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異世界の黒蝶  作者: ちょうちょ
~第1章 ノーザ動乱編~
34/36

夢で会えたら




「起きるのじゃ二人とも!!!」


傷だらけのサクラが足元に倒れている小倉と柳瀬に呼びかける。

しかし二人は深い眠りについたままピクりともしない。

二人の手には桜の花が握られている。

これはサクラが起きない二人のために握らせたもので、本来なら深層心理や精神世界に作用する術を効かなくさせる効果がある。

「く・・・!今の妾の力では微々たる干渉しかできん!このままでは・・・あいたっ!」

霧の中から白くモフモフの可愛らしい手が伸びて来てはサクラをポカと殴る。

「キュー。」

ルルーラはサクラを殴るとまた霧の中へと手を引っ込める。

姿が見えずどこから攻撃されるかわからない。


「くぅ~!卑怯物めが~!!」

サクラは殴られた頭を押さえながら叫んだ。


「ぐすん。それよりもこのままではこやつらが・・・」

サクラは勇者ではないのでHPバーを見ることはできないが、小倉と柳瀬から少しずつ生命力が流れ出ているのを感じていた。

その生命力の行き先は、二人を眠らせた張本人のルルーラだ。

ルルーラは人を眠らせその生命力を食べる魔物だった。

この場で術が効かないのは精霊であるサクラだけなのだ。


「起きよ!!勇者小倉!!勇者柳瀬!!!起きよ!死ぬぞ!!!」




起きよ



「ん?」

「どうした、小倉?」


今「起きろ」って聞こえた気が・・・

いよいよヤバいな。


「いや、なんでもないッス。」

小倉がいるのは3年3組の教室前。

頭を下げている相手はバスケ部の部長。

放課後に脳の検査を予約したのでバスケ部の練習を休む連絡をしていた。

勿論、記憶障害の件は伏せて、ただの風邪で病院に行くということにしてある。


「まぁ良いけど、体調直せよ?あの宇宙一可愛い彼女を心配させたら俺が許さんからな。」

「はいっ?」

本当に学校中に知れ渡ってるんだなと実感する。

「はい?じゃない!はい!だろ!」

部長は小倉の頭をがっしり抑えヘッドロックをかまし始めた。

「部長・・・俺・・・一応・・・具合悪いんだけど。」

そこまで言うと悪い悪いと言いながら解放する。


「別れたら教えろよ。失恋会してやるから。」

そう言うとビシッと肩を叩き親指を立てた。

「うす。じゃあ失礼します。」

こんな下賤なことを言う部長だが面倒見の良い部長で、小生意気な小倉を可愛がってくれる先輩だ。

本当ならウィンターカップに向けて猛練習中なのだが・・・記憶が無いことを放っておくわけにはいかない。


3年の教室は二階で2年の教室は三階なので階段を上り戻る。

すると階段を上がった突き当りの窓に木村がギャルの友達と井戸端会議をしていた。

小倉は目立つので直ぐに気付かれてしまう。


「小倉ぁ~、彼女と喧嘩したんだってぇ?」

ギャルの一人がガムをくちゃくちゃ噛みながらからんできた。

食堂での一幕が既に広まっているようだ。

正直うざい。


「ああ?そんなんじゃねーよ。」

軽くあしらいその場を後にしたかったがさらにもう一人の女子が絡んでくる。


「なにその態度ー、もしかして別れたの?」

「え?」

「え?ホントに?」

ギャルたちの間に希望的憶測が広がる。

「じゃあじゃあ、遊び行こ~よ!」

「いーねー!」

二人のギャルが小倉の腕を掴んでまとわりついてきた。


「だーかーらーそんなんじゃねーって。俺ら超ラブラブだから。」

自分と喧嘩したり別れることで愛華が苛められる可能性を考え、つい適当な嘘をつく。


「ええー、でも食堂で気まずそうだったって玲奈が・・・」

小倉の腕を掴んでいたギャルは、窓際で恥ずかしそうに立ったままの玲奈を見た。

「ち、ちょっと!私はただ様子が変だから・・・」

急に振られた木村は焦って目をキョロキョロさせる。

