初めての実戦
勢いよく北側街道を歩きだしたのは良いが、15km程歩いたところで愛華は心細くなってきていた。
最初こそ道の脇に宿屋や食事屋もあり、ノーザ兵の見回りもちらほらあったのに、今では建物も人も無くなり、代わりに林のような木々が両脇に生い茂るように立っている。
たまに鳥の鳴き声がするだけで、人の気配は自分の足音しか聞こえない。
孤独だ。
休み休み歩いているとはいえ足も限界に近い。
そして時間も夕方になろうとしていた。
「うう。これがソロプレイのリアル。」
そんな時、後ろから荷馬車の音が聞こえた。
ハッとして後ろを振り返ると、速足の馬車が一台、愛華を追いかけるようにやって来る。
あ~良かった!私以外の人もいる!
そうよね、だってここは街道だもん!
喜んでいると、速足の馬車は愛華の横を通り過ぎて追い抜いて行ってしまう。
「ああっ!待って~!(泣)」
寂しさのあまり思わず少し追いかけてしまったが馬車はあっという間に小さくなる。
「うう~。」
諦めて歩き出す。
愛華のお腹がぐぅ~と鳴った。
「はぁ、お腹空いた。」
街道に出て直ぐにサンドイッチのようなケバブのような物を一つ食べただけで、食事らしい食事は城で出された朝食以来とっていない。
「回復アイテムばっかで携帯食のこと考えていなかったんだよなぁ。」
だってRPGゲームに衣食住の概念って無いし。。
「はぁ。夜になっちゃうよ、どうしよ。」
愛華が絶望中のところに再び救いの手が差し伸べられる。
後方からまた馬の蹄の音と馬車の音がするのだ。
先程と同じように急ぎ足で馬を走らせている。
もうこれしかない!
「止まってくださ~い!」
愛華は考える前に飛び出していた。
「ぎゃ!!なんだっぺ!?」
ヒヒーン!!
急に目の前に黒いローブの人間が飛び出してきて、御者は慌てて馬を止めた。
「何すんだ!!危ないっぺよ!!!」
「す、すみません。」
当たり前だが凄い怒られた。
「んにゃ!?おなごか!?」
御者は声から愛華が若い女子だと見抜く。
「こんな時間に一人で街道歩いてちゃ危ないっぺよ!真昼間でもたまにモンスターさ出るし、夜はもっと強いモンスターや盗賊も出るっぺよ!!」
「はい、それで・・・あの・・・」
乗せてくれませんか?と聞こうとしたその前に
「早く後ろに乗るべさ!」
と言ってくれた。
「はい!ありがとうございます!!」
良い人だ!!
愛華は荷台の上に飛び乗った。
空いている僅かなスペースを見つけ、そこに腰掛けることに決める。
ハッ!という声と共に鞭が打たれ馬車が駆け出すと、座りかけていた愛華はよろけて尻餅をついてしまう。
やはり急いでいるらしい。
「しっかしなぁ~んでこんな夕方にこげなとこ歩いてるさね?」
御者は馬に鞭を打ちながら聞いてきた。
「クレイリー製作所ってとこに行きたいんです。」
「ああー、あそこか!でもそれじゃ答えになってねーべさ。こんな時間にここを通るのは馬車だけ、歩ぎの人はとっぐに宿屋にいる時間さね。」
「そ、そうなんですね。」
知らなかった。
すこし落ち込む愛華を、御者はチラリと横目で確認する。
「それにおまんさん、高貴な家の出だべ?」
「え?そんな事ありませんが・・・。」
「んまっ、訳ありもんに深くがかわる気はねー。この先に急ぎの配送やおまんさんみたいに宿街に辿り着けなかったもん用にポツンと宿屋があるんだ。オラもそこに泊まるがらそこまで送ってってやるべさ。」
「は、はい!ありがとうございます!」
それから40分程馬車を走らせて日が沈みかけた頃、話に出てきたポツンと一軒宿に着いた。
「え?これ宿屋なんですか?」
宿屋は街道の本当に傍にあった。
街道脇の林を切り開いた土地に無理やり建てた感じで、鉄柵に囲まれたわずかな敷地の中に小さな2階建ての小屋と小さな馬小屋や井戸がある。
何か小さな刑務所みたい?
