戦闘訓練
《スラッシュ》!!
小倉がスキルを使うと訓練用の藁人形に斜めに深い切れ込みが入った。
「おお!」
見物人の兵士たちも子供の頃から聞かされていた勇者の技を実際に目にして感激している。
ゲームね!ゲームの世界だわ!!最高っ!!
隠れオタ愛華も感激しているようだ。
「小倉君・・・カッコいいぃ~!!」
「でしょでしょ~~~!」
女子は目をキラキラさせてはぁ~とため息を漏らしている。
「イケメンは絵になるからずるいよなぁ。」
「なー。爆発すれば良いのにな。」
「お見事でございます。」
後ろで小倉の訓練を見ているのは、兵士長のダイナー・ヴォルド。
ノーザ王国の全兵士の長ということになる。
「剣筋や威力はまだまだですが剣術の基本はできているご様子。失礼ですがどこかでご経験されたのですか?」
真剣な顔をして質問している。
「いや、勝手に身体が動く感じだ。剣なんて初めて持ったぞ。」
小倉は右手に持つ訓練兵用の剣をまじまじと見つめた。
「そういうものなのですか。」
「さぁ?おい、拓。お前もどんな感じかやってみろよ?」
「ああ。」
柳瀬は訓練兵用の槍を兵士から受け取ると、藁人形に対して構えて見せた。
「まいったな。本当にどう構えればいいのか最初からわかっている感じだ。」
「だろ!?」
そうなんだ・・・早く私の番にならないかなっ。
愛華はわくわくが止まらない。
「はっ!はっ!てぃや!」
柳瀬君は正面→槍をくるりとまわして左から→さっきと反対側へ自分も回転して右からの華麗な三連突きを見せた。
またもや「おお!」という歓声が沸く。
「うん。身体が勝手に動くというより、どう動くかイメージをわかっていてその通りに身体もついてくる感じだ。」
ほうほう。
あー早く私も戦ってみたい!
兵士達がせっせと替えの藁人形を設置する。
「お次はどの勇者様から行きますか?」
「はい!私やりたいです!!!」
とは言えないんです。言えれば良いんですけど言えないんです。
「ハイ!ハイ!」
「ずるいよ、小松原君、僕もやりたいよ!」
「では、準備させましょう。」
ヴォルド兵士長は控えの兵士に藁人形を多めに設置するよう命令した。
オタク組はいえーい!と喜んでいる。
いいなー。いいなー。
兵士長はそれを見ている残り三人の女子組に視線を移した。
「女性勇者様達はいかがなさいますか?」
「私は結構です。」
木村はきっぱりと答えた。
周りの兵士たちには動揺が走ったがヴォルド兵士長は表情を一切変えずに
「かしこまりました。」
とだけ答えた。
「あー。私は、一応経験しておこうかなぁ、なんて。」
「えぇ!?くるみんやるの!?」
木村が裏切り者といった表情で森に迫った。
「うん、だってどんな感じかだけ経験しておきたいし。それに私って回復魔法が得意なんでしょ?それってもし玲奈や他の誰かが怪我したら私が治せるってことでしょ?」
「くるみん・・・」
木村の森を見る目が天使を見るような目になっている。
というか・・・実際問題回復役がパーティにいないってかなりリスキーだと思うんだけど。
その危機感は皆持ってるのかな?
オタク組の小松原君や北野君は気付いていそうなものだけど、どうなんだろう?
まぁ、私も他人のこと言えないんだけど。
「勇者小嶋様はいかがいたしますか?」
「や、やります。」
ついに自分に聞いてくれたかと内心大喜びの愛華だが、はやる気持ちを押さえて冷静に答えた。
すると後ろに控えていた魔術兵の一人が私に簡素な杖を差し出した。
これも訓練兵用のものだろう。
手に取ると魔力が上がったのを感じた。
愛華のために用意された藁人形に向き合う。
食い入るように見ている兵士達から「お美しい」なんて台詞が聞こえるが、無視無視。
集中しなきゃ。。
本当に念じるだけで発動するんだろうか?
愛華はスッと目を閉じた。
手始めは炎属性から。
火の玉が藁人形に飛んでいくイメージが湧く。
わかる・・・魔力の出し方使い方!
《ファイ》!
ピンクの魔方陣が杖の先に発現した!
出た!!!
・・・ん???
あれ?火は?出ない?
え?失敗?
と思った矢先、火の玉が発生し
ボンッ!!
っと5メートル程先の藁人形に当たった。
何・・・今の時間差。
スキルを念じたら直ぐに魔方陣が出たまでは良いが、魔方陣が出たまま5秒後くらいに実際の魔法が発動した。
てかMPゲージあったんだ!!