小倉に見ていたことをバレたくないので、なんとかはぐらかそうとしている。

しかし今、愛華の話をされたくはなかった小倉は、この場を離れる事にしか興味は無く木村の態度に気付かない。


「あ、そういや木村さんさ、調査の件どうだった?」

「え?」


話題も変えたくてつい口から出た「調査の件」。

木村は覚えがあるのかないのかきょとんとしている。


「あれ?何言ってんだ俺。」

「あっは!超ウケル!調査って何!?」

「玲奈、何の調査よ!?マジ気になるわぁ!」

ギャルたちには大ウケしている。



マジで何なんだ俺。



自分の記憶がおかしい事に段々と不安感が増してくる。

「ま、いいや。今の忘れて。」

それだけ言うと小倉はギャルが引き留めるのも無視して教室へと戻る。



最初はまさかと思ったけど、これはいよいよヤバいかもな。

本格的に病気なのかも、俺。



教室に戻るといつもの癖で直ぐに目で愛華を探す。

すると窓側に座っている愛華とまた目が合う。

しかし小倉は、心配そうに見つめ返す愛華の視線に耐えられず、目を背けてしまう。





--放課後--



そんな気まずい空気の中、放課後が来てしまった。

教室で話すと目立ってしまう。

愛華を裏庭に呼び出すことにした小倉は自らのスマホを取り出した。


えーっと、小嶋さん小嶋さん・・・ん?

んん?


しかしいくら探しても愛華の連絡先は出てこない。


もしかして彼女だし下の名前で登録してんのか?


しかし「愛華」や「まなか」でも出てこない。

「まーな」など考え得るあだ名でも出てこない。


おい、自分。まさかハニーとかじゃないよな。


おそるおそる確認するが「ハニー」は未登録でホッとする。

「どうなってんだ?」


本当に付き合ってるんだよな?


疑うように帰り支度をしている愛華を見ると、こちらを気まずそうに見ていてまた目が合ってしまう。

もう覚悟を決めるしかない。


小倉も簡単な帰り支度を済ませ立ち上がる。

ドキドキしながら愛華の席に近付くと、教室に残っていたクラスメイトが一瞬にして静まりかえった。

そして小倉の行動を見守り始める。

集まっている野次馬視線に耐えられず「お前らは見んなし。」と引きつった笑顔で忠告するが

「俺たちのことは気にすんな、小倉。」

「俺らは空気、空気だと思え。」

「頑張れー。」

などの返答しか返って来ない。

この場に残っていた全員が「ついに大物カップル破局か?」といったスキャンダルに興味津々だった。


目の前に来ると愛華は泣きそうな顔をしている。

これからフラれるんだと覚悟をしている顔だ。

小倉もようやく愛華の不安の意味を感じとり、そんな顔をさせていることを反省する。

愛華の名誉のためにもこれは言っておかねば。


「あ、いや。俺フラねーし。」

あくまで目の前の愛華に話しながら、あえて周囲にも聞こえるように大きな声で言った。

「え?」

愛華の絶望の顔が少し明るくなる。

「おお!?」

野次馬が一斉に驚きの声をあげる。

なんだ、破局はしないのかつまらんといった空気だ。



「どっちかっていうとフラれるのは俺の方だし?」


「おお!」

また教室がざわめく。

やっぱり破局するのか!といったワクワクムードに戻る。


これから記憶が無い事を打ち明け、おそらく嫌われてフラれるであろうとの小倉の憶測からきた言葉だったが、周囲にフラれる宣言をすることで愛華が傷つかないようにしていると取られてしまう。

それは愛華も同じで、また傷ついた顔に戻ってしまった。


「んじゃ、とりあえず一緒に帰ろっか?俺今日部活休んだし。」

明後日の方向を見ながら話しかける。

好きな子をいきなり一緒に下校しようと誘うのはかなり勇気がいることだ。

小倉はよく声が裏返らなかったなと感心した。

「・・・はい。」

愛華は下を向きながら泣きそうな声で答える。



そんな顔しないで。

俺が小嶋さんをフるわけないじゃん、健康体なら。

クッソ!俺の記憶さえあれば・・・!



