第二十二話 名門VS公立 (設備)
もうすぐ練習試合ということで、試合が始まったら視点が一話ごとにコロコロ変わります。
ラクシア魔法女学院は、いわゆる名門お嬢様学校だ。その歴史は長く、100年以上前から名家の令嬢や才媛を受け入れ、輩出してきた。
その名と歴史は現代でも有名で、レストレード中に鳴り響いている。世の女子たちは通う事に憧れ、世の男子たちはラクシアの女学生とお近づきになる事を夢見る。
というのが、僕の持っていたラクシアの認識だったんだけど。
どうもその認識は間違いだったと、昨日あたりから学びました。
「ここが魔法の名門校、ラクシア魔法女学院……」
ルナ先輩が、辺りを見ながら気圧されたように呟く。
現在、僕たちはラクシアに到着し、魔導戦技部の元へと案内されている。
案内してくれているのは、ラクシアのマネージャーであるリリカ・ラスターさん。2年生らしい。
「あはは、やっぱりビックリしますよねー」
先頭を歩いていたリリカさんが、ルナ先輩の呟きを拾った。
「あ、いや、そうじゃなくて。ただ、凄いなぁって」
「そんなに慌てなくて大丈夫ですよ。通ってる私たちでも、偶にここの設備には呆れますから」
そう言って、リリカさんは自分の頬をポリポリと掻く。
その反応に思わず納得してしまうぐらいには、ラクシアの中は凄かった。
まず広い。案内してくれる人がいなければ、確実に迷うぐらいに広い。多分、下手な公共施設の倍以上ある。
そして広大な敷地内にある、数々の設備。リリカさんが来る前に、案内板があったからチラッと確認してみたんだけど。校舎や体育館、プールといった学校なら当然の設備の他に、魔導競技用のグラウンド、格闘場、トレーニング施設があった。
まさか、魔導競技専用の施設まであるとは……。ここの学生、予想以上にアクティブのようだ。
「まあ、施設が充実しているお陰で、魔導戦技の練習もしっかり出来ますから。そういう意味では、とてもありがたいんですけどね」
「羨ましいわ。ウチは魔導戦技用の設備が充実してないから、どうしても本格的な練習は限られちゃうから」
リリカさんの言葉に、コーチが本当に羨ましそうに相槌を打った。
ウチの部活は、知っての通り弱小だ。選手は5人しかいないし、施設のレベルもそれに準じている。部室は狭いし、リングは何かしらの通常戦技の物を流用しているため、長物以上の武器は使えず、魔法も極々小規模かつ限定された種類しか使用出来ない。本格的な練習となると、近くの競技場を借りなければならない状態だ。
週2で1回2時間というのが、僕たちの部活が本格的な練習を出来る平均的な量らしい。まあ、僕はまだ外練に参加してないんだけどね。
それに比べて、ラクシアは必要な設備を全て自前で揃えている様子。本格的な練習を何時でも出来るというのは、競技者としては大きなアドバンテージと言える。
流石はラクシア魔法女学院。伊達に魔法学校を名乗ってないと言えばいいのか。
そこでふと不思議に思った。
(……というか今更なんだけど、何でうちの部活と練習試合する事になったの? こう言っちゃアレだけど、うちとは釣り合わないというか……)
ちょっと前に、弱小だと練習試合を組むのも苦労するって、ルナ先輩から聞いた筈なんだけど。
ラクシアとうちの部活って、言い方は悪いけど天地の差がある気が……。
(本当に今更ですね……)
僕の今更過ぎる疑問に、セフィが呆れながら答えてくれる。内容がアレなので、お互い小声だ。
(これに関してはシズクがお手柄でした)
(シズクちゃんが?)
(ナナの言う通り、普通なら相手にされません。それぐらいうちは弱小です。それが分かっていましたから、コーチもユーリ先輩も、練習試合の申し込みはしてなかったそうです)
(え、そうなの?)
それって、ラクシア側から練習試合の申し込みがあったって事じゃ……?
(ええ。知らされた時は全員驚きました。コーチですら、動揺してたぐらいです)
(じゃあ何でなの?)
