第四十一話 少女を守った背中は遥か遠く
はいすいません。純粋に投稿するのを忘れてました。最近曜日感覚がバグるんや……。
今日はシズクちゃん視点です。
「……本当に大丈夫?」
「大丈夫だってば。心配し過ぎだよママ」
「当たり前でしょう。一人娘が事件に巻き込まれたんだから」
ナナとのデートが、最悪の形で終わってしまったあと。
レイジーさんに家まで送ってもらった私は、事情を聞いたママにガッチリ捕まっていた。どうも保安隊の人から『殺人未遂事件に巻き込まれた』と説明を受けたせいで、ママってばものすごく心配してしまったみたい。
「何度も言うけど大丈夫だよ。殺人未遂事件って言っても、相手が何かする前にナナが終わらせちゃったから。アレを事件って言って良いのかってレベルだったし」
「本当、ナナ君には感謝してもしたりないわぁ」
私がナナの名前を出すと、一瞬でママの声音が和らいだ。今回の一件で、ママの中でのナナの評価は天井知らずってぐらいに上がった。レイジーさんの説明のせいで真っ青になったママを安心させる為に、私が改めて説明したせいなんだけど。
最初は逮捕された人物がママも知るタイラーだってことに固まっていた。でもその後に経緯を話すと、見ていて面白いぐらいに表情が変わったのだ。まず昔のことをネタに絡まれた辺りを話すと、ママの顔は段々と険しくなっていった。でもナナが前に出てきたところで、一変してにこやかに。タイラーを拘束したところなんて、拍手する勢いでナナのことを褒めていた。
「シズク。ナナ君は絶対に逃がしちゃ駄目よ。不埒者から女の子を庇うことができて、女の子の為に怒れる男の子なんてそうそういないわ。必ずモノにしなさい。……まあ、そこまでされてアナタがナナ君を手放すなんて思わないけどね」
「……うん。アレは正直ズルいと思う」
ママの言葉に私は静かに同意した。……実際、あの時のナナは本当にカッコよかったと思う。あの時は流石に状況への驚きの方が上回ってたけど、今思い返してみると反則的な殺し文句がポンポン飛び出してた。思い出しただけで顔が熱くなってくる。
そもそも何アレ!? あんな荒い感じのナナなんて知らないよ! 普段は物腰柔らかなのに、何あのワイルドなナナ!? しかもあんな風になったのが、が私の為に怒ってくれたからってのはズルいじゃん! しかも私のことを可愛くて素敵なんて言ってくれるし! ズルいよあんなの! あんな風に庇われら、既に好きなのにもっと好きになっちゃうよ!?
……ていうか一番気になるのは、あの時ナナってばシレッと『僕の女』って言ってたことだよ! あれって単にタイラーを言い負かす為に言ったの!? それとも既にナナの中ではそういう認識ってことなの!? ポロッと出ちゃったってことなの!?
「あらあら。この娘ったら〜。真っ赤になってもう。そんなにナナ君ってばカッコよかった?」
「……うん」
「まあそうよねー。一瞬で相手を倒しちゃったんでしょ? それならさぞカッコよかったんでしょうねぇ」
「……そう、だね」
「あら歯切れが悪い。戦ってるナナ君はカッコよくなかった?」
「違うよ!? あの時のナナは本当にカッコよかったから! ……ただ、うん……」
ナナがカッコ悪かったことなんて断じてない。ママの言葉に考え込んでしまったのは、もっと別の理由だ。
「あの時さ、私にはナナが何をしたのか全く分からなかったんだ」
あの時、タイラーが殴りかかってきた光景は、今でも鮮明に思い出せる。別に怖くて頭に焼き付いてるとかそういう訳じゃない。……いや、恐怖心自体はあったんだけど、それ以上にあの時の光景は衝撃的過ぎたんだ。
「一瞬だった。本当に一瞬で、それでいて全く分からなかったの。タイラーがデバイスを起動して殴りかかってきて、その次の瞬間にはタイラーは地面に叩きつけられてた」