「ごこいらは、モンスターも出るから、鉄柵で囲んでねーと小屋なんて壊されちまうべ?」
「な、なるほど。」
「ごこの宿屋は元軍人が親子で切り盛りしてんだぁ、息子の方は魔法も使えっし頼りになるから安心するっぺよ。」
彼は馬車を止めて小屋に向かって叫んだ。
「おーーーーい!入れてけろーーーーー!!」
あ、叫ぶタイプなんだ。インターホン的な物はないんだ。
しかししばらくしても返事が無い。
「んだ?様子がおがしいっぺ。」
御者がもう一度叫ぼうとしたその時、小屋の二階から若い男が顔を出した。
若い男は険しい顔をしている。
「ん?何かあったべか?」
「ハックさんか。久しぶりだな。だが悪いが今晩はうちは泊められないぞ。」
ええ!泊めさせてくれないの!?野宿なの!?
愛華はフードの中で青ざめる。
「な~にがあったべさ?泊めてくれなきゃオラ達はモンスターの餌になるだけだっぺ。」
「達?」
彼は荷台に乗っている愛華に気付いた。
「はぁ。正確には泊めたとしても命の保証はできないんだ。それでも良いのか?」
「よぉく話がわからんっぺよ!とりあえず日も沈むし入れてけろー。」
若い男は少し考えたが観念したようで「わかった。」と言って、二階から降りてきて開けてくれた。
「んでぇ、なぁにがあったべさ?おやっさんは?」
ハックは馬を上手く誘導し狭いスペースに馬車を移動させながら質問する。
「・・・見た方が早いだろう。来い。」
ハックが馬車の駐車を終えると愛華は荷台からぴょんと降りて一緒に若い男に付いて行った。
その先は街道からは見えない宿屋の裏手。
「んにゃ!?」
裏手までぐるりと囲んでいるはずの鉄柵が大きく歪んで壊れている。
壊された鉄柵の表面は切り傷のように色々な個所が剥がれていてボロボロだ。
そして・・・あたりの地面には大小の血痕が沢山あった。
「心配するな。ほとんどはオオカミの血だ。」
「オオカミ!?」
確かによく見ると色んな所に獣の毛が落ちている。
特に歪んだ鉄柵の所には沢山の毛玉が付いて風で揺れていた。
「オオカミごときが鉄柵を壊したべさ!?」
「いや・・・違う。」
「???」
若い男はハックの問いには答えず、歯を噛みしめて悔しそうな顔をしている。
「これ以上は中で話そう。ここらは俺の仕掛けた魔法トラップがあって危ない。」
愛華たちは小屋・・・もとい宿に案内された。
まず入ってびっくりしたのが、窓に木板が張り付けられていたり棚等の家具が窓際にバリケードのように重なったりしていて、部屋の体を成していなかったことだ。
そのせいで、もうほとんど日が沈みかけている今、部屋の中がとても暗い。
「すまないな。ちょっと待ってくれ。」
若い男は窓側に倒してあった小さめの机を部屋の中央へ置き直し、バリケードとして組まれている椅子の中から三つの椅子を選んで置いてくれた。
「茶でいいか?」
彼はテーブルの真ん中にランタンを置いて、ハックと愛華にお茶とパンを用意してくれた。
お茶の良い匂いが空腹を刺激する。
「あ、ありがとうございます。」
やった!ご飯だ!
