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第十話 故に彼は人誑し……いや女誑し

ヒロイン視点です

「ただいまー」


部活が終わって、家に帰った。すると何時のもように、ママが出迎えてくれる。


「あら、おかえりなさい。お風呂入っちゃう?」

「うん。そうする」


ママの提案に頷く。

部活終わりにシャワーは浴びたけど、やっぱり家のお風呂の方が落ち着ける。

何より今日は色々な事があったから、ゆっくり考えたかった。


「んー? 何か嬉しそうね。良い事でもあったの?」

「ふえ!? な、なんでもないっ! それじゃあお風呂行ってくる!」

「あ、逃げた」


顔に出してたつもりはなかったのに、ママにはバレバレだったみたい。後ろから、夕飯が楽しみね、なんて恐ろしい呟きが聞こえたけど、聞かなかった事にした。

それにしても、ママがあんな事を言ったせいで、また思い出してしまった。


「……ナナ……」


無意識の内に、彼の名前が口から漏れる。それだけで、全身が茹だるように熱くなる。

脱衣場について、服を脱ぐ。またしても身体が熱い。さっきまで、ナナは私の身体に触れていた。私もナナに触れていた。別にいやらしい意味じゃない。スパーをやるなら、当然の事だ。それなのに、その事実がどうしようもなく、私の身体を熱くさせる。それが凄く恥ずかしい。

……ああ、でも。2つだけ、当然じゃない事があった。アレだけは、熱くなるもの変じゃない。


「……キスしちゃった……ぎゅってしちゃった……」


1つは事故だ。急にスパーを止められたせいでぶつかって、その流れで誤って、ナナのほっぺにキスをしてしまった。

あの時は凄く恥ずかしかった。ナナの事はまだ男の子に思えてなかったけど、それでもアレは無理だった。……勿体ないな。キスの事実は凄い幸せだけど、今の私ならもっと嬉しく感じられるのに。少しだけ、過去の私に嫉妬する。

2つ目は衝動的に。でもアレはしょうがない。口説き文句、殺し文句のオンパレードで、私の嫌なところを平然と笑って受け入れてくれたのだ。意識なんて関係なく、本能でナナを求めてしまった。

ダメだ。思い出しただけで顔がニヤける。匂いも、感触も、声も、全てが愛おしくて堪らない。幸福感でどうにかなってまいそうだ。


「……頭を冷やそ」


普段はやらないけど、冷水でシャワーを浴びよう。このままだと、お風呂に入る前にのぼせてしまう。

さっさと入ってしまおう。


「……はぁ。気持ちいいな……」


火照った身体に、冷たいシャワーが降り注ぐ。

なんとか身体の熱を冷まし、頭と身体を洗ってしまう。

ナナに打たれた場所を触れるたび、余計な事を考えそうになった。頑張って熱くなるのは我慢したけど、これはもう末期かもしれない。


「……ふぅ……」


身体を洗い終わったら、髪を纏めて湯船に浸かる。

ようやく落ち着ける。お風呂に入るだけで、これ程に苦労するなんて。これも全部ナナが悪い。


「ナナ……」


また名前が口から漏れた。

色ボケもここに極まれり。本来なら呆れるべきところなのに、それ以上に誇らしい自分がいるのだから手に負えない。

これだけ想ってしまうのに、まだナナと出会って1日目というのだから驚きだ。それなのに、心を占める比重はドンドン大きくなってしまう。


「最初は全然そんなんじゃなかったのに……」


ナナとの出会いは、通学路。事情はあっても、最悪と言っていい出会い方をした。今思っても、大怪我をしてもおかしくなかったと思う。それなのに、ナナは困ったように笑ってただけだった。文句の1つも言わないで、事情を聞いたらスタコラサッサと去っていった。

