶだろうし……」
言葉に出して整理しながら、頭の中でカチャカチャと案を纏めていく。
そうして一通り纏まったら、全体を眺めて熟考。
「……うん。まあ、悪くはないかな? 口実としてもおあつらえ向きなのもあるし、イける気がする」
取り敢えず案自体は問題無さそう。となると次は、こっちの準備かな。
「ねえユメ姉さん」
「んー? なーにー?」
「実はシズクちゃんのお詫びのことで、姉さんに頼みたいことがあるんだ」
僕がそう言うやいなや、ユメ姉さんの目がキラリと光った。
「……ほうほう? ナナ君がそっち方面で私を頼るなんて珍しいね? 良いでしょう! 全力で応えましょう!」
「まだ何も言ってないんですがそれは」
それ他の人にやってないよね? 特に変なことを頼む気はないけれど、人からの頼み事なんて安請け合いしないで怖いから。……まあ、今回は頼もしいから全力で頼るけども。
という訳で説明タイム。かくかくしかじか。
「ーーってなことを考えててね。それで協力をお願いしたいんだけど」
「……また予想外の方向に走ったね。てっきり私は、女の子の好きそうな小物とかを訊かれるとばかり……」
「それは自分で選べます」
「知ってた」
そういうプレゼントは、贈り先の人物を考えれば自ずと良さげなものが見えてくるから。
「まあでも、確かにナナ君の案自体は悪くはないかな。私のイメージ的にも、シズクちゃんは大喜びすると思う」
「でしょ?」
良し。お墨付きは貰った。
「協力の方もOK。私も休日は暇してるしね」
「それは良かった」
……頼んでおいてアレだけど、それはそれでどうなんだろ。世間では超が付く程の人気者なのに休日の予定ゼロって……。
「えい」
「っだい!?」
余計なこと考えてたらデコピンされました。しかも『バチンッ』って無駄に痛い奴。……相変わらず獣みたいに勘が良い。
そんな僕の内心を他所に、姉さんは切り替えるようにコホンと咳払い。
「まあ協力するのは吝かでは無いんだけど、ちょっと弱い気がするんだよね」
「……え、何が?」
まさかのダメ出し? こういってはアレだけど、僕の案って無駄に壮大で豪華な筈なんだけど。それなのに『弱い』の?
そんな僕の戸惑いに対して、ユメ姉さんはニヤリと笑って、
「ーーどうせなら、ウチで暇してるの皆も巻き込んじゃおうよ」
心底楽しそうにそう言ったのだった。……これはとんでもないことになりそうだ。
メンタル強度は兎も角、それはそれとして地味に精神が揺さぶられるナナ君でした。……珍しく精神がキマってない主人公。




