第十七話 あの人本当になんなんですかね……?
セフィ視点です。
とても慌ただしく、ナナは駆け出していきました。あの様子では、私の声をよく聞こえていないでしょう。
はてさて、一体何があったのでしょうか? 緊急事態というのはなんとなしに分かるのですが、嘱託職員が呼び出される事とは一体?
ダメ元でデバイスを開き、ネットに繋ぎました。何かニュースにでもなってるかも、と思ったのですが……。
「オライン港の近くでタンカー座礁、毒性の強い薬品が漏れだし周辺に避難警報。……まさか、これですか?」
速報として載っていたのは、中々の大事件。可能性としてはありそうですね。
……ですが、子供の嘱託職員が呼び出されるものではないような気もします。ちょっと大事過ぎますし。
「……でも、ナナならそれも有り得るのでしょうか? 嘱託職員とは聞いてますけど、具体的に何をしてるかは聞いてませんし」
案外、嘱託魔導師だったりとかするのかもしれません。魔導戦技の腕は私以下だと思いますが、魔法能力は私より確実に上の筈ですし。
なにより、ナナはあの水無月ユメさんの弟です。血の繋がりは無いらしいですけど、それでも大英雄の縁者。それぐらいの実力を隠し持っていても、おかしくありません。
「……いや、どうでしょう? 隠し持っているというのは、少し違うような気もしますね」
自分で予想をしておいてなんですが、違和感があります。
実力を隠す。この内容でイメージしやすいのは、ダークヒーローとかでしょうか? 表では普通の学生、裏では人知れず悪を成敗するヒーロー……。やはり、ナナには似合いませんね。
単に、話す必要がないから、説明とかが面倒なんて理由かもしれません。というか、そっちの方がナナっぽいです。
まあ、これも全部実力を隠しているのが前提ですが。魔法が得意なだけで、総合力は魔導戦技と大して変わらない可能性も大いにあります。
どっちでもありそうなのが、ナナの不思議なところです。掴みどころのない、雲みたいな人。どうしたら、あんな人が育つんでしょうか?
「ストリートチルドレンは、関係無いですよね」
衝撃のカミングアウトでしたが、それが原因であんな感じになったとは、どうも思えません。
ふとした拍子に見せる、大人な面、大雑把な面は、ストリートチルドレンの名残なのかもしれませんが、ナナは基本的に全良で優しい人間です。荒くれ者の多い開発地区で、ストリートチルドレンをやっていたとは、とても思えません。
そうなるとやはり、水無月ユメさんの教育の賜物なのでしょう。記事から感じる印象と、ナナの持つ雰囲気は一致していますし、その線な気もします。
「……いけませんね。ナナについて考え過ぎました。これはシズクの領分です」
出会って間もない新たな友人で、親友の想い人。その程度の認識しかしていない私が、ナナについて深く考えるというのは、あまりよろしくありません。
現時点で、私はシズクよりもナナの事を把握しています。狙った訳ではなく、タイミングとか、会話の成り行きで、ですが。
それでも、ナナに恋しているシズクよりも、私はナナの事を知ってしまっています。それがとても申し訳無いです。
「早く起きてくださいね、シズク。ナナの事、沢山教えてあげますから」
意識の無いシズクの髪を梳いて、まだ僅かに乱れた髪を整えます。
それにしても、私がシズクにナナの事を教えるのですか。少しムッとされそうですね。まあ、仕方ありませんけど。教えなかったら教えなかったで、変に拗れそうですし。
「……う、んん……っ」
そんな事を考えていたら、シズクが身じろぎをしました。
どうやら目を覚ましたようで、ゆっくりと目を開けました。
「……えっと、セフィ……? あれ、私……」
「ここで第一声がナナじゃない辺り、目論見は成功した感じですね」
前のシズクだったら、私ではなくナナの名前を最初に呼んでた筈です。
まだ確証は持てませんが、いい方向に転がっている気がします。
「……え、私、何して……?」
「ナナに思い切りキスされて気絶してたんですよ」
「あ、……〜〜っ!!!?!?!」
覚醒したばかりのせいか、ぽけっとした顔を浮かべていたシズクですが、理解が追い付いてきたところで、顔から湯気が出てると錯覚するぐらいの勢いで沸騰しました。
それからはもう、シズクはただひたすらにゴロゴロと転げ回っていました。
……まあ、気持ちは分かります。見てただけの私でさえ、アレは恥ずかしかったんです。されてた本人なんて、悶絶ものでしょう。
「って、にゃ、ナナは!?」
また醜態を見せたんじゃ!?と、転げ回っていたシズクが飛び起きました。舌を噛んでるところはご愛嬌でしょう。
それにしても、ナナがいない事に気付いていなかった。これはやはり、目論見達成でしょうか?
