9話 潜入
■1日目 午後8時30分 フロンティア西部 湾岸倉庫地区 駐車場
「さて、本題に戻ろう。これから件の倉庫に襲撃をかける。
宗次、偵察の結果を教えてくれ」
『分かった』
宗次は了承すると、"月光一号"を操作する。
すると、ドローンのライトから3Dの立体地図が空中に投影される。
『では、偵察の結果を説明しよう』
宗次はキーボードをタイプする。
『カインが来るまでに、ざっと倉庫の外周を回ってみた。
建物の規模はそれほど大きくない。大き目の体育館ぐらい。
ただし、建物の周囲には3メートル程度のフェンス。厄介なことに高圧電流が流れてる。
また、倉庫に取り付けられた監視カメラは計50台。
その内の45台が市販のワイヤレスカメラ。
……こちらには隙があるな』
宗次は手短に説明すると、さらにキーボードを操作する。
すると、3D投影された倉庫のモデルデータに監視カメラを表す50個の光点が表示される。
「宗次君、ワイヤレスだと隙があるの?」
翠玉は首をかしげて質問する。
『ああ、ワイヤレスカメラは有線式のカメラと違って、電源さえ確保できれば即座に監視カメラとして使えることがメリットだ。
しかし、録画したデータを無線通信で送ることから、どうしてもセキュリティが甘くなる。
もちろん、送信するデータは暗号化してあるが……』
宗次がキーボードをタイプすると、3D投影された地図に、銃を持った警備員の姿が映し出される。
彼が監視カメラの映像を盗み見たのだ。
『所詮、市販品ではこの程度。
やり方さえ知っていれば、盗み見ることは容易い』
「おおー!!まるでハッカーみたい!」
『ハッカー枠で雇われているので、これぐらいはね。
あとついでに言えば、市販品ということは、監視カメラの有効距離も画角もネットで調べられるってことで。
それを加味すると、こうなる』
3D投影された50個の光点から、さらにカメラの有効範囲を表す扇状のイメージが追加される。
『で、こうしてみると、意外と監視カメラに死角があるのが分かる訳だ』
「やるじゃない宗次。これなら楽に潜入できそうね」
リィーンは宗次の解析結果に賞賛の声を上げる。
「ふむ……あと確認しておくべきは、エーテル側からの監視か。
宗次、エーテルセンサーによる監視はやったか?」
『エーテル関係は専門外だが、一応はやってみた。
エーテルセンサーの映像、出すぞ』
今まで表示された3Dの立体地図が、緑色の濃淡で示された画像に切り替わる。
この緑色の光景が、エーテルを通して見た世界だ。
これは温度を視覚的に見るサーモグラフィをイメージすると分かりやすい。
エーテルが強ければ彩度が上がり、輝くように見えるし、逆にエーテルの薄いところは暗く見える。
その画像に、エーテルの専門家であるカインはじっと目を凝らす。
「……画像を見る限りは、監視系の能力や結界は張られてなさそうだな。
『ゴースト』の影もなさそうだ」
『ゴーストっていうと……幽霊や精霊、悪魔なんかの総称だったか?』
「そうだ」
『ゴースト』
「ゴーストとは実体を持たないエーテル体のことを言う。
彼らは本来、ここではない世界……
『エーテル界』に存在するものだが、大厄災以降はこの物質世界にも存在している。
しかし、この世界はエーテル界に比べてエーテルの濃度が低いため、
ゴーストがこの世界に存在し続けるためには、身体を入れる器と、エーテルを確保する必要がある。
そこで体内に多くのエーテルを内包するエーテルリンカーとの利害が一致するのだ。
ゴーストは契約したエーテルリンカーに取り憑き、エーテルを貰う。
その代わりに、ゴーストはエーテルリンカーに『加護』を授けるのだ。
例えば、水の精霊ウンディーネなら『水の加護』、
火の精霊『サラマンダー』なら『火の加護』のように。
そうやって契約することで、能力を強化したり、能力の幅を広げることが出来る。
「ただ、ゴーストとの契約は慎重にやらないと痛い目を見る。
彼らは無条件で人間を助けてくれる存在ではないからな。
安易に強い力を求めて、神だの悪魔だのと契約してみろ。
最悪、身体を乗っ取られてエーテルを吸われ続けるだけの養分になりかねん」
『ふーん、色々大変なんだな。
ところで、カインやリィーンさんは何か契約しているのか?』
「……宗次はこの業界に慣れてないから、仕方がないが。
普通は『契約しているゴーストは何か』、なんて聞いてはいけないぞ。
例えそれが、一緒のチームを組んでいたとしても。
エーテルリンカーにとって、ゴーストは切り札だから」
『そうなのか……すまない』
「まあ、俺は気にしてないから、今後もこの仕事を続ける気なら気をつけておくといい。
ちなみに、俺は『ケルベロス』と契約してる。
ただし、加護は内緒な。
宗次のことを信用していない訳ではないが、俺にとっては最大の切り札だから」
『ケルベロス。ギリシア神話に登場する冥界の番犬だな。
……いや、詮索はしないとも』
宗次はその名前から加護を連想したが、口にはしない。
その対応にリィーンは良く出来ましたと、微笑む。
「偉いわ宗次。
加護の予想なんて、ケルベロスの名前を出した時点でばらしているようなものでしょう?
