北の宿町スクレイ
愛華はハイロの町を出てひたすら街道を北に走っていた。
ハイロを追われるように発ったのが夕方だったので、街道の利用者は誰もいない。
明かりもなく、ただ真っ暗な夜道を月明かりを頼りに走り続けた。
走る速さはオリンピック選手くらいになっていたので、このまま走り続ければ半日ちょっとで次の宿町に着くだろうと思っていた。
しかし、走り続ければの話であり、今の愛華のレベルでは1.5kmほど走ると息が続かず休まなければならなかった。
「はぁっ、はぁっ・・・・お腹空いた。」
しかし今回はちゃんと食べ物を用意していた。
愛華は【アイテム】から【干し芋】と【干し肉】を取り出し頬張り始める。
むしゃむしゃ食べながら歩いていると、匂いに釣られてきたのだろう、オオカミの群れが街道に出て来て戦闘になった。
しかし今の愛華の敵ではなく、容赦なくオオカミ達を撃ち殺していく。
あたりには静寂だけが残った。
「さ、寂しい。」
早く人がいる町に着きたい。
そこで愛華は考えていたことを実行することに決めた。
【ステータス】画面を開き【振分可能ポイント 51】を選択する。
この振分ボーナスの使い方を東の森で何となく考えてはいたが、ここにきて思い出した。
愛華はこのポイントを全て【瞬発力】へ注ぎ込んだ。
これで現在レベル36の愛華の【ステータス】は、
【H P】 199
【M P】 323
【攻撃力】 154
【防御力】 815
【魔 力】1471
【命中力】1091
【瞬発力】 210
【 運 】 157
こんな感じだ。
「クフフ。」
これで少しは走るスピードも上がるだろう。
愛華は休憩を終えると、少しだけ早くなった足でひたすら北へ走り続けた。
---------------------------------------------------------------------------------
ノーザ王国ヴェルダ城、西の塔王族住居区域。
石作りの城の廊下は数多の魔法晶石によって暖色の明かりが灯っている。
その夜の廊下を一人、歩く男がいた。
アウシュトロン・サライ・ノーザ、現国王その人だ。
お付や護衛は付いていない。
彼は装飾の付いたドアの前で立ち止まると、その豪華なドアに不釣り合いな大きな南京錠の鍵を開けた。
「ガチャリ」と大きな音が響く。
すると、ドアの中央から少し上の部分の装飾が変化した。
いや、正確には装飾の一部がスライドして、ドアの向こう側から覗く目玉が現れた。
目玉がノーザ王を確認すると、今度はドアの向こう側から「ガチャリ」と鍵が開く音がする。
ギィ・・・
「どうぞ、陛下。」
老婆が頭を下げて王を通す。
「ああ、変わりないか?」
「はい。」
王はそれだけ言葉を交わすと目線を合わせずにツカツカと部屋の奥へ入っていく。
その部屋の奥には黒髪の美しい女性が、小さな男の子が寝ている横に腰をかけていた。
「陛下・・・来てくださったのですね。」
「ああ、中々会えずにいてすまない。」
王は黒髪の女性の前に膝をついて許しを請う目をした。
「申し訳ありません。この前は失態を・・・」
「勇者に見られた件か、案ずるな。」
「どうしても勇者様を一目見たいと言い出すものですから。」
美しい女性は伏し目がちに話し出す。
「陛下・・・しばらくはここへはお越しにならない方がよろしいかと。」
ノーザ王も苦しそうな顔をする。
「わかっている。」
「・・・わたくしたちの事はお気になさらず。この子にも言い聞かせておりますので。」
女性は豪華なベッドに寝ている男の子の頭を撫でた。
しかしその顔は苦しそうだ。
「もし・・・陛下がお勤めが難しい場合は・・・わたくしがその勤めを・・・」
「ならん!何度も言っているだろう!?」
「ですが・・・陛下にだけ苦しみを押し付けては・・・」
女性の目に涙が溜まる。
「必ずや私が勤めを果たして見せる。だからお前たちは気にせず心穏やかに過ごしてくれ。」
「陛下・・・」