愛華は凄い勢いでもぐもぐと食べだした。
改めて三人でテーブルを囲んだことで、愛華はハックとこの若い男の人相を確認することができた。
ハックは茶髪で年齢不詳の小太りで鼻が大きくまん丸でたれ目だ。
若い男は30歳前後くらいで藍色のストレートな髪を後ろで一つに結んでいて、筋肉質で腰に短剣を差している。
「お代はいい。この宿はもう閉める。明日の朝、ハックさんの馬車に親父を乗せてくれ。それを宿代とする。」
「んにゃ!?そういえばおやっさんはどうしたっぺ!?」
「いるよ、二階に。昨晩の襲撃で怪我をしたんだ。」
三人が難しい顔になった。
愛華も食べる手を止める。
少しの沈黙の後、若い男は重い口調で昨日あったことを話し出した。
「突然だ。昨晩、突然オオカミの群れが襲ってきた。」
「そりゃ、こんな場所だし慣れっこだべ?」
「ああ。オオカミがうちの宿屋をうろつく事はたまにある。群れで取り囲むことも何回かあった。その度に親父と俺で撃退してきた。だが、昨日は数も多くて途中でおかしいと思ったんだ。仲間がいくら殺されても諦めないというか・・・それでも俺らはいつかは諦めると思って、いつものように鉄柵の間から槍や魔法で殺したさ。だが林の奥にデカい気配がしたんだ。親父もその気配に気付いた。」
「デカい気配?」
愛華は二人の会話を聞きながら息をのんだ。
「ああ、気付くとオオカミどもがそのデカい気配と俺らとの間からいなくなってた。ヤバいと思ったらもうそのデカいのが鉄柵に体当たりをかましたんだ。ビビったね。オオカミの五倍はある巨体で鉄柵に飛び掛かったんだ。親父は『ウォーグウルフ』だって叫んでた。一回目で鉄柵は少し歪んだ。二回目でかなり曲がった。三回目でオオカミが通れるだけの穴ができちまった。」
「んにょ!穴が開くのを黙って見てたのけ!?」
「そんなわけないだろ!俺らも必死で攻撃したさ!タックルに合わせて親父は槍を突き出したが衝撃で左ひじが外れたよ!奴はかすり傷だったっていうのによ!」
「ん、んんー、悪かった。」
「そっからは乱戦だ。柵の中に入ってきたオオカミを倒すのに精一杯だった。あいつは・・・それを見て楽しんでいた!あと数回タックルすれば柵も壊せるし、オオカミを全てしかければ俺たちを皆殺しにできるっていうのに!!」
「んなわわわ。」
ハックは震えている。
「ウォーグウルフ・・・ウルフの上位種ですね。知能も高い。」
「知ってるのか!?」
あ、つい口を出してしまった。
「あーえーっと、見たことは無いんですが一応知識として。」
「そうか・・・朝日が昇る前に撤収しちまったがあいつは今夜も絶対来る!だから戦う準備をしていたのさ!」
「た、戦うったって・・・なぁんで今朝逃げなかったっぺ??まぁ、お蔭でオラ達は助かったけどもよ。」
「親父だよ。最初は元気だったんだ。んで、死んでもいいから今夜も戦うっつって聞かなかったんだよ。俺も親父もここを墓場にするなら別にいいと思てるからな。だが昼過ぎから急に倒れちまった。たぶんオオカミの毒だ。オオカミには稀に毒持ちがいるからな。」
ほうほう。覚えておこう。
ん?毒?