(どうも、凄い偶然が起きたようで……。シズクとナナが出会った日があったじゃないですか。初めて会った時、子供を助けたんですよね?)
(うん。そうだね)
(どうもその子供、ラクシアの魔導戦技部コーチの御家族だったみたいで……)
(ほえ?)
思わず変な声が出た。何だその偶然。
(それでシズクに直接お礼が言いたいと、ラクシアのコーチの御家族がナナが休んでる時にシズクとお会いしたんです。その流れで、練習試合を組む事になったとか。ですよね、シズク?)
(うん。部活で魔導戦技やってるんですよって話たら、あれよあれよと……)
(それはまた……)
弱小なうちの部に、突如として降って沸いた強豪校との練習試合。その背景に、僕とシズクちゃんの出会いがあったとは……。
その時の事を思い出して、困ったように笑うシズクちゃんを見ながら、僕は感慨に耽る。
(じゃあ、この練習試合はお礼って事?)
(恐らくは。実際、私たちからすれば、今回の試合は願ってもないものですし。練習内容も破格です)
(私としては、ラクシアの人たちを巻き込んで申し訳ないんだけど……)
どうもシズクちゃんは、今回の練習試合の背景に思うところがあるみたい。
まあ確かに、ラクシアのコーチが個人的にお礼をするなら兎も角、向こうの部員からすればとばっちりではあるよなぁ。
ただ、セフィの考えは違うみたい。
(とばっちりと決めつけるのはどうでしょうか? 得る物は私たちの方が圧倒的に多いですが、ラクシア側にもメリットはありますよ)
(そうなの?)
(ええ。ラクシア側からすれば、私たちは調整相手にはもってこいです。私たちは全体的に格下ですが、レイ先輩のような有名選手もいます。実力が下の選手と戦わせる事でメンタル面を整えたり、慣れない技を試したりしながら、強い部員はレイ先輩と戦わせて技術面を磨く。そんな感じではないでしょうか)
セフィの推測に、僕とシズクちゃんはへぇと納得する。
ちょっと考え方が捻くれてるような気もしなくはないけど、言ってる事はなんとなく分かる。
格下相手に戦って、選手たちに自信を付けさせようとしているのだろうと。
ただ意外なのは、セフィが自分たちを格下だと断言した事だ。
(格下って素直に認めるんだね)
(事実ですから。私たち3人、実力はある方だと思いますが、実績は皆無です。そうである以上、選手としての評価が低いのは当然です)
選手としての評価が低いと、セフィはあっさりと自己評価を下す。
それはとても淡々としていて、悔しい等の感情は微塵も感じなかった。ただ事実を述べているだけ。そんな雰囲気だ。
魔導戦技を真剣にやってるからこそ、そういう評価はしっかり出来るのだろう。
まあ、実力はあると断言するのはご愛嬌という事で。
(因みに訊くけど、2人的にはラクシアと戦って勝てる?)
(そうですね……一般部員は問題無いでしょう。エースの方々になってくると……互角ぐらいには戦えると思いますが、実際にやってみないと断言は出来ませんね)
(私はセフィ程自信ないかなぁ。エースが相手だと、流石に苦戦するかも)
(つまり、シズクちゃんも一般部員は余裕だと)
強豪校相手にこの頼もしさ、流石だね。
誇張でもなんでもなさそうなのが、また凄い。シズクちゃんが強いのは言わずもがなだし、セフィはそのシズクちゃんよりも強いらしいし。
強豪校のエースクラスと同等な選手のいる弱小部って、かなり悪い冗談な気がするけど。
(そういうナナは?)
(一般部員は兎も角、エースクラスは勝てないかなぁ)
(自信無さげですね。ナナも十分戦えるでしょうに)
(そう言われても、そもそもラクシアが強豪だったってのを、昨日知ったぐらいだし……)
ラクシア側の平均的な実力が分かんないから、断言しようがないんだよね。
それでも、流石に一般部員には勝てるとは思うけどさ。というか勝てると信じたい。
(ああ、そっか。ナナは作戦会議にはいなかったから)
(作戦会議?)