「急用が出来たらしく、帰りましたよ」
「よ、良かったぁ……っ!」
「いなくなって嬉しいんですか?」
「……そりゃ、ちょっと寂しいけど。でも、今は恥ずかし過ぎて顔合わすとか無理ぃぃ!!」
恋する乙女の顔をしながら、再びシズクが転げ回ります。ディープキス、余程堪えたみたいですね。
「結構イジワルな質問だったんですが、即答ですか。なるほどなるほど」
「じゃあ、セフィはアレをいきなりされて落ち着いていられるの!?」
「無理に決まってるでしょう」
私も即答しました。アレは無理です。私だって、一応は乙女なんですから。
ナナは私の事を曲者みたいに言いますけど、私から言わせてもらえば、曲者はナナです。決定的なところでは、1枚も2枚も上手ですよ彼。
「……因みに気持ち良かったですか?」
「………………うん。す、凄かった」
いやらしい意味ではなく、単に学術的な好奇心から質問させて頂きましたけど、すっごく恥ずかしそうな顔で返答を頂きました。
やはりシズクは可愛いです。
「もう1回して欲しかったりは?」
「ふえっ!? も、もう1回!? いや、それは流石にっ、その、あの………と、当分は、遠慮したい、かな? ……戻れなくなりそうだし……」
「最後の一言がそこはかとなく不安を煽りますね」
シズクの様子を見るに、相当気持ち良かったようです。後戻り出来なくなる程とは一体。
「少し興味も……」
「セフィ?」
止めて起きましょう。この考えは危険です。
アレです。肉食動物の縄張りに入り込んだ感じです。シズクの表情は普通ですし、目が笑ってないという事もないのですが、それでも妙な威圧感があります。
「何があるの?」
ちょっと流れがよろしくないので、話題を変えましょうか。
「シズク、お風呂入りましょうね。汗かいてますし」
「え、ん?」
急な話題転換に戸惑っているようです。なら、追撃を。
「体を流して、着替えた方がいいですよ? 色々とベタつくでしょう? 色々と」
そう言いながら、目線をすーと動かします。
「っ!? せ、セフィ!?」
私が何を言いたいのか理解したシズクが、真っ赤になって睨んできましたが、なんのことかと惚けておきました。
このぐらいで動揺するようじゃ、まだ私には勝てませんよ。……そんな私も、そっち方面ではナナからすれば子供扱いでしょうけど。
「その切り返しは、女の子としてどうかと思うよ!?」
「でも実際、汗はかいてるでしょう? あれだけ乱れたんですから」
「乱れたとか言わないで欲しいな!?」
半分泣きが入っているので、これで勘弁してあげましょう。
真っ赤になりながらも着替えの準備をする辺り、本人としても自分の状態を理解してるみたいですし。
「じゃあ行きましょうか」
「……え?」
「なに不思議そうな顔してるんですか? 一緒に入るに決まってるじゃないですか」
「ええっ!?」
驚いてるシズクを置いて、さっさと部屋を出ます。
お風呂に入る前に、リビングの方に向かい、お母さんに一言断りを入れなければ。
「お母さん。お風呂お借りしますね」
「あ、泊まってくの?」
宿泊について逆に訊かれてしまいました。
まあ、お風呂に関しては、許可が出たものと考えていいでしょう。
ストライム家とは長い付き合いですから、この辺りはとても緩いのです。
今回はお泊まりはしませんけど。
「お泊まりという訳では。ちょっとシズクが汗かいたので、ついでに私も一緒に入ろうかなと」
「そうなの? ……その汗って、やっぱりアレ?」
「……いえ、その、ギリギリ健全な汗ですよ?」
「……ギリギリってところが気になるけど、そこはセフィちゃんを信用してるから。で、お風呂で恋バナ?」
信用されてると言われて、少し胸が痛くなりました。いや、エッチぃ事はしてない筈なんですけど。
……ところで、何でちょっと恋バナ期待してるんですか?
