8話 ドローン
■1日目 午後8時00分 フロンティア西部 湾岸倉庫地区
既に日は落ち、周囲は暗闇に包まれる。
島国であるフロンティアにとって海運は重要な物資の運搬手段であり、港には多くの倉庫が並び、コンテナを積んだ巨大なタンカーが停泊している。
港に設置された巨大なガントリークレーンは、まるで巨人の体のようだ。
そんな倉庫群を一台の大型トレーラーが走る。
運転席に座っているのは、くすんだ茶色髪の能力者カイン。
一方、リィーンと翠玉は居住スペース兼、武器庫になっているトレーラーの荷台で待機しており、
今回の襲撃の準備を行っていた。
カインは"ヴィクトリア"の音楽を車内オーディオで流しつつ、湾岸区域を迷いなく進む。
途中、数台のトレーラーやトラックとすれ違うが、この湾岸区域にあっては特に目立つこともない。
『それにしても、ごっつい車だな。
映画に出てくるスーパーカーは、もっとスマートなのに』
宗次が残念そうに感想を述べる。
「それはさすがに映画の見過ぎだ。
一介の傭兵が乗る車に、変形機構も、ニトロエンジンも必要ない。
それより必要なのは、セーフハウスを兼ねた移動できる拠点だよ」
だいたい、映画みたいにカーチェイスをしてみろ。
普通に事故って大惨事だぞ、とカインは言う。
『まあ、そうなんだろうけど。
うーむ……現実は夢も希望もない……』
2人はそんな雑談をしつつ、車を走らせる。
「それで、この先の駐車場で良いんだな」
カインはカーナビに表示されたポイントを確認する。
『ああ、そこに自分のドローンを待機させている。
悪いが回収してくれ』
「あいよ」
カーナビの示す地点。
そこは現在は使用されていない駐車場らしく、周囲は無人で最低限の照明しかない。
彼は駐車場の端にトレーラーを停止させると、周囲に人影がないことを確認してから、車を降りる。
地面に降り立ったカインの姿は、ある意味で異様であった。
暗闇の中に溶け込みそうな黒い戦闘スーツ。
カインの体にフィットしたそれは、彼の鍛えられた身体を浮かび上がらせている。
彼の体格は、日本人の平均的な身長程度しかない。
しかし、身体の厚みがまるで異なる。
鍛え抜かれた大胸筋や、上腕筋は明らかに一般人のそれではない。
だが、それ自体は驚くべきことではない。
傭兵を生業としている人間なら、そういうものであろう。
異様なのはカインの腰に刺してある二本の剣。
それは紛れもなく時代劇のお侍が刺しているような日本刀。
最新式の戦闘スーツに備え付けられた、数百年は時代が遅れている刀は、いかにも不釣合いで浮いていた。
『カイン、それは日本刀だよな?』
「そうとも。異界で取れる緋緋色金を俺が自ら鍛えた一品だ」
『まさかの自作!』
「俺の師匠は刀工でもあるからな、自分の道具は自分で作るのが"竜道式"の剣術だ。
"Do it yourself"ってやつさ」
『剣術をするために、剣を作るところから始めるのか……
カインは銃を使わないのか?』
「俺だって銃は使うぞ。雑兵をまとめて片付けるときは便利だからな」
そう言うと、カインは腰のベルトに固定されたホルスターを叩く。
『では、なぜ刀を?』
「銃は強い武器だがな。
この世界の上位の奴らには、銃を普通に撃っても当たらない」
『マジか?』
「おおマジだ。能力によって効かなかったり、単純に反射神経で避けたりと色々だけどな。
そんな相手に銃弾を当てるためには、百発百中の命中率は当然として、目にも留まらないクイックドローや、跳弾を利用した曲芸じみた射撃……
それ以外にも銃や弾丸にも金を掛けたりと、銃と心中する覚悟がいる。
だが、俺にはそこまでの覚悟も才能もなかった」
カインは自分に銃の才能はないと、きっぱりと断言した。
『じゃあ、刀だったら銃を回避してくるような奴を倒せるのか?』
「ああ、もちろんだ。なにせ近寄って斬れば、人は死ぬからな」
『ううん……?』
何かおかしくないか、と宗次は唸る。
カインの言っている言葉は分かるが、その言葉の意味が理解できない。
「まあ、その辺は後で嫌でも分かるだろうさ。
リィーン、翠玉、着いたぞ。降りて来い」
カインは改めて人の気配がないことを確認すると合図を出す。
すると、荷台に設置されたドアが開き、リィーンと翠玉も降りてくる。
開口一番、翠玉が不満を訴える。
「ねえ、何で私だけ普段着なのかしら。
私もそれ着てみたい!!」
翠玉は羨ましそうに、カインとリィーンの方を見る。
その視線の先には、カインとお揃いの黒の戦闘スーツを身に纏ったリィーンの姿があった。
カインはヘルメットをかぶり、バイザーの調子を確認しながら翠玉に言い放つ。
「馬鹿を言うな。
お前が趣味の品に金を注ぎ込んでいるように、俺らは装備に金を掛けてるんだ。
着たければ金を出せ」
カイン達が着ている戦闘スーツは、軍の特殊部隊も使用している最新式のものだ。
防弾、防刃、耐熱、耐毒などの各種耐性だけでなく、エーテルに対しても高い耐性を持つ。
さらに、彼らの体にフィットするように作られたオーダーメイドの一品だ。
このスーツ1着で、高級車が新車で買える。
「そうかもだけど。
私だけ普段着ってどうなの?
