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17話 プラント

■1日目 午後9時31分 フロンティア西部 湾岸倉庫地区 "シーピース社"倉庫 B1F 通路


「カイン。お疲れ様。随分とやられたわね」


サーバールームに戻ってきたカインに対して、リィーンが声をかける。


「そうでもないさ。高ランク能力者を相手にして、右腕一本で済んだのなら安い……いや、違った。

戦闘スーツが破損。こりゃ、本格的な修理が必要だなぁ……」


 カインは敵の電撃を右半身を犠牲にして受け切った。

大電流が流れ、黒焦げになった身体はアンデッドとしての回復力で修復されていたが、装備は自動回復とはいかない。

破損し、焼き焦げた戦闘スーツは、専門家による整備が必要だった。


『その戦闘スーツって、確か高級車並みの値段がするんだったか?』


球体のドローン越しに、宗次が問いかける。


「ああ」


『おう……』


 カインの返答に、宗次はまるで自分のことのように胃が痛くなるのを感じた。

つい最近まで普通のサラリーマンをしていた宗次にとって、高級車は安い買い物ではない。


「別にいいじゃない。そのための装備なんでしょ?」


 そんな宗次に対して、不思議そうに翠玉ツィユーが首をかしげる。

趣味に一切の躊躇なく全財産を突っ込む彼女にとって、散財はいつものことだった。


「こればっかりは翠玉が正しいな。

死ぬよりはマシ、必要経費だ。宗次が気にすることじゃない」


カインはそう割り切ることにした。


「ところで、データは取れたのか?」


『ああ、サーバーのデータは全て保存した。

脅迫メールも確認済み。

ただ、さすがに量が多い。今AIを使ってデータの選別しているが、結果が出るのは速くても明日の朝だろうな』


申し訳なさそうに宗次は報告するが、カインはむしろ嬉しそうに答える。


「いやいや、十分だよ。やはり専門家がいると違う。

俺らは結局、|潜入してぶっ殺す(ハック&スラッシュ)しかできないからな」


『そう言って貰えると助かる。

逆に、自分にガチ戦闘なんて無理だしなぁ……。

まあ、それはそれとして、今日の仕事はこれで終わりか?』


宗次の言葉に、カインは首を振る。


「……だったら、良かったんだがな。

もう1つ、やることが増えた」


『それは、リィーン・シリーズの生産施設(プラント)か?』


宗次はカインの反応を予想していたように確認する。


「さすが、話が早い。ここにあるんだろう?」


『ああ、ここのさらに地下に生産施設がある』


宗次はドローンに、この施設の地図を投影させると、そこまでの最短ルートを表示する。


「準備がいいな、ありがたい。

すまないが、もう少しだけ付き合ってくれ」



■1日目 午後9時40分 フロンティア西部 湾岸倉庫地区 "シーピース社"倉庫 B2F 生産施設


 敵の拠点の奥深く、そこには液体が満たされた試験管が並んでいた。

試験管といっても、理科の実験で使うようなものではない。

人間1人がすっぽりと入るほどの容量がある。

それが数十機。

その中には生命維持装置を取り付けられた裸の少女が浮かんでいた。


『……目のやり場に困るのだが』


「宗次君はエッチだね~」


『……エロイのは好きだけど、さすがにこれは……

それに、リィーンさんと同じ顔というのも、ちょっと』


 試験管の中の少女の顔は今ここに居るリィーンとまったく同じだった。

ならば、その少女の裸を見るというのは、彼女の裸を見ているに等しい。


「ん、別に私のことは気にしなくて良いわ。

それよりも宗次、この光景もきちんと記録しておいてね。

大事な、大事な、大義名分ですもの」


 当の本人であるリィーンは、裸を見られることを気にしてはいなかった。

それよりも、むしろ戦うための大義名分が手に入ることの方が喜ばしいようだ。


「……まあ、実際に建前は大事だからな。

それがないと、俺らは不法侵入、器物破損、窃盗、おまけに殺人の犯罪者だからなぁ。

相手をぶん殴るなら、その相手がぶん殴っていい相手という証拠が要るわけだ。

そういうわけで頼むぞ、宗次」


 カインもリィーンの裸に興味はないらしい。

というよりも、気にしているのは宗次だけだった。


『えー、ごほん。

では、この映像はこの仕事のみに使用し、その他の目的では使用しないことをここに誓います』


 彼はそう断りを入れてから、試験管の中の少女にドローンのカメラを向ける。

誰も気にしていないが、それでも宗次は気になるのだ。


『しかし、これ全部が、さっき戦ったリィーン・シリーズなんだろ。

カイン達は大丈夫だろうが……自分みたいな一般人だと、例え一体でも抵抗もできずに殺されるぞ』


 宗次は露骨に話題を切り替える。

ただ、これも彼にとっては無視できない問題だった。


「そうだな。もっとも経験を積んだエージェントでも厳しいけどな。

身体能力もそうだが、見た目が可憐な少女というのが嫌らしい。

少女を躊躇なく攻撃するというのは、プロでも中々難しいからな。

特に善人であれば、あるほどに……」


