修学旅行前日
孤独だった・・・ずっと・・・
いつからだろう周囲が全て同じ他人に見えるようになったのは。
鏡の前に映る美少女に問いかける。
薄く桃色に染まる唇と頬は白い肌とのコントラストでノーメイクなのに化粧をしているかのように色っぽい。
薄い茶色のストレートロングはツヤ感があり朝の陽ざしを見事に反射している。
だが一番の印象は彼女の目だ。
独特な形のいい目に長いまつ毛、吸い込まれそうな瞳。
一見しただけでも印象に強く残る、まるでお人形のような外見だ。
「異世界にでも飛べればいいのに・・・」
足元のファッション雑誌に紛れるように散乱しているライトノベルに視線をやる。
この部屋は一見普通の女子高生の部屋だが、
可愛い物と同じくらいオタク向けの雑誌やゲームが散乱していた。
「今日も頑張ろう。」
あー、学校行きたくない。
制服のブレザーを羽織るとトタトタと階段を駆け下りる。
「あら、おはよう愛華。」
「おはよう、お母さん。今日は何も食べたくないし時間もないから・・・もう行くね!」
「えぇっ、ちょっとまた・・」
母親の言葉を勢いよくドアが閉じる音が遮った。
私の名前は小嶋 愛華。
私は、他人が苦手だ。
家族も例外ではない。
美人に産んでくれたことには感謝しているけど・・・
ヒステリックな母と癇癪持ちの父
駆け落ちして生まれた私は他に親戚も知らない。
引きこもりの弟と母親のいいなりの妹がいるだけ。
足早に通学路を歩く愛華には、通り過ぎる異性達からの熱い視線がが注がれる。
愛華にとってはいつものことだが、好きではないその視線のせいで昔から周囲をあまり見ないようにしていた。
男性は苦手だ。
-ガラガラッ-
愛華が入った教室の表札には、2年1組と書かれていた。
教室の中はワイワイと賑わっていて、その中心にはいつも特定の人物がいる。
小倉 尚麒。
明るく染めた髪が似合うスポーツ万能な好青年、学校一のイケメンだ。
バスケ部のエースで一年の頃からスタメン入り、インターハイベスト8の功労者でもある。
くったくのない笑顔で友人と笑い合っている。
柳瀬 拓。
小倉の親友で同じバスケ部。
インテリ眼鏡の文武両道派。
テストでは常に学年三位以内をキープ。
よく見るとそこそこイケメンなのに小倉が目立ちすぎているためあまり日の目を見ない。
ふと小倉と視線があった気がしてドキリとする。
咄嗟に視線を逸らし素早く自分の席へと向かう。
イケメンは苦手だ。
その様子を睨み付けるように見る女子がいる。
木村 玲奈。
明るく活発な女子。金髪にピアスの気が強そうなクラスのリーダー的存在である。
伸ばした前髪をセンター分けにして高い位置でポニーテールをしている。
愛華は彼女のキツイ視線にも気付いている。
気が強い女子は苦手だ。
「ホームルーム始めるぞー。」
担任の谷 健司が気怠そうに入ってくる。
ザワザワとしていた生徒たちは白けたように自席へ着いていく。
「お前らー・・明日から修学旅行だからって浮ついてんなよー。」
そう、明日からは愛華にとって逃げたいイベント1位、修学旅行なのだ。
「ぁぁ、嫌だ」
愛華は誰にも聞こえない小声で嘆いた。
いつもと同じ授業。
いつもと同じクラスメイト。
いつもと同じ、やる気の無い担任。
いつもと同じ教室。
いつもと同じ窓。
いつもと同じ教室の天井のシミ。
この世界はいつも同じことの繰り返しだ。
こんな世界は嫌いだ。
どこか遠くへ・・・誰もいない世界へ行きたい。
気付けば5時間目の授業も終わり、学校のチャイムが鳴っていた。
明日の準備もあるし早めに帰ろう。
愛華は荷物をまとめると、ゆっくり立ち上がった。
しかし愛華は教室を出る際にふと気付いてしまう。
掃除当番表に「2班」のマグネットが貼られていることを。
あ~今日掃除当番だったんだぁ。
出席番号順に組み分けされた6つの班で愛華は2班だ。
ああー面倒くさい。
明日から恐怖の四日間が始まるというのにその前日の放課後に掃除当番まで来るのか。
しかし自分たちが使った教室を掃除するのは当たり前だ。
はぁ。
愛華は誰にも聞こえないようにため息をついた。
しょうがない。
愛華は意外と責任感があるほうだった。
ゴミのポイ捨てなんて絶対にしないタイプだったりする。
さぁ、掃除を始めようか。
だが一つ問題がある。
明日の修学旅行に浮かれているのか数人のクラスメイトがキャッキャウフフとだべっていて帰ろうとしないのだ。
そして愛華はいつまでも喋っているクラスメイトに
「おーい、教室掃除するから一旦出てってよー!」
なんて事は勿論言えないのだ。
言えれば良いんだろうけど言えないのだ。
くぅ!リア充どもめ~。
こうなったらリア充どもがいなくなるまで時間を潰すしかないわ!