「……そういう魔法なんじゃないの? 私はそっち方面には詳しくないけど、確か念動系っていう魔法があったでしょ?」
「うん。効果自体は念動系の魔法と同じだと思う。力場操作の類で、タイラーのことを無力化したんじゃないかなって」
ここまでなら私だって予想はできる。むしろ魔導戦技をやっている分、そっち方面ならママよりも正確に分析できてる筈だ。……でもだからこそ、私にはナナがしたことが分からないんだ。
「私が理解できないのは、あの時ナナは全く魔法を使う素振りを見せてなかったこと。デバイスも起動させてないし、それどころか魔力が動いた気配すらなかったんだ」
魔法を使う以上、どうしたって周囲の魔力は動く筈なのだ。本人から放出される魔力は勿論、魔法を発動させようとすれば大気中の魔力も反応する。
そして魔導師ともなれば、大なり小なりこの手の魔力感知は行える。複雑な技術は必要ない。鋭敏さの違いこそあれ、根本的には人が風を感じる感覚と似たようなものだから。大気中の微弱な魔力が動けばそよ風が吹いたなと思うし、誰かが魔力を放出させれば強めの風が吹いてると思う。コレはそういうものなのだ。
そして私はというと、自慢じゃないけどその手の感覚は結構鋭い方。インファイタースタイルをやっていることも相まって、普通の魔導師よりも鋭敏な感覚を備えていると自負している。
……そんな私ですら、真横にいた筈のナナが魔法を使ったことには気付けなかった。私が驚きで身をすくませたのとほぼ同時に、タイラーは地面に倒れた。でも、その時に魔力が動いた気配なんて一切なかった。本当になかったんだ。
「……コレは女の子としてじゃなくて、選手としての言葉なんだけどね」
「うん」
「ナナは素敵な人だよ。凄くかっこいい、私の大好きな人。……でも、選手としてのナナはちょっと不気味なんだ。強いのは元々分かってたけど、今回の一件でそう思うようになった。だってナナの底が全く見えないんだもの」
「ーーそりゃまあ、あの歳で機動隊の嘱託魔導師やってるんだ。そこいらの10代より遥かに強いのは当然だろう」
「え?」
「あら?」
突如聞こえてきた声に、私とママは思わず振り返った。そこには見慣れた、それでいて久しぶりに顔を合わせるもう1人の家族が立っていた。
「パパ!? 何でいるの!?」
「……いちゃ悪いのか娘よ」
「そういうこと言ってるんじゃないの分かるでしょうに。お仕事の方は大丈夫なのって訊いてるのよ」
「クソネズミどものお陰でまだまだ阿鼻叫喚だよ。……とはいえ、流石に娘が事件に巻き込まれたとなれば、統括局も帰宅ぐらいはさせてくれるさ。ウチはそこまでブラックじゃないからな」
「娘の前であんまり汚い言葉を喋らないの。……そういうことなら、今日はお休み?」
「ああ。久しぶりの我が家だ」
そう言ってパパはニヒルに笑う。家族3人が揃った久しぶりの光景には、不謹慎だけど事件に巻き込まれて良かったと思った。
パパは統括局の開発部で働いている訳だけど、少し前に起こったオライン港のタンカー座礁事件で職場が修羅場を向かえていた。ナナの予言通り、あの事件のあとパパは私たちに『当分帰ってこれない。一応毎日連絡はするがな。だから俺の顔を忘れんなよ』と言って仕事に行ったっきり、本当に帰ってこなかった。
……ってそう言えば、ナナとパパって知り合いなんだっけ。
「パパはナナのこと知ってたの?」
「ああ。付き合いだけなら片想い歴1ヶ月未満のシズクより全然長いぞ。3年近い付き合いだから」
「何でそういうマウント取るかな!?……ってちょっと待って! 何でパパ、私がナナのこと好きだって知ってるの!?」
「今自分で言ってたろ」
「そこから聞いてたの!?」
待って凄い恥ずかしいんだけど! パパに知られるなんて思ってもみなかったよ!? ……いやそもそも、パパとナナって仲良いんでしょ!? もしかして私が原因で2人の仲が険悪になったりして……!
