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2話 依頼

■1日目 午後1時 フロンティア西部地区ギルド 第一会議室


 ノックの後、カインとリィーンはギルド内の会議室に入る。

そこには、20代後半と思われるスーツ姿の女性が一人座っていた。


彼女は二人の入室を確認すると、立ち上がり一礼する。


「はじめまして。"カミーリア・エンターテイメント"、営業部に所属しております"シェリー・ハリウエル"と申します。

本日はお忙しいところ恐れ入ります」


 その声は落ち着いており、淀みなく紡がれる。

立ち居振る舞いには一切の隙はなく、皺1つないスーツをきっちりと着こなしている。

腰まで届くストレートの髪は綺麗な銀色で手入れも隅々まで行き渡っており、同色の瞳は油断なく強い光を灯す。

一目で経験豊富なやり手だと見て取れた。


――見たところシェリーは体術の使い手か。それにしても……


"カミーリア・エンターテイメント"。

音楽や映画などの芸能関係全般を手がける世界的な大企業である。

しかし、エンターテイメント企業が一体何のようだろうか?


 カインも一礼し、ギルドに登録されたエージェントの証明である"ライセンス"を提示する。


「はじめまして。能力者派遣組合、フロンティア西部地区所属の"カイン・リュート"と申します。

エージェントとしてはランク『A』、能力者としてのランクは『D』です。

こちらこそ、よろしくお願い致します」


 "ランク"とは、ギルドが定めるエージェントの等級のことだ。

ギルドはエージェントごとに仕事の"実績"や、使用する"能力"をランクという形で保証する。

ランクは上からS、A、B、C、D、E、Fの7等級があり、さらに"エージェントとしてのランク"と、

"能力者としてのランク"の2種類が存在する。


 エージェントランクは純粋にこれまでの実績によって算出され、仕事を成功させることで上のランクに進級できる。

Sランクは規格外であり、世界でも数人しか居ない。

その下のAランクで所謂"一流"のエージェントと呼ばれ、Cランクで一人前、最下位のFランクが駆け出しといったところだ。


 対して能力者ランクは、ギルドでの実績には関係なく純粋な"能力"の価値によって算出され、基本的に進級することはない。

能力の価値とは、『強度』、『効果範囲』、『希少性』、『需要』の4つの要素から成る。


 『強度』、『範囲』は、読んでそのまま能力の威力と効果範囲である。

単純により強い威力、より多くの人間に効果を与えることが出来る程にランクが上がる。


 『希少性』とは能力の珍しさである。珍しい能力は、例え威力が低くてもランクが上がる。

最後に『需要』。これはその能力がどれだけ必要とされているかで決まる。

例えば"回復"の能力や、きれいな"水"を出す能力、あるいは"貴金属"を創造する能力などはランクが高くなる傾向にある。



 カインのランクを見てみると、エージェントランクは『A』、能力者ランクは『D』。

この情報をランク制度に照らし合わせるなら……

カインは『能力の威力は低く、範囲も狭く、平凡であるが、それでも数々の依頼をこなして来た経験豊富で優秀なエージェント』と読み取れるのである。


 依頼人であるシェリーの表情は、カインのランクを見てもまったく揺るがなかった。

そのことにカインは内心で、ほっと胸を撫で下ろす。


 世の中には能力者ランクが『D』というだけで、問答無用で見下してくる人間は多い。

しかし、カインに言わせればそれは間違いであり、能力の価値とはその時々の状況、使い方で決まる。

人間一人を殺すのに核ミサイルは必要ない。使い勝手の良いピストルが一丁あれば事足りるのだ。


そんなことをカインが思っている横で、リィーンが同じように一礼する。


「カインとコンビを組んでおります"リィーン・リュート"と申します。

エージェントとしてのランクは『B』、能力者としてのランクは『B』です。

よろしくお願いしますね」


 リィーンは良く通る鈴の音のような声で挨拶を行う。

その振る舞いはシェリーとも引けを取らないものであり、彼女が見た目どおりの、ただの少女でないことを示すには十分だろう。


 しかし、シェリーの表情は一切変化はなかったが、その瞳は若干揺れた。

その微妙ともいえない、本当に微かな変化をカインは見逃さない。


