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異世界の黒蝶  作者: ちょうちょ
~プロローグ~
4/36

それぞれの想い

「なんだありゃーー!?」

「うおーー!」

歓声をあげながら男子4名が窓に駆け寄る。


カーテンが閉められていたはずの窓は両開きの窓が連なって大きな黒板くらいの幅と高さになっており、とても見晴らしが良かった。

続いて愛華含めた女子3名も恐る恐る窓に近寄る。


窓の外には黄色味を帯びた石作りの町が見渡せ、この建物がとても高い場所に建てられた城だとわかった。

また、この城からぐるりと町を守るように同じ石でできた壁が伸びているのがわかる、城塞都市のようだ。

沢山の人が粒の様に見えるが、それでも通りを歩いたり商店で何か売っている様子がわかった。

「凄い・・・」



サランがとんがり2人に頷いたのを合図に、彼らはさらに全ての窓を開けてくれた。

風が部屋に流れて外の音と匂いがする。

これはセットじゃない。



「あれ、もももしかしてドラゴンじゃないか!?」

「さすが勇者様!!よくご存知で!!」

興奮した様子の男子Aをサランがわざとらしく褒めた。

これにはファンタジー好きの愛華も興奮する。



ドラゴン!!!

マジか!ドラゴン!!

最初からあの空飛ぶ物体が気になってはいたけど、まさかドラゴンとは。



緑黒い生き物二体がヒュンヒュン飛んでいて、背に鎧を着た人を乗せているのが遠目にだがなんとなくわかる。

「我が国は飛竜隊を所持しております故、丁度領空巡廻の時間なのです。」

「すすすげーーーー!!!」

「おいおい、マジかよ。」

「これは・・・」

流石にインテリの柳瀬もまいっているようだ。



かくいう私も・・・興奮している。

ドラゴン(笑)?何それ。完璧ファンタジーじゃない!

凄い!凄い凄い!

オタクなら誰でも大興奮である。




「信じてもらえました?」


窓越しにキャーキャーしていた男女がハッとして声の方を振り返る。

「どうやったんだ!?」

「餌はなんなんだ!?」

「何匹いるんだ!?」

「あれ、俺も乗せてくれんの?」

「いや、まだ超リアルな3DCGの可能性も」

「もう一回魔法見せて!」

「帰して。」


最後の発言者は木村だった。

「私たちを元の世界に帰して。」

皆が一斉に黙った。


「あなたが私たちをこの世界に連れてきたんだから帰すのもできるでしょ?」

「できますができません。」

木村のいつも以上に恐い凄みのある表情にもサランはけろりとして答えた。

「どういう意味?」


ああ、木村さんがイラついている。

こういう時はあまり関わりたくない。



「そもそも、勇者召喚は神のご意志。魔王が復活する時期を女神サザンドラ様が聖杯を通して神託されるのです。少しずつ聖杯に力が溜まり一杯になった時に勇者召喚の儀式を代々スクレテールが行っております。神のお力無くして異世界転移はございません。」

「つまり、また聖杯に力が溜まらないと戻れない?」

「はい。そして次に聖杯に力が溜まるのは魔王を倒した時のみです。」


全員が黙ってしまった。



「その、もし魔王が倒せなかった場合はどうなるんだ?」

柳瀬が全員が思っていたが怖くて聞けなかった事を代わりに聞いた。

「世界が滅ぶとあります。」

「そんな・・・」

愛華にしがみついていた女の子の顔面が真っ青になる。



「ですが今までの聖戦で類人勢力が負けたことが無く、魔王を打ち滅ぼしてくださっています。そのお蔭で現在の繁栄と歴史があるのです。」

「今までって何回戦ってるんだ?」

「わかりません。」

「はぁ?」

「最古の記録では2万年以上前の壁画等が残っておりますが、イーネスの書と戦記が記録されるようになったのは丁度9000年前の聖戦からです。スクレテールという地位もそれから誕生いたしました。」