「意外と冷静なのね。てっきりウチの娘を誑かしたのはどいつだー!なんて言うのかと思ってたのに」
ママも方向性は違えど似た疑問を抱いたようで、不思議そうな様子でパパに訊ねていた。
「うむ。実はそれ、人生で言ってみたい台詞ベスト10に入ってたんだがな……。相手がナナとなると流石に言えんよ。あんな優良物件そうはいないぞ」
「へぇ。人に厳しいパパがそんなこと言うなんて。やっぱりナナ君って優秀なのね」
「そりゃそうだろう。あの歳で機動隊の嘱託魔導師だぞ。優秀なんて言葉じゃ片付けられんよ。アイツの欠点なんて身長とプレイボーイの素質があることぐらいだ」
そうして肩を竦めるパパは、ナナに対するある種の信頼を抱いているように見えた。……まるで私よりもナナのことを知っていると言っているようで、ちょっと悔しい。
「パパはナナが機動隊の嘱託魔導師だってことは知ってたの?」
「そりゃ勿論。今日の一件もナナから聞いたんだぞ。シズクが事件に巻き込まれたが、指1本たりとも触れさせなかったし、犯人は自分が既に逮捕したってな」
「……そうなんだ」
まあ予想はしてたけど、やっぱり何か悔しい。私は今日初めてナナが嘱託魔導師だってことを知ったし、それも事件が起きなきゃ知ることはなかったって考えるとなぁ。……何でパパ相手にこんな嫉妬してるんだろ私。
「というかそもそも、アイツのデバイス造ったのは俺だ。自分の手掛けた軍用デバイス所持者の所属ぐらいは普通に知ってるっての」
「そうなの!?」
ナナのオーケストラってパパが造ったの!? それはもう本当に予想外過ぎるんだけど! というかもう一つ衝撃的な情報混じってたよ!?
「え、軍用デバイス!? ナナのオーケストラが!?」
「そりゃ嘱託魔導師が仕事で使うんだから軍用だろう」
「いやそれはそうなんだけど! そうなんだけども!」
軍用デバイスってアレでしょ!? 使い手によっては大規模破壊魔法を放てるレベルの魔法領域が備わってるっていう、カテゴリ的にはデバイスじゃなくて兵器とされてるアレでしょ!?
「ナナってば普通に試合で使ってたけど!?」
「システムを3級に変えてるんだろ。小さいものを大きくすることはできんが、その逆はできる。軍用なら魔法領域を3級相応まで制限すれば、デバイス本体の流用は可能だ」
「そ、そうなんだ……」
言われてみれば、魔導戦技は初めてって言ってた割には、ナナのバトルスーツって凄く使い込んでた感じがした。細かい傷がついてたんだけど、それが重厚な雰囲気を漂わせてて、妙な威圧感があった。
アレってつまり、事件とかでも使ってるような本当の意味でのナナの戦装束ってことだったんだ……。
「因みに言っとくが、システムを変えてる以上、性能は平均的な3級デバイスと同じだぞ。その辺りの差は全くない」
「……それは分かってるよ。ナナの実力がデバイスの性能依存な訳ないし」
パパの注釈に思わずムッとなった。その言い方だと、私がナナの実力を疑っているみたいじゃん。そんなことする訳ないのに。
「ハハッ。そう不機嫌になるな娘よ。あくまで念の為言ったに過ぎないさ。人間ってのは何か非常識なことがあると、自分が納得する理由を造り出すからな。面白いぐらいに無双してるアイツを想像すると、万が一って考えちまっただけだ」
「……無双?」
パパの言葉に思わず首を傾げる。パパは一体何を言ってるんだろう? 確かにナナは強いけど、無双という言葉が当てはまる程ではない。私たちの見立てでは、ナナの実力はフリットカップの都市本戦上位から世界選抜下位といったところ。それでも十分凄くはあるし、平均レベルの選手相手ならば確かに無双はできそうだけど、この界隈の最上位選手たちには及ばない。
言葉は悪いけど、私たち魔導戦技選手からすれば、ナナの実力は『凄く強い』程度なんだ。それ以上の選手たちを知っているから、パパの言うようにズルを疑うなんてことはまず有り得ない。
しかしながら、パパは私の反応こそ不思議そうにしていた。まるでナナが無双してないことの方がおかしいと言いたげで、私とパパの間に微妙な時間が流れる。
「……無双してないのアイツ?」
「……いや、うん。確かにナナは強いけど、セフィと同じぐらいって感じかと」
「セフィちゃんと……?」
私がセフィの名前を出すと、パパは余計に首を傾げていた。……んー? おかしいな。セフィの実力はパパも知ってる筈なんだけど。
「セフィと同じぐらいって、普通に考えれば十分凄いよ?」
「いや、そりゃそうだが。アイツはあの歳で機動隊の嘱託魔導師なんだぞ? 単純な実力だけで言えば、お前たちの年代だと文句無しで最強だ。10代の括りでも、次元世界全体で5本の指に入る筈だが」
「……え?」
パパの言葉に思考が止まった。ナナが10代全体の中でもベスト5に入る実力者? ……世界最強クラスってこと? あのナナが?
「……ふむ。その反応だとマジで何も知らんようだな。なら今の言葉は忘れろ娘よ」
「ちょっと!? ここにきてそれは凄い気になるんだけど!?」
何でそこで手のひら返すの!? 衝撃的な情報出しておいてそれはなくない!?
