第十六話 経験豊富(常識的)と初心(腹黒)
これだから主人公最強はやめらんねぇな!
「……」
「……」
真っ赤になったセフィと、見つめ合う事数秒。
「……セフィって、意外と初心?」
「あ、あんなの見せられたら、動揺するに決まってるじゃないですか!」
僕が首を傾げると、セフィが猛然と反論してきた。
「というか、何なんですかアレ!? あそこまでするとか、正気ですか!?」
「煽ったのセフィじゃん」
シズクちゃんの理性を溶かして、僕に手を出せと指示して、ディープキスまでなら許可するっていったのは、全部セフィじゃん。
「そうですけど、そうですけど……っ!!」
違う、そうじゃない! と、セフィは頭を抱えながら訴えてくる。今のセフィは凄く分かりやすい。普段は、何を考えてるのかイマイチ分からない雰囲気を纏っているが、それも今はなりを潜めている。それほど動揺しているのだろう。
だけど、それも暫くの間だけだった。
少ししたら、セフィは大きく息を吸って、ゆっくりと吐き出し始める。それを数度繰り返すと、いつもの雰囲気に戻りっていった。……未だに少し頬が赤いけど、それは大目にみてあげよう。
「すぅ、はぁ……。ふぅ、落ち着きました。……で、ナナ、何でディープキスなんてしたんです? しないって言ってたじゃないですか」
「そのつもりだったんだけどねぇ……。あのままだと行くところまで行きそうだったから。それを防ぐために失神させたんだ」
「いや、止めるって言ったじゃないですか……」
「うん、実際止めようとはしてたね。でもさ、あんだけ煽られると万が一も考えられる訳で」
セフィは呆れているが、ぶっちゃけ原因はキミだからね?
もしかしたら、そういう状況になっても、セフィは止めないんじゃないか。そんな予感が頭を過ぎってしまったからこそ、仕方なくディープキスで失神させたのだから。
「それにしても過激過ぎですよ。なんですかアレ……」
「ちゃんとディープキスまでで済ませたじゃん。それ以上の事はしてないよ?」
他にやった事といえば、思い切り抱き締めた事と、首筋と耳に口をつけた事ぐらいだ。性行為は勿論、胸などの女性的な部分にはほぼ触れていない。
なので、そこに文句を付けられる謂れはない。
「……いや、絶対それ以上に該当するでしょう。見てくださいシズクを。アレ完全に事後ですよ?」
「事後ってキミねぇ……」
女の子がなんて事を言うんだと思いながら、セフィと同じようにシズクちゃんの方を向く。
肌は桃色に上気し、長い髪は乱れ、僅かにはだけた部屋着。荒い呼吸をしながら、意識無く眠るベッドに横たわっており。
「確かにそうだね」
どう考えても事後です。ありがとうございました。
「よくもまぁ、ああも腰砕けに出来ましたね。ディープとはいえ、ほぼキスだけでしょう?」
「見られてた以上の事はしてないよ? 単純なテクニック」
「て、テクニック……」
「うん。本職並はあるかな」
明らかに中一のセリフではないし、そんなテクニックを身につけている方がおかしいのだけど、それはそれ。僕の身体に叩き込まれたのだから仕方ない。
恐るべきは、僕の教師であった夜の住人のお姉様たちの執念だ。最初は、野暮な男になるな程度の教えだったのに、いつの間にか女性、その中でも特に苦労しているタイプの、理想の男性像になるよう教育されていたのだ。
そして教師役が夜の住人だったので、当然そっち方面の技術も叩き込まれた。お陰でキスを筆頭とした夜の技術が、軒並み本職以上の腕前になったのだ。……免許皆伝の試験として、夜の住人であるお姉さん10人を、キスだけで腰砕けにした事もある。ナナシ時代の負の遺産だ。
「……ところでセフィ、何でちょっと距離とってるの?」
「妙な事されても逃げれるようにですが?」
「しないよ! 人聞きの悪い!」
「ナナの技術がちょくちょく後ろ暗いのが悪いんですよ!」
「反論出来ないからやめて悲しくなってくる」
いやだって、大抵ストリートチルドレン時代に培ったものだし、しょうがないじゃん。
「でも、これ傍からみたらアウトですよ?」
「八割ぐらいキミが原因なの理解してる?」
後半爆走したけど、最初は僕、むしろ及び腰だったからね?
