18話 2日目
■2日目 午前7時00分 フロンティア西部 カイン自宅
『朝のニュースです。昨夜、フロンティア西部地区の銀行に強盗が押し入り――』
「ふむ……昨日の一件は報道されていないか」
湾岸地区の一件から一夜明け、カインは朝のニュースを確認する。
昨夜はテロ組織マーダーエーテルのダミー企業であるシーピース社所有の倉庫に潜入し、
30名以上の人間を殺して回ったのだ。
普通ならニュースになっていないとおかしいだろう。
しかし、今の所それらしいニュースはない。
デバイスを使ってネットの方も確認したが、そちらも確認できず。
「つまり、相手はこの件を明るみにするつもりはないということか。
……まあ、そうだろうな」
仮にテロリストがカイン達を殺人者として訴えたところで、彼らは痛くも痒くもない。
カイン達はエージェントの仕事の一環としての正当防衛であり、
さらに言えば、テロリストの脅迫、麻薬の密輸、人身売買、能力者のクローン作成の証拠を握っているのだ。
この一件を公開することで、どちらが損をするかなど考えるまでもない。
カインはそう結論付けると、思考を一旦打ち切り、テーブルに目を向ける。
テーブルの上には、程よく焼き色がついたトーストと、目玉焼き。
さらに、カリカリに焼けたベーコンと小皿に盛られたサラダ。
朝食の定番といえば、そうだが、その定番がきちんと出てくるのは大変嬉しい。
「カイン君、カイン君。そんなのは後回しにしてご飯にしよう、ご飯。
あ、リィーンちゃん、そのジャム取って」
なぜかカイン宅にいる翠玉は、当然のように食事を始めようとしていた。
「なぜ、翠玉がここにいるのかしら?」
エプロンを着けたリィーンは、彼女の前にジャムの入ったビンを叩きつける。
「俺が呼んだ。
今日はクライアントとの面会があるからな。遅刻されると困る。
それと、翠玉。そこは俺の席で、それは俺の分だ。
……すまんが、翠玉の分の朝食も用意してくれるか」
カインの言葉に、リィーンはため息を吐きつつ答える。
「もう、カインが言うなら良いけどね。
せめて人を呼ぶなら事前に言ってちょうだい。
あと、あまり甘くしてると、この女は付け上がるわよ」
「リィーンちゃん、すごく辛辣!
もしかして、私のこと嫌い?」
「あなたが使える魔術師じゃなかったら、もう殺してるわ」
そう言うと、リィーンは台所に行き、翠玉の分の朝食を用意を始める。
「ひどい!!
ちょっと、カイン君!!リィーンちゃんの教育どうなってるの!!」
「どうと言われてもなぁ。
翠玉に斬りかからずに、朝食を用意してくれてるんだから……
リィーン基準で言えばかなり良い扱いだぞ」
「ええ~……」
「はい、出来たっと。
もう良いから、とっとと食べてちょうだい。
食器が片付かないわ」
そうして皆で朝食を食べ初めてしばらくすると、カインのデバイスからコール音がなる。
そこには"宗次"の名が表示されていた。
『どーも、おはようございます。
おっと、朝食中か?』
「おう、おはよう。
わざわざ連絡するってことは、何か報告があるんだろう?
なら続けてくれ。こっちは飯食いながらで悪いけどな」
『じゃあ、食べながらで良いんで聞いてくれ。
とりあえず、脅迫メールを含めたデータの整理は終わった。
データはドローンを飛ばして後で届ける』
「おう、悪いな」
『で、もう1つ。
昨日、倉庫に監視カメラ仕掛けて帰ったわけだけど、あの後20名程度の武装した集団が乗り込んできたぞ』
「ほう」
カインは一旦、食事の手を止め考える。
相手には最低でも20人の戦闘員が残っている。
である以上、まだ戦闘が発生する可能性は高いということだ。
『ヤサバレは勘弁だから、監視はすぐに切り上げたけど。
これってつまり、昨日潰したのは所詮は一部隊だったってことだろう。大丈夫なのか?』
宗次の質問に、カインとリィーンは同時に答える。
「大丈夫よ。まだ敵がいるなら、まだ殺せるってことね」
「大丈夫ではないが。まだ敵がいるなら、殺すだけだ」
『うーむ、この二人揃ってのマッポー思考よ』
「カイン君ってリィーンちゃんの陰に隠れているだけで、大概よね~」
宗次が呆れたように答え、それに合わせて翠玉が茶化すように言う。
その様子に、カインは悪くないと思う。
このメンバーで動くのは今日で2日目だが、悪い雰囲気ではない。
変に殺伐であるより、余程良い。
「まあ、何はともあれ、敵がまだいるなら仕事は続行だ。
今日もよろしく頼むぞ」
■2日目 午後13時00分 フロンティア西部地区 カミーリアエンターテイメント社
その後、依頼人との面会のためカイン達は"カミーリア・エンターテイメント"社のビルに移動する。
そびえ立つ巨大な高層ビルは、カミーリア・エンターテイメントが一流企業であることを物語っている。
さらに、その高層ビルは魔力を通してみると、また違った側面が見えてくる。
「ふーん、ビル全体を覆うように、しっかりと結界が張られているわね」
翠玉が感心したように感想を述べる。
「まあ、一流企業ともなればな。
こうして結界が張られている以上、外部からの盗聴、盗撮、読心、転移等々。
簡単には干渉出来ないと言う訳だな」
『確かに、うちの研究所も似たような結界が張られているなぁ』
「敵対する能力者に対して、備えるのは当然のマナーよね」
「犯罪者が悪いのは当然だが、備えを疎かにして良い理由にはならないからな。
それじゃ、いくぞ。依頼人には失礼のないようにな」
「はーい、まっかせて!」
「翠玉が一番不安なんだけどなぁ……」
不安はあるが、ここでぐだぐだしていても始まらない。
カイン達はビルに入ると、受付に用件を伝える。
既に話は通っていたようで、武装の類は受付に預けることになったが、難なくビル内の応接室に通される。
応接室には、既に二人の能力者が席についていた。
一人は今回の依頼人であるカミーリア・エンターテイメントの能力者"シェリー・ハリウエル"。
そして、もう一人は今回の護衛対象であるランクSの能力者"ヴィクトリア・オールウィン"。
彼女は、宝石のように輝く緑の髪と、同色の瞳でカイン達を一瞥する。
「ッ……」
たったそれだけで、カインの本能的がけたたましく警告を発する。
"今すぐこいつを殺せ!"、"今なら殺せる!"、"もし敵対したなら、お前では勝てないぞ!"
