モラクス教
カッサ牧場に戻って来たのは夜も更けた頃だった。
鼻に着く家畜と草の臭い。
つい数日前にこの村を発ったのに、なんだか一週間ぶりのような気がしてくる。
「クレイリーさんのお宅はあそこなんですけど・・・・」
街道に出ると見えるクレイリー革物製作所を、指さす。
愛華に言われて建物を見つけたレイだが、建物入口脇の松明だけが光っていて、建物の中は人の気配がしない。
玄関口のランタンも消えている。
「真っ暗ですね。」
レイは見たまんまの感想を吐き出した。
愛華は以前訪ねた時の記憶から、建物の配置を思い出す。
そう言えば、手前が製作所で奥に自宅がある作りなんだっけ?
ここからは見えないけど、おそらく奥に籠ってるんだわ。
今日はもう無理そうね。
「こんな時間ですし、もう奥で寝ているのかもしれませんね。」
二人はそりゃそうだと納得する。
こんな時間に働いていれば過重労働だ。
今夜クレイリーに会うのは諦めることにした。
「ところで、小嶋様は泊まるあてはあるんですか?」
次は泊まる場所の問題だ。
以前泊めさせてもらった酪農一家の家を思い出す。
確かクレイリー製作所から歩いて直ぐの街道沿いだ。
「ええ。でももうこんな時間ですから流石に・・・」
そう、こんな夜中に戸を叩くことはマナー違反だ。
レイは何か無いかと周りを見渡した。
そもそも建物の影が数軒しか見えない。
そして室内が暗い。
おそらくどの家ももう寝ているのだろう。
「ふむ。困りましたね。僕は外でも構わないのですが、小嶋様はどこか安心して休める場所を確保しないといけませんね。」
「え?いえ、私も野宿で平気です。」
自分一人だけ良い部屋で寝て、もう一人は外に寝かせるなんてことは愛華にはできない。
それに野宿に近いことならスクレイで既にやっている。
もう今更気取るようなことでもなかった。
しかし、紳士のレイは女性に向かって野宿で我慢してくださいなんてことは絶対に言えない。
災害などの緊急事態でもない限り許せない。
ちなみに、フリュッセイドの勇者パーティでは皆がマイベッドを持ち歩いている。
もちろん普段は異次元空間に閉まっており、洞窟などに出して使う。
洞窟などが見つからない場合は、最終手段としてスキル等の大技を使い無理矢理穴を掘ることもあった。
これの弊害として、寝ている最中に上からミミズが落ちてくることがあるのだが詳細は割愛しよう。
「いけませんよ。年頃の女性が野宿なんて。」
平行線だった。
お互いに頑固だからか一向に話が進まない。
「でも・・・」とか「ですが・・・」とか言って歩いていると、以前泊まった家の前まで来てしまう。
あ・・・確か前回はこのお宅に泊めさせてもらったんだ。
元気な娘さんがいたはず・・・
名前は・・・、確かターニャ。
記憶を辿りながら家を眺めていると、家の裏手にある牧場から人の気配がする。
「誰かいますね。」
かなり遠くなので普通なら気付かないが、二人の勇者としてのレベル(とレイはクラスも関係)で察知する。
女神の目で守られているとはいえ、こんな時間に出歩く人についてあまり良い予想がしない。
「泥棒でしょうか?」
「ええ。家畜泥棒の可能性はあります。」
それは捨て置けない話だ。
「行ってみましょう。」
レイがそう言うと二人は柵を飛び越えた。
牛は柵の中の広い牧草地に自由に放たれており、夜中だというのに自由に行動していた。
草を食べている牛や休んでいる牛を避けて進む。
しかし凄い臭いだ。
人影に近付くと見たことある背格好の男が牛の世話をしているのがわかった。
苦しそうに額の汗を拭いながら作業をしている。
なんだ、あれはこの牧場主の・・・
「ダルさん?」
呼ばれたダルは二人の存在に気付く。
「ん?なんだお前たちは・・・」
「こ、こんばんは。」
家畜泥棒だと思って柵を乗り越えて入ってきましたとは言えない。
しかし何の明かりも付けずに牛をブラッシングとか普通するだろうか?
