二話 おはようと姉さん
応募の関係で十万文字いくまでは一気に投稿します。その後は不定期更新(書きだめをつくるため)となります。
あ、誤字脱字報告は絶賛受け付けです。
嘱託魔導師の権限について少々修正しました。本編には特に影響はないです。
士官学校を士官養成学校に変更。現実にある士官学校とは違う設定となった為。
ピピピ、ピピピピピピッ!
「………んにゃ……」
………まだ、眠…………。
「………んー……ぁ……な?」
目が覚めた。なんか懐かしい夢を見ていた気が……。んー……あ、ベットふかふか。
「………」
ボーッとしながらも、何の夢を見てたのかを思い出そうと頭を周し、
「……って、そうか。引き取られた時の夢か」
ポンッと答えが転がり出てきた。ついでに頭も冴えてきた。
今僕がいるのはユメ姉さん、水無月ユメという女性の家。数年前にかなり大きな事件に巻き込まれて、それをユメ姉さんが所属する世界規模の治安維持組織である機動隊の面々と協力し、事件を解決。身寄りが無くストリートチルドレンをやっていた僕は、色々あって事件の際にお世話になったユメ姉さんに引き取られたのだ。
名前もストリートチルドレンだった頃のナナシから、水無月ナナへと変化した。
うん、だんだん把握出来てきたぞ。というか懐かしいな。ユメ姉さんと初めて出会った時も僕寝てたんだよね。寝る事に関しては昔と変わんねえな進歩無しか僕。
「おーい、ナナ君。起きてるー?」
「今起きたー」
「じゃあ着替えて顔を洗ってきなさーい。ご飯出来てるからー」
「はーい」
言われた通り寝巻き(ジャージ)から着替えて、顔を洗う。そうしてリビングへと向かうと、そこにはエプロン姿でお玉を片手にもったユメ姉さんが。
「あざとい。実にあざとい格好だねユメ姉さん」
「こーら。最初に言うのはおはようでしょ? 後あざとくありません。普通の格好です」
「でも狙ってはいたでしょ?」
「……まあちょっぴり?」
てへっと笑うユメ姉さん。その仕草もまたあざといけど、まだ若くて綺麗なユメ姉さんにはすっごく似合っている。
「なんと言うか、格好とか仕草とか、幼妻みたいだねユメ姉さん」
「そうなるとナナ君が旦那様かな?」
「それ事案」
あの時から3年経過したので、ユメ姉さんは22歳。僕は13歳ちょい過ぎ?ぐらい。僕の年齢が曖昧なのは、物心ついた時にはストリートチルドレンをやっていたせいで、詳しい年齢が不明だから。まあそれでも、ユメ姉さんと僕じゃ普通にアウトだ。
「相手いないの?」
「……今は仕事が楽しいからいいの」
「なんと言うか、全世界の犯罪者が聞いたら震え上がりそうな台詞だね」
太陽のように明るく美人で、まだ若いユメ姉さんだけど、実は滅茶苦茶凄い人だったりする。
ユメ姉さんは、幾つもの世界を管理する次元統括局、その中でも世界間の治安を守る機動隊と呼ばれる組織の航空魔導師であり、大尉なのだ。
機動隊に所属するという事だけで、世間一般では尊敬されるエリート。その中でも士官に当たる人間は、総じて歴戦の古強者か、英雄と呼ばれる人種であり、全世界でも有数の実力者と言える。
そしてユメ姉さんは、その中でも更にひと握りとされる、魔導師としての実力を示す魔導師ランクがSSの大魔導。全世界で100にも満たないと言われる、オーバーSランクと分類分けされる最強の一人。
【天閃】や【魔砲使い】という異名を持つ機動隊のエースオブエースであり、音速を遥かに超える機動力と精密かつ超高威力の長距離射撃を武器とする航空魔導師だ。彼女の持つ伝説の一つに、犯罪組織が所持する次空戦艦を、一撃で撃墜したというものがある。裏二つ名を【機動隊の人間爆撃機】。