――ああ、まったく、嫌になる。
これはもう職業病だ。
人と会ったら、まず殺せるかどうかを考えてしまう。
だが、カインが警戒するのも無理はない。
ヴィクトリアの内包しているエーテルの量は、文字通り桁が違う。
特に能力を行使しているわけではないのに、この部屋全体が彼女のエーテルで満たされていた。
全身を彼女のエーテルで雁字搦めにされているような、そんな錯覚さえある。
――これだから、Sランクは嫌なんだ。
カインはそんなことを考えながら、部屋に満ちたヴィクトリアのエーテルを解析する。
本来であれば自身の手で直接対象に触れる必要があるのだが、ここまでエーテルが濃いと直接触らずとも感じ取れる。
――解析完了。これでいつでも俺のエーテルを、彼女のエーテルに変換できる。
まあ、だからどうしたという話だが、対策を取っておくのは当然のマナーだよな。
今回の話に、"騙して悪いが"はないだろうが、備えは必要だ。
そんなカインの内心を他所に、シェリーは席から立ち上がるとカイン達に一礼する。
「本日は良くおいでくださいました」
「いえ、こちらこそお招き頂き、光栄です。
……早速ですが、本題に入らせて頂いても宜しいですか」
カインは挨拶を早々に切り上げると、本題に入る。
元々、ここには雑談をしにきたわけではないのだ。
「そうですね。では、まずは依頼の進捗をお聞かせください」
シェリーからの言葉にカインは頷くと、宗次から受け取った2つのメモリースティックを取り出す。
「こちらが脅迫の証拠となるデータです。
もう1つはテロ組織マーダーエーテルのダミー企業、シーピース社の犯罪の証拠となります。
やはり、この一件にはテロリストが関わっていました」
カインの報告に対して、シェリーは特に動揺することもなくカインからメモリースティックを受け取る。
「なるほど、データを確認しても」
――動揺はなし。ということは、テロリストが関わっていると最初から知っていたな。
カインも思考を表情に出さずに頷く。
「構いませんが、見ていて気持ちの良いものではありませんよ」
カインはシェリーの隣に座っているヴィクトリアを見ながら言う。
ヴィクトリアは、カインとシェリーのやり取りを物珍しそうに眺めているだけだが、
一体なぜ彼女はここにいるのだろうか。
護衛の打ち合わせならシェリーがいれば、それで足りるはずである。
カインの視線に対して、ヴィクトリアは柔らかな雰囲気で答える。
「私のことはお気になさらず。
こう見えて慣れているんですよ。この手の手合いには」
ヴィクトリアはそう言って微笑むが、その目は随分と冷ややかであった。
――まあ、ランクSともなれば、良くも悪くも一般人としては生きていけない。
彼女にも色々あるのだろう、カインはそう納得した。
シェリーの方も、ヴィクトリアに対してはみせても問題はないのか、
普通にノートパソコンを開くと、カインから受け取ったデータの確認を始める。
その画面をヴィクトリアは横から見ているが、「わあ、人が映画みたいにばたばたと倒れているわね」とか、
「リィーンさんのそっくりさんが、たくさんいるわ」等と、随分と能天気な感想をもらしている。
その光景にカインは、思わず何とも言えない顔をするが、顔色が変わったのはカインだけではない。
データを確認するシェリーの表情は固い。
「はい、確かに。確認しました。
……ええ、正直に申しまして、こちらの想像以上です。"殺人鬼"の名は伊達ではないようですね」
そう言うシェリーの声は、テロリストよりもカインに警戒が向けられていた。
カインはランクDの能力者。だが、それを文字通りにシェリーは受け取っていなかった。
この世界には殺人を生業としている人間など、山程いる。
それを差し置いて"殺人鬼"などという異名を持つ人間が、まともなはずはないのだから。
しかし、それでも限度というものがある。
この目の前にいるカインという男は、間違いなく狂っている。
「それは結構。では、聞かせて頂きたい。
貴方方は、最初からこの一件にテロリストが関わっていると知っていましたね。
我々を試すのは別に構いませんが……結局、貴方方は我々をどうしたいんですか?」
カインは、まるで死体のように濁った瞳でシェリー達を見ながら問いかけた。