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異世界の黒蝶  作者: ちょうちょ
~第1章 ノーザ動乱編~
31/36

東の森の真の主



深い森の中-・・・

木の影から小さな生き物が鼻をヒクヒクさせて出て来た。

大きな尻尾がリスに似ている可愛らしい生き物だ。

鼻をヒクヒクさせて地面を気にしている。

どうやらお目当ては木の葉に混ざって沢山落ちている木の実のようだ。

辺りを警戒しながらぴょんぴょんと木の実に近付き、ひょいと木の実を持ち上げた。

大きな栗くらいあるどんぐりのような木の実だ。

それを器用に回しながら前歯で削り食べて行く。

時々手を止めて背筋を伸ばし周囲を警戒してはまた食べる。

そうこうしているうちに、家族だろうか、同じような愛らしい生き物がぴょこぴょこと木蔭から出て来た。

同じように落ちている木の実を頬張り始める。

実に愛らしい光景だ。

一番最初にこの場所を見つけたその生き物は、次の木の実に標的を定めさらに前へ飛び込んだ・・・その時だった。

その一匹が頭上からの何かに一瞬で捕まえられてしまう。

後から来た愛らしい生き物たちはそれを見て一目散に散開した。

残されたのは木の実が転がる地面だけ。

その上にポタポタと滴が落ち木の葉に赤い染みを作る。

染みの真上には、先程の愛らしい生き物を襲った大きな丸い影が木の枝から一本の糸を垂らしてぶら下っていた。

正体は大蜘蛛だ。

長い脚を丸めて球体状になっているがその中心部には先程仕留めたリスのような生き物がしっかりと咥えられている。

この森の大蜘蛛は巣を張らないタイプだが、移動時や狩りに太い糸を使うことがしばしばある。

捕獲した餌を安全な木の上で食するため、大蜘蛛は丸めていた脚を解放し音もなく糸を伝いだす。

しかし大蜘蛛は糸の元の枝に辿り着くことは叶わない。

枝に着く直前、大蜘蛛は突然現れた大きな顎に挟まれたのだ。

身体をギシギシと潰されながらも、大蜘蛛の8つの目とその顎の主の目が合う。

8つの赤い目に映っていたのは大ムカデ。

木の幹にぐるぐると巻きついて大蜘蛛が枝に戻ってくるのを待っていたのだ。

大蜘蛛は餌を咥えながらも事切れてしまう。

大ムカデは咥えた大蜘蛛をのみ込むために、幹に体を巻き付けたまま空を見上げる。

口元からボタボタと大蜘蛛の液体をまき散らしながら頭を振り、口周りの小さな顎で餌を押し込んで行く。

だがその時、大ムカデは半身に大きな衝撃を受ける。


「うらぁぁぁぁ!!」


幹に巻きつけていた身体の下半身が切断され、巻きついていられなくなった大ムカデは餌を咥えたまま木から落ちる。

「よっしゃHP0!・・・っておい、ゲージ増えてんぞ!?」

身体を切られた下半身のHPゲージは0になったが、上半身に新たなHPゲージが誕生しているのが確認できる。

「なるほどな・・・!拓!!」

「ああ!」


槍を持った柳瀬が飛び出し大ムカデが落下した頃合いを狙って槍で突き刺す。

地面に固定し動けなくするためだ。

その隙に小倉が止めを刺そうと剣を片手に飛び出した。


「ああっ!?」

だが、うねうねと暴れる大ムカデを見て足で急ブレーキをかける。

後ろを振り返りぜぇぜぇ言ってる槍の持ち主を睨んだ。

「おい拓、頭を刺さんでどーすんだっ!」

後ろの親友にツッコむ。

「え?駄目なのか?」

柳瀬は荒い息で曇る眼鏡を直しながら聞いた。

「おいおい、百足が体を切り離して逃げる話は有名だろ~!」

「んなトカゲの尻尾みたいなことが・・・」

勇気を出して頑張ったのに怒られたことに釈然としない柳瀬が大ムカデに視線を移と、そこには槍で突き刺した部分の身体だけが残り、その先の頭部含めた大部分は消えていた。