「親父は様態がどんどん悪化してきてる。もし、今夜生き残れたら、明日朝一で宿町にいる医者に診てもらって欲しい、頼む。」
「わがったよ。とりあえずオラが携帯しているキュアボトルあげるっぺよ、親父さんに使っとくといいべさ。」
ハックはそう言って自分の革袋から青い液体が入った小さなボトルを取り出した。
「いいのか!?貴重な物だし今夜ハックさん自身が使うことになるかもしれないんだぞ?」
「あ、あの・・・」
「まだ数本持ってるから良いっぺよぉ。困った時はお互い様だべ。」
「ありがたい!!」
「あ、あのー・・・」
愛華が少し声のトーンを上げたことで二人が気付いた。
「「ん?」」
「私、毒消し持ってますよ?」
「なに!?」「んにゃ!?」
「頼む!一つ譲ってくれ!!切らしちまってるが馬も食われて買に行けないし困ってたんだ!」
「ええ、もちろん。でもまずは、その親父さまの所へ連れて行っていただけませんか?確認したいことがありますので。」
「んにょ!?おまんさん、高貴な身分だとは思っていたが医者だったのけ!?」
「そうなのか!」
「い、いえ、違います。」
愛華は両手をひらひらさせて否定した。
「何でもいい、親父を助けてくれ!礼はする!あっと、まだ名乗ってなかったな・・・」
彼はそう言うと立ち上がり愛華の横まで来て手を差し出した。
「俺はこの宿屋『北鉄亭』のキシャだ。二階で寝てる親父はクリス。よろしくな。」
「あ、私は小嶋 愛華といいます。」
握手を交わす。
「変わった名前だな。外国人か?」
「キシャ、このおにゃご訳ありっぽいべさ、あまり詮索しない方がいいっぺよ。」
「そうか、わかった。」
え。訳ありって私の場合そうなるのかな?
「はぁ、オラもちゃんと名乗ってなかったべな。もう知ってると思うけど、オラはハックっていうだ。個人で配送業やってるだよ。」
「はい、よろしくお願いします。」
愛華は二階の寝室に通された。
ベッドにはスキンヘッドで藍色の髭を生やした50代くらの筋肉質な男性が苦しそうに横たわっている。
キシャは案内したあとハックと迎撃の準備をすると言ってまた一階へ戻ってしまった。
寝室には愛華とベッドの男性と二人だけ。
「あなたが、クリスさんね。」
クリスはうなされている様で意識は無かった。
愛華は近づき目を凝らして彼を見てみた。
すると黄色のHPゲージが出現、HPが1/4くらいまで減っていることが確認できる。
さらに特筆すべきはその上の紫色のバブルマークだ。
「これが毒状態を示すのか。」
愛華は早速【メニュー】→【アイテム】→【回復アイテム一覧】→【毒消し草】と選んだ。
そこで愛華の手が止まる。
んん?他人にアイテム使うのってどうやるの???
毒消し草を選んで出て来た選択肢はいつものように【使う】【取り出す】【複数選択】の三つ。
とりあえず、【使う】を選んでみた。
キラキラッ
愛華に使われた。
ええ~!!【使う】の後に選択肢出るのかなと期待したのに、私に使われちゃったよ!
もったいない!!残り98!
ええい、次だ。
愛華は次に【取り出す】で個数1を指定した。
にゅるん ひら
愛華の手に一枚の毒消し草が落ちた。
クリスと手に持った毒消し草を交互に見る。
やっぱ普通に考えてこれを食べさせる?かなぁ?
でも意識の無い人に食べさせることができるのか?
んー、そもそも現物を食べて効果が出るのか確かめる必要があるなぁ。
ちょっともったいないけど・・・えい!
愛華は取り出した毒消し草をパクっと口の中に入れた。
もぐもぐ・・・うううう!苦い!!!
キラキラッ
あっ!
愛華は毒に侵されているわけではないが、先程の【使う】と同じように毒消しの効果が発動されたことを身体で感じた。
【使う】以外に食べてもいける!!!
大発見だ!!!
じゃあこれをどうやって意識の無い人に食べさせるかだけど・・・
ええい、ままよ!
