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異世界の黒蝶  作者: ちょうちょ
~第1章 ノーザ動乱編~
33/36

小倉の彼女



王都、貴族地区と商業地区の間。

黒を基調とした上品な店舗。

その店の前まで化粧品の良い匂い、人によってはキツイ匂いが漂っていた。


「よーし、ここがメイク用品店ね!」


木村と森は『ファンデーション』という単語がこの世界でも通じることがわかったので、その正体が同じ物なのかを確かめに来たのだ。


「さ、行くわよ、くるみん!」

「凄い気合いだね、玲奈。」


森は先程のアウシュトロンとのやりとりで既に疲れていた。

そんなことはつゆ知らず木村は黒い扉を勢いよく開け店内へ入る。

「待ってよ~。」

森も木村に続いて店に入る。

そしてそれを通りがかりのとある貴族が見ていた。


「おやおや?あれは・・・?」






「きゃー!結構品揃え良いじゃない!」

「うん、意外。色のバリエーションも豊富だね。」

店内は落ち着いた雰囲気で商品が余裕をもって陳列され、クラシックのような音楽がかかっている。

まさに貴族向けの店舗だ。

商品は『ファンデーション』『アイブロウ』『アイライナー』『フェイスパウダー』『アイシャドウ』など元の世界にも馴染みのものが並んでいた。


「使えるじゃない!」

木村は気に入った商品を次々と手に取っていた。

既に『アイブロウ』と『アイライナー』が籠へ入っている。

「はぁ、それが目的だったんだね。」

「そりゃそうよ、ずっとすっぴんってわけにはいかないでしょ?」

木村は外では常にメイクをする女子高生ギャルだ。

それに好きな人の前ですっぴんはなるべく避けたい。

「ん?ああーっ!マスカラが無いじゃない!すみませーん!」

木村は店員にマスカラが無いのか聞きに行ったようだ。

「はぁ。」


森は特にメイクをしたことが無いので興味は無かった。

学校でもすっぴんにお下げでスカート丈は膝下の大人しい生徒だ。

一緒のクラスの友人も同様に大人しい。

そんな森にとって、木村は本来雲の上の存在だった。

廊下で会う時も目を引くサラサラの金髪にピアス。

周りにはいつも同じように派手な女子が何人かいて、とにかく目立っていた。

棒付キャンディを咥えていても様になっていたし、セーターを腰に巻いても様になっていたし、何をしても様になっていた。

自分とは違う世界の人間、光と影のようだった。

一生口を利くことはないだろうと思っていたのに。

それがまさかこんな形で仲良くなるとは。



「ちょっとくるみん、この世界にマスカラが無いみたいなのっ!ありえないんだけど!」



木村の怒りと失望の混ざった声に意識が現実に呼び戻される。

「そ、そうなんだ・・・」

「そうなのよっ!『ビューラー』もわからないっていうのよ!信じらんない!」

「あはは。あ、でも玲奈。メイクするんだったらクレンジングも買わなきゃいけないんじゃないの?」

「!!」

木村は今日一番の衝撃を受けた。


「くるみん!!!それよー!!!!」


どうして気付かなかったのか。

メイクをしたら落とす必要もあることを。

そして洗顔後はスキンケアでたっぷりとお肌に栄養補給をし保湿することを。


「この世界に来てからスキンケアして寝れていないし!メイクもできないし!」

「そ、そう言えばそうだね。」

異世界に来てからは自分達の状況を受け入れるのに精一杯でそんな事は頭から消えていた。

「私なんて飛行機に乗った時にしていたメイクのまま何日も過ごしちゃったし。危うく乙女を捨てるとこだったわ。ありがとね、くるみん。マジ救世主。」

木村は鬼気迫る目つきで、スキンケア用品の棚を吟味し始めた。


そんな木村の様子を眺めていると、森も何か自分用に用意しなくてはと焦り始める。

確かに高2の女子ならシンプルなケアくらいするべきだ。

でもそれなら・・・

「・・・ねぇ、玲奈。」

「んー?」

木村はホワイトリリーラインに夢中で適当に相槌を打つ。


「それなら・・・」

「んー。」

森は思い切って木村に言う事にした。


「それならさ、・・・小嶋さんの分もお土産に買ってあげない?」


「はぁ!?」

木村は驚いてホワイトリリーラインの美容液を落としそうになる。

「ちょっ、何言い出すのよっ?」


森は両手に持ったローズラインの化粧水を眺めながらぽつりぽつりと話し出す。