「いや、ほら。やっぱり娘の恋愛事情は気になるじゃない。それにナナ君、年齢の割に落ち着いてるし、統括局の嘱託職員なんでしょ? 結構な優良物件だし、そのままゴールしてくれたら、母親としては安心というか」
「ママ何言ってるの!?」
あ、シズクが追い付いたみたいですね。にしても、ある意味でナイスタイミングです。
「シズク、遅いわよ。お風呂はもう沸いてるから、早くセフィちゃんと入ってきなさい」
「あ、うん。……じゃなくて! ゴールって何言ってるの!?」
「結婚って事でしょう」
「そういう事言ってるんじゃなくて!」
ウガーっとシズクがお母さんに噛み付いてきますが、残念ながら相手にされてません。母強しです。
「あら、シズクはナナ君と結婚したくないの?」
「うぐっ、……したいけど、それをママに言われるのは恥ずかしいの!」
「じゃあ、お風呂でセフィちゃんとお話なさいな。ほら早く行く。こっちは夕飯の準備しなきゃいけないの」
「むーっ!!」
「はいはい、行きますよシズク」
適当にあしらわれ、むくれるシズクを脱衣場へと引っ張っていきます。
「あ、セフィちゃーん! 夕飯食べてきなさいな! お家への連絡は入れとくからー」
「え、あー、お願いしまーす!」
お夕飯のお誘いに、一瞬どうしようかと悩みましたが、キッチンの方から顔を出したお母さんを見て、受ける事にしました。
ウィンクという事は、密告しろって事ですよね。
「……むー……」
密告について考えていると、裸になったシズクがじっと私の事を見つめていました。いや、見ているのは私の身体ですか?
自分で見てみても、特に何も無いです。お気に入りの青い下着と、バランスよく鍛えるようにしている肉体しか目に映りません。何か変なところでもあったのでしょうか?
「何かついてますか?」
「……セフィ、やっぱりスタイルいいよね……」
「っ!? し、シズク、今なんと言いました!?」
あまりにも予想外のセリフを聞いて、つい動揺してしまいました。
あのシズクが! 魔導戦技だけしか頭になくて、スタイルの善し悪しなど、全く気にしていなかったシズクが!? 人の、女の子のスタイルを羨むような事をするなんて……っ!
「なんて素晴らしい……っ!」
「何で感激してるのかな!? 嫌味? ねえ嫌味!?」
おっと、いけません。シズクが女の子らしく怒っています。これは宥めなくては。
「大丈夫ですよ。ナナはスタイルなんて気にしません。あれはそういうタイプです」
「……いや、別にそういう訳じゃ……」
「今更私に隠そうとしないでください。というか本人にもバレてるんですから、本当に今更ですよ」
「あうぅ……」
再びシズクが赤くなりますが、今回は取り乱す程ではなかったようです。耐性がついてきたのでしょうか? それとも諦念でしょうか?