流れ弾が飛んできたら、死んじゃうじゃない!!」
翠玉はぶーぶーと口を尖らせる。
「今日は死なない日なんだろう?
なら、いいだろ」
「そうだけど。でも、ひどい!!
カインの鬼、悪魔、殺人鬼!!」
「……ったく、分かった分かった。
翠玉は俺かリィーンの後ろにいろ。
このスーツはやらんが、その代わり、俺らが守ってやるよ」
カインの言葉に翠玉は、一転して嬉しそうに微笑む。
「えへへ……『守ってやる』ね。
何かいいよね。愛を感じるわ」
「それはない。俺はリィーン一筋なんでね」
カインは翠玉の言葉をばっさりと斬り捨てる。
「じゃあ、2番は私かな?」
カインは腕を組み、しばし考える。
「……22番目ぐらいかな」
「その生々しい順位は止めてくれる!!
というか、低くない? おかしくない!!」
ムキーと怒る翠玉に対して、突如、リィーンは彼女を庇うように前に出る。
その手には、何時の間にやらナイフが握られていた。
「……22番目サン、ちょっと黙ってくれる。
姿は見えないけど、駆動音が近づいてくるわ。
宗次、これはあなたのドローン?」
リィーンは油断なく、何もない空間を睨みながら言う。
『迷彩モードのドローンに良く気付きますね。
はい。自分のドローンなので攻撃しないで下さい』
宗次は手元のコントローラを操作する。
『ドローンをカイン達の正面、3メートルの位置に停止。
迷彩モード解除』
その瞬間、今まで何もなかった空間に、ふよふよと浮かぶ白い金属製の物体が現れる。
それは、まるで雲に隠れた月が姿を現すようであった。
実際、そのドローンは丸い。
その大きさはボーリングの玉ぐらい。
球体の上部にプロペラ、左右には腕代わりのマニュピレータが付いている。
その丸い物体は上部のプロペラと、背面にある小型のブースターによって、音もなく空に浮かぶ。
ドローンの中央に付いた単眼のレンズが、ピントを合わせるようにキュルキュルと動く。
「わー何これ、かわいい!!
お手とかできる?お手!!」
翠玉が右手を差し出すと、その手をドローンのマニュピレータが掴む。
「おお、動いた!
わー、すごいね。ね、名前は?」
『名前は"月光1号"。
エーテルドライブ搭載の偵察型ドローンだ』
「えー……可愛くなーい」
『そっかー……』
翠玉の言葉に、宗次はやや凹みつつ、答える。
「おい、宗次。ちょっと待て!」
そこに割り込むようにカインが口を開く。
「これ型落ちだが、アメリカ軍の偵察ドローン『ムーンライト』じゃねえか。
一般人の宗次が持ってて、いいもんじゃねーだろ!」
その問い詰めるような言葉に、宗次は誤魔化すように言う。
「いや、日本って在日米軍基地があるでしょ?