「しょうがないだろ。セフィちゃんと同じぐらいの強さってことは、意図はどうあれ実力を隠してるってことだ。それを俺が横から暴くようなことはできん」
「だったら最初から凄いこと言わないでくれる!?」
「それこそしょうがない。俺はナナが実力を隠してることを知らなかったからな。今のは俺とシズクの関係性を知っていながら、その辺りの釘を刺してないアイツの落ち度だ」
「相変わらず変なところで開き直るわねパパって」
ふてぶてしく己を正当化するパパ。その開き直りようには、今まで黙って話を聞いていたママまでツッコミを入れる程だった。
「まあそれは良いんだよ。アイツの本当の実力なんて、機会があれば分かることだ。何なら本人に訊け」
「それは流石に……」
わざわざナナが隠してることを問い掛けるって言うのは、ちょっと気が咎めるというか。……変に嫌われたくないし。
「なら諦めるんだな娘よ」
「うぅ……でも気になるよ〜」
「俺はもっと気にするべきことがあると思うがな」
「え?」
私が好奇心と恋心の間で葛藤していると、パパがそんなことを呟いた。露骨な話題逸らしのような気もしなくもなかったけど、なんとなくこの話題は逃してはならない気がした。……なんだろう? 強いてあげるなら女の勘?
「気にするべきことって?」
「今後の身の振り方というか、ナナとの将来のことだな」
「……それはつまり、ナナが嘱託魔導師ってことに触れないで過ごすってこと?」
「違う。いやそれも大事だが、その辺りは本人と相談しろ。勝手に解釈して行動すると、拗れた時が面倒だぞ」
「あ、うん」
何だ違うんだ。てっきりそういう話だと思ったのに。……まあ、パパの言ってることも尤もだけどさ。
「じゃあ何なの?」
「だから2人の将来の話だ。シズク。お前って重婚容認派か? 一応言っておくが、このまま行くと十中八九そうなるぞ」
「へ!?」
あまりにも予想外の言葉だったせいで、思わず変な声が出た。
いや確かに結婚とかそういうのは夢みてはいるけどまだ早いというかいやでもそうなると重婚云々は確かに大事だよね法律的には問題無いしその辺りの意思疎通は……って!そうじゃなくて!
「何でいきなりそんな話を!?」
「何だ? 結婚したくないのか?」
「いやしたいけど! したいんだけど! そもそもまだそういう関係ですらない訳で!」
私たちまだ付き合ってすらないんだよ!? それで結婚ってのは飛躍し過ぎじゃないかな!?
だが、パパは極めて冷静に私の言葉に反論してきた。
「結婚したいならしっかり考えておけ。他のガキは兎も角、ナナの場合は子ども同士の恋愛であっても、相手が望めばその先まで応える奴だ」
「うっ……それは確かに。そんな感じはするけど」
「だろ? で、そうなった場合は厄介だぞ。なにせアイツはえげつなくモテる」
その言葉に心臓がドキリと跳ねた。……いや、落ち着け。セフィだって言っていたじゃないか。ナナは将来的にモテるって。だから今の内に捕まえておけと忠告されたのだ。
「ふ、ふん。そんなの知ってるもん。ナナは絶対モテモテになるって。だってナナはカッコイイもん」
「勘違いするなよ娘よ。『なる』んじゃない。既に『なってる』んだ。アイツ、今の段階で一部の統括局職員、それも若くて人気のある女職員たちから粉かけられてるんだぞ」
ピシリと、全身が固まった。
……え? ナナが? 綺麗なお姉さんたちに? いや、え? だって統括局の職員ってことは、最低でも18……ナナの年齢は12・13なんだけど……。
「どっ、どういうことなのパパ!?」
「どうもこうもない。そもそも機動隊ってだけでモテるんだ。なにせ『強い』と『高収入』と『エリート』の三拍子が揃ってる。更にナナの場合、将来性抜群だし、今の時点でも容姿は悪くないし、性格だって穏やか。なにより女誑しだ。これだけモテ要素があれば、多少の年齢差を無視しても食い付いてくる女はいる」
曰く、統括局の女性職員の中でのナナの評価の多くは『あと数歳若ければアタックしてた』か『せめてあと3歳大きければなぁ』というもの。そして一部の人たちからは『年下好きだし全然有り』や『犯罪にならない程度に粉掛けておいて損はない』などと言われているそうだ。
「ど、どどどどうしよう!? まさかナナ取られちゃう!?」
「ふっ。そこはまあ安心しろ。大抵はアイツの方が上手だ。幾らそういう対象に見られていても、本気で惚れてるような奴はいないからな。そういう奴は程々に仲良くなったあと、アイツの無駄に広い交友関係の中から相性が良さそうな奴をピッキングして、うまい具合に引き合わせてからフェードアウトしてるよ。……お陰で婚活組からは名仲人扱いされてるがな」
「それはまたナナらしいというか……」
安心したというかなんというか。改めて一筋縄じゃいかないことを再確認させられたというか……。
いやでも、それなら別に問題無いような気が?