こういう事はたまにある。そうたまに。
こういう時、愛華はいつも学校で飼育しているウサギの黒子を見に行く。
学校の裏庭に飼育小屋があるが、飼育委員があまり面倒をみていないのでたまに見てあげている。
モフモフは好きだ。
飼育小屋に近づき小声で「黒子ぉ~。」と呼ぶと、ハウスの穴から鼻をヒクヒクさせながら黒いウサギが出てきた。
すっかり声と臭いを覚えている。よしよし。
「クフフ。」
可愛い❤
小屋の中を見るとやはり水が無くなっていて餌も貰っていないようだ。
係の人は給食室に毎日取りに行く決まりなのだが、信じられないことにサボったり忘れたりする生徒が多いのが実情。
「ちょっと待っててね。」
愛華は飼育小屋の鍵を取りに行くため職員室へと目的地を変更した。
コンコン
「失礼します。」
職員室に入ると担任の谷が愛華に気付く。
愛華の目的も既に理解してくれているので、面倒臭そうに立ち上がり鍵が沢山あるキーボックスから一つの鍵を取り出す。
谷の元へ向かうと、呆れた顔で「飼育小屋」のラベルが貼られた鍵を愛華の顔前にぶら下げた。
「お前、また良いように使われてるのな。」
「でも、黒子が可愛いので。」
「苦じゃないと?」
「・・・はい。」
これに関しては本当。
「少しは怒れよー?お前、このままだと生きてくのが大変だぞ?」
「で、でも誰に怒ればいいのか・・・。」
「生徒会にでもチクれば良いんじゃないの?」
「バレたくないです、私がチクったって。」
「ふうん。ま、面倒くさいって気持ちはよーくわかるけどな。」
結局そこかい!
いや、てか先生なんだからあなたが動いてくれればいいんじゃない?
「あ、早くしないと給食のおばちゃん帰っちゃうぞ。」
「あ!」
時計を見るともう少しで16時だった。
鍵を受け取ると、急いで給食室から野菜と水をもらい黒子に餌を与えた。
「黒子、明日から4日間外国なんだ。行きたくないよ。」
黒子は鼻をヒクヒクさせ丸い目で愛華を見つめた。
実際何を考えているのかはわからないが、独り言を聞いてもらった気分になり少し癒される。
あーお持ち帰りしたい。
癒された愛華は、飼育小屋の鍵を返し教室に戻ってみることにした。
教室に着くとそこには夕焼けと静寂があるだけで人気は無かった。
隅には埃が溜まり、ゴミ箱にもゴミが入ったまま。
明らかに今日の掃除はまだされていない。
さぁ、今度こそ始めよう。
2班には愛華の他に本来4人クラスメイトの女子がいるはずだった。
だが2班は愛華以外に誰も掃除をしない。
それが当たり前になって久しい。
「よいしょ。」
愛華はいつものように椅子を机の上に乗せ始めた。
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ピーッ
「きゃあああああああ!」
「小倉くーーーーん!!!」
「ヤバい!カッコいい~!!!」
「柳瀬くーーーーん!」
体育館に黄色い声援が響く。
黄色い声の先には学校一のイケメン、小倉と相棒の柳瀬 拓がいた。
今はバスケ部が体育館の使用権を持つ時間だ。
彼らのTシャツから出る首や腕は、鍛えられている事がよくわかる。
汗がその筋肉の筋を伝っていた。
荒い息遣いと同時に厚い胸板が動く。
見ていると激しい運動後の熱気まで伝わってきそうだ。
そんな二人を、数十人の女子が体育館の端や出入口から、うっとりとした目で見守っている。
当人たちはその熱い視線を気にする様子も無く、練習をしているわけだが。
そのうち小倉が動きを止め、柳瀬に指で合図を送る。
「ちょっと水飲み行ってくるわ。」
「ああ。」
荒い息のまま答えた相棒とタッチを決めると再び「きゃああ」という叫び声が聞こえた。
首筋の汗をTシャツで拭いながらバスケのコートから出て行く。
小倉の背中を女子達が見送った。
水飲み場には誰もいなかった。
たまにこの瞬間を狙って待ち伏せなどがあるので、普段から自分の飲み物を持ち込んでいるのだ。