まあ、それは兎も角。シズクのお悩み相談です。ワクワクします。
「……ねえセフィ、やっぱり男の子って、スタイル良い方が好きなのかな?」
「それは否定しませんが、ナナに関して違うと断言できますよ。見た目なんかじゃない、キミはキミだから可愛いんだ、的な事を本気で言うタイプです」
……適当に言ってみましたけど、ナナなら本当に言いそうですね。流石は真性ホスト。
ですが、それでもシズクは不安のようでした。
「……そうだけどさ、ナナにも好みってあるだろうし。そう考えると不安だよ。私、女の子らしい魅力ないもん……」
自身の凹凸の乏しい身体を見て、シズクがガックリと項垂れます。
なるほどなるほど。確かに、シズクは幼児体型よりのスタイルをしていますし、そういった意味で不安になるのも分からなくはありません。
ただ、シズクは大きな間違いをしています。
「ちょっとこっち来てください」
「え、セフィ!?」
沈んでいるシズクを引っ張って、お風呂場の中、シャワー横にある鏡の前に座らせます。
「いいですか? 確かに、シズクはスタイルという面では、他の女子より一歩劣っているかもしれません。けれど」
鏡に映るのは、裸のシズク。きめ細かい肌に、しなやかな手足、幼くも愛らしい顔と、蜂蜜色の髪。
「女の子としての魅力なら、あなたは他の女子の何歩も先を行っていますよ」
シズクは、文句無しの美少女なのですから。
なのに本人は、自分の魅力というのをよく分かってないみたいで、首を傾げています。
「むぅ、そうなのかなぁ?」
「1年の中では上位の人気らしいですよ。シズクと付き合いたいって男子、結構いるみたいです」
「うえぇ!?」
少し耳ざとい女子なら皆知ってる情報なんですけど、この反応は本気で知らなかったみたいですね。
「でもでもっ、そんな様子の人全くいなかったよ!?」
「相手は思春期男子ですよ? 真性ホストのナナじゃないんですから、恥ずかしくて隠すに決まってるでしょう。というか、それでも頑張ってモーション掛けていた人もいました。シズク、全然気付いてませんでしたけど」
「うえぇ!?」
そんな愕然とした顔しないでください。だから鈍感なんて言われるんですよ……。
いやまあ、それも仕方ないのかもしれませんけど。シズクの恋愛対象は、魔導戦技の時のアレを知っていて、それを受け入れてくれる人だった訳ですし。で、強ければ加点、魔導戦技好きなら更に加点って感じかと。
うちの部に男子部員がいない時点で、学校中の男子はアウトオブ眼中だったんでしょう。それなのにモーションに気付けというのも、少々酷でしょうか。
「こう考えると、ナナはシズクの好みドストライクでしたね」
魔導戦技を始めて、初心者の割に相当強くて、鈍感なシズクでも分かるぐらい明け透けで、なによりシズクのアレを平然と受け入れて。
シズクの為に生まれてきたのではという程、ナナはシズクの理想でした。
「シズクを好きだった男子はご愁傷さまですね。頑張ってアプローチかけ続けたのに、ひょっこり現れた男子が、1日でシズクの心を奪っていったんですから」
「そ、そんな事いわれてもぉ……」
現実は非情ですよね。全然そんな雰囲気のなかったシズクが、こうもガッチリ心を掴まれてしまったのですから。
というか、今のシズクを見たら、余計に好きになる男子が増えるのでは……。恋は女の子を可愛くするなんて言葉通り、前より雰囲気とかが断然可愛くなってますし。
「ナナも大変でしょうねぇ。男子からのやっかみが凄そうです。何でアイツがとか」
「そ、そんな!? ナナに迷惑が!?」
「それは大丈夫でしょう。ナナですし」
絶対上手く捌きますよ、彼。他の男子じゃ相手になりませんって。
「ただまあ、ナナの事を悪くいう人は出てくるでしょうね。ナナは気にしないでしょうけど」
むしろ気にするのはシズクですかね。
「ナナに悪いところなんてないよ!」
「はいはい、ご馳走さまです。ただ、あの口説き癖は確実に悪いところですよ」
「……あ、いや、うー……」
そこは否定出来ない、というより、自分以外を口説くような事をして欲しくないのか、シズクは考え込んでしまいました。
まあ、それ以外にも悪いところというか、身長という欠点があるんですけど。流石に、女子の中でも小柄なシズクより、更に小さいというのはちょっと。男子の中では最小クラスでしょうね。
「むぅ。セフィ、ナナの悪いところ考えてるでしょ」
「よく分かりましたね。小さいなとは思ってましたよ」
「分かるに決まってるじゃん! 成長期がまだ来てないだけだよ、きっと! というか、今でもナナは凄いカッコイイの!」
「でしょうね。そのうちモテ始めるでしょうし。で、成長期が来たら更にモテモテです」
「……え?」
いや、何で不思議そうな顔してるんですか?
