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孤高の海賊・無限戦争  作者: 快喜 妖
1/3

絶海

彼の名はボルグ・ランドフロー。



挿絵(By みてみん)



全てを支配するために秘宝・エアリングを狙う大海賊団の首魁。



挿絵(By みてみん)



彼女の名はグリーズ・レイン。



海賊としての誇りにかけて秘宝・エアリングを狙う孤高の海賊。



これは宝に心を奪われた強者たちの物語。





・・・





───とある酒場。



酒場と言えばならず者がならず者と語り合い、殴り合い、泣き笑うための場所。



少なくともこの時代においての酒場はそういうもの。



しかし───



マナーの悪い酔いどれの客たちも、その日ばかりは普段の粗暴さを忘れていた。



「おい…何でこんな潰れかけの酒場に大海賊の船長がいるんだよ…!」



「見ろよ、もう一人はあの『孤高の皇女』と呼ばれる女海賊じゃねぇか!?」



「マジか、女一人とは勇気あるなぁ。

てか、アイツら出来てるのか!?」



「出来てねぇだろ、お互いそーゆー関係は嫌いだろうしな。

何たってアレは人間じゃねぇ、海賊なんだよ。」



───ガタン!



女がジョッキを机に叩きつける音に驚き、彼らは沈黙した。



「ボルグ…今何と言った?」



「だからよォ、手を組もうと言ったんだぜ?

悪い話じゃねぇだろう。

俺らの海賊船にゃ女っ気がないんだよ。

あ、でもお前には女っ気は……。」



「殺すぞ。」



「冗談だよバカ!

とにかく協力してくれりゃ良いんだって!」



「断る。」



「だァァァァァァん!

俺の誘いに乗らねぇってのかァ!?」



「チッ、相当酔い癖が悪いな。

今すぐ大人しくさせてやる。」



「大人しくさせてみろよォ!

海賊なら言葉に責任持てよォ!」



と、ケンカになりそうなところで店主からのストップがかかる。



「そこのお二人。静かに飲めないんでしたらお引き取り願えませんかね。」





・・・





「………なぜ私がお前を介抱しなきゃいかんのだ?

ああ、酒臭い………人のことを言えた義理じゃないが………。」



今にも倒れそうなボルグを支えながらグリーズは愚痴をこぼす。



二人とも酒場から追い出され、そしてこの有り様である。



元はと言えばボルグが悪酔いさえしなければ良かったのだから、グリーズとしては巻き添えを喰らった気分である。



「うぉい、グリィズゥゥ。

おんぶしろよぅ、くわはははは!おんぶだ、おんぶだァ!」



「なッ、ふざけたことを言うな!

お前なんかをおんぶしたら私が潰れてしまうだろう!

というかもう黙れ、息をするな!」



「おんぶしろよォォ。」



「断ると言ってるんだ、しつこ───」



ふと横を見ると、ボルグは完全に寝ていた。



「チッ、寝言か。

寝ても覚めても寝言しか言わんヤツだ。

このまま永遠に眠ってくれたら世話ないんだがな。」



・・・



グリーズは結局、酔いどれ海賊ボルグを彼の部下達のもとへ送り届けた。



義務もないのに、やり遂げた。



「感謝する。敵に助けられるとは不本意だがな。」



頭を下げるボルグの部下達。



グリーズは何も答えずにその場を立ち去った。





・・・





ボルグ率いるゲメーレ大海賊団の旗艦『ロートス』。



昨日ボルグたちが利用した酒場から200メートル程度の港に停泊するその船は要塞のように立派であった。



「ぐああぁぁ……昨日の夜はよく飲んだぜ。」



ボルグが大欠伸をする。



「船長、昨日は酒に飲まれたんじゃないですかい?」



「この俺がか?冗談きついぜ!

俺は酒には負けねぇよ!

昨日だってなァ…………あれ?

昨日は…えーと………。」



「やっぱり覚えてないじゃないッすか!