今日は旅行前ということもあり飲み物を飲み切るために持ってこなかった。
小倉は蛇口の先を上に向け勢いよく蛇口をひねった。
余程喉が渇いていたのだろう、ゴクッゴクッという音が誰もいない体育館裏に響く。
喉と腹が見たらされた満足感で「プハァァァ!」と上を向いたその瞬間、自分の教室に独りで椅子を上げている女子の姿が見えてしまった。
表情が曇る。
「!!!・・・・また!」
小倉は2年1組の教室へ向けて駆け出した。
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「オーエス、オーエス」
愛華は全ての椅子を上げ終わり、机を教室の後ろ側へ移動させる。
初めに教室の前側(黒板側)、後から教室の後ろ側を掃除するためだ。
一人で三十人分の机を下げるのはちょっとした重労働になる。
机の中に置き勉している人も多く椅子を乗せた机は重い。
「あと半分・・・」
そうつぶやき細い手で次の机を持ち上げた時だった。
-ガラッ
急に教室のドアが開いたのでぎょっとして音の方を見ると、クラスメイトの小倉がぜぇぜぇ言いながら立っていた。
「小倉君?」
「あー、今日掃除当番だったんだ?・・・御免。」
荒い息を抑えながら気まずそうに謝る。
「???どうして小倉君が謝るんですか?」
「あーいやー、うん、知ってたらもっと早く手伝えたなって。」
そう言うと机を下げるのを手伝いだした。
それを見て愛華も止めていた体を動かしだす。
「部活は・・・良いんですか?」
「ああ、全然大丈夫。」
小倉は両手でひょいと軽そうに机を持ち上げ、スタスタと歩いて移動させてしまう。
男子の力はすごい。
それに小倉は汚いゴミも率先して対処する姿勢も持ち合わせている。
愛華もそんな小倉の人間性は好きだった。
相変わらず仕事が速いなぁ。
正直掃除がどんどん進むから助かる。
二人は机を下げ終えて前方の掃き掃除に着手する。
「あのさ。」
「はい。」
「俺が言ってやろうか?」
「???何をです?」
「2班の女子に。」
「それは・・・良い案とは思えません。」
愛華は掃き掃除の手を動かしたままきっぱりと答えた。
「だよな。」
小倉は愛華に聞こえるか聞こえないかの小さな声で同意する。
実は以前、他の件で見かねた小倉が女子に軽く注意した事があった。
だがそれは「小嶋さんが小倉君に言いつけた」と見られ、一部の女子による愛華への態度がさらに悪化した事があったのだ。
小倉はその件があってからなるべく愛華に関わらないようにしている。
愛華もその事はなんとなくわかっている。
愛華にとっても小倉は本当はあまり関わるべきではない学校のアイドルだ。
とはいえ、お礼はきちんと言わなくては。
あまり人と接することが得意ではないが、人としての礼儀はわきまえているつもりだ。
意を決して息を吸い込む・・・
「・・・小倉君。」
「ん?」
「い、いつも、すみません。」
「・・・いいよ。」
小倉は優しく笑った。
実は小倉が愛華の独り掃除当番を手伝うは今回が初めてではない。
愛華にとってこの事が一部の女子にバレることが何よりの恐怖だが、掃除という誰もが避ける事を、純粋に気遣い、手伝ってくれる小倉に心から感謝していた。
「あのさ。」
今度は小倉から切り出す。
その声は先程までとは違うトーンだ。
「はい。」
愛華はせっせと箒で埃を集めながら答える。
「明日から修学旅行だな。」
「はい。」
「あ、やるよ。」
塵取りに集めたゴミをゴミ箱へ入れる時、ゴミ箱を斜めにすると入れやすいので、自分の手を止めそれをやってくれる。
紳士である。
掃き掃除が終わり、後ろに下げていた机を元に戻す段階に入る。
小倉は先程言おうと思っていたことを、意を決して伝えることにした。
「あー、あのさ。」
小倉は夕日で顔が赤いのがバレないよう祈った。
「はい。」
「~~っ」