愛華の視界の下部にピンク色のゲージが出現している。
配置的にはおそらくHPゲージよりも若干下だろう。
勿論何のダメージも負っていない今はHPゲージは非表示だ。
てか今の魔法1回でMPの1/5くらい減ったし!!
レベルが上がるまでは5回くらいしか使えないのか~(泣)
そこでふと同じ魔法使い系である森さんはどうなんだろうと気になった。
森を見ると、杖で「えい!えいっ!」と藁人形を殴っている。
え。魔法使わないんだ。攻撃魔法持ってないのかな?
森の動きはひたすら殴っているだけで小倉君や柳瀬君のような武術的な要素は感じられなかった。
しかし、凄いのだ。
まず気迫が凄いし攻撃に隙が無いというか・・・そう例えるなら「ポカスカ」だ。
凄い顔で藁人形を殴りながら
「何でこんな世界に連れてこられなきゃ・・・」
とか
「皆協調性無いし・・・」
とか聞こえた気がする。
さすがに疲れたみたいで終わった後は「はぁはぁ」言って肩を揺らしている。
しかし散々ポカスカされた藁人形にダメージが入っている気配は・・・・ない。
兵士も唖然とノーダメージの藁人形を見ている。
・・・と思ったら時間差で顔の部分の藁がさかむけの様に「くるん」と剥けた。
エエー。
でもそうか、レベル1の魔法使いの物理攻撃力ってあんなもんなのかなぁ。
私も魔法を試す前に一発殴って確かめておけば良かったな。
自分が攻撃して焼け焦げた藁人形を見てそう思った。
森さんの【攻撃力】っていくつなんだろう?
私と同じくらいなのか聞いてみたい。
どこかのタイミングで聞けないかな?
でも私の場合、杖じゃなくて『双月』を選んだしダメージは期待できるはず。
「どうかいたしましたか?」
小松原と北野の訓練についていたはずのヴォルド兵士長がいつの間にか愛華を気にかけていた。
うーん、なんて答えよう。
あ、そうださっきの時間差について聞いてみよう!
「あの、魔方陣が出てから発動するまでにかなり時間がかかったんですが、あれは何なのかわかりますか?」
「確かに。私も見て疑問に思いました。ですが申し訳ありません。私にはお答えできないようです。しかし、一つわかった事は勇者様は無詠唱で魔法を発動されておられました。」
「え?あ、そう言われてみれば。私には魔法の知識もありませんので勿論詠唱を知りません。」
サランは魔法を使う際何かぶつぶつ唱えていた。
私にはそれが無い。
「てか念じるだけでスキルが発動するし、今更呪文を唱える必要性がわからねーよ。」
「勇者特有の特権と考えて良いんじゃないか?」
いつの間にか小倉と柳瀬も近くに来て会話に参加している。
「クレステールのサラン様なら何かご存知なのかもしれませんが・・・」
兵士長が申し訳なさそうにしていると、
「全ては神のご意志ですよ。」
突然後ろからサランの声がし、兵士長および全兵士が敬礼した。
「お前、全部それで片付けようとするよな。」
「それが真実ですので。ところで勇者小嶋様、あの時間差はレベルと【魔力】とスキルの熟練度によって発生します。」
おおお!答えがきたー!
「例えば、小嶋様のレベルが上がるだけでも小嶋様が覚えておられる全魔法の発動時間は少し短くなります。」
「成程、逆にレベルを上げなくても、同じ魔法を繰り返し何回も使うことで発動時間を短くしていく事も可能だということですね。」
「仰る通りでございます。」
ああー解決してスッキリ!