「ナナ、モテるの……?」
「当たり前でしょう。あの真性ホストがモテないとでも? まだ来て2日で、かつあの小ささだからマークしてない女子は多いでしょうけど、顔自体は悪くないですし、あの性格です。時間が経てばモテ始めますよ絶対。で、成長期がくれば、更にドンっです」
同年代と比べても、性格どころか雰囲気からしてナナは大人です。少しマセた娘なら惹かれますし、それでちゃんと接しただしたら、後は転がり落ちるが如くです。現段階でも、何人の娘がナナに引っかかるのか恐ろしいのに、身長が伸びたらどうなるんでしょうか?
「シズク並に入れ込む女子が絶対に出てくる事でしょうねぇ」
「え、そうなの!?」
「ナナみたいなタイプは、内気だったり、悩みがあったりする娘には効果抜群ですから。実際、シズクもそうだったでしょう?」
「それは……うん」
悩みに寄り添うタイプというんでしょうか? 相手の弱いところを正確に把握して、適切な対応が出来るのが、ナナという人物なのだと思います。ダメ男製造機の男性版みたいですね。
「ど、どうしよう!? ナナ、取られちゃうかな!?」
ナナの魅力を客観的に把握したせいで、シズクが慌て始めました。今更過ぎでは?
「問題ないでしょう。現段階でナナに明確な恋心を抱いていて、それを突き付けてるのはシズクだけです。早いうちに決めてしまえばいいんですよ」
「で、でも! そんな簡単にいかないよ絶対! 思い通りにならないのが恋愛だって、テレビで言ってたもん!」
テレビってこの娘は……。まともな恋愛経験ないからって、これはちょっと度し難いのでは?
「あなたの状況は、テレビや漫画で参考になる類のものではありませんよ。あるとしたら、相当にディープなものでなくては」
「で、ディープ……」
「そっちに反応しないでください……。まあ、それです。不安なら、ディープキスの責任云々って言えばいいんです。そうすれば、ナナの性格からいって確実にOK貰えますよ」
言われたら責任とるつもりだというのは、直接的には言ってくれるなと釘を刺されてましたけど、これぐらいならギリギリ許容範囲でしょう。
はてさて、シズクの返答は如何に。
「……それは、嫌」
「……なんと。その理由は?」
「だって、ナナって私の事、女の子として好きじゃないじゃん……。それなのに付き合うのは、嫌だもん」
まさか、ここにも両想い信者がいたとは……。いや、ナナは違うそうですけど。
というか、ナナの感情が自分に向いてないって事、気付いてたんですね。
「そんな驚いた顔しないで欲しいなぁ……。私だって、それぐらい分かるよ。だって、まだ出会って2日なんだよ? 一目惚れでもしない限り、好きになんてならないよ」
「シズクがいうと説得力がゼロなんですが……」
一目惚れでもないのに、出会ってその日のうちに完落ちしてたじゃないですか……。
「うん、私が例外なんだよ。普通はそうならない。なら、ナナが例外なんて思えないじゃん」
少しだけ切なそうな顔で、片想いだとシズクは言います。
……それ言い分は大変納得出来るのですが、その相手は片想いされてると分かった上で、シズクにディープキスをかました例外中の例外なんですよね。お陰で釈然としません。
いやまあ、話を戻しましょう。
「付き合ってから惚れさせるというのも手ですよ? そうすれば、余計な横槍は防げますし」
「それでも嫌なのっ。それだと、付き合ってるのに、私だけが好きって事になるんだよ? そんなの耐えられないよ。私はナナが好きだもん。だからナナにも、ちゃんと私の事を好きなって貰いたいの」
乙女モードに入ってますねコレ。いや、私も乙女な訳ですし、言ってる事は理解出来ますし、共感できますけど。ですが、余計な横恋慕を防げるなら、その辺は妥協するべきでは?