愛華は少し疑問に思いながらも泊まった夜の記憶を思い出す。
確か泊まらせてもらった夜も、ダルは遅くまで外で世話をしていた。
もしかしたらこれが日課なのかもしれない。
「お知り合いですか?」
レイが聞くと、知り合いというほどでもないけどという前提だが一応「はい。」と答えておく。
「ああ!数日前にウチに泊まったお嬢さんか!!」
どうやらダルも思い出したようだ。
「驚いた、戻ったんだな。」
「はい、つい今し方・・・。」
「しかも男を連れて戻って来るとはな!やるじゃあないか!!」
「ええっ!?」
二人の会話を聞いて、レイは愛華が勇者であることをダルへ伏せていることに気付く。
勇者だとわかっていれば「お嬢さん」と呼んだりしないだろうし、敬語を使うはずだろう。
いや、しかし何故隠す必要が?
勇者だと名乗ればもっとスムーズに寝床を調達することもできるはずなのに。
わからないな。
レイの中で勇者小嶋の謎が深まる。
だが丁度いいタイミングだった。
「すみません、こちらの女性だけでもまた泊まらせてはいただけませんでしょうか?」
「レイさん!?」
一度泊めてもらえたならば、今回も泊めてもらえる可能性は高い。
レイはせめて愛華だけでも、と考えた。
ダルはしばらく二人を見て考えると「ああ、いいぞ。」と快諾した。
「僕は納屋をお借りしても?」
「ああ。家の裏にある。好きに使ってくれ。」
そう言うとダルは愛華たちが来た方を指した。
これに納得いかないのは愛華だ。
「ま、待ってください。私だけ室内のベッドで寝るだなんて!」
「僕は平気です。ゆっくり休んでください。そして、明日製作所に行きましょう。」
「で、でも・・・」
「それとも・・・僕と朝まで一緒に寝たいのですか?」
「あ、はい。じゃあ私はダルさんのお家で寝ます。」
フードで見えないが、レイは得意の王子スマイルで愛華を説得(?)した。
押し切られてしまった。
も、申し訳ないです、レイさん。
ダルも妻のミシカに愛華のことを説明するため、一度家に戻ることになった。
家の裏にある狭くて臭そうな納屋の前でレイと別れる。
「あの、レイさん、お休みなさい。」
「ええ。お休みなさい。」
レイと別れると街道側に回り、家の入口から中へ入る。
「戻ったぞー。」
ダルがそう言うと奥の寝室からもぞもぞと気配がした。
「ん・・・なんだい、戻ったのかい?」
妻のミシカが寝ていたようで眠い目を擦りながら出てくる。
「牛はどうだった?・・・って、おや?あんたは・・・」
「お、お邪魔します。」
愛華はぺこりと頭を下げた。
「なんだ、またあんたか!製作所の用事は済んだのかい?」
「いえ、それがまだ。。。」
ダルはミシカに、かくかくしかじかで愛華をまた泊めることになったと伝えた。
「そりゃこんな狭い家で良いならかまわないけどさ。いつまでいるんだい?男もいるんだろ?」
男ってそういう意味の男じゃないよと伝えたいが、単純に一般的な男という意味なのかもしれないので愛華は黙って聞いていた。
「ええ、まぁ。皮素材を手に入れたのでその加工が終わるまででしょうか。」
愛華の言葉を聞いて、ダルとミシカは耳を疑った。
「皮素材!?そら数日どころか数週間はかかるぞ。」
「ええっ!?」
「そりゃそうだよ。革って洗って乾かして裏打ちして石灰に付け込んで鞣してって沢山の工程があるんだよ?」
「そ・・・そんなぁ。」
愛華は途方に暮れた。
「まぁ、どうするかは明日クレイリーに相談するんだな。」
「はい・・・」
寝る前にミシカさんはまた夕食の余りのシチューをふるまってくれた。
前回食べさせてもらったのもこのシチューだ。
酪農家だからだろうか、すごく美味しい。
レイさんにはダルさんの方で持っていくらしい。
本当に何から何までお世話になって・・・
そうだ、アールヴの森でドロップした何かを渡そうと思ってたんだった!