「だって・・・だって・・・、きっと小嶋さんだって慣れない異世界で、スキンケアできなくて不便に感じてると思うんだ。こんなお店があるなんて知らないかもしれないし。」

「・・・」

木村は自分の手に持つ美容液へ視線を移し、森の言葉を考えた。

もし、自分だったら・・・

もし自分が独りで異世界を旅していたら・・・



「だから・・・ね?」

「・・・わかった。私がローション買うから、くるみんはクリーム買って。それから、渡すのはくるみんお願いね。」

「ええー、そこは玲奈も一緒に渡そうよ!」

「い、嫌よ!」

「だって、このままじゃ小嶋さん、帰って来たとしても居場所が無くてまた独りでどこかに行っちゃうかもしれないよ?」

「うっ。そう・・・そうかもね。」

そこに自分の責任があると思うと、森の言葉が心に刺さる。


「たぶん、玲奈に相当嫌われてると思ってるよ、小嶋さん。」

「てか嫌ってるのは本当だし!でも・・・別にケガして欲しいとか思ってるわけじゃない。」


異世界に来てもう直ぐ一週間になる。

あの子は私のせいで飛び出して行ったきり帰って来ない。

大ケガしたり最悪死んでしまうのではと思った。

だけど新聞では独りで化け物と渡り合っているらしい。

あの子にそんな度胸があるなんて思えないんだけど。



「そう言えば、最近新聞で小嶋さんの記事見なくなったね。」

「ん?あー貴族の犯罪を暴いたとかって載ってたっけ?あれいつだっけ?」


木村は学校での愛華の様子を思い出す。

とても何かと戦うような性格ではないと、焦点の合わない目で商品を見つめ記憶を辿る。


「あの子・・・どうして・・・」

木村の瞳が揺れる。



「何かお探しですか?」

急に後ろから声をかけられた。

知らない声だ。

店員だろう。

「ええ、クレンジングと洗顔料を・・・って、ん?」

先程マスカラとビューラーについて聞いた店員ではない、それは男性の声だった。

よく見ると高そうな身なりの良い男性が立っていた。

肩くらいまでの金髪を後ろで緩く結っており、顔にはモノクルを付けている。


「えっ!?アンタ、誰っ!?」

「え・・・この人どこかで・・・」

「お久しぶりです、勇者木村様、森様。」

男は優雅なお辞儀をした。

「ちょっと、何でアタシらのこと知ってんのよ?」

「・・・あ!この人、お城のパーティにいた・・・!」

「はい、パトリック・オスロ・レイヤードでございます。」

お辞儀から顔を上げると、男はなんとも胡散臭い笑顔を見せた。


「ちょっとちょっと、なんでくるみんだけ知ってるのよ。」

「いや、玲奈も会ったから!!ほら、お城のパーティで。」

そこまで言って、木村も「ああ!」と声をあげる。


あの貴族の顔合わせとかいうパーティのことかと流石の木村も思い出す。

しかし、ほとんどの貴族が同じように見えて顔と名前を覚える気などなかった木村にとって、目の前の男が誰なのかもわからなかった。


「私、ここのブランドの商品開発もお手伝いしておりまして・・・ホラ、この紅なんていかがですか?」

パトリックはテスターの口紅を手に取ると、自分の口に塗り始めた。

鼻歌混じりに振り返ると、ニチャアッ・・・という音が聞こえるような笑顔を見せる。


「きゃあああ!」

中年男性が唇を真っ赤にして不気味な笑顔を見せたことが恐ろしく、たまらず森は叫んでしまう。

「原料にルビー粉末を使っているので暗闇でも輝くのですよ。」

彼は笑顔で商品を説明し始める。


「くるみん!コイツ、変態よっ!!!」

木村は気絶しかけた森の腕を掴んで、急いでその場を離れる。

「ああっ、待ってください勇者様!こちらの頬紅なんかは、ストホムの花のエキスが入っておりまして・・・」

「ついてくんな変態っ!」

後ろから「そんなぁ・・・」という悲しげな声が聞こえるが、あんな変態にこれ以上絡まれたくはない。



「ありがとうございましたー。」

急いで会計を済ませ、二人は店を後にした。



「あは。逃げられてしまいましたか。」

パトリックは口紅と頬紅をした顔で苦笑う。

鼻歌混じりに店を出ると、重そうな鎧をつけた男がキョロキョロしている。

明らかに何かを探している様子だ。

そしてその男がパトリックを見つけると血相を欠いて走り寄って来た。


「パ、パトリック様~っ!!!ここにいらしたんですかぁーー!!!」


男はパトリックにぶつかる直前で急ブレーキをかけた。

随分走って来たのだろう、汗だくで息が荒い。

「おや、カイン。どうしたんですか、そんなに慌てて。」

「どどど、どーしたもこーしたもないですよ!探しましたよ、パトリック様!」