昨日はグリーズに助けられて何とかこの船に……!

敵に借り作ってどうするんすか!」



「ガァーハハハハハハハ!!

そりゃあ今度出逢った時に貸しを作ってやらんとなァ!

つーか海賊ってのはただの戦争屋じゃねぇんだよ!

ビジネスもやってかなきゃ弱肉強食の世界では生きていけねぇからな!

てなわけでそろそろ出発するぞ!

補給は済んだだろ?」



「ええ、済みましたけど…。」



「そんじゃあ出発だぜ。

いつまでもゆっくりしてられんからな。

おい、ドヴァーレ!酒の貯蔵は!?」



ボルグが呼んだのは若執事ドヴァーレ・ジャックス。



ボルグが最も厚い信頼を置く男。



「…ウィッテ酒約400、ヴァジラン酒約100、ドザク酒約1000、ピッナーレ約300…以上です。」



「よし!酒場の酒、全部強奪だ!」



「畏まりました、主様。

武器の確認の方も済ませておりますが。」



「ああ、そっちはどうとでもなる。

だが酒はヒジョーに大事だ。」



ドヴァーレが指を鳴らすと同時。



部下達が酒場に向けて走り出した。





・・・





「ボルグ様の御命令だッ!

酒を全て差し出せェ─────ッ!」



と、酒場に乗り込んだボルグの部下達。



しかし、彼らはすぐに黙った。



そこにグリーズがいたからだ。



「……ほう、今日はお前達が飲むのか?」



「い……いや、そうじゃあない。

それより何故お前がここにいる…?」



「船を破壊された。」



「……何だって?」



「何者かに船を破壊された。

だから海に出ることが出来なくなった。」



グリーズの船は殊更小さい。



孤高の海賊ゆえに仕方ないことではあるが、本当に小さい。



言ってしまえば、グリーズ無しではすぐに沈んでしまうような船だ。



むしろ今まで沈まずにやって来たことを誉めるべきだろう。



「……つまり、船がなくなったからここにいると?」



「ああ、そういうことだ。」



「………ボルグ船長はお前のことをえらく気に入ってる。

それは俺達もよーく理解してることだ。

一緒に来るか?きっと船長は喜ぶぜ。

昨日は世話になったらしいしな。

それに、海賊の目的地はどうせ同じだ。」



「……そうさせてもらおうか。

いつまでもここに残るわけにはいかないからな。

だが協力はしない。

あくまでお前らの船を借りるだけだ。」



「よし、じゃあ来い。」



「待て待て、船長の許可なく勝手に決めるのは流石にマズイだろ。」



「だがコイツがいればそれなりの戦力になる。

エアリングを見つけ出すまでは協力関係ってことで、船長も許してくれるだろ。」



「オイ、協力はしないと言ったはずだぞ。

ちょうど私には『銃』がある。

聴力が良くないならお望みの場所に耳の穴を開けてやろうか?」



「よしよし、物分かりが良くて助かるぜ。

俺達の船に来な、大歓迎してやるからさ。」



「……人の話を聞け!」



「こっちには部下がたくさんいるんだ。

お前だって面倒事を起こしたくはねぇだろ。」



「……く、くそ。

いつかこの屈辱を晴らしてやる。」





・・・





しばらく歩いたところでグリーズが一言疑問を呈する。



「…ところで、酒場には何の用だったんだ?

何か叫んでいたのは聞こえたが、考え事をしてたんでな。」



ボルグの部下達はハッとした。



『忘れ物』を思い出して、ハッとした。



そうだ。



肝心なことを忘れていた!



「お前ら!もう一回強奪しに行くぞ!

酒場に急げェェ────ッ!!」



「畜生オォ──ッ!

お前も来いグリーズ!

