7話 悪性能力
■1日目 午後3時30分 フロンティア西部地区ギルド 第一会議室
「では、気を取り直して、2つ目の話だ。
こちらは正確にはテロリストではなく、能力犯罪の話になる。
2人は『ローラ・オーティスのマインドコントロール事件』を知ってるか?」
「知らない!」
『あー……あれね……』
「翠玉……」
翠玉は、自信満々に答える一方、宗次は曖昧に言い淀む。
「宗次君。何よ、アレって?
ははーん、さては知ったかぶってるなぁ~」
知らない仲間が増えたと思ったのか、翠玉は少し嬉しそうに言う。
『いや、知ったかでないんだが……ちょっと自分の口からは言い難いというか……
カイン、翠玉さんはいいとしても、リィーンさんの前で言っていいのか?』
カインに向けた質問に、カインではなくリィーンが答える。
「リィーンでいいわ。私も宗次と呼ぶから。
で、『ローラ・オーティスのマインドコントロール事件』については、私も知っているわ。
宗次が言い難いなら、私が説明しましょう」
こほんと、1つ咳払いするとリィーンは、資料も無しにすらすらと語りだす。
『ローラ・オーティスのマインドコントロール事件』
今から20年前におきた能力犯罪。
当時の人気歌手であった『ローラ』は、ライブ中に突如として服を脱ぎだし全裸になると、卑猥な言葉を叫びながら放尿し、ステージ上を駆け回った。
断っておくが、彼女は別にパンクなロッカーではない。
普通の女性シンガーだった。
もちろん、そのようなパフォーマンスをするような人ではなかった。
しかも、このライブは全世界で生中継されており、彼女の醜態は全世界に発信されることになった。
「……そして、ライブ終了直後に、彼女は自殺しているわ。
後の調査によって分かったのは、彼女は何者かの能力により、洗脳状態にあったということだけ。
だけど、当時はまだ能力者の犯罪に対するノウハウがなかったみたいね。犯人は不明のままよ」
リィーンは顔色1つ変えずに、説明を締めくくる。
『……うん……自分も当時の映像を興味本位で見たことあるけど、すごく後悔した。
洗脳から解けた彼女の絶叫が、しばらく耳から離れなかった……』
そう言った宗次の声は、暗く沈む。
その宗次に続き、カインが口を開く。
「この事件は、当時の芸能関係者には衝撃が大きくてな。
事件後、しばらく音楽だけでなく、映画も、テレビも、人が映らない時期が続いた」
なぜなら洗脳系の能力の発動条件は『目を合わせる』、『声をかける』、『写真を見て念じる』、『体に接触する』、『特定の音を聞かせる』と様々だ。
職業上、メディア露出の多い芸能関係者にとっては、心当たりが多すぎる。
事実、ローラの事件では何が洗脳のキーになったのか、分からなかった。
『その結果、人間の変わりにCGで創ったバーチャルアイドルや、バーチャルアクターが発展したんだよな……
今は専門の能力者を雇ってるんだったか?』
「ああ、今は対策が進んでいて、企業には必ず一人『解除系』や、『分析系』の能力者を雇ってガチガチに守っている。
とは言っても、何事にも完全はない。何時自分がああなるか、なんて分からない。
それでも今の世界の芸能関係者は、この事件ことを分かった上で活動している。凄まじい覚悟さ」
『それは、今回の護衛対象であるヴィクトリアさんも同じか。
なるほど、それは確かにすごい覚悟だな』
宗次は感嘆の声を上げる。
その声に続くように、リィーンがさらに補足する。
「あと、もう1つ。あの事件の後、世界中で『洗脳』や『透視』、『読心』等々。
所謂『悪性能力者』に対してリンチが横行し、無関係の能力者にまで被害が出たという点も、重要なことね。
この時期に組織された反エーテル系のテロ組織は多いと聞くわ」
「……そうなんだよな。
一応、擁護しておくと、能力の善悪は使い方次第だ。
洗脳系能力が悪いわけではない。
俺の知ってる洗脳系能力者は、心理カウンセラーとして真っ当に働いているよ」
例えば、自動車事故に巻き込まれたことで、その時の記憶がフラッシュバックして乗り物に乗れない人がいるとする。
そういった患者に、洗脳能力を使って『乗り物に乗っても大丈夫だよ』と暗示をかけるのだ。
「もちろん両者合意の上で、余計なことをしていないと証明するために、治療中のビデオ撮影もしてな。
……それでも色々言う奴はいるさ。
だがな。心の病気は誰にだってかかる可能性はあるし、目に見えない分、根が深い。
洗脳系能力は、その対処法の1つとして十分にありだと俺は思う」
だから、能力で差別するのは間違っているし、どんな能力でも使いようってことだ。
「今回の依頼は、当然ローラの事件を頭に入れておいた方が良い。
依頼人のシェリーもそうだし、テロリストもそうだ」
『つまり、依頼人は第2のローラは避けたいし、テロリストは第2のローラを狙ってるってことか』
「ふーん、なるほどね。
でも、結局やることは一緒でしょ」
宗次は納得したように頷くが、翠玉はいつも道理である。
「うーむ、まあ、そうなんだが。
それでも、事件の背景を知っておくと、少しはモチベーションが上がるだろ?」
「……そう?」
基本的に自分の理論で動く翠玉は、首をかしげながら答える。
「そうだといいなぁ……」
カインは諦めたように、遠くの方を見ながら呟いた。
『ええと……カイン質問いいか?』
流れを切るように、宗次が質問する。
「なんだ?」
『能力といえばさ。カインの能力って、どういうものなんだ?』
「ん?言ってなかったか?