愛華は道中倒したモンスターのドロップ品を思い出す。
えーと・・・
大コウモリの羽・・・大きいし膜がキモい
スパイクバグの足・・・トゲトゲしていて気持ち悪い虫の足だ
トレントの枝・・・・木の枝だ
スケルトンの骨・・・嫌がらせだ
ろくなのがないっ!!!
駄目だわ。
プレゼントに使えそうなのが無いわ。
リーパーの叫びとかどうやって使うの?っていうのもあるし。
愛華はまだ知らないが、モンスターの身体の一部などは加工し色々な道具や武器防具になる。
なので売ればそこそこのお金になるのだが、確かにプレゼントとしての使われ方はあまりしていない。
愛華はシチューを食べながら「うーんうーん」唸っていと、お腹が膨れたせいか、遅い時間だからか、うとうとしてきてしまった。
「疲れただろ。あたしがさっきまで寝ていたベッドでいいなら寝なさい。」
「・・・はい。ありがとうございます。」
愛華は目をしょぼしょぼさせながら立ち上がり、ベッドに倒れこむ。
皮を加工して革製品ができるまでって長いんだな。
全然知らなかった。
明日レイさんに何て言おう?
・・・
ダルは夜明け前に事を決行する。
丁度いい旅人も手に入れた。
背中に黒いものを背負いながら家を出る。
「やるしかない・・・」
首にかけていた牛のペンダントを握りしめそう呟いた。
大きいので、ずれてくる背中の荷物をよいしょと背負い直すと、西のアールヴの森を目指す。
「彼女をどこへ連れて行くんです?」
「!!」
家の裏手に差し掛かった時、急に後ろから声をかけられた。
そんなはずはない、そう思いながらも振り向くと・・・
白いローブに身を包んだ男。
それは、今自分が背負っている女の連れだった。
背中で納屋によしかかりながら、まるで自分がここを通るのを待っていたかのようだ。
「僕には毒で、彼女には・・・眠り薬ですか。物騒ですね。」
「!?何故わかる!?」
「・・・」
レイは答えなかった。
「フードをかぶったままで怪しいとは思っていたが・・・お前、何者だ!?」
「フッ。ただのハンターですよ。それよりも・・・」
レイの口調が変わる。
「彼女を放してください。」
「~~っ!」
ダルは悔しそうに歯ぎしりした。
しばらく考えた後、背負っていた愛華を下ろす。
「わかった。この嬢ちゃんはベッドに戻しておく。」
そう言って愛華をゆっくり地面に寝かせた。
「だから・・・」
ダルは腰に掛けていた手鎌を取り出す。
「・・・お前が代わりになるんだっ!!」
振り向くと同時にレイに襲いかかった。
「ふぅ。穏便に済ませたいんですけどね。」
レイが両手でやれやれのポーズをしているところへ、かまわずダルが鎌を振りかざす。
縦に下りて来た鎌をスッと横へ避けると、レイはダルの体をトンと押した。
襲いかかった勢いに押された勢いが重なり、ダルは豪快に転んでしまう。
「くっ・・・なんだ?」
しかしまだ諦めない。
直ぐに落とした鎌を拾い上げると、再びレイに襲い掛かる。
斜め上から、左から右から、ダルはあらゆる方向から鎌を振り回すが、どれも僅かな動きでスイスイと避けられてしまう。
大振りを繰り返すダルの息は上がる一方だが、対照的にレイは一切乱れていない。
「なぜ、こんな事をするのですか?」
「ぜぇ・・・ぜぇ・・・お前には・・・関係ない!」
両手で鎌を持ち渾身の一撃を振りかざす。
レイは今度は避けなかった。
自分に向かってきた鎌をぱしっと右手で受け止めたところで動きを止める。
あと少しで鎌の刃先がレイの胸に刺さりそうだ。
「どうしても理由を言ってはくださいませんか。」
ダルは黙って両手をプルプルさせながら、全力で鎌の刃先を押し込む。
レイが羽織っている白いローブの布地に刃先が刺さり始めると、勝ったと思ったのかダルが話し出した。
「すまないな。見られてしまったからにはっ・・・殺すしかない・・・!」
