3話 協力者
■1日目 午後2時 フロンティア西部地区ギルド 第一会議室
ヴィクトリアの"護衛"……と見せかけた"脅迫者の排除"を引き受けたカインは、
その後、依頼人であるシェリーと依頼の細部を詰め、お互いのアドレスを交換して別れた。
シェリーはコンサートの準備があると会社に戻り、会議室にはカイン達が残される。
「ふぅー……疲れた」
カインは大きく息を吐くと、椅子の背に体を預け深く座り込む。
「お疲れさま。交渉はカインが全部やってくれるから楽でいいわ」
リィーンは会議室に備え付けてあるポットからコーヒーを入れると、カインに手渡す。
「まあ、そこは役割分担だ。
それでリィーンは、シェリーをどう見る?」
「"悪い"感じはなかったから、少なくとも私達を騙してやろうとかじゃないと思う。
あと用心深いわね。私に対して一瞬だけ戸惑いが見えたけれど、あとはずっとポーカーフェイス。
それだけ用心深くなければならない"何か"があるのでしょうね」
リィーンは淡々とシェリーに対する所感を述べる。
彼女は、ただカインに説明を任せていた訳ではない。ずっとシェリーを観察していたのだ。
ギルド長を通した依頼とはいえ、『騙して悪いが』なんて事態がないとは言い切れない。
依頼人の言葉を全て鵜呑みにして、地雷原に突っ込むなんてことはしたくない。
だが、今回はそれはなさそうだ。
「ああ、俺もリィーンと同じ意見だ。
その"何か"は、明日聞けるといいんだけどな」
シェリーは交渉の帰り際、明日の午後からヴィクトリアと直接会って欲しいとカインに指定したのだ。
「そうね。
依頼人であるシェリーはともかく、護衛対象であるヴィクトリアは私達と会う必要はないわよね。
だって、彼女の本当の護衛は、企業の"警備部"が行うのでしょう?
きっと警備部の人間には対処できない"何か"があるのでしょうね。
でなければ、外部の人間である私達と会う必要がないわ」
「だよなぁ……まったく、嫌な予感しかしない」
カインはこれから待ち受けるであろう困難を思い、頭を抱える。
そんな彼に対して、リィーンは問いかける。
「それで、これからどうするつもり?
明日の面会まで、そうしているつもりかしら?」
「……まさか、そんな訳ないだろう。
ヴィクトリアのコンサートは3日後、それまでに脅迫者を突き止め、排除せねばならん。
すぐにでも取り掛からないとな」
カインは顔を上げ、覚悟を決める。
その手には1つのメモリースティックが握られていた。
そこに記録されているのは、脅迫メールの通信記録だ。
「まず、やらなきゃならないのは脅迫者を突き止めること。
シェリーから脅迫者の通信記録を貰ったのはいいが、俺もリィーンも逆探知なんて出来ない。
専門のハッカーが必要だ」
「私もカインも専門は暗殺や破壊工作だもんね。他には?」
「今回の相手は恐らくテロリスト、集団戦が予想される。
まあ、それだけなら俺らだけでも良いが、今回は一応ヴィクトリアの護衛ってことになってるからな。
状況次第では、本当に彼女を護衛する必要があるかもしれん。
なので、リィーンの他にもう1人ぐらい女性のエージェントが欲しいな。
大規模な制圧火力、あるいは回復、防御特化の能力者がいてくれると嬉しいね」
「私だけじゃ不安?
と言いたいけど、仕方ないか。能力者は適材適所っと。
じゃあ、今回は4人でやるの?」
「ああ、今の段階ならこれで十分だろう。
あまり人数増やすと報酬が減るし、何より動きが重くなる。
少数であるなら少数であるメリットを活かさないとな」
カインは携帯デバイスを取り出すと、目的のアドレスを選択しコールする。
「さて、予定が空いているといいんだが……」
■午後2時10分 霧島化学工業 フロンティア支部 特殊実験棟
カタカタカタ、ッターン!!
室内にキーボードを叩く音がこだまする。
「よし、セキュリティの更新も終わったし、頼まれていたソフトの作成も終わった。
今週のお仕事、終了。すごい、まだ午後2時なのに!!
日本にいた時には考えられなかったなぁ……」
ここは日本でも有数の大手企業"霧島化学工業"のフロンティア支部にある特殊実験棟。
最先端の医療技術や、エーテル研究などを行っている実験施設があり、厳重な警備が敷かれている。
その中の一室で、ちょうど仕事を終えた男が大きく伸びをしていた。
部屋の主の名は"武井宗次"。
黒髪黒目の中肉中背、どこにでもいるような普通のサラリーマン。
そんな彼には、1つだけ普通でない点がある。
「おーい、アン。仕事終わったぞって……寝てるのか」
宗次の視線の先には、仮眠用のソファでスヤスヤと寝息を立てている少女。
年齢は10代の後半ぐらいだろうか。
まるで黄金の様な長い金色の髪を持ち、雪のように白い肌をしている。
ジーパンにTシャツというラフな格好であるが、細くスレンダーな体にはよく似合っていた。
宗次は寝ている彼女を起こさないように、そっと毛布をかける。
その時、髪が流れて髪に隠れていた耳が現れる。
その耳は笹の葉のように細く長い。
「うーむ……やっぱり"エルフ"だなぁ。
本当にどうしてこうなった……」
どこからどうみても普通の男"武井宗次"。
彼には1つ普通ではない点がある。彼の妻は『エルフ』なのである。
■
『世の中には普通の家庭に生まれて、普通に生活をして、誰に迷惑をかけることなく清く正しく生きていても。
私達のところに"落ちてくる"ことがあるんだ。
今の君なら分かるだろう?