そんなに前から・・・。

「何度も戦ってるようだがどれくらいの頻度で戦ってるんだ?」

「1000年に1度です。1000年に1度魔王が復活します。」

皆、最初は信じていなかったが今では真剣にサランに質問している。

「どこに?どこに復活するんだい?魔王の城とかあるのかい?」

男子Aも興奮気味に質問を重ねる。

「場所は西の魔大陸のどこか、としか申し上げられません。いつも決まっている場所で復活するわけではございませんので。」


「それで・・・魔王てーのはどのくらいヤバいんだ?」

「実際に見たわけではありませんが、初代の勇者戦記1巻には10万もの魔物を従えていたとか。2000年前の勇者戦記8巻には一振りで町1つを焼き払ったと記述があります。見た目も醜く悪臭を放ち異様な邪悪さとのことです。」

「そんなのと・・・俺らが・・・戦うの?」

「無理だろ。」

十代の学生に何を言ってるんだと、全員の顔に出ている。



「ご心配ごもっともだと思います。歴代の勇者様はやはり最初は魔王討伐に消極的だったと記述があります。ですが最終的には魔王打倒を成し遂げておられます。ですからどうかご安心してくださいますよう。」



確かに・・・今まで一度も失敗していないってことは、魔王ってそんなに強くないのかしら?



「それに、先程お見せしたような魔法も行く行くは覚えていただけますよ♪」

「マジかよー!」

男子はよっしゃーなんて言ってる。

愛華も心の中で喜んだ。

だが木村の表情は恐いままだ。


「私は・・・やらない。そんなことできない。帰りたい。」

最後の方の声は少し震えていたことにその場の全員が気付いた。


あの気の強い木村さんがまさかと戸惑う空気の中、小倉だけが前に出た。

そしてポンポンと木村の頭を優しく叩く。


木村の顔は赤くなるが俯いたままなので周りからは見えない。

「危ないことは俺らに任せとけって。」

「なっ!?やる気か、尚麒?」

全員が驚く。

特に「俺ら」という言葉には柳瀬が含まれると思われるので本人が一番驚いているようだ。

「倒さないと帰れねーんだろ?」

「その通りでございます。」

「だったらやるしかねーんじゃね?」

「は・・・全く。毎度付き合わされる身にもなれ。」

呆れた表情で眼鏡を上げ直しているがその声には決意が込められている気がした。

どうやら柳瀬も心を決めたようだ。


「では方向性も決まったようで、遅くはなりましたが勇者様たちの自己紹介をして頂けますでしょうか?早速、勇者戦記10巻の制作に必要となりますので。」

サランは満面の笑みで提案した。

「確かに・・・一緒にこんな世界に来たのも何かの縁だしな。あー、お前ら全員昇陽高校ってことでいいんだよな?」

皆が頷く。1人を除いて。

へ?皆同じ学校だったの?

知らなかったの私だけ?

ええーーーーーーーーーーーーーーー!


「俺は昇陽高校2年1組の小倉 尚麒だ。趣味はバスケとサーフィンな。」

「お前のことは皆知ってると思うぞ。」

皆うんうんと頷いた。

「は?何で?」

「あと小嶋さんの事も。」

皆うんうんと頷いた。

「へ?」

なんで?