カインは泣きそうな顔で訴えた。

これはいったい誰のせいなのかと。

「あはは。すみません。すみません。」

パトリックは化粧をしたままの顔でテヘペロをして見せた。

「そうやっていーっつもごまかすんですから!!」


カインはレイヤード家に仕える護衛の一人だ。

今は当主のパトリックに付いて王都に来ている。


「探しまわる僕の身にもなってくださいよ~!って、何で化粧してるんですかっ!!??」

カインはテヘペロ顔を見て初めて、パトリックが化粧をしていることに気付いたようだ。

「カインも化粧してみます?」

「遠慮しておきます・・・。にしても・・・」

カインは化粧品店の看板を眺めた。

「ご自身の開発した商品の評判偵察ですか?」

当然護衛のカインもブランドを卸している店名くらい知っている。

なのでその線を予想するのが自然な流れだった。

しかし、パトリックは否定する。


「いえいえ、実は面白そうな事件が起こりそうでね。ホラ、あれ。」

パトリックが指さしたのは遠くを歩く、二人の女子。

木村と森の後姿だった。





-------------------------------------------------------------------------




・・・ら

「小倉!」


呼ばれて飛び起きるとそこはいつもの2年1組の教室。

寝ぼけた半目で周りを確認する。

「あれ・・・俺森にいたよな?」

それを聞いた教室内にどっと笑いが溢れる。


「小倉ー。お前、俺がやる気無いからって寝るなよなぁ。」

どうやら現国の授業中だったらしい。

担任の谷が今日も気怠そうに教壇に立っている。


「小倉くーん、森で何してたのぉ?」

斜め後ろの女子が甘ったるい声で聞いて来る。


あれ?

森で何してたんだ??

何かと戦わなきゃいけなかったような・・・


「んー。何かと戦ってたわ。」

まだ眠たさが残る声で答えると、周囲からまたどっと笑いが飛び出した。

谷がお前らうるさいぞーと言いながら小倉の席まで来ると、教科書でボンと頭を叩く。


「小倉はまーだ寝ぼけてるのか。そんなんじゃ大事なものも守れないぞ。」

「???」


それだけ言うと谷は教壇へ戻って授業を再開しだした。

意味が分からなかった。

それどころか、とてもあの谷が言う台詞とは思えない。



てか今の台詞聞いて誰も反応しないのかよ。

キモ過ぎて引いてんのか?



周りの様子を窺がうが誰も気に留めていないようだ。

ついでにチラリと窓側に座る愛華を確認する。

いつものように外を見ているのでこちらから顔は見えないが、栗色の長いストレートが窓から差し込む光を反射してキラキラと輝いていた。


あ~、何かすんげー久々に小嶋さんに会った気がする!


愛華の後姿を見てほっこりしていると、小倉の目線に気付いたのか愛華が振り向いた。


あ・・・やば。


目が合ってしまった。

すると驚いたことに愛華は小倉に向かってにっこりと、また少し恥ずかしそうに微笑んだ。


ドキュン!


嘘だろ~!

やっべー、奇跡だろこれ。


「はは・・・」

ガチガチに固まった笑顔で返す。

後は愛華に見えないよう顔を手の平で覆い、赤くなった顔を隠しながら熱が冷めるのを待った。


なんだったんだ。


いつも気が付くと好きな人を目で追っている。

そして目が合いそうになると気恥ずかしくて目を逸らす。

好きな人は、いつもどこか悲し気で、それでいて心ここにあらずのような遠くを見ていることが多かった。

たまに傷付いたり、隠れて落ち込んだりしているのも知っている。

だから少しでも支えになりたくて、人目を盗んでは理由を付けて何かを手伝う。

そして好きな人は取り繕ったような笑顔で自分に笑う。

それが二人の日常でちょうど良い距離感だった。





--昼休み--


「拓ー学食行くぞー。」


既に異世界のことなど一切忘れている小倉は、自販機で買った野菜ジュースを飲みながらいつものように親友へ声をかける。


「ん?小嶋さんはいいのか?」

「は?」


しかし親友から帰って来た言葉は意味不明のものだった。

「いや、何でそこで小嶋さん?」


それによく見るとクラスの他の友人と食べに行くところだったようだ。

親友にしては性質の悪い悪ふざけだ。

小倉は少しイラッとしたものの、なんとか笑顔を取り繕う。

しかし柳瀬からは畳み掛けるように、信じられない台詞が飛び出してくる。


「いや、何でって付き合ってからずっと二人で食べてるじゃないか。」


ピシッ!!