「僕は殺された後どうなるんです?」
「モラクス様に捧げるのさっ・・・!!!」
「生贄というやつですか?」
「その通り・・・だっ!!」
これでトドメだと言わんばかりに全力で鎌を押し込むが、鎌はそれ以上刺さる事は無い。
ダルは今頃になって、レイが直立不動でしかも片手で鎌を押さえていることに気付く。
「諦めてください。僕には勝てませんよ。」
「ばっ!!ばかな!!!」
ダルはついに鎌を放して後ずさりした。
「何者なんだ、お前はっ!?」
レイはダルが残して行った鎌をポイッと後方へ投げるとダルの方へ向き直った。
「それはこちらの台詞ですよ、ご主人。モラクスとは何者ですか?」
レイは記憶力が良い。
異世界初日の講義でも、ヘイゲル神殿の書庫をあさった時も「モラクス」なんて単語は見当たらなかった。
追い詰められたダルは、自分の左手を見つめ何かを決心する。
すると何の躊躇いも無くその手の平を噛み切った。
「何を!?」
これにはレイも驚く。
ダルは出血する手の平で胸元のペンダントを強く握った。
「モラクス様!!異教の輩を誅してください!!お力をお貸しください!!!」
明らかに何かする気だ。
ここで初めてレイも腰を落として身構える。
最悪、愛華だけでも守らなくてはと、ダルと愛華の距離感を計る。
しかし暗闇に牛の声が響くだけで何も起こらない。
「・・・どうしたんです?不発ですか?」
ダルの顔が絶望に変わる。
「いったい何を・・?」
レイの疑問に答える余裕も無いようだ。
ダルは力が抜けたように膝から崩れてしまった。
「やっぱり・・・!モラクス様、なぜっ!?私を、私たちをお見捨てになるのですかっ!?神よ!!」
ダルは血まみれの手でペンダントを握りながら、天に向かって叫んだ。
しかしやっぱり何も起きない。
「神?」
レイはモラクスが神の一種だというところまでは理解した。
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「ダルー!遊びに行こうぜー!!!」
「ああ、ルイスか!ちょっと待ってて!!」
「またクレイリーのとこのと遊んでるのか。本当に仲が良いな、お前たち。」
「へっへ!俺らダチだもんなー!」
「うん!明日も遊ぶんだ!」
・・・
「俺の仕留めた獲物見てみろよ!」
「わー、ルイス、凄いや!」
「二人とも凄いわよ!」
「えへへ。」
「・・・」
・・・
「ダル、お前、ハーバーの事好きなんだろ?」
「えっ?そ、そんな事無いよっ!」
「見てりゃわかるって。」
・・・
「牛が病気に・・・」
「しょうがない。旅人を招こう。」
「・・・が」
「祭壇に・・・・」
「ぅ・・・ん、パパ?」
「!!」
「ダルか。起こしてしまったな、何でもないからもう寝なさい。」
「うん。」
・・・
「うわああ!!止めてくれぇー!あがっ・・・!」
「すまない、旅人よ。」
「パパ!?何してるの!?そんな事しちゃダメだよ!」
「ダル!?どうしてここに!?」
「あ・・・あわ・・・」
「ダル・・・」
・・・
「おーい、ダル!どうした?最近元気ないな?」
「別に、何でもないよ。」
「??何かあったら言えよ?」
「うん・・・大丈夫。」
・・・
「ダル、お前が祭事を引き継ぐんだ。」
「嫌だ、パパ。僕そんな事したくないよ!」
「お前はこの牧場の跡取りだ。その責任がある。」
「嫌だ、人を殺したくなんかないよっ!!助けて!!」
「やるんだ!!」
「う、うわあーーっ!!」
・・・
「ハーバー、俺と結婚して欲しい。」
「ダル・・・ごめんなさい。私、ルイスが好きなの。」
・・・
「うわあああああ助けてくれーっ!!ぐふっ・・・」
「ダル、大分慣れて来たな。」
「任せてよ、父さん。」
・・・
「結婚おめでとう!!」
「おめでとう!!!ルイス!ハーバー!!」
「ありがとう。ありがとう!」
「・・・おめでとう、ルイス、ハーバー。」