「まさか・・・!!!」

「ほーらな。」

「し、知らなかった・・・。」

柳瀬は両手を地面に着いて自分の知らない知識があったことに驚愕した。

それでも残された大ムカデの一部は刺さった槍から逃れようとHPゲージを徐々に減らしながら必死にもがいている。

「百足って凄いんだな。覚えておこう。・・・ん?」

落ち込みながらも百足への謎の敬意も覚えた柳瀬は眼鏡を光らせ再び立ち上がる。

「だが、さっきまでは頭部が付いていたんだから直ぐに尚麒が止めを刺せばよかったんじゃないか?」

「ばっか!百足は毒持ちだから噛まれたくないだろーが!だからまずは頭を抑えるんだ、ヘビと同じで!!」

お前は何にもわかってねーと呆れたように返す。

ガキの頃百足を捕まえて遊ぼうとしたらダチが噛まれて大変なことに・・・とか昔話を話しながら槍に刺さったまま残された身体の一部に止めを刺した。

柳瀬は蛇や百足で遊ぼうとした幼少時代など持ち合わせていないので、小倉の話に全く共感できないままHPが0になり動かなくなった大ムカデの脚を見届けた。


「いや、待て尚麒。毒消しも持ってるしそもそも俺たちの鎧なら大丈夫なんじゃないか?」


「・・・あ。」


お互いの顔を見合わせて沈黙が走った。



「コホン。あー、なんだ。まぁ、次頑張ろうぜぇ。」

わざとらしくウィンクをする尚麒を睨みつつ諦めたようにため息をつく。


ここはハイロの横の東の森。

レベル上げのため小倉と柳瀬ペアは森の中枢近くまで入り込んでいた。

今の所苦戦も無く順調で、二人のレベルは21まで上がっていた。


「つーかまだ慣れないんだよなぁ。あんな化け物の攻撃を受けるのが無事なわけがないっていう先入観が勝っちまう。直感で身体が回避するっつーか。」

「まぁ、そうだな。普通なら痛いで済まないレベルだろうからな。」

柳瀬は相槌をうちつつ動かなくなった大ムカデに刺さったままの槍を引き抜いた。

「ぅおっ!?」

その際に紫色の大ムカデの血が顔にかかってしまう。

先程の話から、即座に自分が毒状態になっていないか確認する。

特に視界の端にバブルマークは出ていないのでホッとしながらも、脚が沢山ある虫の体液が顔にかかった事実が気持ち悪く顔色は暗い。

そんなげんなりしている相棒を眺めながら小倉はまた考える。


身体がビビることがレベル上げの障害になっている。

これは若干事実だ。

だが、その攻撃が勇者防具が耐えられるものだと何故わかる?

違う、そんな保証はない。

ないんだ。

情報が無い攻撃は避けるのが正解だ。


「やっぱこの直感は捨てたら寧ろマズいよな。うん。」と納得する。

「ふっ。何を一人で納得してるんだ尚麒?」

独り言を言っている小倉が少し可笑しくて柳瀬はげんなりした空気を和らげた。

そのせいで疲れが出たのか、柳瀬はすぐそばにある古い倒木に腰掛ける。

「ああ、それが・・・お前を前面に出して俺が止めを刺すっていうやり方を改める必要が・・・・って誰だその子!?」

「は?」

急に小倉の声が鋭くなった事に驚き、小倉が見ている先・・・つまり自分の後ろを振り返る。

すると目の前に黒いおかっぱ頭の白い着物のようなものを着た女の子がいた。

上は白で下は紅の巫女のような配色の和服だが太めの帯で背中を大きな蝶結びをしているのでよく見ると違うような恰好をしている。

「うわ!?誰だ!?」

柳瀬にも覚えがないようだ。

「拓、下がれっ!!!」


しまった、こんな森で女の子が一人で余裕な顔しているわけがない。

しかもよく見たら宙に浮いていやがる!

つまり、人間じゃない!

