カッサ村
「おい、拓!あれ見てみろよ!!」
「ん?」
小倉はワクワクした顔で馬車の小窓から鉄柵に覆われた小屋を指さした。
柳瀬が見ると庭に大きなオオカミの毛皮を干しているのを発見した。
「うぉ!デカいな。」
「あんなのもいるのか!戦ってみてぇ!」
「いや、普通に危ないだろ。」
即座に柳瀬がツッコむ。
二人は今馬車に揺られながら王都の北街道を進んでいる。
あの後、北の通門所を抜けると兵付きの馬車が控えていた。
サランが用意したのはこの馬車だったのだ。
小窓から見える景色が森に戻ったことで、二人はまた向き直る。
「結局小嶋さんはどこまで北に行くつもりなんだ?」
「さぁ?次の町・・・確かハイロだっけ?そこで聞き込みでもしてみようぜ。なんなら数日間滞在してレベル上げてもいい。」
「小嶋さんがモンスター狩りをしたという東の森でか?」
「ああ。」
「まさに小嶋さんを辿る旅・・・だな。」
「んなっ!」
自覚が無かったのか言われて小倉の顔が赤くなる。
わざとらしく咳払いした。
「いや、でも色々あって俺らもあんま戦えてねーじゃん。」
小倉の指摘に柳瀬も「そうだな。」と同意しつつも、スルベスト村の出来事が頭から離れない。
「はぁ、またあんな思いをするのか・・・」
思い出して思わず吐きそうになり柳瀬の顔色が悪くなる。
「う・・・ぷ。」
「おいおい、馬車の中で吐くなよ?」
口を押える相棒に小倉は話題を変えようと話を振る。
「そういや、拓は振分ポイントは何に使ったんだ?」
「ぅう・・・俺はまだ使っていない。尚麒が決めてからにしようと考えていた。」
柳瀬はバスケのように小倉をメインに考え、自分はそのサポートに徹しようと決めていた。
小倉もわかっていたような表情だ。
「そっか。俺は『草薙の剣』があるから攻撃に特化させようと考えてる。」
顎に手を置き真面目な表情で【メニュー画面】を開いた。
「そう言うと思ったよ。」
なんとか吐き気を抑え込んだ柳瀬も【メニュー画面】を開く。
「13ポイントか・・・。」
「はぁ!?」
突然、小倉が驚きの声をあげる。
「なっ、いきなりどうした?」
「俺の振分ポイントは15だぞ。」
ほれと自分の【ステータス】画面を見せてくる。
「なに?なにが違うんだ・・・。」
柳瀬は頭を抱えた。
「思い当たるとすれば・・・たぶん、あれじゃね?俺がカマキリにトドメ刺したからとか?」
「敵にトドメを刺す度にボーナスがつくのか?」
「さぁ?」
小倉は意地悪な笑顔を作って見せた。
「やはり、もう少し経験を重ねないとわからない、か。」
「そういうことだな。」
そこまで言って小倉の表情が真剣なものへと変わる。
「今は一撃で倒せる。でもこの先強い敵が出てきたらそうとも限らない。いつかは敵のレベルが『草薙の剣』に追いつく日が来る。だよな?」
「ああ、そうだ。」
「それと、拓の槍は勇者武器じゃない。つまり、それを利用して俺が攻撃特化にした方が強い敵が出て来てもダメージを負わせる確率が上がるって思ってる。」
「すると、俺は防御特化にしたほうがバランスが取れるな。俺が抑えて尚麒が斬るとか。」
「ああ、役割分担ができるな。」
「だが、少しは防御にも気を配った方がいいんじゃないか?今後俺らの勇者防具でもダメージを与える敵が出た場合、リスクが大きいぞ。」
「ま、そん時はお前が守ってくれるだろ?」
小倉は持ち前の笑顔でニカッと笑って見せた。
「な!」
その顔はずるいだろと突っ込みたくなる。
「はぁー。約束はできんぞ・・・」
そう言うと柳瀬は振分ポイントを【防御力】と【魔力】へ、小倉は【攻撃力】と【命中力】へ全て使用した。
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愛華はスクレイの一件から少しの事情聴取に付き合った後、英雄と担ぎ上げられるのが嫌で早々に北へ発っていた。
スクレイから馬で数時間とのことなので、歩いて行くことにする。
馬を持っている数人から送らせてほしいと申し出もあったが全て断った。
少しは成長したものの愛華の人見知りは相変わらずだった。
「なんだかますます肌寒くなってきたな。」
2時間ほど行くと街道周りの景色が変わってきた。
広葉樹よりも針葉樹が多くなってきたのと、街道の左右の木々の間から広い丘が見え始める。
その丘は牧草地なのか大きな牛が集団で草を食べている光景をよく目にするようになった。
噂では、ノーザの北方の国境付近の村々はほとんどが酪農を営んでいるとか。
だだっ広い丘の中にポツポツと家や牛舎等の建物が見える。
遠くの正面に大きな関所が見えるようになったところでハックやスクレイで町の人に聞いた情報を思い出す。
「あの遠くにあるのが国境ね。確か北を向いて右手にあるってハックさんが言ってたっけ。」
右にある建物を気にしながら歩く。
たまにぽつりぽつりとある建物は意外にも多い。
愛華はどれだかわからなくなってきたところで、どこかの家を訪ねて聞いてみようと決心した。
すると左手に大きな煉瓦造りの家々が密集しているのを見つけた。
その中の一番手前の家に聞いてみることにする。
ごめんください。
クレイリー革物製作所を探しているんですが・・・
よし!これだ!