小倉の笑顔に亀裂が入りどこからともなく雷鳴が響く。


「・・・お前、ちょっとこい。」

意味の分からないことを言い出す親友にヤキを入れるために、肩を掴んで廊下の影に引きずり込む。


「なっ・・・おい尚麒!なんだなんだ?」

それでも柳瀬は訳が分からないといった態度だ。

後ろから「先に行ってるぞー」と笑われる声がするが無視して柳瀬に迫る。


「ど、どうしたんだ尚麒?」

ゴゴゴゴゴと音でも聞こえてきそうな迫力で小倉の顔が迫ってくる。

イケメンがイケメンに壁ドンして迫っているので、通りすがりの女子達が足を止め始めた。

「クスクス」「キャーキャー」盛り上がっている。

しかし怒り心頭の小倉には見えていない。


(お前な、変な冗談はやめろ!誰かに聞かれたら誤解されるだろうが!)

「は?」

小倉は必死に声を抑えて怒鳴るが柳瀬は理解ができない。

「いや、確かにまだ邪魔者は多いかもしれないが、二人が付き合ってることは学校中で周知されてるし今更じゃないか?」


(だ~か~らぁ~~!!そういうのもういいから!!マジでやめろ。)


お説教されている理由が全く理解できない柳瀬もあまりの真剣さにどうすればいいのかわからない。

柳瀬が困り果てていると、強力な助け舟が小倉の肩越しに見えた。

「あ。」

小倉の後ろの方を指さす。


(あん!?ちゃんと聞いてんのか!?)

「後ろ・・・来てるぞ。」

「フッ。甘いな。それで逃げようたって・・・」

「小倉君。」


へ?

小倉の頭は追いつかない。


「あの・・・学食・・・行かないんですか?」

後ろから声をかけてきたのは間違いなく愛華の声だった。

小倉は後ろを振り向かないまま持っていた野菜ジュースを落とした。




---学生食堂---



どうしてこうなったー!?



一つのテーブルに三人、柳瀬と愛華が向かい合い柳瀬の隣に小倉が座る形で囲む。

小倉は血走った目を丸く見開いたまま口が付いていないかのように喋らない。


やべー

やべー

マジでやべー

ここまでどうやって来たのか覚えてねー


「お、おい。良いのか、俺がここにいて?というか位置逆じゃないか?」

柳瀬も気まずそうにしている。


(拓!!頼むからここにいろ!!頼むから!!!)


小倉は血走った目のまま、愛華に聞こえないように、しかし必死に柳瀬に懇願した。

「わ、わかった。わかった。」

柳瀬は親友の異様な様子にただ事ではないと大人しく一緒に食べる選択をしてくれた。

そんな二人の様子を愛華は不安気に見ている。

その事にハッとした小倉は何か世間話でもしなければと思うが何も言葉が出てこない。


数秒考えるも何も思いつかず、隣の親友に頼むことにする。

(おい拓!何か喋れ!!喋ってくれ!!)

小倉の合図に柳瀬は仕方なく「えーっと。」と切り出した。


「小嶋さん、こいつの様子が変だけど喧嘩でもしたの?」



「は?」



あまりの変化球に小倉の頭のネジが外れる。


「おまっ!!」

小倉は立ち上がり柳瀬の胸倉を掴んだ。

「ふっざけんなあっ!!なんでいきなりそんな会話から始めんだよ!!どんだけ空気読めねーんだてめーはぁぁぁぁぁ!!」

食堂中に小倉の悲痛な叫び声が響く。


柳瀬の胸倉を掴んで激しくブンブンしていると、彼の目はどんどん白目になって行く。

口から泡を吹いてまるで屍のようだ。


「あ、あのっ・・・」

愛華が言葉を発すると小倉はピタリと柳瀬を降る手を止める。

「喧嘩はしてないはずなんですけど、なんだか小倉君の様子が変で・・・もしかして私、何か嫌われることしたんでしょうか?」


ピシっ!