判断が遅れた!


後悔からくる悔しさを抑えて、小倉は『草薙の剣』で切りかかる。

「うわああああ!待て待てい!!」

しかし女の子は慌てながらも小倉の一刀をひらりと避け、剣の届かないような上空へ逃げる。

「クッソ、空に逃げるとかずりー!」

小倉は下りてこーいと呼びかけるが柳瀬はまだ心臓をバクバクさせ倒木の横で尻餅をついている。

「いいいいきなり切りかかってくるとは不躾な奴め!!し、しかもその剣、よく見たら『草薙の剣』ではないか!?そんなものかすっただけで妾は吹き飛んでしまうわ!!!」

焦りのこもった罵声に二人は顔を見合わせる。

「なんか怒られてんな。」

「モンスターじゃないんじゃないのか?」

二人は改めて宙に浮いている女の子を見上げた。

「いやいやいや、思いっきり宙に浮いてるじゃねーか。」

「う・・・確かに。」

そんな二人のやりとりに被せるように上空からの猛クレームは続いている。

「よしっ!槍投げみたいに投げてみっか!」

小倉は『草薙の剣』を片手に体育の授業でやるような砲丸投げの構えを始めた。

それを空から見ていた女の子は顔を真っ青にし涙目になりながらさらに叫び始める。

「待て待て待て待てい!!!こんな幼気な少女に何をする気じゃ!?避けるぞ?絶対に避けてやるぞ!??」

悲痛な叫びはより一層深刻さを増していた。

「なんか・・・可愛そうじゃないか?」

涙目の彼女を不憫に思った柳瀬は小倉を止める。

「いや冗談だし。こんな森で投げたら『草薙の剣』無くすだろ。」

そう言って砲丸投げの構えを解除した小倉の顔に既に危機感は無かった。

小倉は『草薙の剣』を肩に置き左手の指でちょいちょいと女の子に「降りて来い」の合図を送る。


「およ?攻撃は止めたのかえ?さては妾の偉大さに気付きおったな??」


涙目から一転、ぱあぁっっと明るい笑顔になったおかっぱ頭の女の子は、意気揚揚と小倉の元に降り立った。

「ふふん、妾の神々しさをようやく理解したわけじゃな?」

自慢気に近付いてくる女の子の強気な発言にふむと一考して小倉は剣を持ったまま倒木に腰かけた。

「おう。それでお前は何だ?」

「そうかそうか。頭が高いぞ、控えよろう。」

「おう。それで俺らに何か用か?」

「それとも何か?妾の乙女としての魅力に中てられたかえ?」

「おう。んで、その空飛ぶのはどうやるんだ?魔法か?」

「おい、全然会話がかみ合っていない気がするんだが・・・?」

聞いていられない柳瀬が困惑顔で会話に挟まるも二人ともまるで気に留めていない。

「むむ。魔法などではないわ。頭を垂れよ、勇者どもー。」

埒が明かないと思った小倉はすかさず異次元へと手を伸ばす。

「おう。これ食べる?」

尚麒は異次元からキャンディを取り出した。

ハイロで道具屋のおばちゃんからもらったアメちゃんだ。

「食べる!食べるぞ!妾への貢物とはわかっておるではないか~!!」

女の子は飛び跳ねて喜んだ。

そして全力でキャンディを持つ小倉の手にとびかかる。

しかし小倉はひょいっとその手を避けてあげようとはしない。

「くっ、何故だ!?無礼でっ・・・あるぞっ?ああっ!」

必死にキャンディに飛びつくがバスケ部としての小倉の反射神経になかなかキャンディをもらえない。

そんな女の子をニヤリと見下す小倉はサディステックそのものである。

女の子の嗚咽が始まりそうになり、柳瀬はハラハラしながら小倉と女の子を交互に見続けた。

「まぁ、待て。」

小倉は女の子に掌を向けて待てのポーズをとる。

「ぅぅ。」

女の子は不覚にも従ってしまう。

その目にはお預けされたキャンディしか見えていない。


「お前は・・・何だ?」


小倉はサデスティックから一転、優しい声でゆっくりと聞いた。