そんなリアルレジェンドな人なので、世界中の犯罪者は、さっさと良い相手でも作って引退、そうでなくても少しは丸くなって欲しいと思っている筈。因みに正攻法で暗殺とかは無理らしい。ユメ姉さんの親友であり同じリアルレジェンドのロア姉さん曰く、『ユメを暗殺しようとするなら、最低でも機動隊レベルの魔導師が師団規模でいるよ。因みにユメが非武装の場合ねコレ』との事。控え目に言って人間じゃないと思います。というかそれはもう暗殺じゃなくて戦争だ。
「んー、ユメ姉さんが独り身だと世界が平和になってると考えると、無闇に相手がどうこう言えないかな?」
「ちょっ、それは酷いよ! 素直にママの幸せを願ってよ!」
「ユメ姉さん、ママは止めて言ったでしょ。流石に姉さんの歳でママは無理。僕が恥ずかしいとかじゃなくて、世間体的に不味いから」
「えー、でもナナ君の保護者だよ私。ならママじゃん」
「姉さんで妥協してってば。旦那どころか恋人もいない状態で母親自称するとか、ますます相手がいなくなるよ」
「うっ……ナナ君が酷い」
「事実」
全く、何度もこのやり取りをやった癖に、まだ懲りないのか姉さんは。
キャリア良し、性格よし、容姿良しと、三拍子揃ったユメ姉さんだけど、幾つか困った欠点がある。その内の一つが、無類の子供好きだという事。暇な時間は孤児院に赴く事もあるぐらいで、僕を引き取ると決めた時もロア姉さんが『遂にやったね』とボヤくぐらいには酷い。因みに僕を引き取った理由は、僕自身の体質の問題と、平均よりも小柄で性格が変な方向にアレなところがドストライクだったからだそうだ。
「子供が欲しかったらさっさと相手作ってやる事やって。そうすれば自動的にママだよ」
「……ナナ君、デリカシーって知ってる?」
「知ってるけど、時と場合によっては無視するね」
毎度毎度ママ論争なんてしたくないから、容赦なく無視させてもらうよ。
ぶーたれているユメ姉さんをスルーして、ご飯を食べる為に席につく。
今日の朝ご飯はベーコンエッグマフィン。カリカリに焼いたベーコンと、とろとろのポーチドエッグが美味しそう。尚僕だけ同じものが3個ある。
「……別に僕も1個で大丈夫だよ? 作るの大変でしょ」
「へーきへーき。私、料理は好きだし、誰かに食べて貰う為に作るのって、すっごく楽しいもん。だから遠慮なんてしないでね?」
「……ありがと。いただきます」
「めしあがれー」
何を言っても、ユメ姉さんの笑顔の前では無駄になる。そう思った僕は、感謝の一言を告げ、ご飯を食べはじめた。
そんな僕を見てユメ姉さんは優しげに笑い、そこから一転していたずらっぽい笑みを浮かべた。
「というかね、ナナ君のアレを見てると、心配で普通の量を出そうなんて思えないよ」
「それを言われるとなー」
なんとも言えなくなるから困るところ。
ユメ姉さんの言うアレというのは、僕の食事風景の事だ。僕、平均より小柄だけど、結構食べるんだ。
「別にお腹一杯にならないだけで、満足は出来るんだよ?」
「……大人でもリタイアするような大食いチャレンジをクリアした挙句、更に同じものを連続で5回頼んで出禁になった子が言っても、説得力は無いから」
「んー、そういう体質だから仕方ないとしか言えないかなー」
「なんと言うか、ナナ君の不思議体質は呆れるを通り越して感心するよ」
不思議体質。それは僕が持つ謎体質の事を指す名称で、その内の一つが今挙がった大食い体質だ。因みに名付け親はユメ姉さんを含む機動隊の方々。
「ほら、そういってる間にもう食べ終わってるし。大丈夫? ちゃんと足りてる?」
「ごちそうさまでした。だから足りてるって。それに量を食べるってだけで、別に食べなくてもそこまで問題は無いんだよ? 昔は食べるものなくて、三日間水だけで過ごした事もあったんだから」
「それはまた別な気がするんだけど……」
初期のストリートチルドレン時代は、結構お腹空かしてたんだよね。多分それが原因で、食べられる時に食べとけみたいな体質が出来上がったんだと思う。
ま、それは兎も角。食べ終わったら食器を片付けないとね。
「あ、いいよいいよ。片付けは私がやるから。ナナ君は学校の準備して」
「えー。でもユメ姉さんも仕事が」