二人はお互いの手を取り合い唇を重ねた。
-----------------------------------------------------------------------------------
『千年に一度の美しい黒蝶現る!!』
ノーザ王国ヴェルダ城会議室。
ここには愛華以外の6人の勇者がサランによって集められていた。
6人は長机の上に置かれた新聞を囲んでいる。
「なになに・・・宿町ハイロに勇者の一人と思われる影の目撃情報多数あり・・・」
宿町ハイロに勇者の一人と思われる黒い影の目撃情報多数あり。
昨日のハイロはちょっとした騒ぎになった。
夕焼けの空を優雅に飛ぶ勇者様の目撃情報が相次いだのだ。
この黒い勇者は王都に残った顔ぶれより勇者小嶋様が有力視されている。
数日間ハイロの休み処ピオリィに滞在していたとのことだ。
ピオリィの女将にインタビューしたところ、勇者小嶋様はとてもお綺麗で清楚なお方だとのこと。
東の森にてお忍びでモンスター狩りを行っていたと推測される。
また、その際に目撃したハンターがモンスターと見間違えた模様。
そこで新種のモンスターを警戒したハンターが弊社に情報共有し、昨日の夕刊に誤報が載ってしまったという経緯だ。
昨日の町の目撃者によると、勇者小嶋様はその後ハイロからさらに北へ移動したとのこと。
勇者小嶋様が飛ぶお姿はまるで美しい蝶のようだったと目撃者の一人が話してくれた。
〔お詫びと訂正〕
昨日発刊の夕刊について誤った情報を元にした記事を掲載し、読者の皆様に誤解となる情報をお伝えしてしまったことをご報告申し上げます。
凶暴なモンスター関連の情報は記者では事実関係の精査が難しいこともあり、このような結果となってしまいました。
報道機関としてあってはならないことだと心より深くお詫び申し上げます。
また、勇者小嶋様、関係者の皆様には多大なるご心配とご迷惑をお掛けしたことを重ねてお詫びいたします。
読者の皆様には、今後とも変わらぬご愛顧を賜りますようお願い申し上げます。
「・・・ご愛顧を賜りますようお願い申し上げます、か。」
小倉が一通り読み終えた。
「す、すっごいよ、小嶋さん!本当に一人でやってるよ!」
「小嶋さんてマジシャンだよね?どうやってるんだ?」
北野や小松原が感嘆の声をあげる。
森も安堵した顔をして嬉しそうだ。
「無事でよかった!ね、玲奈?」
「あの子・・・本当に?」
木村は理解できなかった。
いつも他人から逃げてビクビクしているあの子が一人で旅を始めた事が信じられない。
しかも人外のモンスターがうろつく森を一人で。
何だか、度胸という面で負けたような気もするし、でもこれで想い人とパーティを組まなくてよくなるかもしれないという嬉しい気持ちと複雑な気分になった。
「意外・・・だよな?」
柳瀬も驚きを隠せなかった。
「言っときますが、この記事の内容は事実ですよ?この休み処ピオリィから勇者小嶋様の手形の請求が来ておりますから。」
そもそもこの記事は正確に愛華のことなのかという疑問を呈されるのを見越してサランが言った。
「じゃあ確実に無事ってことですね!」
森は顔をほころばせて喜んだ。
「尚麒?」
同意を求めた親友からは返答が無く、小倉はただ新聞を見つめていた。
小倉は自分が知る学校での愛華の姿を思い出す。
そっか、皆は意外だって思ってんだな。
小嶋さん、メンタル弱いけど意地っ張りで決めたことには結構頑固なのに。
一人でうさぎの面倒を見たり掃除当番を続ける姿が浮かんだ。
でも、我慢して自分を押し込めるとこがあるからなぁ。
基本恐がりだし、やっぱ恐い思いは絶対してるよな。
それでも・・・踏ん張るんだろう、小嶋さんのことだから。
本当は女子の態度に傷ついているのに、負けずに毎日学校に来ている愛華を思い出す。
小倉はその、異世界での恐怖を感じたであろうタイミングで傍で支えてあげられなかった事に悔しさを感じた。
「・・・き?」
ん?