年頃の女子ならその魅力的な眼差しにとろけてしまうだろう。

しかしそんなイケメンオーラもこの女の子には通じない。

「うぬ?何って何ぞよ?妾はこの森の主であるぞ?」

「ええっ!?」

柳瀬の顔が引きつる。

「森の主・・・そう来たか。」

さすがの小倉も予想外の回答だったようでこの女の子を見る目が変わる。

「っておぬし、よく見ると恐ろしいほどの美丈夫よのぉ!」

小倉のイケメンっぷりにようやく気付いたのか、女の子は両手で小倉の頬を抑えまじまじと顔を覗き込んだ。

頬を抑えられて少々喋りづらそうだが、小倉自らもその件には同意し「だろ?」と頷いている。

しかしこのような自画自賛が嫌味っぽくならないところが小倉の凄いところである。

「ふぅむ、さすがはサザンドラが選んだ勇者じゃ。」

そう言うと女の子はぱっと両手を放して小倉の頬を解放した。

「んじゃ、褒めてくれたお礼、ホレ。」

「わぁ~い!!復活後初めての供物じゃぁ!」

キャンディを食べる許可が下りると女の子は直ぐに包み紙を開いて口の中へ放り込む。

「うぬうぬ。久々の供物・・・甘くて美味であるぞ!」

にぱぁっっと幸せそうな笑顔からは普通の6歳くらいの女の子に見える。

これには小倉も柳瀬も笑顔になる。

「それで・・・お前をなんて呼べば良いんだ?森の主・・・じゃあ呼びづらいだろ?」

「うぬうぬ、サクラ様じゃ。以前はそう呼ばれておった。」

口の中のキャンディを転がしながら答える。

「じゃあサクラ、お前の種族は何だ?なんで飛べる?」

「幽霊じゃないよな?」

柳瀬も重ねて質問する。

「なんじゃと?幽霊等ではないわ、無礼な!てか呼び捨てかっ!」

キャンディでにまにましていた顔が一転、機嫌を損ねてしまったらしい。

「はぁ」と面倒くさそうにため息をついた小倉は異次元へと手を伸ばした。

「あー、飴玉まだあるんだけどなー。」

わざとらしく異次元からもう一つのキャンディをチラ見せする。

「なにっ!?ああ~っ、くれ!妾に捧げよ~!」

それを見たサクラはまたキャンディに突進していくが、またしても小倉の手がこれを器用に避ける。

「ああっ!・・・くっ!逃げるで・・・ない!ああ~っ!」

再び涙目になってきたサクラを柳瀬がいたたまれない目で見つめている。

「これが東の森の主。なんて・・・不憫なんだ!」

くっ・・・と目頭が熱くなってくるのを抑えている。

まるでホームレス小学生だ。

しかし、小倉の方は容赦が無い。

サクラに取られないようにキャンディを持つ手を凄い速さで動かしつつも、尋問を続けている。

「それでー?お前の種族名はなんだ?何故俺たちに接触してきた??」

「それはっ・・・言うからくれ!後生じゃぁ~。」

「わかった。食べていいぞ。」

あまり子供を苛めるのも趣味ではないので小倉はキャンディを渡すことにした。

それを受け取り口に放り込むとサクラは素直に話し始める。


「妾はな、神に近い精霊じゃ。」

「精霊・・・」

柳瀬は呆気にとられている。

「見るのは初めてかえ?」

その反応を楽しむようにサクラはにまりと笑った。

「飛べるのも精霊だからなのか?」

「ま、そうじゃな。精霊は少しばかり次元が違う存在じゃからな。」

「ふぅん。」

「え。尚麒、お前その説明で納得するのか?」

「ま、なんとなく?」

小倉はつまらなさそうに伸びをして答えた。

この世界への順応早過ぎだろうと内心思ったが口には出さない。

小倉ならそれくらいの順応力は持ち合わせている、柳瀬の中でそれは不自然なことではなかった。

「妾はずっとこの森の主として崇め奉られて来たんじゃが・・・数千年前に嫌われ者のナーガにその座を奪われてな。」

この時のサクラはどことなく悲しげに遠くを見ている気がした。