心の中で叫ぶが愛華には届かない。

教室を出て廊下を歩く時も、下駄箱で靴を履く時も、自転車置き場でも二人は無言だった。

小倉の家は昇陽高校から2kmほど行った場所にあり自転車通学をしていた。

一方、愛華は歩きなので小倉が愛華に合わせて自転車を押す形で一緒に帰ることにした。

気まずい空気の中、校門を出たところで小倉はあることに気付く。



あれ?小嶋さんて家どこ?



しかし自分が忘れているだけで、これを聞くとまた愛華を傷つけるかもしれないと考えた。


「あー、えー、とりあえず俺んち行こうか。保険証取らなきゃいけないし。」

「え?」


って!!

何言ってんだ俺!!

家に小嶋さん入れんの!?

マジで!?

理性もつかな・・・


「保険証?」

「あ、今日これから病院行くんだよね。」

愛華の声に煩悩を打ち払った小倉が冷静を装い答える。

しかしそれを聞いた愛華の表情が青ざめた。

「えっ??どこか具合でも悪いんですか???」

さっきまで一歩後ろを付いて来ただけの好きな子が、必死に自分を心配して顔を覗き込んでくる。


正直可愛い。


小倉は一瞬頬を赤らめるが直ぐにまた煩悩を打ち払う。

「実は、話っていうのもそれでさ。」

「え・・・」

愛華はフラれる話ではないと少しホッとしつつも、新たな心配事が出来てしまったことでまた落ち込んでしまう。

「でも、そんなに重い病気なんですか?」

「それは・・・」

ここから先は歩きながらしない方が良いと考えた小倉は途中にある公園に行こうと愛華を誘った。


二人は公園のベンチに腰掛けると、無言になってしまう。

小学生が遊具付近で鬼ごっこをしているのを眺めながら、小倉から切り出した。

「実は、謝んなきゃいけないことがあるんだ。」

「え?」

愛華は悲壮感漂う声をあげた。

小倉がなかなか続きを言わない時間を胸に手を当てて待っている。


「実は・・・俺・・・」

愛華は目に涙を浮かべている。


こんな顔させちゃダメだ。

言わなきゃ、記憶が無いって。

言わなきゃ!


「覚えてないんだ。」



「え?」

愛華はきょとんとしたまま止まっている。


言った!!

ついに言っちまった!!!

くっそ!短い春だったぜ!!!