あの時点では、変わった男の子だなぁ、ぐらいにしか思ってなかったのに。


「ああでも、そのあとはビックリしたなぁ……」


同じ学校の子なのかなって考えてたら、まさか同じクラスで、隣の席になるなんて。あれには本当に運命を感じてしまった。

それから授業を受けて、休み時間を過ごして。気付いたら、自分でも驚くぐらいナナと仲良くなっていた。

それぐらいナナは社交的で、話しやすくて、優しかったのだ。……今思えば、何人かの女子はあの時点で既にナナへとチェックを入れてた気がする。少しイラッとした。

まあ兎も角。ナナは終始あんな感じだったお陰で、直ぐにクラスに馴染んでしまった。私自身、ナナが男の子の中では1番仲の良い友達だと思ってた。


「……思ってたんだけど……」


ナナを同じ部活に誘って、正確にはスパーをやってから、全ての認識がガラッと変わった。

まず、私はナナの事を侮っていた。魔導戦技をやりたいって言うから誘ったけど、雰囲気的にエンジョイ勢かなって思ってた。

けど、強かった。結果だけ見れば、終始私の方が優勢ではあった。それでも、何度か危ないところもあったし、なによりナナは異常なまでに硬かった。


「あれは凄かったな……」


まず魔法能力がケタ違いだ。ブラストアーツも、ピンポイント魔法防御も、要求される魔法の資質や技術が高過ぎる。それを楽々と行ってる時点で、ナナも十分に化け物染みてる。

あと判断能力も凄い。追い詰めたと思ったら直ぐに打開策を考えるし、防げない攻撃とみるや急所だけ防いである程度のダメージを許容したり、自爆紛いの行為も必要なら躊躇いなく行った。なんとなくだけど、歴戦という言葉が頭に浮かんでしまうぐらい凄かった。

そしてなにより、心が強かった。普通、あれだけボコボコに殴られれば、嫌な気持ちになる。偽りとはいえダメージは入るし、勝ち目が薄ければ諦めだって頭にチラつく。実際、あの時点でナナに勝ち目なんてほぼなかった。その筈なのに、ナナから湧き出る闘志は衰えなかった。窮地を切り抜ける事に全てを研ぎ澄ませ、勝ちをーーいや、違う。

今考えると、もとよりナナは勝とうなんて思ってなかったのかもしれない。勝敗なんて二の次で、ただ戦う。優勢であれば様々な事を試し、劣勢であれば持てる全ての手で切り抜けようとする。ただ強くなるために、結果よりも内容を重視する。そんな印象をあのスパーで受けた。

ナナのスタンスは選手としては異端だ。だがそれでも、1人の競技者として、ナナのそれは美しかった。カッコいいと思ってしまった。


「だからってあんな事をーっ! 改めて恥ずかしいっ!!」


ナナが強くて、カッコよかったから。私の悪癖が出てしまった。

私の悪癖、試合中に気分が昂ったり、圧倒したりすると、凄くその、変態的になる。攻めてると楽しい。相手の動きを制限出来ると夢中になる。例え負けていても、逆転出来た時を思うと気持ち良くなる。つい思った事を口にしてしまう。狂ったように楽しいと連呼してしまう。どうしようもなく笑ってしまう。

1度このせいで痛い目を見た。以前通っていた格闘戦技のクラブチームで、この悪癖が出てしまった。最初は皆気にしてないよって言ってたけど、私にはそれが嘘だって分かってて、次第に皆の目が嫌になって辞めてしまった。

クラブチームの知り合いが何人かいるから、魔導戦技で有名な名門の魔法学校にも進学しなかった。まさか、セフィが私に付き合って、同じ中学に通ってくれるなんて思わなかったけど。

お陰で、私は戦技を辞めなかった。付き合ってくれたセフィに悪いと思ったからだ。幸いな事に、私の中学には弱小ながらも魔導戦技部があったし、部員は皆いい人だったから。

豪放磊落で細かい事を気にしないレイ先輩。優しくておおらかなユーリ先輩。厳しいけど真面目なルナ先輩。そして大好きな幼馴染のセフィ。

皆最初は驚いてたけど、私の悪癖もちゃんと受け入れてくれた。それが凄く嬉しかった。

……でも、全ての人が受け入れてくれる訳じゃない事を私は知っていた。知っていた筈だったのに。


「……あれはズルい……」


何であんなあっさりと受け入れるのっ!? ましてや全肯定されるなんて……っ!!