「ナーガって?」

「ん?ナーガはナーガじゃ。」

「なんじゃそりゃ。ま、いいや。それで?」

「しかしそのナーガもつい先日倒され妾は復活したばかりなのじゃ!」


サクラは封印されて動けなかったあの湖の畔での出来事を思い出した。


「そやつを倒したのは女子(おなご)の勇者であったぞ、お主らの知り合いではないのかえ?」

「!!」

「小嶋さんか。」

「やはり仲間かえ?礼を言いたい、今どこにおるのじゃ?」

二人の傍に愛華の影が無いことから、少し浮遊高度を上げ辺りをキョロキョロ見渡している。

「・・・」

「・・・いや、もうここら辺にはいない。もっと北に行ったらしい。」

言葉に詰まった小倉の代わりに柳瀬が答えた。

「ん?なんじゃ。同じ勇者なのだから、ほれ、ぱ、ぱーてぃ?を組んでいるのかと思ったのじゃがそうか・・・ついでにひと仕事頼みたいこともあったのじゃが。」

パーティの話で小倉は痛い所を付かれた気がしてギクりとする。

柳瀬もそんな親友を見て気まずそうに黙ってしまう。

それと同時に二人の中に何故そんな事を知っているのかという疑問も沸きあがる。

しかしそんな空気も全く読まないサクラが「よしっ。」と何か納得し口の中のキャンディをガリガリと噛み始めた。

「・・・この際同じ勇者であるし、お主らでも良いか。」

そう言うと噛み終わったキャンディをごくりと飲み込む。

そして二人に向き直ったサクラに先程までの子供らしさは無かった。


「今この森に魔力溜ができておる。数日のうちには爆発しそうじゃ。この森の主としてその討伐をお願いしたい。」


サクラは凛とした表情で二人にそう言い放った。


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ノーザ王国地下牢。

窓も無い石の壁に囲まれた暗い空間に、明かりは壁に掛けた松明のみ。

いつもはポタポタと滴る地下水の音と松明が燃える音しかしないこの空間に今日は罵声が響く。

二つの隣り合った牢屋には立派な身なりの中年男性とその息子の青年が入れられていた。

彼らは鬼のような形相で怒り狂い向かいの牢屋に向かって怒鳴っている。


「この救いようのない馬鹿めっ!!!貴様のせいでっ!!!」

「死ね!死ね!今すぐ死ね!!!」

「ひぃぃぃ!!ゆゆゆ許してください!父上!兄上!!!」


その向かいの牢屋にはスクレイで愛華に半殺しにされたクラウスが入っていた。

「いきなり勇者に手を出すとは・・・計画が台無しだ。まさかここまで愚かだとは!」

父であるクルセウス・オーストロン・ガイシュは顔面蒼白で頭を抱えた。

怒鳴っても怒鳴り足りない兄のクロッセウス・オーストロン・ガイシュは、怒鳴り疲れて掠れた声で隣にいると思われる父に相談を始める。

「父上・・・なんとか全ての罪をこいつに擦り付けてここを出ましょう。」

「ひっ、あっ兄上!?」

見捨てないでと涙目ですがる弟を無視して二人の話し合いが始まる。

「無理だ・・・。わたしもそれを考えたが無理だ。」

「そんな、諦めないでください父上!二人で口裏を合わせるのです!全てこの馬鹿な弟が勝手にやったことだと!」

「女達の証言はどうするのだ。あの部屋が見つかった時点でもう・・・あとはラウウェン様が動かれるのを期待するしかない。」

クルセウスは考えるのを止め、豪華な自宅、侍る美女、傅く領民を思い出し涙した。

今までの栄光がどこか遠い昔のことのように懐かしい。

「宰相頼みですか・・・父上、諦めないでください!宰相様はきっと悪いようにはされません!そしてガイシュ家は再び返り咲きます!」


そうだ。

この汚い牢屋から出てまた美しい部屋で美しい食事をし、美しいベッドで寝るんだ!