「んと、記憶障害っぽいんだよね。だから・・・小嶋さんと付き合ってることも・・・覚えてなくて。ゴメン。」


それを聞いた愛華は溜まっていた涙をポロポロと流し始めた。

「!!」

それを見て小倉は頭が軽くパニックになる。

「ゴ、ゴメン!覚えてないとか酷い奴だよな、俺!!本当、ゴメン!!」

好きな子を泣かせてしまったことをどうしていいのかわからない。

こんなのフラれて当然だろう。

あたふたしながらも平謝りを続け愛華が別れを切り出すのを待っている。


「そ、それで・・・私を好きな気持ちも忘れちゃったんですか?ひっく。」

「はへ?」

「だからっ・うっ・・別れたいって・・ひっく・・・・ことですか?」

「いや、そうじゃ・・・」

「わっ、私の事・・・もう何とも思ってないっ・・・ひっく・・ってことで・・・」

「そうじゃやない。そうじゃないんだけど。」


打ち明ければフラれるとの予想が外れた小倉は困り果てた。

好きな子が涙を流しているのを見ているのは胸が痛む。


正直に告った方がいいんだろうか、本当は大好きだ、と。

でも記憶が無いとかおかしいだろう。

しかもこれからどんどん病気が悪化したとしたら・・・二人の思い出をどんどん無くして愛華をより一層傷つけるだけだ。

何より、こんなわけのわからない病気の奴には関わらない方が良い。


その方が・・・絶対に・・・。

小嶋さんの重荷になりたくない。


「よくないと思ったんだよね。付き合ってる記憶が無いのに付き合い続けるのがさ。」

愛華は涙をこぼし続けて聞いている。

「それに正直引くじゃん?記憶が無いとかさ。」

「っ!!そんなこと・・・!」

否定しようとした愛華を手で止めた。

「俺が嫌なんだよね。どうやって付き合い始めたとかって、二人にとって結構重要な思い出じゃね?だから・・・ゴメン。」

そのゴメンの意味を理解した愛華は本格的に泣き崩れてしまった。


「何あれ~?」

「お姉ちゃんを泣かしてる~。」

「タイヘンだ~。」

「シュラバだ~。」

そんな小学生たちの声は入ってこない。


「どうしてっ・・・ひっく・・・記憶が無くても良いのにっ・・・こんなに好きなのにっ!!」


どきゅーん❤

嬉しくて昇天しそうだ。

空から天使が舞い降りて小倉を祝福する。


好きな子に好きって言ってもらえることがこんなにも嬉しいことだったとは。

つい「俺も」とか言いそうになってしまう。

抑えろ、俺。

抑えろ。

執念で祝福していた天使をかき消す。


記憶障害を打ち明けたら速攻でフラれると思っていたのに、まさかこんなに思っていてくれていたとは。

意外だった。

「ゴメン。本当にゴメン。」

ここで小倉はふと違和感を覚える。

あれ?

でもなんかおかしいな。



 小嶋さんて俺の事こんなに好きだっけ?



ズキン

 ――どうして小倉君が謝るんですか?――

また少し頭痛がし始める。


俺の知ってる小嶋さんって・・・もっと人との繋がりに慎重だったような。


「痛っ・・・」

頭を押さえて下を向いていると、またひらひらと一枚の花びらが視界を横切った。

「え?」

見上げるとベンチの後ろに綺麗な桜の木が立っている。

花びらはこの木から落ちて来たようだ。

「さっきまでこんな木無かった・・・」


「どうしたんですか、小倉君?大丈夫ですか?」

「ああ。だいじょ・・・」


ズキン!

「うぐっ!」

「小倉君!?」

先程よりも強い頭痛が襲う。


 ――い、いつもすみません――

ズキン!

 ――私は大丈夫ですから――

ズキン!


寂しそうな笑顔。

他人が苦手で強がってるけど弱い。

直ぐに傷ついて脆いけど、真は強い。

強くて弱い。

弱くて強い。


「凄い汗ですよ!?小倉君!び、病院に・・・!!」

愛華が救急車を呼ぼうとして携帯を取り出した。

「だいじょぶ・・」

そう言って電話を止めようと小倉が愛華の手首を掴んだ、その瞬間、小倉の頭の中へ映像が流れ込んでくる。

美しい石造りの城、賑わう街、黒いローブを靡かせて走る愛華の姿。


 ――ずっと、憧れてたんです、こういうの――

ズキン!!

 ――あの嫌な現実から飛び出してみたくて・・――

ズキン!!!

 ――待って!!待って小嶋さん!!!


今のは・・・

あの城は・・・

あの階段は・・・


小倉は愛華の手首を掴んだままうずくまってしまう。

「小倉君!救急車、救急車呼びましょう!?それかタクシーをっ!!」


知っている・・・

俺は知っている、この手首の細さを。

握った感触を・・・


視界がチカチカしてどちらが幻覚なのかわからない。

しかし覚えた違和感は止まらない。

「はぁ、はぁ・・・小嶋さんさ、俺らが付き合い出したのっていつ?」

「えっ?どうしたんですか、急に?」

「いいから。答えて。」

心配そうに覗き込む愛華の手首を掴んだまま、真剣な表情で聞いている。

「いつ?どっちから?」

小倉は鋭い目で愛華を見上げた。

桜の花びらが一層舞う。

「今は、そんなことよりっ・・・」

「家は?小嶋さんの家はどこ?」

「え?家?」

愛華は小倉の苦しそうな状態に変な質問ばかりで何が何だかわからないといった感じだ。


頭が猛烈に痛い。

だけどどんどん思いつていしまう。


「俺の・・・俺のどこが好きなの?」


この違和感の正体を。


「え・・・?」


ベンチの桜の木の蕾が一つ、また一つと咲いていく。

そして風に乗って舞う花びらは一層濃くなる。

どんどん頭痛がひどくなり眩暈もしてくる。


「・・・言えないんだよね?」

「そっそんなこと!!」


否定はするが答えは返って来ない。

これで小倉は確信した。


「俺が知らないことは答えられないんだよね?」

「!!」


ビシッ!!!