あの場所で面倒事を起こさなきゃならなくなった!」



「……揃いも揃ってそそっかしい連中だな。」





・・・





「……というわけです。ボルグ様。」



「そうかい、そうかい。

ようやく俺に協力する気になってくれたかい。」



『協力』という言葉に反応しそうになりつつ、グリーズは作り笑顔で対応する。



「昨日助けてやった分はこれで帳消しにしてやる。

酒には気を付けることだな、ボルグ。

部下もお前の酒癖には辟易してることだろう。」



「ガハハハ!言うねぇお前。

ドヴァーレ、出航前に一杯やるぜ、大宴会だ!」



「結局飲むのか……。」



「おうよ!グリーズ、オメーも飲め!

酒の席は無礼講だ!下らん柵もアホ臭いしきたりも捨てて楽しめェ!」



ボルグもボルグだが、ドヴァーレという執事もだ。



何故ボルグの暴走を止めないのか。



「グリーズ、お前は少しばかり真面目すぎるんだよな。

一人で海賊なんてやってりゃあそうなるのも分からなくもないが…海賊だからこそ好き勝手やるべきだろう。

じゃなきゃ、無法者の名が泣くぜ。」



「否定はしない。

だがお前は本当に飲み過ぎだ。

船長が早死にしてしまったら海賊団はどうなる?

リーダーとしての…。」



「あ─────黙らんか!

酒の席で説教だけはするんじゃねぇ!

おう、ほらほらもっと飲め!ウヒャヒャヒャヒャヒャ!」



グリーズは比較的酔いにくい酒であるピッナーレを一口飲んで溜め息を吐いた。



別に酒に弱いからではない。



海上では気が抜けない。



だから万一に備えておく必要があるのだ。





・・・





大宴会が終わり、『ロートス』はようやく出航した。



「……しかし、なーんか複雑なもんだな。

やがて殺し合う相手と同じ船に乗ってるんだからなぁ。」



「……人間なんてそんなものだろう。」



「理屈では分かってるさ。

だが人間には理屈も感情もある。

理屈で正しいことでも感情で納得いかないことはある。

人ってのは単純じゃねぇんだぜ。」



「お前は大海賊団の船長だからな、そうか。

センチになっても仕方ない。」



「グリーズ!お前は常に一人で戦ってきた。

だが、悪くはねぇぜ?同じ目的を持った人間達を集めて共に戦うってぇのも。」



「私には理解出来ないな。

一人で達成出来るものを共有したがるのはなぜだ?

慈悲か、哀れみか、それともただの示威か。

何であれ、私にはそんなものの喜びは理解出来ん。」



「そうかい、残念だ…。」



ボルグは残った酒を飲み干してのっそりと立ち上がり、船首から海を眺めはじめた。



「どうした?」



「………あー、こりゃ敵さんが来るな。」



「何…?」



ボルグの手は力強く拳を握っている。



既に戦闘体勢。



「……敵だと?どこにいる?