(相手の選手の試合映像とか、分析のために皆で見たんだよ。だから多少は、向こうの実力は分かってるの)
へぇ、そんな事してたんだ。うーん、理由が理由だし、行けなかったのは仕方ないけど、それでも行きたかったなって思っちゃうなぁ。
(あのスパーを見る限り、ナナなら十分通用すると思いますよ。格闘は並より少し上ぐらいですけど、魔法能力なら部でもトップでしょう。公式ルールに合わせた訳ではないので、推測の域を出ませんが)
(そこはやってみないとなんとも……)
やっぱり公式ルールの経験が無いってのは、結構大きいよねぇ。
まあ、それなりにやれる自信はあるけどさ。使用魔力の上限が上がれば、それだけで僕が有利になるし。
(今回の練習試合は、ナナの真の実力を見る機会でもありますね)
(うん。それはちょっと楽しみ)
(あんまりハードル上げないでくれると助かるかなぁ……)
試合だとそんな強くないから、僕。
(弱気な事を言わないでください。調整相手としか見ていないラクシアに、しっかりと私たちの実力を見せつけないといけないんですよ?)
2人の期待が重いなぁと苦笑いを浮かべていたら、セフィに注意されてしまった。
あれ、結構ご機嫌斜め?
(もしかして、調整相手っていうのは納得してない?)
(いえ、格下扱いは事実ですし、相応の扱いだとは思ってますよ? ただ同時に、直ぐにその認識を変えてさしあげようかとも思ってます)
ふむふむ、なるほど。
(それは納得してないのでは……)
(セフィ、意外と負けず嫌いだから……)
あ、うん。なんとなく、クールな雰囲気に反して熱血系かなとは思ってる。
(でも、シズクも同じ事考えてますよね?)
(まあね。格下って見られるのはちょっと嫌。それにちゃんと強敵だって思って貰わないと、戦いがいないしね)
あ、察し。
負けず嫌いな気も確かにあるなんだろうけど、それ以上にこの2人、魔導戦技限定で血の気が多いんだ。流石は魔導戦技大好きっ娘。
(そういう事ですので、ナナもしっかりしてください)
(どういう事かはよく分かんないけど、一応了解。全力でやらせて頂きます)
(頑張ろうね!)
やる気を漲らせる2人に合わせる形で、僕も頷きを返す。
元々真剣にやるつもりではあったけど、2人にこう言われたからには、更に頑張らないとね。
1年組で僕だけローテンションってのも、カッコがつかないし。
そんな風に決意を新たにしていると、先頭をいくリリカさんが大きな施設の前で立ち止まった。
「着きました。ここが魔導戦技用の格闘場です」
そう言って、リリカさんは格闘場の扉を開ける。
リリカさんに続く形で中に入り。
「うわぁ……」
「凄い……」
「これは……」
「マジで!?」
「おいおい……」
「ちょっと凄すぎじゃないかしらぁ……?」
「うちと比べると泣けてくるわね……」
全員唖然。因みに台詞は、上から1年2年3年コーチ。
コーチの台詞が切実だけど、それぐらいには格闘場が凄かった。
アンダー15用と思われる小規模なリングが4。アンダー19用の大規模なリングが1。あとは……うわっ!? あれ、小型で2世代ぐらい前のだけど、フィールド修復装置じゃん! 魔法でボロボロになった場所を、数分で元に戻す謎機械。あれ1個でも7桁いくよ確か。学校の設備じゃないよ!?
「……え、何? 魔導戦技の強豪校ってフィールド修復装置とか自前で持ってるの?」
「そんな訳無いでしょう……。専用の格闘場を持ってる学校は幾つか知ってるけど、フィールド修復装置まであるところは、私も初めて見たわ。大体の学校は、選手が地面を魔法で均してるし」
「あ、ですよね!? 僕の感覚がおかしい訳じゃないですよね!?」
コーチが僕の引き攣った呟きを拾ってくれたお陰で、良かったぁと安心する事が出来た。
なんか最近、魔導戦技関係だと世間知らずの子供みたいな感じだったから、不安だったんだよね。
という事は、これはラクシアがおかしいって訳だ。
「驚きましたか? うちの自慢の設備なんですよ!」
僕たちが何だこの学校はと呆れていたら、格闘場にいた男性が此方にやってきた。
この人がラクシアのコーチかな? 指導っぽい事してたし。
「今回はよろしくお願いします。コイルコーチ」
「いえいえ、こちらこそよろしくお願いします! アドラコーチ、練習試合の申し込み、お受け頂きありがとうございます」
「お礼を言いたいのは私たちの方ですよ。貴重な機会を頂き、感謝です」
ああ、やっぱりこの人がラクシアのコーチか。
大人2人の定番のやり取りを聞きながら、コイルと呼ばれたラクシアのコーチを観察する。
まずパッと見の印象としては、ゴツイの一言に限る。ただ見た目はゴツイけど、カラッとした笑顔を浮かべているので、変な厳つさは無い。マンガとかでよくいる、熱血で人の良い体育会系の先生って感じだ。
そんな風に観察していたら、コイルさんが僕に気付いた。あ、見てたのバレた?
