第三十八話 足取り軽く男女は歩く
「お待たせ。待ったかな?」
「ううん。今来たとこだから」
そんな定番のやりとり、待ち合わせの醍醐味とも言えるそれを済ませたら、そこからはもうデートの時間だ。
「遊ぶ場所は決まった?」
「うん。やっぱり駅周りが無難かなって」
シズクちゃんが指定したのは、商業施設が立ち並ぶ第一地区の中央駅。徒歩だと少し遠い位置にあるけど、学生が放課後に遊ぶには何かと都合の良い場所だ。
「じゃあバスだね。念の為訊くけど、交通費は大丈夫?」
「大丈夫。元々デートに誘うつもりだったから、ちゃんと持ってきてるよ」
「そか」
準備の方は万端らしい。それなら安心だ。……男の甲斐性、というより曲がりなりにも職に就いてる身としては、学生であるシズクちゃんに支払いをさせるつもりはないんだけども。やはり手持ちのお金がある方が行動し易いのは事実な訳で。
「なら出発しようか。……手は繋ぐ?」
「勿論!」
じゃあどうぞと手を差し出すと、シズクちゃんは嬉しそうに手をギュッときた。……でもちょっと違うかな。
「デートなんだから、こうじゃない?」
そう言いながら指を絡ませ、普通に手を繋いでいる状態から恋人繋ぎへと。
「じゃあ行こっか」
「うん!」
そうして中央駅についた僕たちは、思う存分に遊び回った。
主に行ったのはウィンドショッピングだ。洋服や小物、ペットなどを見て周った。なにせ収入がある僕は兎も角、シズクちゃんは学生だ。そんな散財するようなデートはできないし、する気もないのだろう。僕は僕で、そんなシズクちゃんの横で物を買う気もなかったので、結果としてお金を使わないデートになった。……シズクちゃんが注目してた小物はこっそり買ったけど。
とはいえ、それ以外は十分な内容だったと思う。シズクちゃんは新しいお店に入るたびに眼をキラキラさせていたし、僕はお店をまわると同時にそんなシズクちゃんを見て楽しんだ。お互いに楽しめたのだから、デートとしては大成功だろう。
そして今は、一休みも兼ねて人気と噂のクレープを立ち食いしていた。
「んー! これ美味しい!」
「こっちも美味しいよ。カスタードクリームが濃厚だ」
「分けっこしよ!」
「良いよ」
そう言ってお互いのクレープ、僕のホットカスタードと、シズクちゃんのストロベリーチョコアイスを交換する。
そして同時にパクリ。思ってた以上にクレープが美味しかったのか、シズクちゃんは躊躇なく僕のクレープに口をつけた。……まあ、舌を入れてるし関節キスなんて今更か。
それはそれとして、こっちのクレープも本当に美味しいな。少しビターなホットチョコと、濃厚なバニラアイスの甘味が見事に調和してる。温かさと冷たさのコントラストも良い。甘さを洗い流すストロベリーの酸味も最高だ。
「こっちも美味しいね! カスタードクリームしか入ってないのに!」
「温かいカスタードってそれだけで美味しいからね」
「そうかも!」
シズクちゃんはシズクちゃんで、僕のクレープにご満悦な様子。やはり僕のチョイスに間違いはなかった。
「……でも本当に奢ってもらって良かったの?」
「うん? ああ、それは全く。これはデートだし、男の甲斐性の見せ所だから」
「うぅー。でもお金云々はしっかりしたいよぅ」
「ならこれはお礼。クラスで僕を助けてくれたことへのね」
「あ、やっぱり気付いた?」
「そりゃ勿論」
あんな意味深なウィンクされたら気付くとも。そう告げるとシズクちゃんはチロリと舌を出した。あら可愛らしい小悪魔だこと。
「んー。まあ、お礼って言うなら受け取ろうかな?」
「そうしてくれると助かるよ」
「男の子に華を持たせるのも、良い女の条件だってママに教わったからね!」
「……流石は女の子」
そういう教育をされてるとは思わなかった。まあ、母親なんて恋愛云々で言えば先達中の先達。幸せに直結する問題なのだから、多少のノウハウを叩き込んでてもおかしくないか。
まあそれは兎も角。僕に華を持たせてくれたのは本当に助かった。何度も言うけど、普通に稼いでる身で女子中学生に支払いをさせるのは心情的にねぇ。気まずい気持ちにならずに済んで良かったよ。
「……さて。クレープも食べ終わったことだし、次は何しよっか?」
「そうだねぇ……取り敢えずまたブラつこっか?」
「了解」
という訳で、軽い運動も兼ねてウィンドショッピングを再開することに。
「あ、そういう言えばねーー」
「ーーそっか」
うん。アテもなくお店を見て回りながら、取り留めのない会話を重ねるのはやはり楽しいな。
そうして雑談を続けていくと、次第に話題はレイ先輩の宿題へと移っていった。
「そう言えばシズクちゃん、レイ先輩の宿題の件は纏まった? 朝は気合いを入れてたけど」
「うん! 授業中もずっと考えてたから、柱になる部分はなんとか固まった感じ」
