4話 魔術師
■1日目 午後2時45分 フロンティア西部地区ギルド 第一会議室
「よし、ハッカー確保!
宗次はサラリーマンだからな、予定が空いていて良かった」
カインは携帯デバイスを手に、嬉しそうに言う。
そんな彼に対して、リィーンは問いかける。
「大丈夫なの?
宗次のハッカーとしての腕前は私も知っているけど、彼は一ヶ月前までは一般人だった。
この手の裏家業は初めてでしょう?」
「おそらく大丈夫だろう。
何しろ、あいつは初対面のエルフのために、カルト集団相手に喧嘩を売るような人間だぜ。
おまけに腹を撃たれて死に掛けたのに、そのエルフのために今までの生活を捨てて"フロンティアへ"だ。
……ただの一般人が出来ることじゃない」
「そうね。そこは私も気になってた。
一般人が訓練を受けた兵隊から、一日逃げ切るなんて不可能だもの。
宗次は敵の通信を傍受しながら、ジャミングかけつつ逃げ回っていたと言ったけど、それだけじゃ足りないわ。
さらに"何か"が必要よ。
まあ、それは後で本人に聞いてみましょう」
「では、そういうことで。
後もう1人、エージェント確保しないとな」
カインは再び携帯デバイスに視線を落とす。。
すると、まるで"タイミングを見計らったように"コール音が鳴る。
ディスプレイに表示された名前は『温・翠玉』。
その名前はカインにとって見知った名前だった。
彼女は過去に何度か一緒に仕事をしたことがある『魔術師』である。
魔術師とは大厄災以前から存在していた魔力を用いて奇跡を起こす者達の総称だ。
翠玉が得意とする魔術は"運命"。
安定性には欠けるが、火力も防御も回復も出来るバランス型の魔術を使う。
ちょうどカインが求める人材ではあるのだが……彼は顔をしかめていた。
――嫌な予感がするが……出ないわけにはいかないか。
カインはコールに答える。
「どうした翠玉? 何か用か?」
『カイン君、お金貸してぇええええ!!!!!』
「……」
カインは無言で通話を切った。
すると、またコール音。
『何で電話切るのぉおお!!
困ったことがあったら、俺を頼れって言ったじゃない!!
今困ってるから、真っ先に連絡したのよ!!』
「ああ、確かに言ったとも。
で、今度は何をやらかした? この前の仕事で100万円、報酬に渡しただろう?」
『えっとね。今日何となく"私の日"な気がしたから、オークションサイトを見てみたの。
そうしたらね、19世紀に作られた"ウィジャ盤"がね。出品されてたの。
これは買うしかないでしょ?
で、無事に落札できたけど、お金がなくなっちゃった。
だから、お金貸して?』
「おお、もう……」
これである。
彼女は確かに優秀な魔術師なのだが、彼女の頭の中には常識という概念はない。
彼女は"彼女だけにしか分からない彼女の理論"で動いている。
彼女は優秀な魔術師であり、頭のイカれた蒐集家であった。
頭を抱えるカインに対して、翠玉は構わず続ける。
『どうせ、カイン君はまた危ないお仕事でしょ?
私も手伝うから、お金を貸して、いえ、お金を貸してください』
「……分かった。
今、ある人物の護衛を請け負っている。想定している敵対者はテロ組織だ。
最悪、死ぬかもしれないが、それでもいいか?」
『いつものことね。
大丈夫。今日は"私が死ぬ日"じゃないから。
カイン君は死んじゃうかもしれないけどね』
「ふん、俺を殺せる人間が居るなら、それはそれで喜ばしいことだ。
では早速だが、今から出れるか?」
『ギルドの第一会議室でしょ? 今ドアの前にいるわ』
「……何?」
カインは席を立ち、会議室のドアを開ける。
すると、確かに彼女はそこに居た。
黒髪をツインテールに結び、真っ黒いゴスロリ服に身を包んだ少女。
温・翠玉がそこに居たのだ。
「マジかよ……」
「ニイハオ、カイン君」
まるで当然のことのように、彼女は会議室の中に入る。
「お前はどこの『メリーさん』だ!!」
「――私メリーさん、今あなたの目の前にいるの」
カインの突込みに対して、翠玉は無駄に不気味な声で答える。
「魔術師が言うと洒落にならないんで、止めてくれ」
「まったくよね。
私もお人形さんいっぱい持ってるから、洒落にならないわ」
魔術師にとって、信仰とはパワーである。
比較的あたらしい都市伝説とは言え、既に成立から100年以上経過している。
魔術に用いる"種"としては十分だ。
そのような種をエーテルによって自在に操る、それが魔術師というものだ。
――まあ、それはそれとして。
「翠玉、"デッキ"は持ってきているな」
カインが問いかけると、彼女はカードケースを取り出す。
その中に入っているのは、"タロットカード"だ。
「もちろん、仕事はしっかりとこなすわ。
だからお金貸して。今日はお昼ご飯食べてないの。
ほら、日本の諺で『腹が減っては戦は出来ぬ』って言うじゃない?」
「はぁ……仕事を請けてくれるなら、依頼終了までの飲食代は俺が持つよ。
ただし、領収書かレシートは取って置くように、後で提出して貰う」
「わーい、カイン君大好き!!