「尚麒!」
柳瀬の呼びかけに現実に戻される。
「ん?ああ、悪ぃ。」
「大丈夫か?」
「ああ。」
「それで・・・どうするの?小嶋さんのこと。」
木村が確信に触れた。
「どうって・・・放っておくわけにはいかないだろう。」
柳瀬が悩ましい顔で一番に答えた。
「えー?この新聞を見る限り、小嶋さん、一人でやっていけるんじゃないの?」
「そ、そうよね。やっぱりあの子は一人が好きだし。」
小松原と木村は大丈夫派のようだ。
「でも女の子一人旅だなんてやっぱり危ないよ。」
森は反対派だ。
「北野君はどう思うんだい?」
「え?僕?うーん。僕はわからないな~。」
「はぁ、君って奴は自分の意見も無いのかい。」
小松原に言われている北野は中立派だ。
「危険なモンスターがうろつく世界だ。絶対安全なんてことはない。」
柳瀬はこの前のスルベスト村での出来事を思い出した。
この世界では人の命が簡単に奪われる。
子供の目の前で親が食われるなんてあってはいけないはずだった。
元の世界では考えられないようなことが平気で起きる残酷な世界に、17歳の女子を一人でうろつかせるなんて許してはいけない。
「俺は、迎えに行ってパーティを組むよう説得すべきだと思う。」
柳瀬は絶対的に反対派だった。
残りは一人。
全員が小倉の方を見た。
「俺は・・・」
おそらく、小嶋さんはパーティに誘ってもまた断るだろう。
それに、あの別れ際の女神のような笑顔。
なんとなく一人旅をワクワクしてるような感じもあったんだよな。
小倉としても惚れた女のワガママは聞いてあげたい。
ただ、ワガママで済まされるほどこの世界での一人旅は安全じゃない。
行って、会って、無理やり説得することもできる自信はある。
でもそれじゃ学校生活と同じ、我慢を強いて愛華に作り笑顔をさせることになるかもしれない。
小倉の思考は巡る。
全員が小倉の発言を待ち沈黙になったところで、小倉は考えるのをやめた。
「ああ~っ!面倒くせっ!!!」
全員が突然の大きな声にビックリする。
「尚麒?」
親友はどうした?と言わんばかりの顔だ。
「考えてもしょうがねーよ。とりあず小嶋さんに会ってみるわ。それでどう考えてるのか聞いてみよーぜっ。」
「そ、そうだね。それがいいね。」
北野がこの答えが出ない話し合いから解放されてホッとしたように賛成した。
「そうだね。本人がいないのにここで話しても答えは出ないね。」
森も納得だ。
そうだそうだと皆後に続いて頷いた。
木村だけは複雑そうな顔をしている。
「んじゃ、サラン、俺らも北に向かうわ!馬車か何か足を用意してくれ!」
「かしこまりました。直ぐに手配いたしましょう。」
「きゃあああ、小倉様ぁぁぁ!!❤」
「柳瀬様、こちらへお乗りになってぇ~!!!」
小倉パーティが北への旅支度を終えてヴェルダ城を出ようと階段を下りている時だった。
城の階段を下り切った門前には黄色い声を出すご令嬢付の馬車が止まっていた。
それに気付いた小倉と柳瀬は階段途中で硬直した。
「おい、何だあれは?」
呆れながらキラキラな装飾の付いた豪華な馬車を小倉が指指す。
「わからん。」
令嬢付きというのも意味がわからないが、馬車も8人乗りくらいできそうな大きなもので、車内はベッドにもできそうな大きさのふかふかなクッションシートが張られていた。
その豪華な馬車に貴族令嬢と思われる女子が3名程乗っている。
「サランのやつ・・・何考えてんだ?」
小倉の目にメラメラと怒りの炎が見え始める。
「あれは・・・公爵令嬢エリーゼ様とその妹のエリス様、伯爵令嬢クラリス様だな。」
「おまっ、よくそんなの覚えてられるな?」
小倉は柳瀬の記憶力に若干引いた。
「別に普通だが?」
門の向こうから止むことのない黄色い声がし続ける。
柳瀬の眼鏡が曇った。
「で、どうする?」
「却下。」
小倉は冷めた目で言い切った。
「わかった。なるべく穏便に話を付けよう。」
「おー、任せたぞ。」
「ム、お前も来い。」
「嫌だよ。」
なんて手をひらひらさせながら話していると、馬車の方からしていた黄色い声が止んだ。
馬車の中の様子がおかしい。
先程までこちらを見ていた令嬢が逆側の窓に移動しているようで、姿が見えない。
そして申し訳ありませんなどと声が聞こえる。
「ん?」
小倉と柳瀬も異変に気付いたが関わりたくないのでその場で様子を見守る。
すると突然、その豪華な馬車は戸を閉め馬のいななき声をあげて走り出してしまった。
馬車の小窓から名残惜しそうな令嬢の顔が見えた。
「なんだったんだ?」
「さぁ。」
「ってか俺らの足は!?」
「さぁ。」
「マジかよっ。」
二人はしかたなく北の通門所に向けて歩き出す。
しかし小倉の気持ちは愛華に会いに行くという目的だけですでに高揚していた。
---------------------------------------------------------------------------------
霧が深い。
ふわふわと身体は霧の中に浮いている。
愛華は深い眠りの中に意識を漂わせ浮いていた。
誰かに呼ばれた気がするがよくわからない。。
霧の外がガヤガヤと煩い。
誰??