カインはそう言うと、おもむろに試験管の一つに近づいていく。


「さてと、証拠の映像はもういいだろう。

……生命維持装置の制御はこれか?」


 カインは試験管の横に備え付けられたコンソールを確認すると、腰に吊るした鞘から刀を抜く。

先の戦闘で人を斬っているにも拘らず、その刀身には刃こぼれ1つない。


 その刀に、さらにカインのエーテルが注ぎ込まれる。

カインの能力、自身のエーテルを他のエネルギーに変換する力。

その能力でカインのエーテルを、彼の愛刀『鬼刃』の持つ固有エーテルに変換する。

エーテルで満たされた刃は、見た目こそ変化はないが、本人の技量も合わさり金属すら切断できる。


 その強化した刀をカインは振り上げる。

その動作に淀みはない。何千、何万回と体に染み込んだ自然な動き。

あまりにも自然すぎて、それが攻撃のための動作とは思えない。

カインの目の前の試験管には、リィーンと同じ顔の少女が浮かんでいるのに、だ。


『……ッ!!彼女達を殺すのか?』


そのあまりの自然さに一瞬判断が遅れた宗次がカインに問いかける。

後、一瞬でも遅ければその刃は少女の生命維持装置を破壊していただろう。


カインは刀を振り上げたままの姿勢で宗次に答える。


「ああ、そうだ」


『……なあ、カイン。どうにかならないのか。

彼女たちが危険な能力者だというのは、理解したつもりだ。

今更、人道だの、道徳だのを語るつもりもない。

だが、本当に彼女達は殺すしかないのか?

まだ起動前だろ? 何か救う手立てはないのか?』


「救う手立てはない。

が、そうだな……説明は必要か」


 カインにとって殺すことは当たり前のことだとしても、宗次にとってはそうではない。

であれば、なぜ救えないかを説明した方が良いだろう。

仲間内で余計な不和を抱える必要もないのだから。


カインは振り上げた刀を鞘に納めると、彼は軽く呼吸を整え、宗次のドローンに目線を合わせる。

その視線は真っ直ぐであり、ただ決意があった。


「リィーン・シリーズについて説明を始める前に、1つ言っておくことがある。

俺は……リィーンのことを愛している。

リィーンに俺の一生全てを捧げる覚悟があるし、リィーンになら殺されても良いと思っている」


『お、おう』


 カインの瞳には一切の冗談の色はない。

だが、いきなりの告白に宗次は困惑する。


「その上で、言う。

リィーンは人間ではない。ただの能力兵器。能力を使用するために作られた道具だ。

彼女達は良くも悪くもリィーン・シリーズでしかない。

人間のように振舞うことは出来ても……人間には、なれないんだ」


確かに彼女達の持つ身体能力は脅威以外の何者でもない。


『それは……彼女達はそういう目的で生まれたんだから、そうなんだろうさ。

でも、能力を使うためには感情が必要なんだろう?

実際、リィーンさんも道具という感じはしない。

感情があるなら、意思の疎通ができるなら、彼女達は道具ではないはずだ』


宗次の指摘に対して、リィーンが面倒くさそうに答える。


「そうは言ってもね。私がこの子達よりも感情があるように見えるのは私が試作品だからよ。

でも、この子達は量産品。

自我は能力が使用できる最低限にされているし、主人の命令には絶対と言わないまでも基本的に服従。

私ですら、カインが本気で命令したら、逆らえないもの」


『洗脳か……ううむ、厄介な。

でも、それなら、あえてこちらで制御を奪ってしまえば……』


「そうね。カインを主人に設定してしまえば良いわね。

カインはそういう命令をしないから……命令してくれても良いのよ?」


挑発するように言うリィーンに対して、カインは嫌そうに首を振る。


「勘弁してくれ。俺にはリィーン1人の維持で精一杯だ」


『維持って言うと金かぁ……まあ、確かにこれだけのリィーン・シリーズを誰が養うのかって話だよな。

さすがに個人では厳しい。

孤児院とかに任せることは出来ないのか?』


「リィーンの維持に金が掛かるのは、別に生活費じゃないんだよ。

なあ、宗次。リィーン・シリーズの平均寿命って知ってるか?」


「平均寿命って言うと、あまり長くは生きられないのか」


「そうだ。彼女達は能力を使うための道具でしかない。

必要があれば作り、戦場に投入されて、そして死ぬ。

……『半年』。それが彼女達の寿命だ。

それが過ぎれば壊れるように設計段階からデザインされている」


『……半年?

ちょっと、まて。リィーンさんは今何歳だ?』


「2歳6ヶ月よ。

こう見えて大変なのよ。私を生かし続けるって言うのはね。

高いお金を払って身体にナノマシンを入れて、薬も飲んで、手術もして……それでも持って後1年と言われているわ」


「だから。言ってしまえば彼女達を助ける意味はあまりない。

どちらにしろ半年後には死んでしまうからな」


 カインの言葉にあるのは、諦観であり、割り切りだった。

やれることはもう全てやったのだという、ただの事実がそこにはあった。


『……なんと言うか、リィーン・シリーズどうこうって話じゃなくなってしまったな。

余計なお世話かもしれないが、カインは傭兵エージェントを辞めて、もっと穏やかな生活をした方が良いんじゃないか?