愛華は心の中で練習を繰り返し一番良さそうな台本を頭の中に作成した。
一息ついてドアをノックする。
コンコン
「ご、ごめんください。」
しかし誰かが出てくる気配はない。
もう一度ノックしてみるが、やはり待っても誰も出てこない。
「せっかく出した勇気が・・・」
勿体ない気がして愛華はドアに耳を当てて人の気配がしないか確認してみる。
何も聞こえない。
誰かがいるような気配もない。
「あのー、うちに何か用ですか??」
「きゃあ!!」
不意打ちだった。
後ろから声をかけた主は、12歳くらいの女の子だ。
エプロンをしてバケツに綺麗な水が入っている。
不審者を見るような目で愛華を見ている。
「あ、あの・・・探している家がありまして・・・」
愛華が一歩踏み出すと、その女の子も一歩下がった。
「・・・・」
「・・・・」
もうやだ!!
不審者だと思われてる!!(泣)
「あ、あの・・・怪しいものでは・・・」
必死に否定しようとするが、女の子のじと目は治らない。
愛華がさらに一歩近づくと、女の子は手に持っていたバケツを放し駆け出した。
「お母さぁーーーーん!黒尽くめの変な人がいるーーーーーー!!!」
ガビーン!
大きな声で家の裏手に逃げるように駆けて行く。
残された愛華は両手を地面について必死に泣くのを我慢するしかなかった。
ぅぅ。あの目が痛い。
よく考えたら、黒いローブでフードを深く被ってるし、確かに怪しい奴だったわ。
でもスクレイは一発で勇者だと見抜かれたのに・・・相手が子供だからかしら?
そんな事を考えていると、家の裏から「どこにいたんだい?」「あっち!家の前!」などと先程の子供の声と大人の話し声が聞こえてくる。
なので愛華は少しでも変な人だと思われないようにフードを脱いで姿勢を正した。
「ほら!あの人!」
親子の姿が見えると女の子は早速愛華を指さしてきた。
しかし、その後頬を赤くして驚いた顔に変わる。
「・・・って、ええ!!すっごい可愛い人!」
「おやまぁ。」
母親も驚いている。
今がチャンス!
「あの、クレイリー革物製作所ってとこへ行きたいんですが・・・」
愛華がここまで言ったところで母親の方の表情が変わった。
「ご存知ですか?」
「うん!トキの家だよ!」
母親の前に娘の方が知っていると答えてくれた。
「こら、余計な事言うんじゃない!」
「ご、ごめんなさい。」
何故か母親は怒ったので娘はしゅんとしてしまった。
「この街道をもう少し北に行ったとこにあるよ。あんたのような若い娘さんが何の用か知らないけど、偏屈な男が一人でやってるから気を付けな。」
嫌な思いをするよと忠告された。
どうやらこの母親は愛華が勇者だとは気付いていないようだ。
こんな国境近くまでは噂は広がっていないらしい。
「わかりました・・・ありがとうございます。」
それじゃとお礼を言って北へ歩き出す。
見ると空は夕焼けになろうとしていた。
あ、泊まる所考えてなかった。
クレイリー製作所は泊めさせてくれないかな?
偏屈な男の人って言ってたから無理かな。
もしダメなら国境の駐屯地にお願いしようか・・・。
それにしても偏屈ってどれくらいなんだろう。
愛華は少し怖くなってくる。
偏屈レベルによっては泣かされる自信がある。
しかし、ここまで来たのだから折角なのでカッコいいホルスターを作ってほしい気持ちが大きい。
ぼやけた太陽が西の山脈に消えそうな様を見ながら、どんな形が良いのか想像してワクワクしてくる。
色んな形があるが、ローブを着ているので脇下よりも腰か太ももあたりに収めるものが良さそうだ。
色はもちろん黒!