愛華は新たに取り出した毒消し草を、クリスの髭の生えた口へ無理矢理ねじ込んだ。
「ぅ・・・ぐはっ!!ゴホッ!ゴホッ!」
クリスはくしゃくしゃになった毒消し草を口から吐き出してしまった。
「ダメ・・・か。というか窒息死させちゃいそう。後は煎じて飲ませるとか?」
クリスはまだうなされながらゴホゴホと引きずって咳込んでいる。
うーんと悩んでいると、ふとメニュー画面でまだ見ていない項目がある事に気付いた。
「そう言えば・・・」
メニュー画面の一番下、【ヘルプ】である。
普段取説もガイドも見ないからなぁーと思いながら愛華は素早い手つきで【ヘルプ】画面から【アイテム】関連を開いた。
沢山の項目があるのを上から凄い速さで確認していく。
指の動きだけはゆっくりと上からスクロールしているが、目は物凄い速さで動いている。
愛華はついに【アイテム】関連のヘルプから【勇者以外の人にアイテムを使うには】の項目を発見した。
「これよ!なになに・・・?」
勇者以外の人にアイテムを使うには【取り出す】で取り出した後、勇者が対象の近くでアイテムをかざせば使用できる。これは勇者以外の者がかざしても発動しない。一部例外はあるが効果も勇者が使用した時と同じ効果で発動される。
「あーなんだ、そうだったんだ!」
愛華は悪いことしちゃったなーなんて胸を痛めながら、新たに毒消し草を取り出すと、ヘルプにあった通りかざして《使う》と念じてみた。
キラキラッ
クリスのHPバーの上に常に表示されていたバブルマークが消えた。
彼の苦しみの表情も大分和らいだように見える。
「やった!!!後は・・・」
コキュの実を取り出して同じようにかざして念じた。
キラキラッ
クリスのHPは9割まで回復した。
彼はすーすー寝息を立てて寝ている状態だ。
「やったね!」
愛華は飛び跳ねてガッツポーズをとった。
その時だった。
「ウォーーーーーン!!!」
辺りにオオカミの遠吠えが響いた。
---------------------------------------------------------------------
キシャとハックは馬車馬を宿の中に移動させてからせっせとバリケードを強化していた。
「良いのけ?」
「何が?」
「今日会ったばがりの人と大事な家族を二人にして。」
「ああ、もう死にかけだ。何かあればその時はその時さ。」
「ふぅん。」
「ま、もしあの女が親父に何かしたら俺が斬る。それだけだ。」
そう言いながらキシャは壁の強化用に本棚の木を剥がす。
しかし、剥がした木を見ていてふと空しさが込み上げた。
「こんなもの・・・鉄柵を壊す相手には無意味なんだけどな。」
作業の手を止めて一点を見つめ呟いた。
「・・・なぁんにもしないよりはマシだべさ。」
そう言ってハックは作業の意義を強調した。
ハックもこの作業が気休め程度なのはわかっている。
二人ともバリケード作業で今夜死ぬかもしれない恐怖を紛らわしている、という点に変わりはなかった。
「もし・・・、もしも無理そうなら、あの訳あり女を連れて逃げてくれ。逃げる時間くらいは稼いでみせる。」
ついにハックも作業の手を止めた。
「なぁに言ってるべさ、逃げたってこんな時間じゃあモンスターに襲われて死ぬだけだっぺよ。」
「ああ、だがもしかしたら宿町に辿り着けるかもしれないぞ?可能性はゼロじゃない。」
「キシャ・・・わかったべ。」
ハックは悲しい顔をした。
「そんな顔するな。俺も親父もこの北鉄亭と一緒に死ぬ覚悟はできている。」
二人が止めていた手を再び動かしだしたその時だった。
「ウォーーーーーン!!!」
「来た!オオカミだ!!」
「ひぃぃぃ!」
ハックは震えあがった。
「オオカミが来たんですね!」
愛華も黒いローブを揺らしながら二階から駆け下りて来た。
「親父はどうだ!?」
「クリスさんはもう大丈夫です!」
「本当か!?はっ・・・良かった・・・!!!」
キシャは顔を押さえて気が抜けたように少しよろけた。
「おっと。キシャ、喜ぶのは生き残れたらだっぺよ。」
キシャを支えながらハックが言った。
「ああ、ああ、そうだな。」
三人はバリケードごしに張り付いた。
キシャが攻撃のためにわざと開けた壁の穴を覗く。
穴は壁に二つ。
一つはキシャ、もう一つにはハックと愛華が二人で覗く。
オオカミの姿がチラリと見えた。
でかっ!!何あれでかっ!!!