まあ、俺の能力は大したことないよ。ランクDだし」
素っ気なく答えるカインに、宗次は怪訝な声で問いかける。
『えー……カインは『殺人鬼』の異名を持つ、超強い能力者なんだろう?
Dランクだけど、実はSランク的な奴じゃないのか?』
「そりゃ、俺も能力者のエージェントであるから、 切り札の1つや2つ持ってるがな。
Sランクなんて、とてもとても……
俺の能力がピストルだとしたら、Sランクは核ミサイルだぞ。
戦場で真正面から当たったら、普通に死ぬ」
そう答えるカインに対して、宗次はさらに問いかける。
『じゃあ、あれか。
能力の"無効化"みたいな。普段は弱いけど限定的な状況で強い的な?』
「どちらかと言えば、そっち系だな。
俺の能力は、『エーテル・コンバート』……つまり、エーテルの変換能力だ」
『……?
それはどういう能力なんだ?』
「別に大した能力じゃない。
まあ……見た方が早いか」
カインはそう言うと、会議室に備え付けられたメモ帳から、ページを一枚引きちぎる。
それを右手の指で摘むと、ペラペラのメモ用紙は力なく垂れ下がる。
「俺の能力は、自身のエーテルを、"別のエネルギー"に変換する能力だ。
この世界の物質にはどんなモノでも、"固有のエーテル"を持っている。
だから、俺のエーテルをこのメモ帳の固有エーテルに変換して、流し込むと……」
そう言うと、カインは右手のメモ帳に対して能力を発動させる。
カインの右手から発現した緑色のエーテル光は、メモ帳に吸い込まれるように流れ込む。
すると、メモ帳はまるで薄い鉄板のように硬度を増した。
会議室にあったカッターナイフをメモ帳に当てるが、カッターの刃では文字通り"刃が立たない"。
「こんな感じで、メモ帳みたいな小さいものは、エーテルを浸透させやすいから鉄ぐらいの硬度は出せる。
逆にガワが大きくなればその分、消費するエーテルも、操作するエーテルも大きくなるから、強化が難しくなる。
強化できるモノのサイズは、頑張っても普通の自動車ぐらいかな」
カインが能力を切ると、メモ帳はただのぺらぺらの紙に戻り、カッターで容易く裂けた。
「……とまあ、こんなことが出来る。
同じように人に使えば、失ったエーテルを回復したり、一時的に能力を強化したり。
それとは逆に、固有エーテルとはまったく逆の、相性の悪いエーテルを流し込むことで、弱体化をすることも出来るな。
後は、俺のエーテルを熱や電気などのエネルギーに変換して、攻撃することも出来る」
カインの能力の実演に、宗次は感嘆の声を上げる。
『おお、ヒールに、バフ・デバフに、攻撃アビリティ……何だ色々出来るじゃないか。
それでも、ランクD……
あー……分かった。器用貧乏的な』
「そう、器用貧乏的な奴だ。
能力の汎用性と威力は、トレードオフだからな。
俺は単一属性の能力者と違って色々なことが出来るが、その代わり、エーテルの変換効率は大きく劣る。
ついでに、"エーテル変換"なんて、珍しくもない能力だからランクも低い」
カインは何とも言えない微妙な顔で答える。
『ふーむ……言い方は悪いが……
そんな能力で、どうやってAランクやBランクを相手にするんだ?』
割と失礼な宗次の疑問に、しかし、カインはニヤリと笑う。
「なに、能力の強さは状況と使い方次第さ。
人一人殺すのに核ミサイルは必要ない。使い勝手のいいピストルが一丁あれば事足りる」
『おお、さすが"殺人鬼"。マジ怖い。
ちなみに、リィーンさん能力はどんなモノなんですか?』
続いて、宗次はリィーンに問いかける。
「私の能力?ここで見せてあげてもいいけど、私も実物を見て貰った方がいいかな。
カイン。この後、件の倉庫に仕掛けるんでしょ?」
「ああ」
「じゃあ、私の能力はそこで見せてあげましょう」
『了解。どんな能力か楽しみにしておくよ』
宗次の質問が終わると、カインは時計を確認する。
時刻は午後4時。
今日中に仕掛けるつもりなら、そろそろ移動した方が良いだろう。
「まあ、こんなところか。
他に聞いておきたいことはあるか?」
「ないでーす」
『ああ、自分も今のところはない』
「私もないわ。オーダーをご主人様」
皆の声を確認すると、カインは力強く宣言する。
「おう、それではやろうか。
――ミッションスタートだ!」