――そうは言っても、さすがにリィーンのことは気になるか。まあ、無理はない。


「ご安心ください。彼女はまだ若い能力者ではありますが、能力者としても、エージェントとしても優秀です。

能力者に年齢も性別も関係ありません。ギルドのランクがそれを証明しています。

それに何かあれば、私が彼女のフォローを行いますので、依頼の遂行には一切影響はございません」


 焦らず慌てずいつも通りに、カインはリィーンのフォローに回る。

彼女と組んでから2年間、もう数え切れないほど繰り返した説明だった。


シェリーはその説明に頷く。


「はい。お二人の噂は存じ上げております。

この度の依頼は、是非『殺人鬼』カイン・リュート様、『殺人人形』リィーン・リュート様に受けて頂きたいと思います」


 "殺人鬼"という二つ名に、カインは内心でため息を付く。

彼は別に快楽殺人者シリアルキラーでも、異常者サイコパスでもないつもりだが、それでも仕事で築いた屍の山は100人を超えている。

カインにとって"殺人鬼"という二つ名は恥じであるのだが、その実績を見るのなら彼は間違いなく"殺人鬼"であった。


「では、依頼を聞かせてください」




3人はそれぞれ椅子に座ると、まず依頼人であるシェリーが切り出した。


「カイン様は、弊社所属の音楽家"ヴィクトリア・オールウィン"はご存知でしょうか?」


"ヴィクトリア・オールウィン"、その名を聞いてカインの表情が強張る。


「……ええ、もちろん」


 カインは芸能関係には詳しくない。いや、むしろ疎いぐらいだ。

今人気のアイドルもアーティストも、正直言って分からない。

それでも彼女の名は知っている。いや、この世界にその名を知らない者など居ないだろう。

なぜなら……彼女はSランクの能力者であるのだから。



"ヴィクトリア・オールウィン"。

『神の調べ』、『ワンマンオーケストラ』など彼女を称える二つ名には事欠かない。

彼女はどんな楽器でも使いこなし、どんなジャンルの音楽であっても一流の素晴らしい演奏を行う。


 だが、彼女の真価はそこではない。

彼女の能力は"エモーション・サウンド"、感情を揺さぶる音である。

彼女は演奏に感情を乗せることで、聞く者の感情を揺さぶることが出来る。

それはプラシーボ効果などではなく、そういう能力なのだ。


 彼女が軽快なポップスを奏でれば、人はたちどころに元気になり、

彼女が厳かなクラシックを奏でれば、人は心を落ち着かせる。

彼女が勇ましいマーチを奏でれば、人は心に勇気を灯す。


 とは言え、これは芸術関係の能力者なら、珍しいことではない。

芸術とは人の感情を揺さぶるものであり、彼らは歌や演奏、あるいは絵画や詩で人々を魅了する。

だが、彼らの多くは効果範囲という面では、やや弱い。

なぜなら多くの芸術関係の能力者は、"生の"作品でないと効果が発揮されないのだ。


 仮に"感情を揺さぶる絵"を描く能力者が居たとしても、

能力が宿るのはオリジナルの一品のみ。

コピーしたり、写真をとって複製しても、それはただ出来のいい絵でしかないのだ。


 ヴィクトリアが凄まじいのは、能力の効果を録音したデータでも維持できる点だ。

彼女の演奏は電子データとして無限に複製できる。

その効果範囲は音楽機器さえあれば理論上"無限大"だ。


 実際、カインの携帯デバイスにもヴィクトリアの楽曲は入れてある。

彼は気合を入れたい時や、リラックスをしたい時に彼女の曲を日常的に聴いている。

もちろん、それはカインだけではない。

音楽には国境はない。世界中の人間が彼女の演奏のお世話になっているはずだ。


――そんな偉大な能力者"ヴィクトリア・オールウィン"絡みの依頼とは、間違いなくヤバイ依頼だ。


シェリーはカインが事態を飲み込んだことを感じ取り、説明を続ける。


「では、ヴィクトリアが3日後、フロンティアのコンサートホールで演奏を行うことはご存知ですか?」


「いえ、申し訳ありません。そこまでは知りませんでしたが……

……なるほど、脅迫状でも届きましたか?」


「はい、お話が速くて助かります」


 シェリーはカインとリィーンに書類を手渡す。

その書類には、脅迫文がざっと500以上並んでいた。

『コンサートを中止しろ』、『観客の前で殺してやる』、『人を洗脳するのは止めろ』等々……

それ以外にも、およそ口に出すのも躊躇われる様な、口汚い罵倒と脅しが続いていた。


「これは酷い……失礼ですが警察には相談されましたか?