頭の中にヒビが入ったようだった。

二人の上空の空に大きな亀裂が入り、晴れている空を割る。


「やめて・・・小倉君。」

「いいや、止めない。」


小倉は手首を掴んだまま立ち上がり愛華を真っ直ぐに見つめた。

先程よりも頭痛は和らいで気分が良い。



「お願い・・・やめて。」

涙目で訴える愛華を見て少し心が痛む。

だが・・・

「おかしいんだ。小嶋さんが、俺と目があってあんな風に・・・愛情たっぷりに笑うわけないんだ。」


愛華の目から溜まった涙がこぼれる。


ビシビシッ!!!

今度は二人の立っている地面にひびが入り地割れができた。


「俺の知ってる小嶋さんは周囲の目があるのに俺に話しかけたりしないし!」

「お願いだから・・・」

「俺の知ってる小嶋さんはあんなに目立つ学食で俺と飯食ったりしないし!」

「やめて・・・」

もう頭痛は少しもしなかった。

小倉の頭は澄み切っている。

「小嶋さんは、放課後は俺よりも絶対に黒子に餌やりに行くんだ!!」



今度は世界の至る所にヒビが入る。

遠くのビルや近くの住宅、公園の遊具に至るまで黒いジグザグの割れ目が伸びた。

近くで遊んでいる小学生の身体にもヒビが入り始める。

そしてこの世界が地震のように揺れ始めた。


「どうして・・・」

愛華は声を殺して泣き崩れた。

小倉は泣いている愛華の頭をそっと撫でた。

「ひっく・・・ずっと・・・一緒にっいたかったのに・・・」

「うん。・・・俺もだよ。」


少しずつ世界が崩れ始める。

二人の上の空が剥がれ破片がボロボロと落ち始めた。


「小嶋さん、お前は・・・お前は俺の願望が形になったものだよな?」


目の前の愛華は泣きながらコクコクと頷いた。



地震がより一層激しいものとなる。

世界がどんどん崩壊して行く中、二人は桜の木の下で見つめ合う。


「泣かせてばかりでゴメン。でも俺、迎えに行くから。」


「!」



周囲がどんどん崩壊し、二人が立つ場所まで迫っている。


「今度は一人で行かせたりしない。絶対に。」

愛華は小倉の言葉に涙を拭きながら頷いた。


ついに二人が立っている下にまで亀裂が入った。

足元から世界が崩壊していく。

ただ桜の木を残して。


割れた世界の隙間から一気に白い光が溢れて視界を奪う。

すぐ目の前にいる愛しい人が見えなくなっていく。


「待ってて。」


そう伝えると愛華の手首を離した。

意識が薄れて行く中、最後に見た愛華は涙を拭いて笑っていた気がした。











「ぅ・・・」

草木の匂いがする。

「うわあああああああああん!!!痛いのじゃ~っ!!」

そしてすぐそばで大泣きしているサクラの声もする。

超音波のような泣き声が寝起きの頭に響く。

「・・・う、うるせー。」

「!!!??? お、お主、起きたか!!」


そうだ、ここは東の森だった。


「よお。」

ゆっくり体を起こし片手で挨拶をすると、はらりと桜の花が落ちる。

それを見て小倉は夢での一幕を思い出した。

「サンキューな、サクラ。お前だろ?あの桜の木。」

「うぬ。よく今の妾のちっぽけな力で戻って来れたな。」

「まぁ、な。」


隣を見ると柳瀬も健在だ。

ただし彼の場合はまだ深い眠りについているが。

小倉は落ちている『草薙の剣』を拾い立ち上がる。


「さあて。奴はどこだ?」

周りを見ると濃い霧に覆われていてまったく居場所がわからない。

「霧に紛れて叩いたり引っ掻いたりしてくるのじゃ!!ぐすん!」

良く見るとサクラの身体は傷だらけだった。

「お前・・・ずっと独りで・・・」


小倉はサクラに近付くとしゃがんで頭を撫でる。

「よく頑張ったな。サクラは強いな。」

そして優しく笑った。

「うぐ・・・」

サクラは泣く声を唇を噛んで抑えた。

「あ、当たり前じゃ・・・妾はこの森の主であるぞっ!!ひっく!」

「ああ。立派だな。」