後は……お察しください……」
「……ったく、ブラックマーケットの横流し品かよ」
軍内部からの横領品。
さすがに宗次が盗んだり、流したりした訳ではないだろうが……
問題は宗次がそういうコネクションを持っているということだ。
カインは内心で、宗次はヤバイ奴だ、と認識を改める。
「アキバにあるんだよ。そういうジャンク品を扱ってるお店が。
言っとくけど、出所は確かに怪しいけど、犯罪には使ってないぞ。
このドローンを宇宙まで飛ばして、宇宙から地球の写真を撮りたかったんだよ」
その時の写真見る、と宗次は言う。
「はぁ……今回の仕事を無事に生き残れたらな。
ついでだ。そのドローンの性能を確認したい。
エーテルドライブ搭載型て言ったな。エーテルセンサーは使えるか?」
『エーテルドライブ』とは、電気やガソリンのように、
エーテルをエネルギーとして動作する機関のことだ。
主な用途は周囲のエーテルを感知するエーテルセンサーや、
エーテルを壁のように展開するエーテルフィールドなどである。
『もちろん、エーテルセンサー、エーテルフィールドは搭載済み。
あとは……』
宗次は言葉を濁す。
「あとはって、まだあんのか」
「……『デジタルマジック』も組み込んである」
宗次の言葉にカインが思わず声を荒げる。
「デジタルマジックだと!
宗次、お前……」
「やはり、まずいよな」
「当たり前だ!」
カインが声を荒げるのには理由がある。
『デジタルマジック』
それは、魔術を電子的に再現する為の手法である。
呪文をプログラミング言語に。
詠唱を電子音声に。
魔法陣をコンピュータグラフィックスに。
アナログ的な儀式を、デジタルに置き換えることで発動する魔術。
これにより人間には不可能な高音域の詠唱や、寸分違わない正確な魔方陣を描くことが出来る。
何よりも、煩雑な魔術儀式をボタン1つで、正確に実行できる。
「あのカルト騒動の時、デジタルマジックを使って逃げ切ったのね。
なるほど、プログラミングはあなたの領域か」
リィーンは、納得がいったと言うように頷く。
「だが、宗次は古い血を引く人間……魔術師じゃないだろう」
「ああ、そのはずだ」
「ふーん。じゃあ、宗次君は自分が使う魔術の原理は分からないのよね。
私だったら、他人が作った術式なんて怖くて使えないわ。
その魔術の行使に、何の代償が必要か分からないじゃない」
翠玉はデジタルマジックの危険性を述べる。
煩雑な魔術行使をボタン1つで可能にするデジタルマジック。
それは利点であり、同時に欠点でもある。
ボタン1つで実行できる。
それは逆に言えば、『ボタン1つで実行させてしまう』ということだ。
一度、パッケージ化されたプログラムの記述を読み込むことは、専門知識があっても難しい。
宗次にはプログラムの専門知識はあるため、パッケージ化された状態のプログラムを解読することは出来るだろう。
しかし、彼は魔術の知識はないので、肝心の内容が分からない。
結局、その魔術がどういった原理で動いているのかが分からないのだ。
そして、魔術行使において足りないエーテルを補う手段として、『生贄』などの代償行為は常套手段である。
プログラムを作った人間に悪意があれば、自分の命を生贄にされていてもおかしくないのだ。
「これが恐ろしいのは、最初の数回大丈夫だったから、次も大丈夫だといえない点だな。
『100回目の魔術行使で、術者は死ぬ』そんな制約が掛かっていてもおかしくない」
「そうよねぇ……
私が知ってる話では、学校に『良く当たる占いアプリ』ってことでデジタルマジックを流してね。
1クラスを巻き込んで『深きものども』を召還してしまった、ってのがあるのよ」
『うぇぇ……ていうか『深きものども』いるのかよ……』
「そりゃいるさ。
今のエーテル世界は一度確立した神話は、十分なエーテルさえあれば顕現できるから」
「ううん……知りたくなかった裏の世界事情。
さすがにクトゥルーの神話生物は遠慮願いたい。
ちなみに、自分のデジタルマジックは、そんなヤバイ奴じゃないよ。
『回復』、『照明』、『聖域』、『消失』の4つだけ。
あと安全性は、魔女のお墨付きだ」
「あの女は魔女なんて呼ばれているが、どちらかと言えば近代の魔術師だからなぁ……
デジタルマジックもお手の物か。
分かった、あの魔女がお墨付きを出したのなら、問題はないだろう」
カインは、一先ず納得すると頷いた。
「まあ、この世界は自己責任だ。デジタルマジックの取り扱いは宗次に任せる。
さて、本題に戻るろう。これから件の倉庫に襲撃をかける。
宗次、偵察の結果を教えてくれ」
「分かった」
宗次は了承すると、月光一号を操作する。
すると、ドローンのライトから3Dの立体地図が空中に投影される。
「では、偵察の結果を説明しよう」