あれがヴォーグウルフ!?
「今見えてるのが例のやつですか!?」
キシャは「は?」といった表情で愛華を見た。
「お前・・・オオカミ見るのは初めてか?本当に高貴な身分なんだな。」
「あでは、普通のオオカミだべさ。」
「ええっ!そうなんですか!?」
愛華はオオカミがてっきり大きな犬くらいの大きさかと考えていたが、実際は犬よりも二回りかさらに大きく牙や爪も大きかった。
そんな獣がグルグルと喉を鳴らして穴あき鉄柵の向こう側をうろついている。
やだ・・・怖い。
愛華は初めて見るモンスターの屈強さに怯えていた。
傍から見てもわかる程に全身がガクガク震えている。
それを見たキシャとハックは目を合わせて頷いた。
「小嶋 愛華、お前は俺の親父の恩人だ。危険な目に合わせたくない。二階に避難していてくれ。」
「えっ?」
「んだんだ。高貴なお姫様にゃ無理だべ。二階に避難してくんろ。」
「そ、そんなっ。私っ・・・」
-勇者なのにっ・・・-
「いいからいいから。」
男二人にあれよあれよと階段まで押し込まれてしまった。
「わ、私もお役に立ちたいんです!」
「じゃあ二階で親父の様子でも診ててくれ。」
「もしもオラたちに何かあっても自分を優先して動くっぺよ?」
そう言いながら二人はテーブルとイスで作った簡易バリケードで階段口を塞いでしまった。
「うぅ。」
とぼとぼと二階へ上る足がまだ恐怖で足がフラついている。
情けない。
こんなの・・・勇者じゃない。
ゲームじゃこんなの・・・こんなの・・・
そう、ゲームじゃない。
これはゲームじゃない。
馬鹿だ、私・・・本当に馬鹿だ。
愛華が二階の寝室に入ると、裏手から「ウゥゥウォン!!」と声が聞こえ、それを合図のように数えきれないほどのオオカミの吠える声が聞こえた。
「!始まった!?」
愛華は急いで二階の窓から裏の様子を見ると丁度最初の一匹が鉄柵の穴めがけて飛び込んだ。
バチバチバチ!!
「キュゥーン!」
裏手の暗い空間に青い閃光がほとばしる。
オオカミは黒焦げになって鉄柵から弾き飛ばされ林の影にプスプスと煙を上げて転がった。
動く気配はない。
「あれが魔法トラップ・・・。」
雷系のトラップを仕掛けていたようだ。
「よぉし!やったべ!」
「まだ一匹だ。」
一階のバリケード越しにキシャとハックも様子を窺がっている。
バチバチバチバチ!
同じように鉄柵の穴に飛び込んだ別のオオカミがまたトラップにかかる。
二階で真剣な眼差しでその様子を見ている愛華の顔がトラップの光に反射して青く染まる。
バチバチバチバチ!
「来た。また次。」
バチバチバチバチ!!
「んな、なんかおがしくねーべか?なぁんで同じこと繰り返すべか?」
「だから言ったろ。楽しんでるんだ。奴にとっては手下のオオカミなんてどうでもいいんだ。」
それを聞いてハックの顔にさらに恐怖が増した。
バチバチバチ!
「また突入したべ。」
バチバチバチ!
「また。」
バチバチバチ!