酒で幻覚でも見えているんじゃないか?」



グリーズは飲み残した酒をその場に置き、ボルグと同じく立ち上がってみる。



が、どこにも敵は見当たらない。



と思っていたところ───



後方から微かに銃声が聞こえ、



「………!」



グリーズはそれをカトラスで斬り落とす。



「くそ…ボルグ!お前の『勘』とは反対側だ!」



「おおお、マジか。

お前すげーな、お前がいなかったら俺の旅はここでおしまいだったぜ。」



「……いや、これは私を狙った弾丸だ。」



姿が見えなかったとは言え、常に敵からの攻撃に対する警戒だけは怠っていない。



船が沈んでも身ひとつあればやり直せるが、身を滅ぼせば旅は終わるから。





正確な位置までは分からないが、少なくとも弾は背後から飛んできた。



幻ではない。



斬り落とした銃弾はすぐそこに落ちている。



「船首にいる俺達を後方から撃つってことは…敵は船のどこかにいるはずだ。

しかし誰も気づいてる様子じゃねぇな。 どうやって乗り込んだ?」



「それだけじゃない。

ヤツの銃はきっと特殊なものだ。

そこらの海賊程度なら銃声に気づくこともなく殺られていただろう。」



「お前には銃声が聞こえたのか……俺には聞こえなかったぞ……!」



ボルグが焦った様子でいるのを見かねてか、ドヴァーレが声をかける。



「ボルグ様。」



「……ドヴァーレか。

お前には銃声は聞こえなかったか?」



ドヴァーレはボルグの問いに答えずに二人を宥める。



「……お二人とも、ご安心を。

『敵』のことでしたら、私一人で充分。」



グリーズはその言葉を聞いて思わず



そんな老体で戦えるのか?



と問いそうになった。



しかし、その言葉を口にする必要がないことを理解した。



ドヴァーレから放たれるオーラがそう理解させたのである。



老人とは思えぬほどの気迫。



そして歴戦を潜り抜けてきた証である筋肉。



彼は間違いなく『やり手』だ。



「……船員には船員の仕事がある。

私には私の仕事がある。」



ドヴァーレは隠し持っていたダガーを取り出し、ひとつずつ投擲しはじめる。



そして───



「やはり、そう来ましたな。」



樽の中から酒まみれの男が現れ、ドヴァーレに向かって走り出す。



船員達はようやく事態に気づく。



既にこの勝負に対応できるのはドヴァーレただ一人。



そして、誰もが確信していた。



ドヴァーレの勝利を。



そう、この敵の男さえも。



「んなッ!

あれは酒場から奪ってきた樽かァ!?

アイツ、そんなところに隠れてたってことか!!」



ボルグが驚くのも無理はない。



はっきりとした時間は分からないが、大宴会より前からずっと酒に浸っていたということなのだから。



酔っていてもおかしくはないが、そんな様子は見られない。



「隠れるのは最強の戦術。

相手から見えぬまま一方的に攻撃するというのは古典的だが強い。

相手から発見されぬ限りは攻撃されることもなく、攻撃されなければ防御の必要もない。

確かに優れた戦い方と言えよう。

しかし若造よ、凡策だったな。

隠れることが出来る場所をひとつずつ潰していけば、必ず答えに辿り着ける。

この場で大切なのは確実性だ、急いては事を損じてしまう。

そう、居場所がバレたのではないかと不安になって樽から出てきてしまったお前のように。

お前を炙り出せて良かったよ。」



ドヴァーレは男の首にダガーを突き刺し、武器を奪って蹴り飛ばした。



難なく。



一瞬で。



そしてその一部始終を見ていた部下たちは、何事もなかったかのように持ち場に戻りはじめた。



「……何というヤツだ。」



返り血に染まるドヴァーレを見たグリーズは、思わずそう口にしていた。



「へっ、そうさ。

だから選んだのさ。

だからコイツは海賊なのさ。

強いからこそ俺達の仲間として生きる権利がある。

強いからこそ、な。」



ドヴァーレは男の死体を担ぎ上げ、海に放り投げた。



「この樽の中の酒はもう駄目ですな。

どこかで補充しましょう。」



「ああ、もう樽はゴメンだね。」



「では、これを機に酒もおやめに…?」



「バカ言っちゃいけねぇ!」



ボルグとドヴァーレは腹の底から笑った。





・・・





「きっとアイツだな……私の船を壊した犯人は……。」



「そう思うか?」



「ああ、アイツは私を狙っていた。

きっと私の船を破壊することで私がこの船に乗らざるを得なくなる状況を作ったんだろう。

そして、樽の中から私を狙撃しようとした。

お前の部下が私を撃ったということにしたかったんだろう。

そうすれば、撃ち漏らしてもヤツに敵意が向くことはないからな。」



「だとしたら良かったな。

敵討ちはとりあえず完了したってわけだ。

めでたし、めでたし。」



「そうはいくものか。

敵討ちをしたところで船は戻ってこない。」



「……エアリングはあらゆる願望を叶える秘宝だ。

お前は『海賊としての誇り』なんてつまらんもののためにあの宝を欲しているようだが、グリーズよ。

俺は、この戦いは願いを賭けた戦争だと思っている。

どうだ、お前はエアリングに……。」



「エアリングに『新しい船をくれ』と願うのか?私が?