「ああ! キミが唯一の男子部員か! 俺はコイル・ガーランド。よろしくな!」
「あ、どうも。水無月ナナです」
そう言いながら、コイルさんは僕の方に手を差し出してくる。ニカッと笑顔付きで。
んー? 初っ端からちょっと僕への好感度が高いような?
「いや、俺も似たような環境にいるもんだから、キミには共感を覚えていたんだよ!」
僕の疑問を感じ取ったのか、コイルさんが理由を教えてくれた。
なるほど、そういう理由か。この人も僕と同じで、女子に囲まれてる環境の住人なのね。少なくとも1人は娘もいるみたいだし、もしかしたら僕より凄いのかも。
「あ、そう言えば、ランちゃんはお元気ですか?」
「ん? 何で水無月君がうちの娘の名前を知ってんるだ?」
一瞬だけ、コイルさんの声のトーンが下がった。
その反応で親バカなのは察したけど、流石に幼女は無いです。
「コイルさん。あの時、ナナも現場にいたんですよ。勢いのついていた私とランちゃんを、受け止めてくれたのがナナです」
僕が反応に困っていたら、すかさずシズクちゃんが助け船を出してくれた。
お陰で、訝しんでいたコイルさんの雰囲気が激変した。好感度が跳ね上がったの、なんとなく見えたよ。
「おおっ、そうだったのか!? キミも娘を助けてくれたのか!」
「いや、助けたって程では……。あれは受け止めたいうより、2人のクッションになっただけですし」
「それでも感謝してもしきれないよ! お陰でランも元気に動き回っている! ありがとうありがとう!」
「あ、はい」
あの、感激してるのは分かりますけど、そんなシャカシャカハンドシェイクしないで。文字通りの奴は肩が痛い。
「あのっ、コーチその辺で! 身長差でエラい事になってます!」
「おっと、これはスマン!」
見かねたリリカさんが止めに入ってくれた。
それはとてもありがたいんだけど、身長差って言葉は刺さった。求む成長期。
「いや悪かった。どうも感動してしまってな!」
「あはは。まあ大丈夫です」
「いやはや、アドラコーチもすみません。いきなり話が逸れてしまって」
「理由が理由ですし、気にしてませんよ」
当事者の僕と、引率者のコーチに頭を下げてから、コイルさんは格闘場の中央、ラクシアの生徒たちがいる場所の方に身体を向けた。
「では、そろそろ皆さんを、うちの奴らに紹介しましょうか。ーー集合!!」
『『『はい!』』』
コイルさんが号令を掛けた瞬間、アップをしていた生徒たちが、僕たちの方に駆けてくる。
空気を察した僕たちも、荷物を一旦床に置き、横一列に並ぶ。
そして、お互いに整列。
「こちらは、本日我々と練習試合をして頂く、第1地区中学魔導戦技部の皆さんだ! 全員、礼!」
「「「よろしくお願いします!」」」
ホスト側であるラクシアが、先に頭を下げ。
「ラクシア魔法女学院魔導戦技部の皆さん、本日はお招き頂き、大変ありがとうございます。今日は、お互いに頑張りましょうね」
「「「よろしくお願いします!」」」
ゲスト側である僕たちが、続く形で頭を下げた。
こうして、僕たちとラクシア魔法女学院魔導戦技部の、練習試合が始まった。