優しい眼差しで良い子良い子している小倉は、ここでようやく自分の視界の下にあるHPバーに気付く。

「うぉ!?HPすげー減ってんじゃん!!」

驚きのあまりビクりと飛び上がる。

満タンだったはずのHPは4割程度まで減っていた。

「あの魔物は夢魔ルルーラの亜種じゃ!人に悪夢を見せて繋がりその生命力を吸うのじゃ。」

「ふん?悪夢?望む夢じゃなくて?」

【メニュー】画面から【キュアボトル】を使いながら質問すると、サクラは呆れた表情をする。

「お主、ほんに何にも知らんのじゃな。ルルーラというのは・・・」

「危ないっ!」

霧の中から鋭い爪が出て来たのが見えた小倉は、咄嗟にサクラを引き寄せた。

「う~!さっきからこんな感じなのじゃ~!!うう~!」

よほど悔しいのかサクラはまた泣き始めてしまう。

「大体わかった。サクラ、まずはこれを使え。」

先程【取り出す】で取り出した【キュアボトル】を2本渡す。

サクラのHPバーを確認すると3割を切っていた。

実は俺らより重症だったんじゃねーかと思いながら、精霊にも【キュアボトル】が効くことを祈る。

「もう一本は拓に飲ませてやってくれ。」

見ると柳瀬もHPが4割程度まで削れていた。

「わかった・・・ぐす。しかし、姿も見えんのにどうやって倒すのじゃ?」

「んー、とりあえず・・・」

言いかけたところで小倉の左顔を狙って霧の中から鋭い爪が見える。

霧に紛れて狙うのは良いが、正直レベル21の小倉にとってルルーラの動きは遅い。

しかも白いフワフワの可愛いお手々から鋭い爪が3本くわのように伸びているのだ。

まるでぬいぐるみだ。

緊張感にも欠ける。


《フロントステップ》


小倉がレベル18で覚えた《フロントステップ》はMPを5消費することで重力を無視したような距離詰めができるスキルだ。

今のレベル(と【瞬発力】と【熟練度】)だと最大2m程の距離を垂直に一瞬で詰める。

狙う方向は勿論、こちらを狙う可愛い爪。

ぼふっという音が出そうな勢いで白い霧の中に飛び込む。


「キュ~!!!」

「捕まえた。」

白い毛の生えた尻尾を片手で掴んで逆さづりに持ち上げる。


「キュー!キュキュキュ!!」

愛らしい瞳で何かを訴えているが何を言っているのかわからない。

「あー、これは拓は駄目なパターンだわ。アイツ寝てて良かったかもな。」

「キューーーー!!!」

それだけ言うと、『草薙の剣』でルルーラの腹部を一気に突き刺した。

グシュリという感触が右手に伝わる。

逆さ吊りのルルーラから赤い血が剣を伝って地面に落ちた。

「・・キ。」

つぶらな瞳から光が消え抵抗していた手からは力が抜ける。

HPゼロを確認。

「お前には礼を言うぜ、ルルーラ。夢の中で合わせてくれたからな。」

剣を抜くと同時に血を払う。

地面に弧を描いて血痕が残った。

レベルが上がった事を感じ、やはり先程までの学校生活が夢だったと実感する。


「お陰で覚悟も決まったし?」


小倉は右肩を回しながら言った。

ルルーラを倒したことであたりの霧が晴れて行く。


「おお!!倒したのじゃな!!流石は勇者じゃ!!」

柳瀬を見ていたサクラが喜びの声をあげると寝ていた柳瀬がピクリと反応した。

「ん・・・」

「おお!こやつも起きるぞ!!」

サクラが歓声をあげると柳瀬が体を起こし始める。

「うる・・・さい。」

柳瀬はずれていた眼鏡を直し周囲を見渡した。

まだ寝ぼけているようだ。

「あれ・・・俺のモフモフたちは?」

その第一声にサクラがドン引きする。

「お主・・・」

その顔は「どうしようもない奴じゃなこやつ」といったところだろうか。


「モフモフは俺が倒した。」

霧が晴れてきたことで、柳瀬の位置からでも少し離れた小倉の姿が見える。

『草薙の剣』を肩にかけこちらへ歩いてやってくる。


「は!?」

柳瀬は驚いて周囲を確認するが夢に出て来たモフモフたちの姿は無い。

それどころかここはレベル上げに使っていた東の森の奥だった。