「私を好きになったのと、必要があるから好きになったじゃ、全然違うじゃん。特にナナの場合、必要だったら好きじゃない人でも、自己暗示とか掛けて好きになろうとしそうだし……」
「あー……そう言われると確かに」
有り得そうと思えてしまうのが、ナナの凄いところです。
必要なら、手段を選ばなそうな雰囲気は確かに感じます。特に、親しい人の為なら、ナナは平気で泥をかぶったりしそうです。実際、シズクを止めるためにディープキスしましたし。
1度納得してしまったら、付き合ってから惚れさせるという考えは、悪手のように思えてきました。
相手を本気で想っている程、義務感で自分の事を好きになったのではという不安を感じる訳です。私だったら、不安からノイローゼとかになりかねません。
なるほど。ナナの言ってた、義務から恋愛関係を始めるものじゃないといのは、こういう事ですか。
「じゃあ、シズクはナナを惚れさせないといけない訳ですか」
「うん。絶対に好きなって貰うんだ」
「大変ですよ?」
「知ってる。それでも好きから」
「ライバルだって多くなりますよ?」
「関係無いよ。ナナは私のだもん。誰にも渡さないんだから」
揺るぎない決意を、シズクから感じました。
感慨深いですね。魔導戦技以外で、ここまでこの娘が熱くなるなんて。幼馴染兼姉役としては、とても喜ばしいです。
私もしっかりサポートしなくては。
「なら、恥ずかしいでしょうけど、皆の前でいっぱいくっ付きましょう。ナナはシズクのだという事を、アピールするんです」
「ええっ!? ……いや、うん。そうだよね。それぐらいしないとダメだよね」
「ええ。恋は戦争といいますし。牽制はしておいて損は無いでしょう。シズクは既に何歩かリードしてますけど、ライバルは少ないに越した事はありません。まあ、やり過ぎると指導される可能性もあるので、いつも一緒に行動して、出来る限り隣にいるぐらいにしましょうか」
本当なら、学校でも抱きつくぐらいはしときたいんですけどね。流石に、やり過ぎると問題があります。同じ理由で、ディープキスの件を触れ回る事も出来ません。まだ見ぬライバルへの牽制としては、うってつけなんですけど。
「他にも色々考えましょう。私も沢山協力します」
「ありがとうセフィ!」
シズクは満面の笑みを浮かべて、私に抱きついてきました。お互いに裸なんですから、少しは遠慮というものを……。
まあ、これだけ喜んでいるんです。この笑顔を曇らせない為に、私も精一杯頑張りましょう。
明日から覚悟してくださいね、ナナ。
そう意気込んでいましたが、翌日もその翌日も、ナナは学校に来ませんでした。
ぶっちゃけヒロイン力ではセフィも良い勝負してんのよな。ナナの過去知ったり、一緒に色々悪巧みしたりで。
まあメインヒロインはディープキスっていう暴走列車並のポイントあるんやけどな!