その後は全員の自己紹介が続く。


「はぁ~」

愛華は大きなため息をついた。


自己紹介は苦手だ。

とりあえず簡単に私見も混ぜてまとめるとー・・・


・小倉 尚麒:2-1 スポーツ万能でバスケ部。学校一のイケメンで人気者。

       髪は茶髪だし制服は着崩してるしでイマドキの男子。

       でも性格は意外と優しい。

       何故かいつも私の掃除当番を手伝ってくれるし。


・柳瀬 拓 :2-1 小倉君の親友。同じバスケ部でスポーツ万能。

       それに加えて勉強の成績も学年3位以内をキープするインテリ。

       短め黒髪の眼鏡男子。

       よく見るとイケメン。

       周りの状況をよく見ている人だと思う。       


・木村 玲奈:2-1 金髪からもわかるがギャルっぽい。

       キツそうな性格なのに男女ともに友達が多い。

       意外と先輩からも可愛がられているようだ。

       気が強くて私は苦手。


・森 くるみ:2-2 手芸部。ぬいぐるみとか作るの好きらしい。

       黒髪を左右の耳の後ろで結んでいる。

       大人しくて気が弱そう。

       でも「くるみ」て名前可愛いな。


小松原(こまつばら) 昭大(しょうだい):2-3 男子A。趣味は漫画とアニメらしい。

       札アニ(札幌アニメーションの略)の作品が好きだと言っていた。

       確かに札アニの作るアニメは芸術だと私も思う。

       失礼ながらちょっとおデブな気がする。

       油とり紙を贈りたい。

       北野君と仲が良いようだ。


北野(きたの) 凛太朗(りんたろう):2-3 男子B。趣味は小松原君と大体同じ。

        洋ゲーが好きらしい。

        ホールオブデューティーとかやってるって。

        私は和ゲー好きだから話は合わないかもしれない。

        失礼ながらちょっと背が小さい気がする。

        ガリガリのオタクって印象。

        小松原君と仲が良いようだ。



・・・ーとこんな感じだ。

私含めて7名がこっちに召喚されたらしい。

ちょっと思ったんだけど男子だけ仲の良いペアで召喚されてずるくない?

あっ、でも私は特に仲の良い人いないんだった。



自己紹介の最中、サランと他4人のとんがりは常に忙しそうにメモを取っていた。

戦記を作るというのは本当のようだ。


「でも何で俺らなんだろうな?」

「そもそもなぜ昇陽高校なのか、とも言えるな。」

イケメン二人が疑問に思う事はもっともだった。

愛華も何故なのかと心の中で一緒に悩む。


「うーん、僕たちに勇者の素質があるからじゃない?」

小松原が嬉しそうに答えた。


「そんな事言ったらスポーツ選手とか軍人の方が適任じゃあないですか?」

「確かにそうよね。」

森が小松原の意見をぶった切り木村が同意する。


「サラン、歴代の勇者の共通点は無いのか?」

「ありますよ?」

柳瀬の質問にサランは手を止めた。

全員がサランの発言を待つ。


「必ず10代男女の混合で複数の人間種でした。」

「それだけ?」

「そして必ず二ホンという国の人々だったようです。」

!!!


「そう・・・か。他には?」

サランは視線を斜め上に向けて、何かを思い出している。

「後は必ず人間種好みの美形が含まれていたみたいですよ。」

「ぇ・・・。」


全員が小倉と愛華に視線を移した。

愛華は咄嗟に目を合わせないように逸らす。


「神は美しい物をお好みなのかもしれませんね。」

サランは意地悪い笑みを浮かべて見せた。

愛華にとっては迷惑な話だ。




「では、勇者様のお名前も頂戴できたことですし、詳細は明日、ご説明の場を設けたいと考えております。本日は生活拠点となりますこのヴェルダ城のご案内の後、それぞれの私室でのお休みとなります。」