いえ、そもそも御社には"警備部"の人間もおりましょう?」


 ただの脅迫であれば、エージェントの出番ではない。それは警察の仕事だ。

さらに言えば、この手の脅迫なんて芸能関係者なら日常茶飯事だろう。

だから、芸能事務所は大抵、強力な裏方バックがいるものだ。

自前の戦力があるのに、わざわざエージェントに依頼などしない。


「ええ、もちろん警察に相談もしておりますし、我が社の警備の人間も動いております。

それでも、貴方方に請けて頂きたいのは、相手が相手だからです。

……脅迫者は"マーダー・エーテル"です」


「それは……また厄介な連中に目を付けられましたね」


カインは顔をしかめて答える。


"マーダーエーテル"……エーテルを殺す者達。

つまり、能力者エーテル・リンカーを抹殺することをお題目に掲げている、超過激派のテロリスト共。

実際、これまでに多くの能力者の拉致や虐殺に関わっている気狂い集団だ。


 構成員の多くは、能力者に恨みを持つ者達である。

彼らが厄介なのは、その構成員の中に能力者がいることだ。

能力者を殺すテロリストが、能力者を使うことは矛盾するように思える。

しかし、彼らの中では能力者に能力者をぶつけることで、共倒れを目論んでいるので問題はないらしい。


――まったく、物は言い様だな。潔くない。


 多くの能力者がそうであるように、カインもまた"マーダーエーテル"は嫌悪の対象であるし、殺せるなら殺しておきたい者達だ。

しかし、それはあくまで個人の感想。カインはエージェントとして冷静に提案を行う。


「一応お聞きしますが、コンサートを中止されては如何ですか?」


「まさか、テロリストの要求には屈しない。

これは世界の常識でしょう?」


「ええ、まったくその通りです。

ですが……テロとの戦いは言うほど容易くはありませんよ」


 実際に矢面に立つのは、カイン達であるが、それでテロリストのヘイトがカイン達に向くかと言えばそうではない。

言い方が悪いが、所詮カインは金で雇われた傭兵だ。

彼らの恨みはヴィクトリア、ひいては"カミーリア・エンターテイメント"にまで及ぶだろう。

面子をつぶされた彼らは、さらなる妨害を行うに違いなく、それはどちらかが折れるまで終わらない。


「それも、覚悟の上です。

まあ、現状ではテロリストを語るイタズラの可能性もあるのですが」


 シェリーはイタズラの可能性を示唆するが、カインはそうは思わない。

なぜなら、今回の依頼はギルド長を通した依頼だ。ただのイタズラなどあり得ない。

ギルド長は今回の依頼はテロ組織が相手だと判断したから、カインに任せたのだ。


 そして依頼人であるシェリーもテロ組織が相手だと予想は出来ているはずだ。

でなければ、わざわざ外部の人間に頼る理由はない。


 しかしシェリーは最初から最後まで表情を崩すことはなく、その真意は読めない。

彼女は前提となる説明が終わったのか、依頼の具体的な説明に移る。


「カイン様には表向き『護衛』として雇わせて頂きます。

ですが……実際に行うのは脅迫者の物理的な排除です。

報酬は1000万円。脅迫を行った犯人の『排除』、ならびに無事にヴィクトリアのコンサートを開催させることが今回の依頼です」


「……排除、ね」


 ギルドは国際的な能力者派遣組合だ。

当然ではあるが、能力者への依頼に、殺人や窃盗などの犯罪行為は受け付けていない。

それが例えテロ組織相手だとしてもだ。しかし、実際には抜け道がある。


 今回の場合がそうだが、護衛として雇っておき、怪しい人間を"正当防衛だった"ということにして、先制攻撃で殺害する。

正当防衛の結果、犯人が死んだのだから、それは仕方がないことなのだ。


 もちろん、これはただの詭弁であり、法律敵にもアウトすれすれのグレーゾーンである。

滅多やたらに行えば大問題となるは必至だ。

だからこそ、この手の依頼はギルド長がその責任を持って、直々に対応するのだ。


――まあ、汚れ仕事はいつものこと。問題はこの依頼を請けるかどうかだ。


 依頼の内容は悪くない。

偉大なSランク能力者"ヴィクトリア・オールウィン"の護衛が出来るなど、身に余る栄誉である。

しかし、相手が問題だ。今回の依頼はギルド長の承認を得た依頼、ただのイタズラであるとは考えられない。

敵が"マーダーエーテル"かは分からないが、それに類するマジでヤバイ奴らであるだろう。


 ちらりとカインは横に座るリィーンを見る。

その表情は一見して真面目に見えるが、付き合いの長いカインには分かる。


 間違いない、リィーンは内心"ウキウキ"だ。

彼女が行くと言うのなら、カインに行かないという選択肢はない。

元よりカインは荒事解決のエージェント、彼にとってはこれこそが本業だ。



――ならば、覚悟を決めてやるだけだ。


カインはシェリーに右手を差し出す。


「分かりました。その依頼受けましょう」


「ありがとうございます」


 シェリーはカインの手を握り返し、硬い握手を交わす。

ここに契約は完了し……今回の地獄が幕を開けた。


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