「クフフ。」
「おねえちゃん!!」
「きゃああ!」
ニヤニヤしながら歩いていると後ろからいきなり背中を叩かれた。
振り返ると先程の女の子が立っている。
不意打ちが好きらしい。
どうやら愛華を追いかけてきていたようだ。
「シー!」
人差し指を立ててナイショのポーズをする。
「ど、どうかしたんですか?」
愛華が小声で聞く。
「あのね!場所近いから教えてあげようと思って!!」
女の子は小声で答えた。
おお、嬉しい。
女の子は周りをキョロキョロしてから続けた。
「それで・・・おねえちゃんは、トキのことでクレイリーさんちに行くの?」
トキ?
誰ぞ?
「ううん、私は作ってもらいたいものがあって行くんです。」
それを聞いた女の子は急にがっかりしたような悲しそうな顔をした。
「そっか・・・なんだ。」
「???」
なんとなく気になったので聞いてみる。
「トキって??」
女の子は暗い顔をして少し黙ったあと教えてくれた。
「行方不明なの。私の友達。」
「ええ!?」
「シー!」
あ、はいはい。
愛華は小声に戻して続けた。
「それで・・・いつから?」
「あれは・・・牛の病気が流行った年だから・・・大体3年前から。」
3年!!!
愛華は心の中で、その子はもう死んでいると予想し悲しくなった。
「そう・・・早く・・・見つかると良いですね。」
苦しかったが女の子はまだ諦めていない様子なので精一杯繕った。
「うん!クレイリーさんもそれで早く元気になるといいな!」
うん?まさか・・・
「・・・その、トキくんはクレイリーさんちの?」
「そう!クレイリーさんちの子供!」
ああ、そうきたか。
そりゃ息子さん行方不明じゃあ偏屈にもなるよ。
「そうですか。」
「あ!着いた!ここ!」
そんな衝撃話を聞いているうちに着いてしまったらしい。
本当に近かったようだ。
家の前には「クレイリー革物製作所」と看板が表札のように壁に張り付いている。
中は結構広そうで家二・三軒分の建物が繋がっているような形をしている。
案内してくれた事にお礼を言うと「うん、でもナイショね!」と言って走り去ってしまった。
女の子に手を振り終わった後、クレイリー革物製作所へ向き直り愛華は息をのんだ。
すみません、防具屋ホープからの紹介できました!
銃を収めるホルスターを作ってください!
・・・
こんな感じかな?
愛華は脳内シュミレーションで何度も練習する。
ドキドキ
意を決して製作所のドアを開けた。
ギィ
「すみません、防具屋ホープからの紹介できました・・・」
中を覗き込むが人の姿は見えない。
目の前には古びたソファと木の丸テーブルがあり、奥には生地サンプルや毛皮などと一緒に鞄などの製品らしきものが色々と展示されていた。
奥にも工房が続いているようなので入ってみる。
「すみませーん・・・」
独特の匂いがする。
買ったばかりの鞄の匂い。
日が陰り始め暗めの室内に、愛華は展示されていた剣帯を発見する。
木で作られたマネキンのような胴体だけの物に、それは掛けられている。
近付いてそっと指で触ってみると想像通りの滑らかさだ。
これは胸元でクロスしているデザインで背中に剣を背負うタイプ。
「まるで忍者ね。」
ワクワク。
その横のケースには数種類の短剣用の鞘が展示されている。
「短剣か・・・私装備できるんだよね。ステータスは下がるけど護身用に持っておいても良いかもしれない。」
等色々と考えさせられる。
愛華はすっかり商品見物に夢中になっていて、奥から出て来た家の主には気付かなかった。
「おい。」
ビクッ!
「・・・はい。」
振り向くと、白髪混じりの髭を生やした筋肉質な男が短剣をこちらへ向けて立っていた。
ひぃ!
愛華は両手を上げて敵意の無いポーズをとる。
「わ、私・・・王都の防具屋ホープさんからの紹介で来ました。」
涙目で訴えるがフードを被っているので見えない。
「・・・女か。」
男は短剣を下ろした。
ホッ。
「紹介状もあります。」
愛華に向き合うこともなく、男は手に持っていた紙や道具をバタバタと片付け始める。
「今日はもう遅い。明日来てくれ。」
最後に男は入口のドアを開けて出て行けと促した。
「はぁ。あの、それとここら辺に泊まる場所とかありませんか?」
その言葉を聞いて男はギロリと愛華を睨んだ。
「あるわけないだろ?」
「そ、そうですか。」
こ、恐い!