そして美しい女もまた捕まえてやる。

無くしたもの、奪われたもの、全て取り戻す!!


強く意気込んだクロッセウスの表情は醜く歪んでいた。


「上手くいくと良いですねぇ。」


その声に三人は静まり返る。

魔法で出した青白い光の玉を従えて薄暗い牢屋を照らしながら声の主は現れた。

ぶかぶかのローブを着たこの国のスクレテール、サランだった。


「サラン様!サラン様!聞いてください!私は無罪です!!」

「サラン様!どうかご慈悲を!!!」


兄のクロッセウスは牢屋の鉄柵から両腕を伸ばして、父のクルセウスは額を汚い地面にこすり付けて懇願した。



「ええ、ええ。私は慈悲深い女神の使いです。陛下にも口利きしてあげましょう。確か・・・」

サランはそんな二人を冷たい目で見降ろした後、後ろのクラウスへと視線を移した。

「この愚かな次男坊が全て犯したこと・・・でしたっけ?」


「そうなのです!!!いつの間にか私の寝室に隠し部屋なんぞ作って女を飼っていたんです!!」

「サラン様!私たちは弟の悪事に巻き込まれただけなのです!!!」

二人はクラウスに肯定しろという血走った目線を送る。

「そ、そんな!父上!兄上!サ、サラン様!!違います!僕は・・・っ!!」

クラウスは鼻水を垂らしながら首を横に降った。


サランはこの親子の必死な様子を見て、口元を袖で隠しながらクスクスと嘲笑った。

「フフ、良いですよ、全てこの次男坊のせいでも。」

それを聞いた途端二人の顔に希望の光が戻り一人の顔はさらに絶望の表情になる。

「ほ、本当ですか?!」

「い、嫌だぁああ!!」


「ただし、条件があります。」


一瞬喜びで頭が真っ白になったが、そういう事かと父と兄は納得する。

この手のことは日常茶飯事で得意だ。

「なんでもいたします!!ね、父上!?」

兄は乗り気だが父のクルセウスは土下座姿勢のまま息をのんだ。

「父上?」

兄から姿は見えないが隣の父親は頭を下げたまま黙っている。


「ガイシュ卿・・・私の可愛い部下の一人が行方不明なのです。」

そう言うとサランは鉄柵越しにゆっくりと近付きクルセウスを覗き込む。


「何か・・・ご存じありませんか?」


この時のサランの表情を見て兄のクロッセウスはゾッとした。

一方、何も知らないクラウスは全てを自分のせいにされることに絶望しながらも、父とばかり話すサランを少し疑問に思っていた。

勇者を襲ったことでスクレテールの立場から一番罰しなければいけないのは自分のはずだからだ。

だが頭の良くないクラウスはラッキー♪くらいにしか思っていない。



渦中のクルセウスは頭の上から刺さるような視線を感じながら考えを巡らせた。

損得勘定は得意だ。

そうやってこの地位を守って来た。

一部を白状して保護してもらうか?