「凄い!これならいけるかも!」
一向にオオカミたちが鉄柵からこちらへ来れない状況を見て、愛華にはこのまま朝まで守り切れるかもしれないという期待が膨らんだ。
しかし、オオカミたちは黒い塊となった仲間を跨いで気にせずに穴へと飛び込む。
バチバチ!
「そろそろだな。」
キシャの顔に焦りが見え始める。
「オ、オラも思ったんだが、段々トラップの威力が無くなってきてる気がするっぺよ。」
「ああ、もってあと3回分か。」
「あぅ~、やっぱりそうくるべかぁ。」
ハックから血の気が引く。
バチバチ!
二人が話している間もオオカミの黒焦げが出来上がっていく。
そして・・・
バチッバチバチッ・・・
「キュウン!」
今度のは明らかに青い閃光の出が悪かった。
「え?今のって!!!?」
二階の愛華から見てもトラップに異常をきたしたのが一目瞭然だった。
そしてその閃光を浴びたオオカミは表面が焦げただけで生きていた。
「来るぞ。」
「あわわわわ。」
キシャは壁の穴から右手を出した。
ハックは棒の先に包丁を括り付けた簡易槍を穴に向けて構える。
「グルグルグル」
まだまだ沢山のオオカミが鉄柵の向こう側によだれを垂らしてこちらを伺っている。
「ウォン!!」
一匹のオオカミが鉄柵の穴を飛び越えた。
ボォン!!
爆発が起きた。
キシャが鉄柵の内側にも貼っていた魔法トラップだ。
「はぁ~、なんだ、まだトラップあるじゃない!」
愛華の心臓も爆発しそうだ。
「あれは1回しか使えずあまり個数も無いんだ。そのトラップから抜けて来たやつを殺る。」
「わがった!」
そうこうしている間に次のオオカミがぴょんっと穴を抜けて来た。
何も起きない。
それを見たオオカミ達が次々と柵の穴からこちらへ飛び込み始める。
「!!あれ??トラップが!!」
愛華は窓に張り付いて下の裏手を確認する。
ボォン!
ボォン!
侵入してきた何匹かはトラップにかかるが、かからなかったオオカミ達は煙の間を抜けて小屋へと駆けてくる。
「きた!来たべ!!」
《水の精霊ウンデーネよ、穢れ無き精霊を氷寿へと導き氷の刃となりて我が声に応えよ》
《アイスペイン》!
キシャの右手から氷の槍が放たれる。
「キャイン!」
「キュン!」
数匹の体に氷の刃が突き刺さり血を出しながら転がる。
だがそれをかわしたオオカミ達は荒い呼吸をしながらあっという間に小屋に到着する。
「えいさ!」
そんなオオカミをハックが穴から突き刺す。
だが、オオカミはどんどん柵の内側へ入ってくる。
バンッ!
愛華は目の前の窓を開け放ち、二階から下の小屋裏にいるオオカミに標準を定める。
《ファイ》!
小さな火玉が右手から飛び出す。
しかし動くオオカミの横に落ちて火は掻き消えた。
「当たらなっ!!」
自分でも驚く。スキルを使用したので視界に4/5くらいあるMPゲージが出現した。
一方、一階で戦っている二人は思わぬ援護に驚いている。
「あいつ・・・魔法も使えたのか!」
「初心者っぽいけど、いないよりは良いっぺよ。」
なんて言われていることは二階にいる愛華にはもちろん聞こえていない。
「んもー、当たらないとMPが勿体ないじゃない!」
柵の内側へ入ってくるオオカミの数はどんどん増えている。
落ち着け。冷静に。考えるのよ!
きっと私の【命中力】よりもオオカミのレベルや【瞬発力】の方が上なんだわ。。
そりゃそうよね、私レベル1だし。
ん?命中力???
んん???