私を呼んでる???
「ん・・・」
愛華はまだ眠い目を細く開けて朝の光を受け入れた。
「うわぁ!!目を覚ました!!!」
眠い目をこすると沢山の人だかりが愛華を囲んでいた。
「きゃああああ!」
愛華も思わず叫ぶ。
「えっ?ええっ??」
何が起こっているのか理解できない。
愛華は自分の最後の記憶を辿ってみる。
えーっと、確か夜通し街道を走り続けて・・・朝方町に着いたけど眠たくて、そのまま近くの馬小屋の藁がたまってた場所に倒れ込んだ・・・あ!
愛華の記憶はそれを町の人に見つかったというところまで繋がった。
「あのー、勇者様ですか???」
「えっ??あ、はい。」
いきなりの問いに寝起きの頭が着いて行かず愛華は素直に答えることしができない。
「おおおおおお!!!」
「やっぱり!!!」
「モンスターじゃなかったんだ!!」
「だから言っただろう?」
「あ!」
モンスター!そうだ、私モンスターだと思われて・・・
愛華は昨日のハイロでの出来事が頭をよぎり悲しくなる。
「勇者様、にしても何故うちの藁塚に?」
この馬小屋の主と思われる中年男性が先程から気になってしょうがいないことを尋ねた。
「えっ、えーっと・・・」
「まさか一晩中いたんですか?」
まさか勇者様が、なんて言われてる。
「一晩中ではないです、はい。」
朝方からなので嘘は言っていない。
「そ、そうですよね!で、なぜこんな藁塚に・・・?」
「あ、う~。っと、疲れたので・・・つい?」
あう~!だって宿屋に入ったらまた人型モンスターかと疑われそうだし。
走りっぱなしで眠くて我慢できなかったし。
どうしよう、恥ずかしい~!
「つい・・・?」
「はい・・・つい。」
沈黙が流れる。
どうしよう!逃げたい!!(泣)
「あーっはっはっはっは!!」
その場にいた人々にどっと笑いが溢れた。
愛華の予想と違い周囲は大きな笑い声に包まれた。
「そうか!ついか!」
「俺の積み方が良かったんだな!!!」
「言ってくださればうちに泊めたのに~。」
なんて言うおばちゃんも現れた。
あれ?藁で寝るなんてもっと見下されるかと思ったのに。
思ったよりも暖かい反応をされ愛華は戸惑う。
「んで、勇者様はなぜこの町に?」
横から違うおじさんに話しかけられて思い出す。
そうだ、クレイリー製作所に行かないと!!