「そっか。でも授業の件はコーチに言わない方が良いよ?」
あの人先生でもあるから。気がそぞろになって授業に身が入ってなかったなんて聞いたら、多分だけど軽いお説教食らう羽目になる。
「因みにどんなのか訊いても?」
「それは当日のお楽しみだよ」
「そっか」
まあ此処で詳しく聞くのも野暮か。
「ナナの方はどんな感じ? 形にはなった?」
「んー、僕は微妙な感じかなぁ。案自体はあるんだけどね」
「上手く纏められないの?」
「いや、そこで悩んでる訳じゃないんだ。一応形にはなってるし、レイ先輩の言ってた条件もクリアしてる筈」
「じゃあ良いんじゃないの?」
「うーん……そうなんだけどねー」
確かに僕の考えてるプランなら、ウチのメンバーの足りない部分を補うことができるはずなんだ。効果の方は極めて高いと言える。それでいて費用とかそういった面でも実現可能な範囲に落ち着いている。ネックなのは、このプランだと無駄に壮大になると言うか、規模がアレになるというか。
『効果的だからこそやるべきだ』と言う意見と『いやそれは流石にどうよ』という意見が、脳内でせめぎ合っているんだ。
「ぶっちゃけ滅茶苦茶なプランでねぇ。多分、提案したらルナ先輩あたりから『アンタ流石に非常識過ぎるでしょ!?』ってツッコミくらうと思うんだ」
その光景がありありとイメージできるというか。
「まあ、言うだけならタダって言うし、それでも良いんじゃないかな?」
「んー。取り敢えず副案として纏めておいて、もう少し他のも考えてみるよ。良いのが出てこなかったらそっちを出すってことで」
「ふーん? じゃあもしそっちが没になったら、こっそり私に教えてね? ナナが何考えてたのか気になるから」
「それは構わないよ」
「やった」
僕の案を聞いたら、シズクちゃんどんな反応するかなぁ。……聞いた途端にセフィに話して、2人でコーチと他のメンバーに直談判しにいきそう。
そんな光景をイメージして内心で苦笑していると、シズクちゃんが何かを思い出した顔をする。
「あ。ねえナナ。ちょっといきたいところがあるんだけど」
「何処に?」
「フランプのお店。ランニングシューズの新作が出てた筈だから、ちょっと見てみたくて」
「はいはい」
シズクちゃんが挙げたのは、スポーツ用品を専門に扱う会社の専門店だった。どうやら魔導戦技の話題から思い出したらしい。
という訳で、早速そのお店のある方向に歩を進める。幸いにして件の専門店の場所は把握しているので、迷うことなく向かうことができそうだ。
「ところで新しい靴買うの?」
「んー、今日は買わないかな。今履いてるのはヘタってないし。ただ新作の履き心地とかは気になってるから、1度直に見ておきたくて」
「そう」
シズクちゃん曰く、こういうスポーツ用品の新作チェックは欠かさないのだそうだ。次に買い替える時の参考にする為に、直に見て触ってデータを集めているのだとか。勿論、単純にスポーツ用品を見てまわるのが好きというのもあるのだろう。
こういうところは、やはり生粋のスポーツ選手なんだなと感じる。毎度毎度思うのだけど、可愛らしい見た目とのギャップが凄い。ふんふーんと鼻歌交じりに歩いてる姿からは、試合の時の苛烈さはイメージすることはできない。
今だって、傍から見れば可愛らしい洋服やアクセサリーを買いにきた女の子にしか見えない。目的が新作のランニングシューズだとは思うまい。
「あ、見えてきたよ!」
そんな僕のイメージに反して、専門店が見えてきたことでシズクちゃんのテンションは更に上がる。歩幅も気持ち大きくなり、手を繋いでいる僕が引っ張られているのはご愛嬌といったところか。
「ーーぁ」
しかし、店が目と鼻の先となったところで、ピタリとシズクちゃんの足が止まった。
「シズクちゃん?」
どうしたのと聞こうとしたところで、シズクちゃんの視線が1点に固定されていることに気付く。
シズクちゃんの視線の先にいたのは、丁度店から退出した少年であった。
体格は同学年の中では大きい部類に入る、レックスよりも更に大きく。しかし、その顔はやんちゃそうで何処か子供っぽい。体格だけなら年上でもおかしくないけど、その少年の纏う雰囲気が僕たちと同年代であろうことを教えてくれる。
そしてその少年もまた、シズクちゃんを見ていた。表情の変化は顕著だった。少年はシズクちゃんに気付くと、驚きに眼を見開き、次に嫌そうに顔を顰める。そして最終的には、嫌味ったらしい笑みを浮かべてこちらに近づいてきた。
「あれぇー? ストライムじゃん。奇遇だな。こんなところでどうしたよ?」
……はぁ。デートの雲行きが怪しくなってきたな。
さて、少し不穏な空気が出てきました。そろそろナナ君のカッコイイとこ見てみたいです?