「ナナがモテてるのは分かったけど、それで何で重婚云々の話になるの……?」
「それは何度も言うがモテるからだな。これは機動隊みたいな人気職で、且つそいつ自体もモテる奴だと割とある話なんだがな」
曰く、そういう人は物凄くモテる為、例え既婚者であってもアタックしてくる女性(特に重婚容認派)が多いそうで。しかもレストレードでは法律的には問題無いので、この手のトラブルは割と厄介なのだとか。勿論、男性側が毅然とした態度で断れば話は早いのだけど、そういうのが苦手な人もいるし、何よりモテる人なので1人2人フッたところで終わりがない。しかも男性によってはフリ続けることで精神が疲弊してしまう人もいる。
そう言った理由から生まれた妥協案で、ある程度気心知れたライバル2〜4人でその人のことを『囲う』らしい。幾ら重婚容認派でも、既に重婚していて余裕がないとなればアタックにも躊躇が生まれるし、また配偶者が複数入れば周囲への牽制もし易い。他にも家事の分担ができるなどのメリットもある為、複数人で暮らしていけるだけの収入がある場合は割と採用されるのだとか。
尚、本当かどうかママに訊いてみたところ、『あー、確かにそういう話は偶に聞くわね。知り合いの知り合いが確かそうだった気もするし』とのこと。
「……いやでも、ナナなら上手く立ち回ってそういうことは起こさなそうだし……」
「まあその可能性もある。だがアイツは機動隊だからなぁ。助けた相手だったり、背中を預けた戦友とかだと流石に避けられないだろ」
「うっ……」
なんとか絞り出した反論は、パパの完璧な正論によって叩き潰された。
でもなぁ、重婚は流石に抵抗あるし、そもそもナナのことは独り占めしたいしなぁ……!
そんな風に私が葛藤していると、見兼ねたママが話に入ってきてくれた。
「シズク。別に今からそういうことで悩まなくて良いのよ。パパの話は、単にそういうこともあるかもしれないってだけなんだから。……パパもあんまり娘に意地悪なこと言わないの」
「そう怒るな。知っているのと知らないのじゃ訳が違うだろ。だから言ったに過ぎんよ」
最初から知っていれば、いざという時に狼狽えずに済むだろうとパパは笑う。
それに対してママはため息。私も釣られてため息が出た。
「良いかシズク。これは娘の幸せを願う父親としての言葉だ。こと恋愛方面に関しては、ナナのことは信用するな。アイツは手慣れ過ぎて頼もし過ぎる」
「……頼もし過ぎる」
「そうだ。アイツは女慣れしてるからな。深入りしない立ち回りも弁えている。……が、同時にアイツは頼もしくて優しい奴だ。それに仕事柄アイツは助ける側だ。だからこそ、どんなに上手く立ち回ろうがのめり込む女は出てくる。そしてそういう女ほど、なんとしてでもナナを手に入れようとする。ある種の依存だ」
「……それは、確かに」
パパの言ってることは正しいと思う。……だってパパの言って女の人は、紛れもない私なのだから。
私はナナに救われた。私はナナに狂おしい程のめり込んでいる。私はナナをなんとしても手に入れたい。私はナナに依存している。
……そして、今後は必ずそんな『私』が現れる。
「だからアイツと一緒になりたいならば、そして幸せになりたいならば。ナナをお前しか見えないレベルで魅了しろ。それか妥協を覚えて頼もしい恋敵たちと協力しろ。兎にも角にも、木っ端な女どもに立ち入る隙を与えるな。幸せな将来を望むならば、この二つに一つだ」
いつの間にかパパは、先程までと違い真面目な顔をしていた。いつものような意地の悪いニヒルな笑顔ではなく、真剣に私の幸せを考える父親としての顔。
「分かったな?」
「うん!」
だから私は、力強く頷いたのだった。
敢えて言っておきましょう。これはあくまで保険です。