ご飯も大好き!!」
翠玉はカインの説明を聞き流し、ギルドの食堂に注文を入れる。
カインはそんな自由な彼女を何とも言えない顔で眺めていた。
■1日目 午後3時15分 フロンティア西部地区ギルド 第一会議室
「ハフハフ!くぅ~!!栄養が、身体に、染み渡る!!」
翠玉は運ばれてきた炒飯を、パクパクとおいしそうに食べる。
「黙って食え!! ……ったく」
そんな彼女にカインは突っ込みを入れていると、彼のデバイスからコール音が鳴り響く。
デバイスに表示された名前は"宗次"。
「宗次か、通信記録の方はどうだ?」
『一応、発信元は特定した。で、今は情報の裏取りしてるんだが……うーむ……』
逆探知を成功させたというのに、どうにも、宗次の歯切れは悪い。
「何か問題でも?」
『通信記録は発信元が特定できないように色々と偽装されていたんだが……
その偽装は、たかが10分で見破れる程度でしかなかった。
依頼人は大企業なんだろう?
この程度の偽装、企業のネットワーク担当なら自分よりうまく逆探知できるだろうよ。
依頼人は何で最初から情報をよこさないんだ?』
宗次は納得できないと唸る。
「ああ、それなぁ……おそらく試されているな」
「そうね」
カインの言葉に、リィーンも同意するように頷く。
『えっと……試すって、どういうことなんだ?』
「そのままの意味よ。
この程度の情報すら抜けないエージェントには用はないってこと。
偶にいるのよ。こんな感じでエージェントを試す依頼人が」
困ったことにね、とリィーンは肩をすくめる。
『うわぁ、面倒くせぇ……。
つーか、それで自分が情報を抜けなかったどうなってたんだ?
依頼人は護衛のために、エージェントに依頼してるんだろう?』
その疑問に、カインは企業を擁護するように言う。
「いくら護衛が必要と言っても、"察しが悪い"エージェントに情報は出せないからなぁ……
その時は何も知らされないまま地雷原に突貫することになるんじゃないか?」
『カインは、それでいいのか?』
「まあ、裏家業は"弱肉強食"、"騙される方が悪い"ってところはあるからな。
こういうもんさ。
それに宗次は見事、情報を手に入れてくれた。どうやら依頼人に舐められずにすみそうだ」
『カインがいいなら、いいけどよ。
やれやれ、裏家業とは恐ろしいところだな』
宗次は一先ず納得したのか引き下がる。
カインは頷くと、話題を切り替える。
「さて一旦、話を戻そう。
宗次、裏取りの途中だと言ったが、分かったことを報告してくれ」
『了解。じゃあ、カインのデバイスを借りるぞ』
宗次がそう言うと、カインの携帯デバイスから3D投影された地図が表示される。
『発信元はここ。フロンティア西部地区の湾岸倉庫の一角。
倉庫の所有者は"シーピース社"となっている。
元は別の企業が所有していたらしいけど、半年ほど前に買い取ったらしい』
「ふーん、ここから車で1時間ぐらいか。
それにしても、シーピース社か……聞いたことないな」
カインは職業上、目ぼしいテロ組織や、その支援組織の名前は記憶している。
その彼が知らないということは、新興の組織か、余程のマイナー組織か。
『カインが知らないのも無理はない。
登録情報では、半年ほど前に創られたばかりの会社だ。
取引内容は小口の輸送取引だというが……ぶっちゃけ、表では取引できないブツの運び屋だろうな。
ちょっと調べてみたけど、マーダーエーテルとの取引の形跡を見つけた』
「と言うことは、シーピース社はマーダーエーテルの資金源を兼ねたダミー企業か。
よしよし、戦うべき相手の姿が見えてきたな。
……そういえば、宗次は裏取りしてると言っていたが、何を調べているんだ?」
『ああ、ハッキングだとこれ以上の情報は出てきそうにないから、私物のドローンを飛ばして物理的に偵察しとこうかなと。
あと30分もあれば倉庫に到着するはずだ』
「お、仕事が速いな」
カインは感嘆の声を上げるが、宗次はそっけなく返答する。
『それほどでもないさ。
企業の方もここまでの情報は持っているはずだから』
「……だが、これで企業と並んだわけだ」
カインは時刻を確認する。
現在の時刻は午後3時30分。件の倉庫へは車で1時間。
そして、明日の午後に護衛対象であるヴィクトリアとの面会だ。
――仕掛ける時間は十分にある。
カインは頷くと、力強く宣言する。
「よし、これより作戦会議を始める。
作戦目標はシーピース社所有の倉庫へ潜入し、脅迫者の特定、並びに排除を行う!!
明日の面会までに終わらせてやる!!」