しかし・・・

「サラン様、どうか私と長男を保護すると女神様にお誓いください。さすれば知っていることをお話しましょう。」


サランはスクレテールという立場から「女神様への誓い」は決して破る事はできない。

それを知っていての要求だ。


「ふぅ。ご自身の立場がわかっていないようですねぇ。逆に次男坊の勇者様への暴挙もあなた達親子の命令だったということにしてもかまわないのですよ?」


「そっ、そうです!サラン様!父と兄に命令されたのです!!!」

クラウスはその手があったかと急に兄と父のせいだと主張し始めた。


「なっ!?何をおっしゃるのです、サラン様!?」

兄はこの展開に焦り始める。

「さすがはサラン様です!!私はいつも父と兄に虐めを受けてきたのです!!!」

このあたりは事実なだけにクラウスも憎しみのこもった声で父と兄を指さした。


「ええ、何となくですがそのような気はしておりましたよ。今までお辛かったですね。」

サランは慈悲の笑みでクラウスを労うとクラウスの顔は一気に明るくなった。


「そんなっ!父上!何か言ってください!!このままでは・・・父上!!」

必死に隣にいる父親に訴えるが返ってくる言葉が無い。

その間も馬鹿な弟からは過去に受けた仕打ちを大声で暴露されている。

サランはそれをうんうんと頷きながら聞いている。

牢屋の中にいるという非現実的な状況からだろうか、弟の声が絶えずうるさいからだろうか、今兄のクロッセウスは冷静な判断ができなかった。


「うるさい!!!黙れクラウス!!!ヴィゼルハイツです、サラン様!ヴィゼルハイツ家が四賢者様を捕獲する方法を知ったと噂で聞きました!!」


「ほう。」

今までクラウスの方を向いていたサランは目を光らせてクロッセウスに向き直る。


「ば、馬鹿者!!嘘です!サラン様!!こやつの言ったことは戯言です!」

「お黙りなさい、ガイシュ卿。それで・・・その方法とは?ヴィゼルハイツ卿はどうやってその方法を知ったのです?」

「ぐ・・・そこまでは、知りません。ヴィゼルハイツ家のエリス嬢から聞いたので詳しくは・・・。」


「どうなのです、ガイシュ卿?」

視線をクルセウスに移すが目を逸らしたまま返答は無い。

「そんなに宰相が恐いですか、ガイシュ卿・・・?」

「くっ・・・」

「スクレテールの私よりも恐いですか?」

その見開いた冷たい目には女神の使徒などと呼べない恐ろしさを感じる。

「・・・お許しください、サラン様。」

クルセウスは再び頭を下げた。


二人のやり取りを見てクラウスは何が何だかわからないと言った様子だ。


「さぁ、サラン様!私の知っている事はお伝えいたしました!!ここから出してください!!」

そう訴える兄を横目でチラリと見た後サランはクスりと笑った。


「ガイシュ卿、あなたの間違いは宰相側に付いたことでも奴隷を囲ったことでもありません。あなたの間違いは・・・息子を馬鹿に育てた事です。」


「「!!」」

兄弟は自分のことを言われて一瞬腹が立ったが牢屋の中にいる状況を思い出し黙った。

しかしこれに堪えたのは父親だった。

クルセウスは両手で顔を覆い全ての元凶が自分の息子たちにある事実に打ちひしがれた。

勿論、倫理的にはクルセウス本人にも罪があるのだが、私腹を肥やすのも奴隷を飼うのも人を殺すこともこの世界の権力者なら割と普通にやっていることだ。

問題はそれが表に出ることであって、悪いことはバレずにやるものなのだ。

なのでその常識からすると息子が全て悪いという結論に至る。

「ああ・・・!あああっ!!」

クルセウスは気が狂いそうだった。

いったい息子の教育をどこで間違えたのか。

母親のせいなのか、家庭教師のせいなのか、自分の血を分けた跡継ぎが実は大馬鹿でそのために自分が破滅することに耐えられない。

サランはその取り乱す様子を見てクスクスと笑うと出口に向かって歩き出す。


「お、お待ちください!!私の処遇はどうなるのですか!?」

「私は!?サラン様!!サラン様!!!」


必死の引き留めの効果があったのだろうか、少し行ったところでサランがぴたりと脚を止めた。

うるさいですねぇと言った気がしたが慈悲深いサラン様が高貴な自分にそんな事を言うわけがない。

「サラン様!!!お願いします!!!出してください!!」

「サラン様!!」

二人は期待に胸を躍らせて鉄柵に顔を押し付けながらサランの言葉を待った。

サランは振り向くとにっこりと慈悲の笑みを浮かべてこう言った。


「あなた達に女神様のご加護がありますように。」



それだけ言うと二人の期待も空しくスタスタとサランは遠ざかる。

サランが居たことで青く照らされていた牢屋が再び暗く戻っていく。

「待って!!嫌だ!!待てぇ!!!」

「嫌だぁぁぁぁ!!!」

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