「いやだって、ここまで手慣れてるなんて思いもしませんでしたし……」
顔をまた赤くしたセフィに、恨めしげに言われてしまった。余程刺激的だったようだ。
「……あの、今気付いたのですけど、さっきまでの外に聞こえてませんよね? 結構大きな声出てましたけど。音声だと確実にアウトですよアレ」
「ああ、それは大丈夫。キスする前に、魔法で防音効果のある細工をしてるから」
「いつの間に……。というか、その割にシズクに注意してませんでした?」
「……気持ちいいのを必死で我慢してる姿って、可愛いじゃん」
「ド変態じゃないですか」
その評価は酷くない!? せめてドSとか、そっちで言って欲しかったよ!? ……いや、別に僕Sじゃないけど。
「まあ、ナナがド変態なのは置いておいて。訊いていいですか?」
「ド変態ってのは置いてかないで欲しいんだけどなぁ……」
「不毛な水掛け論になりますよ?」
さいで……。
「で、何訊きたいの?」
「シズクの事ですよ。付き合うんですか? あんな事、好きでもない相手には出来ませんよね?」
また直球な質問がきたね。
まあ、キスだけでも大概だけど、ディープだし。そう考えるのも当然か。
「うん。付き合って、責任とってと言われたらだけど」
「……自分からはいかないと?」
「そうだね」
……あの、そんなクズを見るような目をしないでくれません?
「それこそ男の甲斐性の見せどころでは?」
「そこを突かれると痛いなぁ。でも、やっぱり僕からは
言わないよ。言っちゃダメだ」
「ダメ、ですか?」
そう、駄目だ。僕から付き合おうなんて言ったら、それはシズクちゃんに対して失礼だ。
「発言としてはどうかと思うけど、さっきまでの行為はは恋愛感情に基づいてる訳じゃないでしょ?」
「……まあ、そうですね。シズクには悪いですが、アレは医療行為みたいなものだと思ってます。最後のは限りなく認めたくありませんが」
親友を目の前で腰砕けにしたから仕方無いんだろうけど、そんな露骨に断腸の思いって顔しなくてもさぁ。
……だからって、汚物を見るような目をしろって言ってるんじゃないんだけど?
「……つまり、こういう事ですか? アレは医療行為で仕方なくやったのであって、シズクは異性として好きじゃないから、自分から切り出してまで付き合いたくはないと?」
「そんなクズ野郎に見えるの僕……?」
だとしたら結構ショックだ。セフィの評価が凄い気になる。
「そうじゃないよ。僕はまだ、異性としてシズクちゃんの事は好きじゃない。そんな僕がさ、僕の事を真剣に想ってくれてるシズクちゃんに対して、責任とって付き合うよなんて言うのは、凄く上から目線で失礼じゃん」
それを僕から切り出すのは、シズクちゃんの想いを軽んじている。あそこまで本気で想ってくれてる娘に対して、そんなことを言って良い訳がない。
「だから僕からは切り出さない。それでも構わないから、付き合って欲しいと言うのなら兎も角、そうでない可能性がある以上、僕から責任とるなんて言葉は言えないよ。……流石に命掛けるレベルで依存されてたらまた違うけど」
「……そう、ですか」
僕の考えを説明したら、セフィは表情を改めた。誤解は解けたみたいだ。
その代わり、凄い目を丸くしてるけど。
「……意外です。両想いでなければ付き合えない、みたいな考え、ナナもするんですね」
なるほど。そういう風に聞こえたのか。それなら目も丸くするか。
「あー、別にそういう訳じゃないんだけどね。僕、その辺りは結構ルーズだし。ただ、子供のうちはさ、出来れば綺麗な恋愛をさしてあげたいじゃん。義務から始まる関係よりも、ちゃんと想いが実ってからの関係の方が健全でしょ?」
物語とかでは定番かもだけど、現実ではちょっとね。義務から始まる関係とか、大概どこかで破綻するしなぁ。子供のうちから、そんな経験するもんじゃない。
「いかがわしい特技を持つ人のセリフとは思えませんね」
「あはは、違いないね。なんていうんだろ? 綺麗なものは綺麗なままでいて欲しいのよ。僕、結構汚い身の上だから余計に」
「汚い、ですか……?」