愛華は中々続きを言わない小倉の様子に気付き、机を運びながらも不思議そうに見守る。
目があった瞬間、彼の覚悟が決まった。
「3日目の自由行動の時ー・・」
ガラガラッ
「尚麒っ!!!こんな所で何してる!???先生がっー・・・」
勢いよく教室に入ってきた柳瀬と、机と椅子を戻している状態で絵の様に動きを止めた二人と目が合う。
「あ。」
柳瀬はやってしまったと思ったが時すでに遅し。
小倉が部活を抜け出して来たこともこれで愛華にバレてしまった。
「小倉君、後は少しですからもう大丈夫です。」
ジロリと小倉が柳瀬を睨む。
「え?い、いや、寧ろ俺も手伝おうか?ははは。」
そうじゃないだろう!と自分で突っ込むが珍しく冷静になれない自分を恨む。
「いえ、本当に大丈夫ですので、二人は部活に戻ってください。」
愛華はできる限りの笑顔で答えた。
教室を後にして二人は体育館へ急ぐ。
小倉は般若のような顔で柳瀬の後頭部を見ている。
勿論その後頭部の主もその怨念とも呼べる視線には気付いている。
「いや、すまん。割とマジですまん。」
柳瀬は決して後ろを振り返らず体育館まで歩いた。
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「ただいまー。」
「愛華!あんたこんな暗くなるまでどこで遊んでたの!?」
台所で夕飯支度をしていた母親がドタドタとやってくる。
「遊んでないよ、学校で・・・」
本当のことを言おうとしたが、母は一層酷い剣幕になる。
「嘘言わないで!こんなに遅くまで授業があるわけないでしょ!?」
愛華は言葉を遮られ続きが出てこなくなる。
「大体あんたはいつもいつも・・・!!」
ここからは昔の話が持ち出される。
こうなると長い。
よくそんなに覚えているなと感心するくらいだ。
しかもどのエピソードも愛華からすればこじつけも良いとこだ。
「・・・・」
「どうして黙ってるの!?何とか言いなさいっ!!」
「・・・」
口を開けて何か言おうとするが出てこない。
どうせ何を言っても聞きはしないのだ。
何を言っても無意味だ。
「どうして、いつもそうなのよ!!?」
そこから先は目の前でキーキー怒鳴っている母の声が遠くの方で聞こえ始める。
俗にいう右から左へというやつなのだろうか。
ああ
嫌いだ。
「・・・さい。」
「は!?」
「ごめんなさい。」
母親の怒りが少し収まっていくのがわかる。
魔法の言葉だ。
「どうして最初からそうやって素直にならないのよ!?少しは妹を見習いなさい!」
解放された愛華はよろよろと自室へ向かう。
パタンという扉を閉める音が響くと安心感が戻ってくる。
自分の部屋が一番落ち着く。
ベッドに腰掛けるとそこからは少しぼーっとした。
それからどれくらい経ったかわからないが、ハッとして我に返る。
修学旅行の最終準備をしなくてはいけないことを思い出したからだ。
時計は18時半を過ぎていた。
いけない!
「しおり、しおり!」
修学旅行のしおりを見て最終チェックだ。
「えーと、パスポート、パスポートのコピー、学生証、台湾ドル、充で・・・」
気付けばポロポロと涙が出てきた。
仕事が続かない父、その事でパートと家事で精神を病んでいく母。
引きこもりの弟に母の言いなりで人形のような妹。
いったいいつまでこんな生活が続くのか?
大人になって一人暮らしを始めるまでは我慢するのか?
その希望にかけているが学校で友達の一人も作れないで仕事なんてできるんだろうか?
社会人としてやっていけるのだろうか?
不安に胸が押し潰されそうになる。
しかしどれだけ将来を不安がっても今まで何にも有益な結論は出なかった。
悩むだけ時間の無駄だ。
一日一日を過ごすので精一杯なのだ。
「とりあえず目下、明日からの修学旅行を乗り切ってみせる!」
愛華は涙を拭い、頼みの携帯ゲーム機をバッグへ入れた。
召シマセ・・・召シマセ汝
その夜、愛華は深い眠りの中で女の笑い声を聞いた気がした。