ただ柳瀬がまだ難しそうな顔をしている。
「おい、【魔力】ってステータス値のことだよな?」
「はい、その通りでございます。」
「じゃあレベルが上がるのと【魔力】の値が上がるのって同意義じゃないか?」
あ、確かに。
でもサランはレベルと【魔力】と熟練度って三つ言ってたなぁ。
「流石は勇者柳瀬様。」
「待て待て、俺、全っ然わかんねぇ、拓、どういうことだ?」
ゲームをしない小倉は話についていけてないようだ。
「ああ、つまりRPGゲームというのは、レベルが上がればステータスの値も自動で上がっていくだろう?」
そこまで言って「ああ、そういう事か。」と小倉も理解する。
そして全員が答えを聞きたくてサランの方を見た。
「これは、まだお教えしておりませんでしたが・・・実はレベルアップ時にステータスに自由に振り分けられるポイントが発生するようです。」
「「ええええ!!」」
いつの間にか小松原と北野も聞いていたようだ。
「いくつ!?いくつ付くんだ!?」
彼らの食いつき様もわかる。
これは重大な情報だ。
「最初は1レベルアップごとに1ポイントらしいのですが、レベルが高レベルになるにつれ増えていくそうです。それ以外にも増えたという記述が残されているものの詳細は不明です。何か条件などがあるのやもしれません。」
「ううん。なるほど、では自動で成長する分とは別に自分で好きなように長所を伸ばしたり弱点をカバーするような采配ができるという事か・・・」
「うわー、サランなんでそんな重要なこと隠してるんだよ!?」
小松原がツッコんだ。
その通りだ。
2日目の講義の時に言っておくべき内容だ。
「隠していたわけではございません。一度に多くの情報を提供しても非効率だと考えたまでです。いずれ気付く事ですし。」
全員からブーイングが飛ぶ。
「サラン、他に言っていない事は無いだろうな?」
柳瀬の眼鏡奥の目が細められる。
「ありますよ?」
「「あるのかよ!!」」
「ええ。ですが勇者様達がご自身の経験を通して気付かれるべきなのです。」
その厳しい言葉を聞いて皆が一瞬静かになる。
「・・・だが魔王を倒して欲しいとお願いしてきたのはそっちだろう?」
「仰る通りです。ですが魔王討伐の確立を高めるためにも、私はご自分で学習するスタンスを推奨しております。過去、他者から手取り足取り教えられるよりも、ご自身で発見・研究した勇者様の方が成果を出されております。」
言ってることは理解できる。
私もゲームは説明ガイドを読まずに最初は色々試しながらプレイするのが好きだ。
でも逆に最初にガイドの隅々まで読み終えてからプレイするのが好きな人もいるだろう。
皆がう~んと考え始めた。
「それは・・・勇者云々に関係なく全ての事に言えるのかもな。」
小倉君は諦めたように笑った。
「わかったよ、サラン。どうしてもわからないことがあったらその時はお前を問い詰めるとするよ。」
「ありがたく存じます。」
ヴォルド兵士長だけ話についていけていないといった表情をしているが、勇者ご一行はサランの力弁に経験上思い当たる節があるのかしぶしぶ納得したようだった。
「ところで、あーるぴーぢーとはなんですか?」
サランのいつもの質問が始まった。
「RPGというのはね、・・・」
北野が親切に説明し始めたところで、その場に明るい雰囲気が戻ってくる。
「ねぇ、玲奈。会話に参加しなくていいの?」
それを遠くの方で見ている二人の女子。
「いいのよ、どーせまたオタク系な会話ばっかしてんだから。」
木村はげんなりした表情で答える。
「というか、サランは私たちを置いてどこへ行ってたのよ?」
その質問が聞こえているのかいないのか、サランは思い出したように話し出しだ。
「ああ、そうそう。勇者様方!国中への広報はつつがなく完了いたしました!出始めの評判は当たり前ですが上々ですよぉ!」
「おお!」
と歓声があがる。
「これで城外を大手を振って出歩けるわけだ。」
「楽しみだな。」
小倉は悪戯っ子のような笑みを浮かべている。
「尚麒、観光じゃないぞ?」
「わーってるよ!でもお前も異世界のグルメとか気になるだろ?」
「まぁ確かに。」
パンパン
サランが手を叩き皆を一度冷静にさせる。
「そこで、早速ですが先日お選び頂いだ勇者装備の調整が完了したのでお渡ししたいと思います!」
サランの合図で兵士たちがせっせといくつもの箱を運び込んできた。
「おお!」
とまた歓声があがる。
ええ!?もうできたの!?
王国鍛冶師の皆さん、夜なべしたんじゃ・・・??
さながらブラック企業だ。
「勇者様へお貸しする装備品はあくまで王国の所有物です。魔王討伐後は勿論のこと、さらに上位の装備品を入手し不要になったとしても王国へ返却のご協力ををお願いいたします。」と前置きした上で「では、順番にお呼びいたしますので・・・」と愛華たちが選んだ前勇者達の防具や武器を配布し始めた。
「次!勇者小嶋様ご指名、『夜の帳』!」
わーい、私だ!
愛華は黒いローブを受け取り今着ている洋服の上から羽織った。
その瞬間ボンっと【防御力】と【魔力】が上がったのを感じる。
どれどれ。
メニューから【ステータス】画面を開くと
【防御力】683
【魔 力】339
と爆上げになっている!
これはいいものだ!