「うん。何年か前まで開発地区でストリートチルドレンやってたんだよ。いかがわしい特技は大体そのせい」
僕のカミングアウトに、目を見開いて絶句するセフィ。
「……えっと、それは……いかがわしいとか言って、ごめんなさい」
「ああ、気にしてない気にしてない。単に流れで話しただけだから。雑談だよ雑談」
「……雑談にしてはヘヴィ過ぎでは……」
「気にしてなければこんなもんだよ? 不謹慎に聞こえるかもだけど、話の種にちょうどいいぐらいだし」
結構バカやってたからなぁ、昔は。ユメ姉さんやロア姉さんは眉をひそめるけど、機動隊の男性陣にはバカ受けするんだよね。
「……あの、では水無月というのは……」
「うん。ストリートチルドレンだった僕を、引き取ってくれた人が水無月性だったんだ。水無月ユメさん。僕はユメ姉さんって呼んでる。機動隊に所属してる、大切な家族だよ」
「そうなんですか」
僕がそういうと、セフィは優しげに微笑んだ。
そしてすぐに、ん?という顔になった。
「……え、機動隊の……水無月? ……ま、まさか、天閃の水無月ですか!?」
「あ、知ってるんだ?」
まさかセフィが、ユメ姉さんを知ってるなんて。
「当たり前です! 統括局の最強戦力の1人じゃないですか! 【カールランドの空中庭園事件】、【バルタニアの凶竜バルサザード決戦】などを解決した立役者! その活躍と美貌から、世界中にもファンがいる大英雄ですよ!? レストレードの住人、特に機動隊や保安隊を目指す若い女の子で、水無月ユメさんを知らない人なんていません!」
普段のセフィからは考えられない熱量で、ユメ姉さんが如何に凄いかを語られてしまった。
「あー、うん……そういやユメ姉さん、一部じゃアイドルみたいな扱いされてたね」
あのセフィがここまで興奮する事から分かるように、ユメ姉さんは一般市民から凄まじい人気を誇る。
まあ、普段の姿からは想像つかないけど、本当は滅茶苦茶凄い人だからね。だから、セフィの反応は分からないでもない。あの人、確か3つぐらいの世界救ってるし。セフィの挙げた2つの事件も、かなり有名な奴だ。
カールランドの空中庭園事件ってのは、世界的な犯罪者集団にしてマッド集団【フィーバー・ビーバー・ファクトリー】の構成員の1人が、古代遺跡である空中庭園を勝手に調査し、そのついで暴走させた事件である。その空中庭園、いわゆる超古代文明と呼ばれる類の遺産だったらしく、暴走した結果大陸が消し飛びかねないという大事件になった。尚、紆余曲折の末にユメ姉さんが魔法で逆に消し飛ばして解決した模様。
【バルタニアの凶竜バルサザード決戦】も、同じくファクトリーのバカの1人が、自らの開発した薬を実験するために、絶滅危惧種にして超危険種の古代竜バルサザードに投与し、暴走させた大事件である。これもまた紆余曲折の末に、ユメ姉さんがバルサザードを非殺傷性のスタン魔法弾で気絶させ、その間に治療した事で事なきを得た。
とまあ、そんな感じで大活躍して、尚且つ見た目も良いから、統括局の広告塔みたいな事もやってるんだよね。
オーバーSを筆頭に、統括局の英雄的な職員を紹介する情報誌【次元英雄録】にもしょっちゅう載ってて、知名度は統括局職員の中でも屈指。また、若い、強い、美しいという三拍子揃ったユメ姉さんは、世のティーンに大人気なのだ。全然そうは見えないけど。
そんなスーパーな有名人の関係者が、自分の目の前にいるという事実に、セフィは愕然とした表情を浮かべていた。
凄く戸惑う。
「……えっと、今度うち来る? ユメ姉さんいるよ?」
「是非! 出来ればシズクも一緒に! この娘もファンなんです」
「あ、うん」
そっかぁ、シズクちゃんもファンなんだぁ。アレだね、身近な人から家族をファンだと言われると、嬉しいやらこそばゆいやらで困るね。
「……あ、これお仕置き案件かも」
ちょっと待って。僕、取り返しのつかない事やったかも。安易に誘っちゃったけど、シズクちゃんとセフィをユメ姉さんに合わせるのは不味いのでは!? もし今回の件がユメ姉さんの耳に入ったら、問答無用で説教される!? いや、ユメ姉さんはまだしも、ロア姉さんに知られたら懲罰房に入れられる!!