「あ、私・・・クレイリー製作所ってとこに行きたいんです。」
「ああ!あの高級革物作ってるとこね!」
別のおばちゃんが言った。
「この町から馬で4時間くらい行ったとこにカッサ牧場っていう酪農場があるんだ。そこにあったと思うよ。」
さらに別のおばちゃんが北の方を指さして教えてくれた。
「あ、ありがとうございます。」
愛華は藁塚から起き上がり『夜の帳』についた藁のカスを軽く掃う。
おばちゃんが指さした方を見ると、西側見えていた山脈が大分近くに見えた。
昨日は夜であまり景色が見えなかったが、山脈は北東に向けて斜めに連なっているようで、北に行けば行くほど大きく見えるようになっていた。
見ると、町の作りも王都やハイロとは大分違うように感じる。
ハイロ程建物が多くなく、密集もしていいないがそこそこ店や宿に民家もある。
木造が多く、藁の屋根の家も多い。
あってもたまに煉瓦のような建物があるだけだ。
ただ、一軒だけ一際立派なお屋敷が遠くに見える。
「あの・・・ここはスクレイですか?」
「なんだ!?勇者様、知らないで寝てたのか!?」
再びどっと笑いが吹き上がった。
は、恥ずかしい。。
ここは、宿町スクレイ。
ハイロ程ではないがそこそこ栄えていて、街道を行く人の拠点となる町だ。
ノーザから見ると、この町を朝早く発ち、北に行くことで国境を越えてフリュッセイドの町に辿り着く。
言わば、ノーザ内最後に寄る町。
逆にフリュッセイドから見るとノーザ内で最初に休む町。
その後愛華は、野次馬の一人のおばちゃんに半ば無理やり手を引かれ、自宅に招かれた。
「そのままじゃ不衛生だろ?」
なんて言われながら。
「う。た、確かに。」
昨日はお風呂に入っていない。
愛華は否定できなかった。
おばちゃんの名前はクレハ。
クレハは家に招くなり大きなタライに水汲み場から汲んできた水を入れてくれた。
この町は上下水道が無いようだ。
大きな布を張った衝立てでそのタライを部屋から隠す。
ん?ここに入れってことかな??
愛華は衝立てに隠れて服を脱ぎ、タライの水にちょんっと足をつけてみた。
「冷たっ!」
「あはは!慣れないと冷たくて大変だろ?今、お湯を足してあげるよ。」
「は、はぁ。」
愛華は脱いだ服をまた着るわけにもいかず、貸してくれたタオルにくるまった。
『夜の帳』を着ている時は感じなかったが空気が寒い。
寒さに耐えながらお湯を待っていると、家の入口ドアが勢いよく開いた。
裸にタオル巻きなので男性だったらどうしようとビクビクしたが、入ってきたのは年の近い女の子だった。
「ちょっと、母さん!!勇者様を無理矢理連れてったって町の人の噂になってるんだけど!!」
クレハの娘と思しき人の話題は自分のことだと思い衝立からちょんと顔を覗かせた。
「なんだい、騒がしい。別にいいじゃないのさ。ほら、そこにいるよ。」
クレハが部屋の角に置いたタライと衝立てを指した。
「ええ!?」
娘さんと目が合う。
赤髪にウェーブがかかっていて小顔の可愛らしい人だ。
「ど、どうも。お邪魔しています。」
愛華は衝立てから出した顔でぺこりとお辞儀をした。
娘さんの顔が汗だくになる。
「えええええ!?本物!?」
「うるさいよ、アンタは!だからそうだって言ってるじゃないか!」
「だって、こんな町はずれの小さな家に呼んだっていうの!?」
「別にいいじゃないか。猫みたいに藁塚の上で丸くなってたところを拾ったんだよ。」
あー、それ言っちゃう?愛華は言葉に詰まる。
「猫扱い!?」
娘さんが愛華の代わりにツッコんだ。
「うるさいよ!ホラ!お湯を運ぶの手伝いな!」
娘さんの名前はアルバナさんというらしい。
二人がお湯を運んでくれたおかげでなんとかぬるめのお湯に入ることができた。
もちろん、タライの深さだけなので腰から下だけだが。
愛華がタオルで上半身をこすっていると、アルバナさんが「手伝います」と言って返事を待たずに清拭を手伝い始める。
ええー!
恥ずかしいーっ!