「えー次は・・・・ん?『双月』?何故銃がこんなところに?」
「あ、それは・・・」
「これは間違いです、早く勇者の間へお戻し・・・」
「あの、それ私のです。」
サランの目が段々見開いてくる。
「まさか・・・勇者小嶋様がお選びになったのですか?クラスマジシャンで銃が装備できたと???」
「は、はい。確かに装備できました。」
「そんな!!!!!」
サランの目は血走っている。
「いや・・・でも・・・今まで誰も装備しようと思わなかっただけで・・・・そんな・・・」
何かブツブツ言っている。
「サラン様、サラン様・・・・サラン様!」
ヴォルド兵士長がサランの意識をこちらへ呼び戻した。
「コホン。失礼いたしました。」
「えー、でもマジシャンがベレッタのような小銃を装備できるのってそんなに不自然じゃないよな、北野君?」
「そうだね、小松原君。他の武器が一切装備できないか小刀や小銃のような片手武器ならある程度装備できるかのどちらかが多いよね。」
「おおおお!そうなのでございますね!!!」
サランは二人の会話を物凄い速さでメモしだした。
オタクペアの言っていることは私も凄くよくわかる。
けれど、私はオタクであることを隠している隠れオタなのでサランのように驚いたような演技をした方が良いのかこういう時いつも迷う。
「勇者小嶋様。」
サランが真剣な表情で私を呼んだ。
「は、はい。」
「一度お見せしていただいてもよろしいでしょうか?その、『双月』を撃つ瞬間を。」
私も魔弾っていうのを撃ってみたかったので願ったりかなったりだ。
「はい。」
兵士の人が木箱を開けて『双月』を見せてくれた。
木箱の中はシルクのような光沢感のある生地で覆われた型に二丁が対になるようにはめられていた。
勇者の間に展示されていた時よりも丁重に磨かれているようで『双月』は黒く怪しい光を放っている。
前はよく見えなかったが、スライドの部分に文字のようなものが薄く刻印されているのもわかった。
私はそっと右月、それから左月と順に手に取り(ああ、右月と左月というのは今私が名付けたんだけど)グリップを握りしめまじまじと見つめた。
すると装備したことになったのだろう、【命中力】がぐぅーんと跳ね上がり【魔力】も若干上がったのを感じた。
若干といってもさっきの訓練用の杖よりも全然上がっている。
銃って生まれて初めて持つな。
まだ手にしっくりは来ないが「よろしくね。」と心の中で微笑んだ。
愛華はその場からくるりと、森が叩いていた綿人形の方へ構えた。
ランヤードリングに付いている黒いタッセルが揺らめいて、タッセルのピンクと水色の玉がキラキラとアクセサリーのように輝いている。
「わぁ、小嶋さん、銃で戦うんだね!」
「え?魔法使いって言ってなかったっけ?それにあの子・・・あそこから撃つ気?」
離れたところで他の勇者の装備を観察していた女子が心配そうに見ている。
わかる!
魔弾の出し方がは既にイメージできている。
藁人形はここからは15メートルほど距離があるが今の【命中力】なら外れる気がしない。
愛華はトリガーも引かずに《撃つ》と念じた。
すると僅かな
ピュン
という音と共にピンク色の光線が発射され、さかむけしていた藁人形の右肩とお腹部分にそれぞれ焦げたような穴が開いた。
「おお!」
周囲から歓声が上がる。
うん、やっぱりそこら辺の杖よりコッチのが有用。
そもそも、杖以外を装備して魔法が使えなくなるわけじゃないし。
「貸してくれますよね?」
愛華は黒いローブをマントのように靡かせて振り向いた。
ドキッ
何人かの兵士は既に目がハートになっている。
「恐れ入りました、勇者小嶋様。存分にお使いくださいませ。」
サランはいつもの少し大げさなお辞儀をしてみせた。
やった!嬉しい!
「ありがとうございますっ。」
ドッキーン!
さらにハートマークの目の兵士が増える。
「あの笑顔・・・犯罪だろ。」
「はいはい。聞こえるぞ。」
ここにもこんな会話をしている二人がいるが、『双月』を手にして大喜びの愛華には知る由もなかった。
【名 前】小嶋 愛華 【クラス】マジシャン
【レベル】1
【 Next 】5
【H P】22 【装備中】
【M P】43 【武器】 双月
【攻撃力】4 【頭】 なし
【防御力】683 【腕】 スターブレスレット
【魔 力】579 【胴体】 夜の帳
【命中力】896 【脚】 ニーハイ+らくちんパンプス
【瞬発力】5 【アクセサリー1】なし
【 運 】5 【アクセサリー2】なし