その後、「飯は?」とか色々な質疑応答が繰り広げられたが、大まかな今後のスケジュールはこうらしい。



<初日(今日)>

・ヴェルダ城案内 

 自分たちの部屋だけでなく共用施設とか立入禁止区域の説明とか

 今後、この城が拠点になるらしいので生活の仕方とか説明があるようだ


<2日目>

・勇者の力について

 イーネスの書にある勇者特有の力の出し方や使い方を説明するらしい

 これが結構長くなるそうだ

 でも楽しみ


<3日目>

・ノーザ王謁見

 王様や宰相に紹介するんだって

 その後が貴族で最後に国民にもお披露目するらしい

 控えめに言って嫌だな




愛華たちは予定通り城の中を案内してもらった。

ヴェルダ城は初代ノーザ王国の王妃の名前で彼女のために王が作らせた城らしい。

窓から見た城下町とお揃いの石作りでかなり広い。

愛華たちがいたのは来客用サロンの一室で城の中央の部分にあたるらしい。

中央部は城内で一番大きな区画で謁見の間や執務室・会議室など政のための部屋が多いようだ。

晩餐会が開ける大きなホールも見せてもらった。

中央から東側と西側区画は王族の私室等があるようだ。立入禁止区域が多い。


しかし豪華だ。このノーザ王国とやらは随分儲かっているみたい。


東側と西側の住区域にはそれぞれ王族用の大浴場もあるし、廊下にも豪華なシャンデリアが吊られ、脇には高そうな壺や甲冑が並んでいる。

窓から見えた広大な迷路のような庭も見せてもらった。勿論、豪華な噴水付きで。


地下もかなり広く、ほとんどがメイドや執事などの住区域だが、王国専属の鍛冶場や魔法の研究施設などもあり紹介してくれた。

よくある牢屋的なものはないのか北野が質問していたが、王城から離れた兵舎区画の地下にあるらしい。


最初に召喚された部屋の事も木村が話していたが、立入禁止区域のようで行かせてはもらえなかった。聖域だからとのこと。



台湾に修学旅行に行くはずが予定を変更してヨーロッパに来たようで皆ワイワイ浮かれている。

それにこのサランという男の子も凄いのだ。

何も見ずに私たちの質問にペラペラとその歴史も踏まえて説明してくれる。

どれだけ勉強し知識を詰め込んでいるのだろう。

ちなみに禁止区域に立ち入った事が発覚した場合、勇者とあれど罰金刑に課せられたり、悪質な場合にはノーザ王国からの支援打ち切りや最悪国外追放などがあるそうだ。

うん、スポンサーは大事にしろよって事よね。

最後に北側区画の私たちの寝室のある場所へ案内された時にはもう日は暮れようとしていた。




「女性勇者様のお部屋はこちらになります。」

初めてサラン以外のとんがりが喋った!!


サランは男の子だから女性勇者のフロアには入らないそうで、サラン付きのとんがりフードが愛華と木村と森の3人の部屋を案内してくれたのだ。

そのことからこのとんがりは女性だと想像はつく。


だけど・・・フードを取ってはいけない決まりでもあるのかしら?


深くフードを被っていて口元が見えない。

無表情なのか笑っているのかもわからない。


「わぁ、結構高いですね!」

「ホントだ、軽く60階以上ありそうな高さね。」

廊下の窓から見える景色は絶景で、建物自体が丘の上に建っているせいかかなり遠くまで見渡せた。

北側は海が一望できて少し遠くに港町が見える。

船が沢山止まっていることから貿易も盛んなのかもしれない。


「それぞれのお部屋にベルがございます。何かございましたら鳴らしてお呼びください。」

「ありがとうございます。」

とりあえずぺこりと頭を下げて自分の部屋とやらに入る。


ちょっと期待していたんだけど。

ちょっとだけ、お姫様みたいな部屋を。天蓋とか付いててさ。

でも何か・・・意外とシンプルで・・・普通。


部屋には大きな窓が1つ付いていて木製のベッドが1つ。

そのベッドの脇にサイドボードが1つ。姿見が1つ。家具はその3つのみ。

広さは10畳程度。


見るとサイドボードの上に古めかしいベルが置いてある。

さっき言っていた呼び鈴だろう。

入って直ぐ右にまたドアがあり、開けてみるとトイレと簡単なシャワーが付いていた。


てかこの城の上下の水設備あるよ、凄いね。

ヨーロッパの城を想像していただけに、水道が城の床や壁を巡っているのかと思うと驚いた。



愛華は窓を開け放ち大きく深呼吸した。

少し潮の香りがする。


「私、本当に異世界に来ちゃったんだなぁ・・・」


見ると夕日が沈みかけ太陽がダルマのように海に反射し、紅、黄、青、紺と見事なグラデーションを映していた。

その少し手前で港町の明かりがキラキラと灯り始めており、窓からの景色をより一層彩っている。

台湾で宿泊予定だったホテルじゃこの景色は見られなかっただろう。

愛華がうっとり景色を眺めていた同時刻、愛華の真下の柳瀬の部屋では彼と小倉が会っていた。




「お前、どう思う?」

窓際の壁によしかかりながら小倉から話し始めた。

「正直まだ信じられん。」

ベッドに腰をかけ柳瀬は大きなため息をついた。

「ドッキリにしてはまだネタ晴らし来ないんだよなぁ。」

「ああ、霧はともかくあの空飛ぶ生き物が希望を粉砕してくれたよ。」

「夢・・・って感じじゃあないしな。」

思い当たる節を全て考えてはみたものの、その全てを自分の中で拒否された小倉は頭をポリポリとかいた。

「魔王を倒せって言われても、な。」

「できると思うか?」

親友の質問に小倉は整った顔をうーんと歪ませた。

「最初が肝心だろうな。俺たちは普段、そういう仕事に就くか犯罪者でもない限り生き物の命を直接奪うような場面には滅多に遭遇しない。勇者ってことは剣だろ?ブスりとヤるって事はそれなりの覚悟が必要だし、相手だって本気でコッチをヤろうとしてくる。」