霧が晴れて行くのと同じように全てを思い出していく。

「ここは・・・そうか。確か・・・白いゆるキャラモンスターが現れて・・・。」

その後が思い出せない。

「何があったんだ?」

もう我慢できない。

「お主!ルルーラに悪夢を見させられ生命力を奪われていたのじゃぞ!」

サクラが怒って状況を説明した。

「そ。俺も寝てた。その間コイツがずっと俺らを守っていてくれたんだ。な?」

柳瀬に説教をするサクラの頭をポンポンと撫でる。

「その通りじゃ。褒めよ、称えよ、敬えよ?ふんっ!」

「そ、そうか。すまなかった。」

柳瀬は大体状況を理解して心から申し訳ないと謝った。

そしてふと顔を上げて小倉を見ると何となく雰囲気が違うことに気付く。

「尚麒?」

「ん?」

「何かあったのか?」


鋭い指摘だった。

流石俺の親友だと言わざる負えない。

だが小倉は夢の中の話をするつもりはない。

「別にぃー。」と言ってはぐらかす。

「???」

腑に落ちないが自分だけ寝ていたことが相当堪えているようで、柳瀬はそれ以上聞けない。



「それよりお主ら、依頼を受けてくれたお礼じゃ。妾の加護を授けるぞ。」



「加護?」

ファンタジーな言葉に柳瀬が反応する。

「どうせまた微々たるもんなんだろ?」

「う。た、確かにそうじゃが・・・え~い!要らんのかっ!?」

小倉は笑いながら「ウソウソ。」と軽く宥めた。

「ふんっ!!」

「くださいください(笑)」

そんな二人のやり取りをみて、本当に戦いは終わったんだと柳瀬は胸を撫で下ろす。

あんな可愛い生き物を殺せる気がしない。

柳瀬の中に後ろめたさが残る。


そして二人は東の森の主から『桜の加護』を受けた。


それから三人は、火を囲んで異次元空間に入れておいた非常食を分け合った。

そしてしばらくの間、柳瀬の夢やルルーラの話で大いに笑い合った。

小倉は決して自分の夢を話さなかったが、柳瀬は何も言わなかった。



「んじゃ、そろそろハイロに戻るか。」

「そうだな。もうすっかり夜だしな。」

柳瀬が空を見上げると、すっかり日も暮れていて空には大きな月が光輝いていた。

ほぼ満月だ。

現実世界ではこんな大きく綺麗な月を見る機会はそうそう無いだろう。

二人はしばらく黙って空を見上げた。

誰も言い出さないがハイロに戻ることはサクラとの別れを意味する。

それから三人の中心で燃やしていた火を消したり、てきぱきと帰り支度を始める。


サクラはそれを黙って見ている。



「お主ら、死ぬなよ?」



唐突な「死ぬな」に二人の支度の手は止まってしまう。

サクラは真っ直ぐに柳瀬と小倉を見据えて言った。

「魔王が復活するまでまだ時間はある。聖戦は長いぞ。」

サクラの言葉に疑問符が沸く。

柳瀬が首を傾げた。

「なんでそんな事がわかるんだ?」

「魔王の気配をまだまだ感じぬからじゃ。しかし復活してからも長い戦いは続く。じゃから死ぬなよ?」

柳瀬と小倉は顔を見合わせて複雑な顔をした。

「うぬ~っ!!わかったのかっ!?返事はどうしたっ!?」

ポカポカと二人を叩きに行ったサクラを小倉が受け止める。

それを見て緊張していた柳瀬も優しい顔に戻る。

「肝に銘じるよ、サクラ。」

「ああ。俺も死にたくねー。」

返事をもらえたと理解したサクラのの顔が笑顔になる。

「よく申した!では近々エルフの国に行くが良い!」

「はぁ?」

「エルフ?」

エルフと言われてもよくわからない二人はこんな反応しかできない。

愛華や小松原・北野ペアなら大興奮だろうが、二人には小説や映画でたまに出てくるあれか、くらいの認識しかない。

「ムキ―!!ほんに何も知らん奴らめ!!詳しくはお主らのスクレテールに聞けばよいじゃろう!!」

スクレテールと言われて二人は「ああ、あれね。」とサランの姿を思い出す。

「あいつ、ホント情報出さないからな。」