ああ、いや、それだとリィーンさんの治療費が払えないのか』


「治療費?

いやいや、舐めてくれるなよ宗次。

これでもギルドから裏仕事を任せられているプロフェッショナルだ。

さすがに何十人も維持することは出来ないが、リィーン1人だけなら1年ぐらい遊んで暮らせる蓄えはあるぞ」


その言葉に、翠玉ツィユーが高速で反応する。


「ひゅー、カインのお金もち~!!

だから、私の借金なんて大した額じゃないわよね」


「それとこれとは、話は別な」


「ええ~」


不満を言う翠玉を無視して、カインは話を続ける。


「で、話はそれたが、リィーンシリーズで一番厄介なのは維持費でも、寿命でもない。

彼女達は暗殺を目的として作られた人工能力者だ。

彼女達は『人を殺さなければ生きていけない』ようにプログラムされている。

殺すのは嫌ですって引き金が引けない銃に価値はないからな」


『……もし、人を殺さなかったら?』


「強制的に、手当たり次第に周囲の人間を殺害するようになる。

そして、殺す人間がいなくなれば自分を殺す。

だから、もし彼女達を孤児院にでも預けようものなら、一週間後には死体の山が出来ているだろうよ」


『くそ……リィーン・シリーズを作ろうと思った人間は、いくらなんでも人道を無視しすぎだろ!』


 宗次は吐き捨てるように言う。

彼女達の未来にはどう足掻いても、幸福な未来などない。

いっそ、このまま死んだほうが幸せなのかもしれない。


「そうだな。

彼女達の開発者は、クソみたいな人間だった。

奴はリィーンを人間と共に歩むパートナーとして作っていない。

むしろ、人類の天敵として作っている。

それが分かっているから、真っ当な軍や企業はリィーン・シリーズを運用しない」


もちろん、何事にも例外はあるが、という言葉をカインは飲み込んだ。


『本当に救いの無い話だ。

じゃあ、カインが傭兵を続けているのは……』


「善人を殺せば、それはただの犯罪者だ。

だが、俺はリィーンをそんな犯罪者として終わらせたくない。

だから、悪人を殺す。そうしている限りはリィーンは皆に受け入れてもらえる」


 その言葉がカインのすべてだった。

カインがアンデッドになったのは、友を取り戻したいという未練のため。

その友とも再開し、それでもアンデッドとして生きているのはリィーンのためだ。

彼女への未練が、アンデッドのカインを支えている。


 逆に言えば、リィーンが死ねば自分も死ぬのだろう。

そうカインは確信しているが、それについては話すつもりは無い。


「とまあ、リィーン・シリーズが救えない理由は以上だ。

俺は自分の人生まるごとリィーンにぶっこむ覚悟だが、正直言ってお勧めしない」


『ああ、納得したよ。

悪いな。カインやリィーンさんとしても話したくないことだろうに』


 そう言うと、宗次はキーボードをカタカタと叩く。

すると、リィーン・シリーズに取り付けられた生命維持装置が停止し、彼女達は静かに息を引き取った。


「……別に宗次が殺す必要は無かったんだぞ。

汚れ仕事は全部、俺とリィーンに任せてくれていい」


『だが、自分はカインやリィーンさんに丸投げにはしたくない。

これは自分の納得のためだ』


 宗次が今回の仕事にここまで積極的に介入したのは、カインへの恩もあったが、

何よりも裏家業というものがどういうものか見てみたかったからだ。


 アニメや映画でしか見ることが出来ないものが生で見れる。

そんな軽い感覚でこの事件に首を突っ込んだ。その結果が、このザマである。

リィーン・シリーズなんて、知ったところで宗次に出来ることは何もない。

だからこそ、これは自分に対する落とし前なのだ。


「まあ、宗次がそう言うなら良いさ。

よし、切り替えていこう。今日の仕事は以上で終了だ。

敵のデータも取れた。敵の構成員も殺したし、施設も潰した。

クライアントも喜んでくれるだろう」


カインは満足気に語る。


「いえーい!!

私今日は頑張っちゃったわー。とっても頑張っちゃたわー。

だから、ボーナスとか欲しいなー」


「まだ、明日があるからな。

明日の働き次第では、ボーナスも考えてやる」


「やったー!!」


両手を挙げて盛り上がる翠玉を横目に、宗次が問いかける。


『えっと……盛り上がっているところ悪いが、この施設はどうするんだ。

あと、死体とかの後処理とか』


「ああ、それな。何もしない」


『……良いのかそれで』


「大丈夫、無策って訳じゃない。それで相手の出方を伺う。

宗次、監視カメラのデータは拾えるな?」


「なるほど。監視カメラは既に掌握済みだから、もちろん出来るさ。

データは明日渡せばよいか?」


「それで問題はない。では、撤収!!」


カインの掛け声で、彼らは施設を後にした。

彼らを阻むものは何もなかった。


これで1日目は終了。長い1日だった。

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