「ああ~っ!私って本っ当ぉに馬鹿!!!」
一方一階では。
「ウァン!!」
「キュイン!」
「ゥワン!」「グルグルグル」
オオカミが窓ガラスを割りバリケードを攻撃している。
今は、積み重ねたバリケードが何とか侵入を防いでいる状態だ。
キシャは詠唱と魔法発動の繰り返しでひたすらブツブツ言っては氷の刃を放っている。
ハックは一生懸命に刺してはいるが、戦闘に慣れているわけではないので、一撃で仕留められるわけでもなく、数を減らす貢献はあまりできないし大分疲弊もしている。
「数が多すぎるっぺよ!!」
「くっ!」
このままでは不味い。
何か考えなくては!
焦るキシャの隙をついて、壁の穴から出ている右手にオオカミが噛みついた。
「うああああああ!」
キシャは痛みに耐えながら左手で腰に差している短剣を掴み、噛みついているオオカミの口を刺す。
たまらずオオカミは離れたがキシャの右手からはどくどくと血が出ている。
「大丈夫が!?」
「くそっ!」
ハックが駆け寄った。
その時、
《ファイ》!
「キューーンン!」
「キャン!!」
先程よりも大きな火の玉がオオカミ数匹を巻き込んで燃え上がった。
「なんだべ!?」
「はぁ・・はぁ・・・あいつ・・・最初から本気でやれーー!」
キシャは二階に向けて叫んだ。
二階にいる愛華は両手に『双月』を装備していた。
「やったー!レベルが上がった!!!」
オオカミ二匹を倒してレベルがいくつか上がった感覚がした。
「最初から武器を装備していれば良かったわ。」
レベル1時点の愛華の【命中率】は「6」、しかし『双月』を装備することで【命中率】は「896」に跳ね上がる。
しかも【魔力】も「339」(素ステは「9」『夜の帳』で「+330」)から「579」に上がったことで威力も増すというおまけつきだ。
レベルが少し上がったお蔭か愛華は少し恐怖が和らいでいた。
「よし、この調子でやるわ!」
《ソイ》!
一階の窓越しでバリケードを攻撃中のオオカミに標準を合わせて土魔法を放つ。
攻撃していたオオカミは地面からのコーン型の針に突き刺さる。
《ソイ》を使ったのは初めてだが、地中から三本の鋭い石針が飛び出す魔法のようだ。
オオカミのまだ温かいであろう血が針を伝って地面に血だまりを作っている。
「グ・・・グロい。でもこれって新たなバリケードとして使えそう!」
愛華はもう一つの窓際にも《ソイ》を放ちトゲトゲのオブジェを生やした状態にした。
あとやる所と言えばあそこだ。
《ソイ》!
鉄柵の穴の前にトゲトゲを生やす。
「よし!」
これでオオカミの侵入を止めることができる。
すでに愛華のMPは半分程度だった。
あとは『双月』で上から撃つことにした。
「あいつ・・・やるじゃないか!!」
噛まれた右手に包帯を巻きながら外の様子を見ていたキシャだったが、思わず明るい声になる。
「こいつぁ、もすかしたら生ぎて朝日をおがめっかもしれねーべさ!」
壁の向こうからオオカミ達が撃ち殺されていく声を聞きながらハックにも希望が見えて来たようだ。
「あいつ随分詠唱早いな、実は早口得意なのか」なんて笑い話もできるくらいだ。
どうやら『双月』の魔弾を魔法だと思っているようだ。
しかしそんな希望は直ぐに打ち砕かれる。
ドォーーーーーン!
街道の方から大きな音がした。
【名 前】小嶋 愛華 【クラス】マジシャン
【レベル】6
【 Next 】23
【H P】47 【装備中】
【M P】83 【武器】 双月
【攻撃力】12 【頭】 なし
【防御力】693 【腕】 スターブレスレット
【魔 力】609 【胴体】 夜の帳
【命中力】916 【脚】 ニーハイ+らくちんパンプス
【瞬発力】19 【アクセサリー1】なし
【 運 】15 【アクセサリー2】なし