「ん。その状態を耐えられるかどうか、か。」

「ああ、最初に慣れる必要があるだろうな。」

「・・・にしてもお前、やる気満々だな。」

柳瀬は若干引き気味で小倉を見た。

「そうか?でもやらなきゃ帰れねーって話なら腹括るしかないだろ。」

意気込む小倉を見て柳瀬は少しニヤけた顔で口を開いた。

「・・・小嶋さんがいるからか?」

「ーんなっ!!!???」

顔を真っ赤にした小倉はそれ以上言わせまいと柳瀬に飛び掛かった。

「ふんっ!久々にやる・・かっ!拓っ!」

「・・っ!やめっ!!」

柳瀬の必死な抵抗空しく小倉にプロレスのボストンクラブをかけられて白目をむいている。

「・・なお・・・ギブ・・・」

柳瀬のギブアップ宣言のドンドンという床叩きは隣の部屋まで響いていた。




「隣の部屋・・・煩いな。」

「何してんだろうね?」

小松原と北野は隣の柳瀬の部屋がある方の壁を見つめた。

「男同士でヤってたりして(笑)」

「オェッ!気持ち悪いこと言うなよぉ。」

「それより女子の面子がヤバくないか?」

小松原が鼻息を荒くする。

「ああ、わかるよ、言いたい事は。」

「だよなぁ、あの芸能人も霞む美貌の小嶋さんとギャル可愛いで有名な木村さんだもんな!!!」

小松原の鼻息がさらに荒くなる。

「あの森くるみって子もそこまで悪くないよなぁ。」

北野がデレデレとした笑みを浮かべる。

「は?お前、ああいう地味系が好みなのかぁ?」

「へ?いや、そういう意味で言ったんじゃあないよ!」

「いや、いいんだ。くるみちゃんは北野君に譲るよ。その代わり、小嶋さんと木村さんを・・・グヘヘ❤」

小松原の頭上には見るに堪えない妄想が膨らんでいた。

「ちょ、ちょっと!ずるいよ、小松原君だけハーレムエンドなんて!」

「むむ、コホン。いやはや僕としたことが。」

小松原は姿勢を正し「僕が親友の北野君を裏切るわけないじゃないか」なんて宥めた。

二人はそれから色んなシチュエーションでの女子とのお近づき方法を話し合ったがとりあえず1つの結論に至った。

「童貞を捨てる時は報告する」

である。

二人の友情は永遠にも思われる誓いだった。

しかしお互いに敬礼したその手を下げると、何ともいたたまれない空気が漂う。

「まぁ、あれですよね、・・・」

「そう、とりあえずこれから一緒に冒険するんだし・・・」

「「女子とお近づきになりたいよなぁ~~~❤」」

二人の声は重なり視線は上階の女子フロアへと向けられた。




ブルブルッ!!

小松原の真上の部屋にいた木村と森が悪寒を感じる。

「ちょっと寒いわね。」

「うん、そうだね。窓、閉めようか。」

パタンと窓を閉めた音を合図に木村が立ち上がる。

「今日はありがとう、そろそろ戻るわ。明日からヨロシクね!」

木村はパチンという効果音が聞こえそうなくらいウィンクをした。

男ならこれでイチコロだろう。

「うん、こちらこそ宜しくね!」

森は心から嬉しそうな笑顔で答えた。


-時を少し戻す-


コンコン!