下らん。私はエアリングを有象無象の宝のひとつとしか見ていない。

そんなものに何を願う。

私の船は私自身の意思の問題だ。私自身がどうにかする。

良いか、私がエアリングを求めるのは海賊としての誇りのためだ。」



「はン、海賊になっちまった時点で誇りなんざ捨てたようなもんだ。」



ボルグはグリーズを嘲笑う。



海賊でありながら誇りなどという高尚なものに執着する、哀れで健気な女を。



「どのみち私とお前は戦うことになる。

それは絶対的に確定した事実だ。

予言能力なんて馬鹿げたものは備わっていないが、

これだけは分かる。

そして、勝った方が正しい。

これも事実だ。

負けて賊軍になるのが嫌ならせいぜい勝つことに拘れ。」



「ハハハ、くそほど愉快な女だなぁ。」





・・・






『ロートス』はやがて暗雲立ち込める海域に入り、船員達の表情もまた曇りはじめる。



「お前ら!何て湿ったツラしてやがる!?」



ボルグとグリーズのみが平常心を保っている。



それは必然。



『旅人達の墓場』



この海域の名である。



宝を求めて航海に出た旅人達がこの海域に入ると、二度と出て来られなくなる。



そういう伝説がある。



「───空気が変わったな。」



「そうかァ?」



「酔い覚ましには丁度良いだろう。

なあ、酔っぱらいのボルグさま?」



「酔ってねェ、バカ!」



「酔いどれの常套句だ。」



「じゃあシラフはこういう時何て言うんだ!?」



「さて、そろそろ寝るか。

輝きを失った海は陸よりも汚らわしい。

ドヴァーレ、案内しろ。」



「おい、無視するんじゃねェよグリーズこの野郎!」



やかましいボルグを尻目に、グリーズとドヴァーレは寝室へと向かった。





・・・





「…良い寝室だな、気に入った。」



グリーズは柄にもなく、かわいく笑った。



お世辞にも綺麗とは言えない部屋だが、グリーズにとっては寝室があるだけでもOKだ。



「それではごゆっくり。」



ドヴァーレが退室する。



グリーズはベッドに飛び込み、眠りに就いた。





「────!」



「──けて──!」



「──す──けて──!」



「───助けて───!」



………。



何だ、この声は。



嫌な過去。



消し去りたい記憶。



憎むべきあの日々。



ああ、何ということだ。



私を苦しめるのはこの声だけだ。



「お嬢ちゃん、弱いからいけないんだぜ。

この世界では強い者だけが幸福になれるんだ。

弱い者は強い者の犠牲になる運命を背負って生き続けなきゃいけないってことだ。」



黙れ。



離れろ。



私はもう充分に強くなった。



弱々しく泣き叫ぶだけのガキは死んだ。



だから強い女がここに生きている。



「嫌だよ!助けてよ、誰か助けてよ!

あッ、が…はァ……痛い……もう…やめ……!」



死人のくせに。



死んだくせに、今更私を気取るな。



今ここにいる私はお前とは違う。



もう私からは何も奪えない。



あの強欲な野盗どもは今や狩られるだけの兎だ。



風の吹く日も、雷の鳴る日も、私はひたすら勝ち続けることが出来る。



この身が消え去るまで永遠に殺し続けることが出来る。



私は強いからだ。



有象無象の海賊達も、ボルグも、あのドヴァーレも、必ず認める。



私の強さを、必ず認める。



認めさせてやる。



そうしなければならない。





「………グリーズのヤツ、えらく肝が据わってやせんか?

ここは『墓場』だってのに。」



「『墓場』で眠るのがアイツの趣味なんだろうよ。

いや、むしろ、永遠に眠らなくて良いようにここで眠っておくってことかな?