悲しそうに聞いてくる愛華の顔をみて、小倉は柳瀬の胸倉を掴んだまま石化する。

「だ、そうだが?」

まだ口元に泡を残した柳瀬が、石化している小倉に問いかける。

だが目を血走らせたまま返事は無い。



 ――何か嫌われることしたんでしょうか?――



愛華の声が脳内にこだまする。


え?俺に嫌われることを気にしてんの?

俺に?

本気で?


小倉は黙って自らの石化を解除し、柳瀬を解放した。

「いや、そういうのじゃない。小嶋さんのせいじゃない。っていうか・・・」



 俺らって付き合ってたっけ?



駄目だ。

今の状況でこれを言うと決定的に小嶋さんを傷つける気がする。

潤んだ瞳で不安げに小倉を見つめる愛華を見て、小倉はそう判断した。


「・・・放課後話そ?」


そう言うと小倉は思いっきり笑顔を作って見せる。

とりあえずこの場はこれで逃げることにした。





--午後--


小倉は授業を受ける気になれずなんとなくサボってしまった。

校内の裏庭のベンチに寝ころび、快晴の空を見上げる。


ボーっと流れる雲を見ながら愛華の表情を思い出す。


食堂での本気で不安そうな表情を

放課後に話そうと言った時の泣きそうな笑顔を

目が合った時の嬉しそうな笑顔を


「嘘じゃなかったよな・・・あの笑顔」


傷つけたくない。

でも自分の知らない間に自分の彼女だといきなり言われてもピンとこない。


でも待てよ・・・


少し視点を変えてこれはラッキーなことなのだと考えてみる。


いっそこのまま付き合っちまえば良いのか?

「マジで?いいのかな?」


一瞬顔がにやけるが、直ぐに我に返りフルフルと顔を横に降った。

いやいや、付き合うことになった記憶もないのに駄目だろう。

それに本気で付き合うなら数人の女友達との関係を先に切らなければ。


だが何かがひっかかる。

何か大事な事を忘れているような。

胸にぽっかり穴が空いている感覚が。


「なんだっけ?」


思い出せず雲を眺めていると、視界にヒラヒラとピンクの花びらが入って来た。

「???桜?」

小倉はぴとっとおでこに止まった花びらをつまんだ。

表と裏を交互に見てみるが何の変哲もない普通の桜の花びらだ。

しかし何かが変だ。

小倉は直ぐにその違和感に気付く。

「え。この時期に?」

そう言って起き上がると、裏庭のベンチからそう遠くない場所に綺麗な桜の木がひっそりと立っていた。

ソメイヨシノだろうか、七分咲きくらいで綺麗だった。


裏庭のこんな場所に桜の木なんてあったか?

小倉は近づいて木を見上げた。

ピンクの花や蕾の合間から光が差して綺麗だ。


しかし今は秋じゃ・・・


「ぅっ・・・」

突然の頭痛が小倉を襲う。


ー・・・じゃ!!


さらに脳裏にスノーノイズのような雑音が流れ、所々に白い着物を着た女の子が映る。

あまりの痛みに頭を押さえてしゃがみ込んでしまう。


・・・キュ・・・

うわ・・・・あ・・ん


子供の鳴き声がブツブツと途切れて聞こえた。

「女の・・・子?」


幻覚と幻聴が止むと頭痛も同時に収まっていった。

「・・んだ?日射病か?」


まさか俺・・・

「頭おかしくなった???」


おかしいのは俺か?

もしかして本当に付き合ってたけど、俺の頭がおかしくなって記憶が欠損したのか???


「はは・・・まさか。」


っというか、もしそうだとしたら・・・

「なんで一番重要な記憶を消すんだーーーっ!?」

小倉は頭を押さえて叫んだ。




「・・・。・・・うし。病院行くか。」

そう決めてからの行動は早かった。

スマホを取りだし仕事中の母親に電話をかける。

「あー、もし?母さん?・・・うん悪ぃ仕事中に。俺の健康保険所どこ?へ?いや、ちょっと具合悪くてさ。・・・うん。うん大丈夫。」


それからスマホで近くの病院を調べる。

「えっと、ストレス?心療内科?」

信じられない単語に眉をひそめる。

「あんだこれ。俺って鬱?いや~無い無い。えーっと次は・・・はぁ?認知症??これってアルツ?」


これ絶対拓やクラスの奴らにはバレたら駄目なやつだな。

悲しいを通り越して笑える。

でも・・・


ここで彼女である愛華の顔が浮かんだ。

はぁ~。

大きなため息をして大きな深呼吸をする。


「正直に言ってみるか。」


覚悟を決めて桜の木を見上げた。



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