だからこそ安易にゴーストの名前は出してはいけないのよ」
『はい……良く分かりました』
「ちなみに、私もゴーストと契約しているけど、この場で名前は出さないでおくわ。
ま、出し惜しみをするつもりはないから、必要なら迷わず使うわ。
この仕事で見れるといいわね」
『それは楽しみにしていいんですかねぇ……』
ゴーストの加護に頼らないといけない状況って言うのは、それは少なからずピンチな訳で……
そう思う宗次に代わり、カインが口を開く。
「まあ、何はともあれだ。
監視カメラの死角も暴いた、エーテル能力、ゴーストによる監視もなし。
これだけお膳立てされては潜入しないという手はない。
皆、準備はいいか?」
「私はいつでもいけるわよ。ご主人様」
「わたしもー」
『自分だけ安全な自室からで悪いが、その分ドローンが頑張りますので、よろしくお願いします』
「よし、ではいくか」
■1日目 午後9時0分 フロンティア西部 湾岸倉庫地区 "シーピース社"倉庫 付近
カイン達は駐車場から、今回の標的であるシーピース社の倉庫、その少し離れた位置に移動する。
「見張りは門番2名に巡回の兵隊2名の計4名。
装備は防弾チョッキにマシンガンか」
「ま、普通ね。
4人程度なら私が殺してきても良いけど、今回はせっかく宗次が頑張ったのだし。
こっそり潜入と行きましょうか」
「潜入は良いけど、倉庫の周りのフェンスはどうするの?
私の魔術を使ってもいいけど……たぶん、ばれるわ」
『自分のドローンならフェンスを飛び越えて、電流の制御装置を操作しても良いけど……
ばれるだろうなぁ』
潜入するに当たって、まず乗り越えないといけないのが、倉庫をぐるりと囲む高電圧が流されたフェンスだった。
高さは3メートルほど。飛び越えるにはやや高い。
いくら監視カメラに死角があろうと、このフェンスを越えなければ倉庫に近づけない。
翠玉と宗次は、それぞれ解決の方法を提示するが、いずれも気付かれる可能性がある。
ならばどうするか。
「高さ3メートルなら飛び越えればよいだろ?
リィーン出番だ」
カインは何でもないことのように言う。
『飛び越えるって?どうやって』
「もちろん、能力を使うのよ――クリエイト・チェーンスネーク」
リィーンは両手に意識を集中させる。
すると、何もなかった彼女の手の中に、1メートル程の金属で出来た蛇が現れた。
その蛇の身体は鎖で出来ており、頭部は分銅、尾は刃の形になっている。
それは蛇の姿を模した鎖鎌であった。
「私の能力は、『クリエイト・メタル・アームズ』。
つまり、『金属』で出来た『武器』を作り出す能力って訳ね。
ただし、銃のような複雑な武器は作れない」
『いや、それでもすごい。
本当に何もない空間から武器が出て来るんだ。
たしかクリエイト系の能力って珍しいんですよね』
「珍しい方だけど、クリエイト系の能力の価値は『何を創れるか』で決まるわ。
私の場合は、『金属の武器』しか作れないから、ランク的には大した価値はないわね。
もっとも、能力ランクなんて私には関係ないけど」
カイン風に言うなら、人間を殺すのに核ミサイルなんて必要ない。ナイフ一本で事足りるってことね。
リィーンはそう言いつつ、"チェーンスネーク"を、まるでカウボーイの投げ縄のように回転させると、勢い良く投擲する。
「――アンカーヘッド、喰らいつけ」
打ち出された鎖、その先端の蛇の頭はただの飾りではない。
リィーンが鎖を巧みに操作すると、蛇の口が開かれる。
蛇の口の中には、牙を模した刃が埋め込まれていた。
それがアンカーとなり、倉庫の壁面にしっかりと食い込む。
リィーンのいる位置から倉庫までざっと50メートル。
それだけの長さの鎖を持ち歩くことは出来ない。
自由に出し入れでき、長さも調整できる『能力の鎖』だからこその芸当だ。
リィーンは二度三度鎖を引いて固定の具合を確かめる。
どうやら、狙い通り固定できたようだ。
「準備できたわ」
「よし、ではいくぞ。翠玉、宗次」
カインは、リィーンの鎖を腰のベルトに固定すると、翠玉の身体を抱きかかえる。
「あん……カインの身体ってがっしりしてるわね」
「いちいち、変な声を出すな。
ったく、こっちの準備も出来た。リィーン頼む」
「分かったわ。
翠玉、口を閉じてなさい。舌を噛むわよ」
そう言うと、リィーンは能力で作り出した鎖を一気に収縮させる。
するとカインとリィーンの身体は宙を舞い、フェンスを飛び越え、一瞬で倉庫の2階にある非常扉の前に飛び込んだ。
役目を終えたチェーンスネークは、幻のように消えてなくなる。
「着地成功、まだ気付かれはないな」
カインとリィーンは音もなく着地を決める。
同時に、自力で飛行してきた宗次のドローンも追いつく。
「さて、次の問題はこの非常扉か。
宗次、開けられそうか?
駄目そうなら、俺が物理的に破壊するが」
目の前の非常扉には鍵穴がなく、扉の脇に電子キーを通すためのコンソールが着いている。
強引にバールの様なものでこじ開けることも出来るが、電子ロックなら宗次の出番だろう。
『やってみよう』
宗次はドローンを操作する。
彼のドローンから伸びるマニュピレータがコンソールに接続され、アクセスを開始する。
『さすが、非合法組織。
警備会社とセキュリティ契約を結んでないな。
だったら……こうして、こうかな』
ピッという短い電子音の後、扉のロックが解除される。
『うむ、ざるい』
「よし、でかした」
カイン達は慎重に扉を開けると、倉庫内に滑り込む。
潜入の第一段階クリア。