何にせよ、アイツは強いってことだけは確かだ。」



「そりゃ一人で海賊やってるくらいだから強いのは当然なんでしょうけど…。」



「はン、他人の心配する前に手前の心配だよ。

そろそろ気ィ引き締めろ。

風が強くなってきたぜ。

多くの海賊がこの海域に挑んだ。

そして例外なく死に、海の藻屑となった。

だがここで退けば俺達はその藻屑よりも価値のねぇゴミになっちまう。

この海域にエアリングがある可能性は非常に高い

俺達は生きて、エアリングも見つけて、何倍もの強さになって帰るんだ。」



ボルグの決意に、そこにいた全員が共鳴する。



目的を同じくする者達の魂の旋律。



洗練された彼らの意思はもはや狂気すら感じさせるものだ。



個々の精神が集まり、大きな事をなそうとしているのだから。



「………お前ら、砲撃の用意をしろ。

この海域に船があれば、それは俺達と戦うに値する船だ。

敬意を込めてゴーストシップにしてやる。

ただひとつ、これから合流する我等がボルグ艦隊に攻撃しないように気をつけないとな。

で、あと何分くらいだ?」



「五分ほどでこの海域に到達する模様です。」



「そうか、問題ないな。」



「ただひとつ…彼らの報告ですが、ロレイン公国の偵察船を見かけたと…。」



「ロレイン公国だって?

あのひよっ子国家のことか。」



「ええ。目的は分かりませんが、警戒しておくに越したことはないでしょう。」



「そうだな。発見次第沈めてやる。」



「…参加させてもらうぞ。」



「おう、もちろん……は?

グリーズ…起きたのか、お前。

随分と短いおねんねだったが。」



「昼寝などするものではないな。

今までで一番の悪夢を見た。」



「フハハハ…これからは悪夢など忘れちまうほどの現実が襲いかかることになる。」



「本気で公国にケンカを売るつもりか。」



「いずれ潰さなきゃならん国だ。

なら、今のうちに潰すっきゃないだろ。」



心の高鳴り。



ボルグは心の底からこの状況を楽しんでいた。



これこそ海賊。



討つべきものを見定め、一心同体のひとつの集団を率いて立ち上がる。



圧倒的物量と戦力で敵を押し潰す。



この快感と至福こそ海賊の意義。



「死ぬなよ、好敵手。」



「お前こそだ、好敵手。」





「大変です、船長!」



慌てた様子で駆けつけてきた部下。



「どうした?」



「我が艦隊が壊滅的被害を受けました!」



「何ィ!?


………そんなバカな!」



「ロレイン公国大艦隊が攻撃を仕掛けてきたようで…主力は全滅です!」



「オイオイオイオイオイオイ、どうなってるんだ!?

アイツら、何やってたんだ!?」



「機動艦隊のはるか後方を進んでいたようで…バラバラになっていたところを攻め込まれる形に………。」



「畜生…グラックスの野郎、何てバカな真似をしてくれた?

傲慢は良くないと教えておいた筈が……教育不足だった!!」



「一気に追い詰められたな。

さて、これからどうするつもりだ、ボルグ?」



「お前に愛してるよのキスでもしようかな?」



「お前とキスだって?

ロレインの連中に捕縛されて拷問される方がマシだ。」



「言ったな?ヤツらと遭遇したら真っ先に突き出してやる。

この女を好きにして良いから俺達には手を出すなってな。」



「この腰抜けめ。

そんなことをすればお前は女を売って生き残った哀れな海賊になるぞ。」



こんな時だというのに言い合う二人。



ドヴァーレはやれやれ、と言わんばかりに首を傾げる。



こんな争いをしているうちは大丈夫だろう、という安心感。



そして意外と仲良しなんじゃないかと思わせる雰囲気。



船員達全員が、その二つを感じ取っていた。

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