「でもじゃない。私はまだ余裕あるから。私は九時からだし。ナナ君は何時だっけ?」
「登校時間は八時二十分じゃなかった?」
因みに、今は七時半。それで学校までは十五分ぐらいだから……。
「僕もまだ余裕あるから、やっぱり片付ける」
「いやそんな余裕ないでしょ」
「強化して走る」
「止めなさい。ナナ君は私に捕まえさせる気かな?」
ちぇ。
「それに走ったら制服が崩れちゃうよ? せっかく似合ってるのに」
「似合ってるって言われてもねー……」
ユメ姉さんの言葉に微妙な気分になりながら、僕は自分の格好を改めて確認する。
僕が着ているのは【第一地区中学】の制服。第一地区中学は、この世界【レストレード】でも平均的な公立の中学校である。まあ普通の子が普通に通うただの学校だ。
「ただ元ストリートチルドレンが通うところじゃない気が……」
学校通うとか、個人的に場違いな気がするんだよなぁ。
「もうっ。そういう事言わないの! 学校に通うのに、生まれなんて関係ないんだからね!」
いや、ユメ姉さんの言いたい事は分かるんだけどね? それとコレは別問題な気がするんだ僕。だって元ストリートチルドレン以外に、普通じゃないというか端的に言ってゴツイ肩書きがある訳で。
「現職の機動隊第7班所属の嘱託陸上魔導師が、何で一般的な中学に通うんだって話なんだよね……」
僕の持つ肩書き、機動隊嘱託魔導師。要請があれば機動隊に協力し、有事の際には機動隊に準ずる権利を行使出来る公務員寄りの民間人。こういうと大層なものに聞こえるけど、僕は不定期のバイトみたいなもんだと思っている。
とは言えだ、正規所属では無いにしろ機動隊に属する以上、危険度の高い事件に関わる事になる。むしろ民間人としてのフットワークの軽さを活かして、正規隊員には難しい調査を行う事もある為、機動隊の懐刀として重宝されるのが嘱託魔導師だ。
とても身に余る事だけれども、僕はそういう立ち位置にいる。その為、普通の中学に通うなんて場違いにも程があるというのが本音だ。
というか通う必要が無い。まずこのレストレードにおいて、義務教育という制度は存在しないし、年齢が二桁を超えれば働く事が出来る。まあ最低でも中学を卒業するのが推奨されてるし、高校まで通うのが一般的だけど。そこで社会に出る為の最低限の知識を叩き込むんだ。
その点、僕は既に3年も嘱託魔導師として活動していて、その時に必要とされる最低限の知識は現場で叩き込まれている。社会に出る為に必要なものを学ぶのが学校である以上、とっくに社会人として活動しているような状態の僕が学校に通う必要は無い。事実として、ユメ姉さんに引き取らてから小学校には通っていない。まあ、それは通う暇が無い程に激動の3年間を送ってたからだけども。
それでも僕が中学に通う事になったのは、保護者であるユメ姉さんが頑として譲らなかったからだ。
「何度も言うけどね、学校生活ってものは人生じゃとても貴重な時間なの。色んな出会いがあるんだから、過ごせるなら過ごしなさい。私だって、嘱託魔導師として活動しながらも小中学校は通ってたんだよ? その後は士官養成学校だったから、高等学校は行ってないけどね」
そう言って、ユメ姉さんは優しい顔で僕を諭す。
これが色々と普通じゃない僕に対する、ユメ姉さんの気付いであるという事は知っている。薄暗い世界で育ち、危険の中を全力で駆け抜けた僕に、少しでも普通で平和な日常を送らせてあげたいという優しさなのは知っている。
だから僕は、ユメ姉さんの言われた通りにする。この優しさは受け取るべきだから。
「学校生活はきっと楽しくて、人生で1番大事な時間になるよ。だから、私に色々と聞かせてね?」
お日様の様な笑顔で、そうお願いされてしまった。
こうなると僕は何も言えなくなる。ただユメ姉さんの信頼を裏切らないように、そして心配させないように、楽しい学校生活を過ごす事を決めたのだった。