しょんぼりして答えたが、男は気にする様子も無く愛華を追い出した。
勢いよく扉が閉められる。
うーん。
偏屈・・・か。
強敵だ。
仕方なく、愛華はあの女の子と母親がいた家の密集地帯へ戻る。
その中で一番手前の、あの女の子と母親の家を訪ねた。
頑張って泊めてもらえないかお願いすると意外とあっさりOKが出た。
さっきはいなかったが牛の面倒を見ていた父親も戻ってきていたようだ。
このカッサ村で親子三人で酪農一家を営んでいるとのこと。
周囲の家々も酪農を営んでいる酪農村らしい。
父親の名前はダル、母親はミシカ、娘の女の子はターニャだと自己紹介してくれた。
愛華も軽く自己紹介したが面倒なので勇者だとは名乗らなかった。
夕食にシチューをご馳走になった後、愛華は娘のターニャが普段使用しているベッドを借りて寝ることができた。
代わりにターニャは母親のミシカと一緒のベッドなので狭そうだ。
申し訳ない。
「ねぇねぇ、おねえちゃん。旅のお話し聞かせて?」
ターニャは眠そうな目で隣のベッドから話しかけてきた。
「こら、もう寝る時間だろう?」
「ぶー!少しくらいならいいじゃん!」
ミシカは早く寝るよう注意したが、お客が珍しいのだろう、ターニャは外の話を聞きたくて眠れないようだ。
「旅の話・・・」
「うん!」
言われて愛華は王都からの旅を振り返る。
何か子供向けに話せることはあっただろうか?
北鉄亭もハイロの東の森もスクレイも血なまぐさくて子供向けではない気がした。
とりあえず王都の様子を話してみる。
人が沢山いて歩くのが大変な大通り。
脇に連なる出店の数々。
高い場所にそびえ建つヴェルダ城。
「凄い!お城の中にも入った事ある!?」
「・・・少しだけ。」
「凄い!」
愛華は城の中の様子を思い出して話してみた。
赤い絨毯が敷かれて高そうなシャンデリアが吊られたホール。
城から見る王都の景色。
ぐるりと囲った城塞の高い壁。
そんな話をしているとターニャはいつの間にか眠ってしまっていた。
「すまないねぇ、こんな田舎の村にいるから外の世界が気になってしょうがないんだ。」
ミシカは隣で寝ているターニャの布団を直しながら言った。
「いえ、毎日お手伝い頑張っていて偉いですね。」
「ああ、とても助かってるよ。親馬鹿みたいで恥ずかしいが、良い子に育ったと思ってる。」
愛おしそうな目で見つめターニャの頭を撫でた。
「それに、この子には良い婿を貰ってこの牧場を継いでほしいと思ってるんだ。そのためにも、今あたしらが頑張んないとね。」
「そう言えば旦那さんはまだ外で作業を?」
シチューを食べた後、旦那さんは外に出たきりだ。
「ああ、ちょっと牛の様子をね。」
「そうですか。大変なんですね。」
「ああ、牛の世話に休みは無いからね。」
本当に大変だ。
酪農や農業は年がら年中働かなくてはいけない。
愛華の世界では人を雇ってシフト制にすることも多いが、家族だけで営んでいるところは大変だろう。
頭が下がる思いだ。
「本当に・・・生きるって大変なんですね。」
そう言う愛華の声も眠そうだ。
「アンタももう寝な。女の一人旅も大変だろう?ゆっくり休みな。」
「・・・はい。」
愛華の眠気は限界だった。
今日は色々あったな。
随分遠くに来た。
皆、元気かな?
王都に残してきた同級生たち。
ソロプレイしてみたものの何度も死ぬ思いをした。
皆もそうなんだろうか?
ちょっとだけ・・・ちょっとだけ会いたいな。
最後に城の階段での小倉の顔を思い出して愛華は眠りに落ちた。
スヤスヤと寝息を立てている。
しかし愛華は知らない、これから強すぎる敵と対峙することになる事は。
【名 前】小倉 尚麒 【クラス】ファイター
【レベル】13
【 Next 】98
【H P】 156 【装備中】
【M P】 66 【武器】 草薙の剣
【攻撃力】1942 【頭】 なし
【防御力】1337 【腕】 なし
【魔 力】 528 【胴体】 パトリオット
【命中力】 70 【脚】 訓練兵のブーツ
【瞬発力】 52 【アクセサリー1】シルバーピアス
【 運 】 40 【アクセサリー2】剣帯