「ありがとう、ダル!」
・・・
「見てくれ!ダル!男の子だ!トキと名付けた!」
「ああ、ああ、凄いな。おめでとう!!ルイス?・・・どうした?」
「・・・それが、産後ハーバーの体調が良くならない。」
「えっ?」
・・・
「まだ23だったのに・・・」
「可哀想に。」
「生まれたばかりのトキちゃんを残して行くだなんて。」
「ルイス・・・。お悔やみを。」
「ああ。トキは絶対に俺が守る!立派に育てて見せる!!」
・・・
「おめでとうございます!女の子です!!」
「ミシカ、よくがんばったな。」
「あんた・・・。名前は・・・どうするんだい?」
「名前は・・・ターニャ。」
・・・
「父さん!しっかり!!」
「ダル・・・お前はもう立派なこの牧場の跡取りだ。」
「父さん!!駄目だ!いかないでくれ!」
「ミシカとターニャを守るんだぞ。」
「父さんっ!!!父さあああん!!!」
・・・
「また病気が?」
「だけどこの連日の大雨じゃあ旅人も来ないよ。」
「いったいどうすれば・・・」
「トキ?トキじゃないか!?なぜこんな雨で森の中に!?ルイスは?」
「ダルおじさん、僕・・・パパを驚かせたくて・・・うぐっ」
「どうした!?これは・・・!!狩猟用の罠か!?」
「僕、失敗しちゃった。いつもは気を付けているのに、雨で見えなかったみたいだ・・・」
「トキ・・・この出血ではもう助からん。」
「何言ってるの?おじさん?」
「すまない。トキ、すまない。」
「やめて・・・何するの!?」
「ルイス!!すまない!!!」
「うわあーーーー!!」
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ダルはペンダントを握りしめむせび泣いていた。
「何故ですか!?こんなに尽くしているのに!!こんなに犠牲にしてきたのに・・・!!!まだ足りないというのですかっ!?まだっ!?」
レイはそれを聞いてため息を漏らした。
「・・・つまり、あなたの罪は今回が初めてではないということですね。」
レイは目を伏せて考えていた。
今夜が初めての殺人未遂なら見逃そうかとも思っていた。
だが、この狂気染みた懺悔を聞いて考えを改める。
「動くな!!」
「!!」
見るとダルは寝ている愛華の首元に小さなナイフを突きつけて、こちらを睨んでいる。
「いつの間にそんな物を・・・。」
「動いたらこの女を殺す!!」
愚かな。
そこに寝ている勇者小嶋がこの場で一番強いというのに。
「あなたにその女性は殺せないと思いますがね。」
「この女を傷つけたくなかったら、お前は自害をしろ!!」
自害?
そこで合点がいった。
「成程、そういう事ですか。それで僕を生贄にするということですね?」
「そうだ!この女にはお前が朝早く発ったということにしておく!!この女には普通の日常が続く!!だから・・・!!」
レイは思考を巡らせる。
目を凝らすと愛華のHPバー横にあった睡眠の「Zzz」のマークが消えている。
睡眠薬の効果が切れたということだ。
ナイフが首に刺さる痛みと衝撃で起きることはあっても、勇者小嶋のレベルならあの程度の小さなナイフでは死なないだろう。
だが問題はそんな事ではない。
重要なのは、
僕が人質に取られた女性を傷付けないとこの場を収めることができない
なんてことは許さないということだ。
例えかすり傷だとしてもプライドが許さない。
絶対に。
「フフッ、仕方がないですね。」
レイは腰に下げていた聖剣『デュランダル』を抜いた。
夜の月明かりを反射し美しく光る。
その厳かな剣の雰囲気で、素人のダルにも物凄い一品であることがわかる。
そしてこのレイという謎の男が只者ではないということも。
だがそんな事はどうでも良い。
生贄さえ手に入ればそれでいい。
今夜はこれ以上人を殺すつもりもない。
「そうだ!その剣で自らの命を断て!!」