『ねえ、シズクちゃん。スパー、またやろうよ』

『僕とスパーやるのは嫌?』

『じゃあやろうよ。楽しかったんだよね?』

『まさか。僕はさっきのシズクちゃんの事、とても綺麗だなって思ったよ。凄く可愛いと思ったよ。そう思っちゃうぐらい、あの時キミが浮かべてたのは、魅力的な笑顔だったよ。だからさ、そんな悲しそうな顔しないで。またスパーやって、あの魅力的な笑顔を、僕に見せて。ね?』


誤魔化しでもなく、お世辞でもなく、ナナは本心から言い切った。下心も感じさせず、恥ずかしがりもせず、当たり前のように私に笑いかけた。

そこからはもう奈落だ。言葉が、表情が、ナナの一挙一動全てが私の心を惹き付ける。

ナナに会いたい。ナナの声が聞きたい。ナナに触れていたい。ナナの全てが欲しい。


「……っは!? いやいやいや! 私、何考えてんの!? そんな変態みたいな!?」


思考がとても危ない方向に向かっていた。

もしデバイスをお風呂場に持ち込んでいたら、ナナに向けて通話を掛けてたかも、いやもっと酷い。裸とか関係無しに、映像通話を繋いだかもしれない。……偶にお風呂でデバイス使うけど、もう自重しよう。本当にやりかねない。

それぐらい今の私は、ナナを強く求めていた。


「……でもなぁ、私小さいし」


自分の身体、特に慎ましやか胸や、くびれの少ないウエストを見てため息が出る。

典型的な子供体型だ。女の子らしい身体付きは全くしていない。これなら別にナナも気にしないんじゃないかと思い、即座に頭を湯船に叩きつけた。


「この思考はダメだって……っ!!」


裸を見せるのに抵抗がない、むしろ率先して見せてしまいたい思った事に愕然とした。

こんな変態的な思考、絶対に引かれる!


『こーら。女の子がそういう事しちゃ駄目だよ? そういうのは、大きくなって、好きな人の前だけにしなさい。ね?』


……苦笑しながら窘められる光景しか浮かばなかった。

それはそれで凄く悔しい。こういう時、バランスのとれた身体付きをしてるセフィや、スタイルの良いレイ先輩、グラマナスなユーリ先輩が羨ましい。


『こーら。女の子がそういう事しちゃ駄目だよ? そういうのは、大きくなって、好きな人の前だけにしなさい。ね?』


……体型で反応は変わらなかった。うん、ナナって多分そういうタイプだ。


「……いやだから、裸を見せる思考から離れて私!!」


もう1度、水面に向けて頭突きをする。

これでは正真正銘の変態じゃないか。アレか。私はそこまでナナに裸を見せたいのか。

想像出来ないけど、ナナだって男の子だ。そんな事したら、きっとエッチな事をされてしまう……。


『シズクちゃん。僕ね、出されたものは残さず頂くタイプなんだ』


意外と想像出来てしまった。

いつものようにニコニコと、でも何処か妖しく笑うナナが、とてもあっさり思い浮かんだ。


「……なんかムズムズするーーって、だからぁっ!!」


変な気分になりかけた瞬間、お風呂の中に潜る。そのまま1分以上潜る事で、どうにか気を紛らわせた。


「……はぁっ、はぁっ、……ダメだって。……本当にダメだって私……!!」


なんかもう、どんどんポンコツ化していっている気がする。恋は人をダメにするって言うけど、ここまでか。ここまでなのか私は……っ!!

いや、別に初恋って訳じゃない。小学校の4年ぐらいから記憶にないけど、それでもちっちゃい時は好きな人だっていた。確かにその時も、子供ながらに少し執着心は見せたけど、ここまでじゃなかった。

ここまで酷くなったのは、相手がナナだから……って、またか!? またナナの事に戻ったのか私は!?


「……もう出よう……」


1人でいると、どんどんドツボに嵌っていく気がする。

早くご飯食べて、好きなテレビ見て、寝よう。そして一旦、ナナの事は忘れよう。じゃないと本当に壊れる。


「シズクー? 散々、お風呂で暴れてたみたいだけど、何でかママに教えてくれない? 勿論、今日の学校での出来事を含めて。大丈夫。今日はパパ、帰り遅いから。気にせずお話出来るわよ?」


忘れてた。


「あ……その、出来ればそっとしておいて欲しいかなーって……」

「だーめ。たっぷり恋バナしましょうね?」


結局、ママに散々問い詰められたせいで、名前以外の殆どを話してしまった。……お風呂での痴態も含めて。

流石のママも、私の想いの深さに驚いていたけど、最終的にはやっぱり私の娘ね、って言われた。どうやらママも、パパと恋人になるまで悶々とした日々を過ごしたらしい。

それを聞いて安心したけど、お陰でナナの事を忘れられなくなってしまった。もう諦めたけど。

……はぁ、早く明日にならないかなぁ。ナナに会いたいな。

ヤンデレ風ロリ。やっぱりこの辺りは性癖ですなぁ!

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