愛華の顔は真っ赤だ。
他人に体を見られることでも恥ずかしいのに、会ったばかりの他人に触られるなんて経験はあまり無い。
真っ赤な顔を俯いて我慢していると、それに気付いたアルバナが意外そうな顔をする。
「勇者様・・・あの、恋人はいらっしゃらないのですか?」
「ええええっ!!??いないですっ!!!!」
「そう、ですか。こんなにお綺麗なのに。意外でした。」
「いいいいいたことすらありませんっ!!!」
顔を左右にブルブルと全力で否定した。
「そ、そうなのですか。」
アルバナは少し残念そうな顔をした後、どうしようか悩んだ末に口を開いた。
「えと、私、今度結婚するんです。この町の男性と。」
「えっ!!そ、それはおめでとうございます!」
歳が同じくらいだと思っていたので愛華は驚いた。
アルバナさんは童顔なだけで実は二十歳以上なのかもしれない。
「結婚を申し込まれた時は凄く嬉しくて舞い上がったんですけど、いざ目前に迫るとなんていうか・・・よくわからなくなっちゃって。」
「え?どういうことですか?」
「ええっと、なんていうか、本当に結婚しちゃっていいのかな・・・とか、家庭を持ってもやっていけるかな・・・とか、漠然とした不安に襲われるんです。あ、彼の事は心から愛していますよ?でも、結婚が恐いことのような気がしてきて・・・」
愛華は石のように固まった。
な、なんだろう?
その意味不明な贅沢な悩みは。
プロポーズされるってそういうものなのかしら?
モテる人の話はよくわからない。
てか私にアドバイスを求めてる?求めちゃってる?
異性と手を繋いだこともないこの私に?
愛華の石化はさらに進んだ。
待って。
もしかしてこれは悩みでなくて自慢なのかも?
女子同士でマウント取り合うとか聞くし。
つまり、アルバナさんは私の方が上よと伝えたいのか?のか?
石化した愛華はアルバナの表情を見るが、彼女は本当に不安そうな顔をしている。
ええー!
本当に不安そうだし!!!
わからない!
愛してるなら結婚しちゃえばいいじゃない!
意味が分からない!
意味が分からないわ!
愛華は石化が進行しすぎてついに仏の顔になり、親指を立ててサムズアップして見せた。
「勇者様?」
「行っちゃっていいーと思いマース。」
「本当ですか!?」
「ハーイ、やっちゃっていいーと思いマース。」
「あ、ありがとうございます!私、勇気が出ました!!」
もうやけくそだった。
喜んだアルバナは彼に会ってくると言って飛び出していった。
一体なんだったんだ?
残された愛華は一人で沐浴を終えて服を着始める。
「ありがとうね、勇者様。娘の背中を押してくれて。」
一連の話を聞いていたクレハが料理をしながらお礼を言った。
「い、いえ、私は大したことは何も・・・」
適当に答えただけとは言えない。
「あの子の場合、事情があってね。結婚したらちょっと遠くに家庭を持たなきゃいけないから、余計に不安だったんだと思うんだ。」
「え?そうなんですか?」
「ああ、ここの領主のクソ息子がね、うちの子を狙ってるのさ。」
「狙ってる???」
言い方がひっかかる。
普通、好意があるとか惚れたとか言わないだろうか?
「ああ、だから早めに結婚して手の届かないハクスモンド侯爵領に新居を構える予定なんだ。」
「ハクスモンド侯爵?」
「勇者様、知らないのかい?西の街道直ぐの栄えてる街だよ。」
「はぁ。」
「ここからは1週間以上かかるところだ。それに格上の侯爵領なら手出しできないだろうし。」
「それは・・・」
クレハさん、寂しくないんだろうか?
そう思ったが部外者の私がツッコんではいけない気がして黙ってしまった。
「・・・幸せになって欲しいですね。」
愛華のボキャブラリーではこんな無難な事しか言えなかった。
それでもクレハは嬉しそうな顔をしてくれた。
「ああ、ありがとうね。勇者様から祝福があれば心強いよ。」
そして、愛華が服と装備を全て着終えた時だった。
バタンッ!!
「クレハさん大変だっ!!」
町の男性が勢いよくクレハの家のドアを開けた。
「!!何事だい!?まさか・・・!!!」
「ああ、クラウスの奴!!ついに実力行使にでやがった!!!」
クラウス?実力行使?
「アルバナが連れていかれるぞ!!」
【名 前】小嶋 愛華 【クラス】マジシャン
【レベル】36
【 Next 】296
【H P】 199 【装備中】
【M P】 323 【武器】 双月
【攻撃力】 154 【頭】 なし
【防御力】 815 【腕】 スターブレスレット
【魔 力】 821 【胴体】 夜の帳
【命中力】1091 【脚】 ニーハイ+らくちんパンプス
【瞬発力】 210 【アクセサリー1】なし
【 運 】 157 【アクセサリー2】なし