「教えない方が育つからとか言ってたな。」

二人はヴェルダ城の兵舎でのやり取りを思い出し渋い顔をした。

「そうと決まれば、ほれ、行った行った!!」

サクラは両手でシッシ!と二人を掃っている。

「わーったわーった!じゃあ元気でな、サクラ!」

「世話になったな、その・・・色々ありがとう。」

二人はあらかたの支度を終えて別れの挨拶を済ませた。

「ああ、妾はいつでもこの森におるでな。いつでも来い。」

「そうさせてもらう。サクラももう封印されるなよ?じゃあな。」

柳瀬の別れの言葉に少しムッとしながらもサクラは着物の裾を揺らした。

「じゃ、次に会う時はぼんきゅっぼんだな。」

そう言って片手で挨拶を済ませると小倉はハイロに向かって歩き出す。

「ぼんきゅっぼん?」

柳瀬はなにそれ?とじと目で小倉を見ながらも後に続く。

しばらく進むと二人は振り返り大きく手を振った。

サクラも手を振りかえす。

それが最後の挨拶だ。

サクラは小さくなっていく二人の背中を見送った。


「ぼんきゅっぼんか・・・それにはあと数百年はかかるのぅ。」


生い茂る木々で二人の姿が見えなくなると、サクラは目を閉じた。

次の瞬間、サクラの身体がスッと消え、数秒後に石板奥の湖に姿を現す。

愛華とナーガが戦った場所である。

瞬間移動というやつだ。


「のう?勇者亜主真(あずま)よ・・・お主の剣は生きておるぞ。」


そこまで言うとサクラの姿はまたゆっくりと消えて行った。

サクラが消えたその場には、バキバキと折られた跡の残る大木の株があった。

愛華が戦った時のものではない。

もっと大昔に折られたようだ。

そして良く見るとその株の根本から枝くらいの小さな桜の木が伸び始めていた。






「拓、俺は決めたぞ。」

「ん?なにがだ?」


鬱蒼と茂る草木をかき分けて【マップ】を頼りにハイロに向かう二人は夜の森を歩く。

「小嶋さんの気持ちを聞いてから決めるって話だったけど、俺小嶋さんを連れ帰るわ。」

決定事項ということだ。

小倉はここまで心に決めたことは決して曲げないし、周りが何を言っても聞かないことは柳瀬もわかっている。

それに今回の件は柳瀬も普通に賛成だ。

「・・・そうか。それがいい。」

正直ここまで危険な世界だと思っていなかった柳瀬は今はそれが最善だと思った。

加えてサクラから聞いた「死にかけていた」という言葉。


「小嶋さんも危ない経験をしているみたいだし嫌とは言わないだろう。」

小倉は柳瀬のその憶測を鼻で笑った。

「それはどうかな?」

ニヤリと笑い疑問を呈す。

「まさか。女子一人がこんな世界で心細い思いをしているだろう。」

あの時は知らなかったとはいえ、クラスメイトを一人で行かせてしまったことを、柳瀬なりに責任を感じていた。

「まぁ、それはそれなんだが・・・とにかく絶対にパーティを組む。伝えたからな?」

「ああ、わかったよ。」

例え反対しても聞かないのだから肯定以外の返事は無意味だ。


「でけぇ月・・・」

見上げた月は先程よりも暗くなった空に、より一層輝いていた。


この月をどこかで小嶋さんも見てるのかな・・・・














・・・・


「綺麗な月・・・・」




高い木々で空が狭いのに、今夜の月の存在感は圧倒的だった。


「小嶋様。」


自分を呼ぶ声がして意識を現実に戻される。

月を見上げて立ち止まっていた愛華に、レイが話しかけたのだ。

「遠くに明かりが見えてきました。もう直ぐ村に着きそうですね。」


レイが指さした森の先には確かに、ちらほらと明かりが見えた。

「もう一頑張りです。行きましょう。」

「あ・・・はい。今行きます。」

遅れていた愛華が駆け足でレイに追いつく。

フードをかぶった黒と白の二人はついにクレイリー製作所に着こうとしていた・・・



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