私達が日常と思っているそのすぐ隣には、非日常の世界が広がっているのだから』
宗次は以前、世話になった"魔女"の言葉を思い出す。
彼はつい一ヶ月前までは、日本で普通にプログラマーとして働いてた。
西暦2000年の大厄災以降、世界にエーテルが満ちた結果、世界各地で"異界"へ繋がるゲートが出現した。
その結果、それまで"異界"という別の世界に住んでいたエルフやドワーフなどの異種族が認知されるようになる。
だが、その数は多くはない。
宗次の様な一般人ではテレビで見たことはあっても、実際にお目にかかることはまずあり得ない存在だった。
エルフという種族は見目麗しく、人間の能力者を軽く凌ぐほどのエーテルを内包する。
そのため実験目的や、愛玩目的にハンター達が異界に侵入することがまれに良くある。
"アンジェリーヌ"はそのようにして攫われたエルフであり、しかし、彼女は自力で彼女を攫ったカルト集団から逃げ出した。
そして、カルト集団の兵隊から逃げる彼女と、運悪く出会ってしまったのが宗次だった。
彼は見てみぬ振りをすることも出来たが、見捨てることが出来ずに彼女を匿った。
その結果、彼までカルト集団に追い掛け回されることになったのである。
――あいつらマジで頭おかしい。日本で普通に発砲してきやがるし、腹に当たるし。
というか、一般人がカルト集団の兵隊相手にして勝てるわけないでしょ。常識で考えろよクソが!!
結局、腹を撃たれて動けなくなった宗次を救ったのが、魔女からの依頼でエルフ奪還に動いていたカインとリィーンだった。
すべてが終わった後に聞いた話だが、件のカルト集団はカイン達に"皆殺し"にされたらしい。
――いや、さらりと皆殺しって何だよ。マジ怖い。
こうしてカルト集団の脅威は去ったが、問題になったのは"アン"の処遇だった。
彼女は宗次と一緒にいることを望んだが、一般人の宗次に彼女を守る術はない。
魔女とカインの話し合いの結果、カインの紹介で"霧島化学工業"のフロンティア支部で面倒を見て貰うことになったのだ。
――カインには感謝してるけど。何でエージェントの殺し屋が、大手企業とコネがあるんですかねぇ……。
■
「まあ、それはそれとして。
自分の選択に悔いはないけど、客観的にみて馬鹿なことをしたなぁ……
おっと、噂をすればカインからか」
宗次は携帯デバイスのコールに答える。
『どーも宗次さん。今お時間ありますか?』
「どーもカインさん。ちょうど今週の仕事が終わったところですよ。
何か用ですか?」
『ええ、仕事で"脅迫メールを送られてきた依頼人の警護"をすることになりまして。
通信記録から脅迫者を特定したいんですけど、出来ますか?
報酬は200万円出します』
「さらりと200万とか……えっと、その通信記録がどの程度かによりますね。
分かっていると思いますが、さすがにメールの文面だけからじゃ、犯人の追跡は無理ですよ」
『それは問題ないと思います。企業が用意した通信記録ですので、かなり詳細なデータがあるはずです』
「企業が用意した、か……」
通常、この手の通信記録は、滅多に手に入るものではない。
なぜなら、通信会社は良くも悪くもプライバシー保護のために、情報は出したがらないからだ。
警察でさえ、きちんと令状を用意しなければ、通信記録の入手なんて出来ない。
それをカインは当然のように入手したという。
さらに言えば、成功報酬をポンと200万円だしてくる。
――きっと厄介な依頼なんだろうな……。狙われているのは企業の社長か何かか?
ふーむ……断ることも出来るが、カインには借りがある。
「分かりました。とりあえず、やってみます。
今から秘匿回線のアドレスを送りますので、そのアドレスに通信記録を送ってください」
『おお、ありがたい。
では、今回の依頼の詳細と一緒にまとめて送ります。
……ああ、安心してくれ。矢面に立つのは俺らだ。
宗次はコーヒーでも飲みながら、気楽にやってくれればいい』
「へいへい。
まあ、やれるだけやってみるんで、そっちも死なない程度に頑張ってくれ」
カインからの通信を切ると、程なくしてデータが送られてくる。
「何々……って、警護対象は"ヴィクトリア・オールウィン"!!
世界的なアーティストじゃないか!!
え、何、これ……自分が犯人の追跡に失敗したら、この人死んじゃうの?
……ええい、クソが!!やってやるよ!!」
宗次はキリキリと痛み出した腹をさすりつつ、通信記録の解析を開始した。