森の部屋のドアがノックされる。

案内された直後で部屋の空気を入れ替えようと窓を開けたばかりの時だった。

「はい。どうぞ。」

ガチャリ

30㎝くらいドアが開いたところでヒョコりと顔を覗かせたのは木村だった。

「今いい?」

「うん。大丈夫だけど・・・どうかしたの?」

不安そうに木村を見つめた。

「女同士親睦を深めようと思って。」

木村はくったくのない笑顔を見せた。

おとなしい森は見た目のキツい木村を最初は警戒したが、その裏表の無い笑顔を見て悪い人ではないと直感した。

「あ、そういう事なら小嶋さんも呼んできた方が良いかな?」

自然な流れだった。だが木村からでた言葉は予想外だった。

「ああ、あの子はこういうの嫌いだから良いのよ。」

「え?どういう事?」

森は木村の表情が変わったのを感じた。

「誰かと仲良くなるのが嫌いって意味。」

「そ、そうなんだ。だからいつも独りでいるのかな。」

隣の愛華の部屋へ気まずそうに視線を移した。

「そういう事。」

「そう・・・。」

木村が小嶋を好きではない事を、そしてこれ以上この話はしない方が良い事を女の直感で悟った。

森は自分のベッドに腰掛け、どうぞと手で木村にも促す。

現実世界ならガールズトークに花を咲かせて手作りのお菓子でもシェアするところだが、生憎テーブルも可愛いパジャマも何もない殺風景なこの部屋に元の世界へ戻りたい気持ちがこみ上げる。

「あのさ、私ゲームとか苦手だしこういう世界わかんないんだ。早く私たちの世界に帰りたいと思ってる。」

「うん。私も血とかダメなんだ。戦うなんて無理だよ。」

「そうそう!私もホラー映画とかダメで!もう無理無理!」

あははと笑いながらお互いの怖がり自慢がさく裂する。

それから30分くらいは経ったであろう、その頃には女子同士の手さぐりな会話は一切無く打ち解けていた。

「最後にわかったんだけど、お化けじゃなくてペットの犬だったの!!」

とか

「あの時は後ろが気になって洗顔ができなくて・・・」

とかお互い涙が出る程笑いあった。

「ふふふっ、木村さんって意外と怖がりなんだね。」

木村は笑った余韻で乱れた呼吸を整えてから返事をした。

「ハァ・・・玲奈。玲奈で良いよ。くるみんって呼んで良い?」

「えっ!」

一瞬顔を赤くしたがすぐに嬉しそうに頷いた。

「じゃあ決まり!あのね、それで・・・元の世界に帰るための情報集めとか手伝って欲しいんだ。ダメかな?」

「ううん、私戦えないから情報収集くらいするよ。」

「わぁ!ありがとう!」

木村は思わず森に抱き着いた。

その時である


 ブルブル!!!


二人は下の方から悪寒を感じた。

「ちょっと寒いわね。」

「うん、そうだね。窓、閉めようか。」


パタンと窓を閉めてからは隣の部屋からの会話が漏れることはなかった。。

そう、一連の会話を同じく窓を開けていた隣の部屋の愛華には筒抜けだった。


景色を見ていたはずが隣の部屋で会話が始まりつい聞き入ってしまった。

「全部聞こえてるのよ・・・」

はぁ~~と大きなため息をつきへなへなと窓の下にしゃがみ込む。


 『あの子はこういうの嫌いだから良いのよ』


木村の言葉が胸に刺さる。

「そう・・・思われてるよね、やっぱり。」

少し涙目になりながら壁に背を向け膝を抱え込んだ。


確かに他人と関わるのは苦手だ。面倒くさい。

これは客観的に見れば木村さんの言う通り「嫌い」と言えなくもない。

でも嫌われたり虐められるのは嫌なのだ。

それは自分でも矛盾しているし我儘な欲だと思う。

愛華はいつもここで思考が行き詰まる。


一番良いのは嫌われずにかつ関わらないこと。


ってそんな都合の良い生き方あるかー!!


心の中で自分がツッコむ。


皆が私を嫌わずにそっとしておいてくれれば良いんだけどなぁ。

明日から魔王退治どうしよう。

そう、女子二人は戦わないと宣言していた。

私は隠れオタだしゲーム好きだし異世界転生に憧れていたし戦う気満々なんだけど・・・

そうすると私は男子に混じって戦う唯一の女子ということになってしまう。


それはまた「男子に媚びやがって」とかいう女子からの虐めになりはしないだろうか?

それに男子は男子で少し話しただけで直ぐに愛を告白してくる生き物だ。

パーティメンバーの中でそんな男子が出てきたら面倒になる事この上ない。


アー。アー。聞こえない。

考えたくない。


愛華は思わず両手で耳を塞ぐポーズをとる。


「せっかく異世界に来たのに・・・面倒くさい。」

愛華は立ち上がりよろよろとベッドに倒れ込んだ。


関わらず、嫌われない

孤独でも、虐められない

独りで戦って・・・

嫌われない・・・

役に立つ??


ハッ!そうだ!!

愛華はその夜ある決意をした。



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