じゃあ取り下げる? いや、あんなウキウキした様子のセフィにそんな事言えない。下手したら、連絡網とかそっち経由で告げ口されるかもしんないし……。
「……詰んだのでは?」
……うん、考えるの止めよう。これは未来の僕に任せよう。そうしよう。
「で、何の話だったっけ?」
「……どうしたんですか? 凄い汗ですよ?」
「ナンデモナイヨ?」
「あ、はい」
触れるべきではないと察したのか、あっさりとセフィは前言を撤回してくれた。助かる。これ以上怖い事を考えないで済む。
「えっと、ナナの生まれの話ではなかったですか?」
「いや、そっちじゃない。過去に関しては、本当にどうでもいいんだ。ストリートチルドレンっていったって、別に犯罪歴とかないから、僕。聞こえは悪いかもだけど、その代わりに統括局の嘱託職員っていう、信用度マックスの立場があるし」
本当に気にする事じゃないのだ。
薄暗い経歴を完全に霞ませる程度には、統括局の、ましてや機動隊の看板は大きい。
だから、挙げるべき話題はもう1つの方だ。
「じゃあ、シズクの方ですね。さっきの話は、シズクに話して大丈夫ですか?」
「それは責任云々の方? それとも僕の個人情報の方?」
「どっちもです。個人情報に関してはオマケですけど」
「はははっ、酷いなぁ。ま、全然構わないよ。あ、でも、責任云々の方はセフィがそれとなく伝えといて。そのまま伝えたら、あんま意味ないだろうし」
「そうですね」
確認が終わったところで、お互いになんとなしにシズクちゃんの方を向く。
彼女はまだ起きない。
「……全然起きませんね」
「んー、この手の気絶だと、起きるの早い人は結構早いんだけどなぁ」
「……まるで、この手の気絶を何度もさしてきたような言い草ですね」
「何度もさしてきたから。じゃないと出来ないでしょ?」
はい、また距離取ろうとしないのセフィ。あと性犯罪か直結厨を見るような目も止めて。
「ったくもう……。で、シズクちゃん起きないけど、この後はどうするの?」
「ため息吐かれる筋合いないんですけど……。そうですね、とりあえずは目を覚ますのを待ちます。無理矢理起こすのも可哀想ですし」
「起きたら?」
「ナナに顔を近づけるかしてもらって、衝動が落ち着いたかの確認を」
「なるほどーーん?」
セフィにこの後の予定を訊いていると、オーケストラに連絡が入った。
これは……緊急回線? 何事だ?
「ちょっと失礼っ」
「え? あ、はい」
セフィに一言断りを入れてから、部屋を出る。
人に聞かれたら不味い内容かもしれないので、周囲を確認し、先程使ったのと同じ防音の魔法を貼ってから、デバイスを開く。
「はい、ナナです」
『ナナっ、いきなりで悪いが、出動してくれ! オライン港近くでタンカーが座礁した! 毒性の強い揮発性の薬品を積んでたようで、保安隊の海上魔導師だけじゃ手が足らないんだ!』
ああっ、緊急回線だから覚悟してたけど、やっぱり大事件じゃないか!
切羽詰まった様子のオペレーターの声を聞きながら、内心で毒づく。
「分かりました。直ちに急行します!」
『機動隊の方にも応援を要請したから、合流して解決に当たってくれ! 合流地点は今送る』
「了解!」
必要なデータが送られてきたのを確認し、デバイスを閉じる。
「ゴメン、セフィ! 統括局の方で緊急の呼び出し食らったから、先に帰らなきゃ! シズクちゃんに謝っといて!」
「えっ、ちょっとナナ!?」
セフィの返事を聞く前に、階段を駆け下りる。ママさんにも同じように説明し、駆け足でシズクちゃんの家をあとにする。
「ああ、もうっ! 今朝の会話フラグだったかな!?」
朝にしたユメ姉さんとの雑談を思い出しながら、デバイスに送られてきた地点へと僕は急ぐ。
あっ、上着貰うの忘れてた!
結論は出させない。何故ならそれが運命だからだ。




