15話 殺人鬼2
■1日目 午後9時30分 フロンティア西部 湾岸倉庫地区 "シーピース社"倉庫 B1F 通路
カインは両手に持つ刀の血を振り払い、鞘に納める。
そして、残ったテロリストに向けて確認するように言う。
「残り26人」
それは簡素であるが、明確な死刑宣告だった。
「え……?」
テロリストの口から思わずそんな言葉が漏れた。
彼らにとって、リィーンシリーズは戦いのための道具にすぎない。
彼女たちは試験管から作られた人工能力者。
それが死んだからと言って、彼女達のために怒りも悲しみもしない。
しかし、だからこそ殺戮人形としての性能は良く知っていた。
小学生程度の小柄な身体で凄まじい速度で動き回り、自由自在に武器を作り出す。
それは無能力者にとっては脅威以外の何者でもない。
主人に対して絶対服従するように"調整"されていなければ、どうして一緒に居られるだろうか。
そんなリィーンシリーズ3体が、一瞬のうちに殺害された。
しかも、それを行ったのは明らかに低級な能力者1人。
彼らの首筋に冷や汗が流れる。
彼らはここに至って、自分達の目の前にいる人間が化け物であり、
自分達が殺す側ではなく、殺される側の人間であると認識した。
しかし、実の所カインの方にも余裕はない。
――これでもまだ戦力比は1対26。気を抜けば死ぬのは自分だ。
カインはアンデッドと言えども、ナイフで刺されれば血が出るし、血を流し続ければ身体が動かなくなる。
ましてこの人数から一斉にマシンガンの掃射を受ければ、文字通りに蜂の巣にされるだろう。
アンデッド故にそれでも死ねないが、そうなれば戦闘は不可能。事実上の死亡と同義だ。
だからこそ、カインに油断はなく、冷静に敵を分析する。
――残りはマシンガンを持った兵隊が24人。その後ろに能力者が2人。何の能力を持っているかで、こちらの対応は変わるが……
カインは2人の能力者を観察する。
一方は、ライダースーツを身に纏った男。
もう一方は、アイドルが着る様なステージ衣装を纏った女だ。
――おそらく、女の方は"歌や声"に関する能力者だと予想する。優先的に殺さなければならない。
カインは傭兵として多くの戦闘を経験しているため、当然、能力者との戦闘経験も豊富だ。
その経験に照らし合わせれば、歌や声などの能力の多くは、対象の精神に影響を与えるものが多い。
例として挙げるなら、最も厄介なのは"洗脳"だろう。
どれほど物理的に強くても、洗脳されてしまえばお仕舞いだ。
――それ以外にも、混乱、恐怖、怒り、魅了。この状況で冷静さを失えば、それは即、敗北に繋がる。
だからこそ、優先して殺しておきたいとカインは考える。
一方、もう一人のライダースーツの男はどうだろうか?
――こちらは完全に不明。だが、役割分担を考えるなら、おそらく純粋なアタッカーである可能性が高い。
女の方の能力は確かに脅威であるが、直接的な戦闘能力はない。
そして、能力とは相性次第でまったく効かないことも良くあることなのだ。
そうである場合に備えるなら、純粋な攻撃を得意とする能力者を用意するのが良いだろう。
だが、それは結局、予想でしかない。
相手はテロリストだ。必要な能力者を必要な状況で準備できるとは限らない。
――だから結局、予想は予想でしかなく能力は不明。男の方は出たとこ勝負に出るしかないな。
そして、能力者の元に辿り着くためには、壁となっているマシンガン装備の兵隊を超えなければならない。
結局、最優先で殺したい能力者が一番後ろにいる以上、順番に前から倒すしかないか。
いつも通りとは言え、うまく行かないものだな。
カインは考えをまとめると、即座に行動に移す。
敵のテロリスト達は、まだ"リィーンシリーズを殺された"というショックから立ち直りきれていない。
カインは数で負けている以上、この好機を逃してはならないのだ。
――どんな手を使っても、イニシアチブは絶対に渡さない。
カインは足元に転がっている切断されたリィーンシリーズの上半身をテロリストに向かって蹴り飛ばす。
少女の身体は、その断面からまだ温かい血と贓物を撒き散らしながら、集団の中央に落下する。
「う、あああああああ!!」
「いやぁああああああ!!」
テロリストの悲鳴、さらに、その悲鳴をかき消す音量で、ステージ衣装の女は悲鳴を上げる。
そのあまりにも猟奇的な行いに、テロリスト達は狂気に包まれた。
彼らとてテロリストだ。非人道的な行いは数え切れないほどやってきた。
しかし、自分たちがされる側に回ったことはなかったのだ。
「怯むな!!来るぞ!!」
降り注ぐ少女の血と贓物の中、ライダースーツの男が周りを叱咤する。
だが――
「遅い」
カインはマシンガンを構える兵隊達に対して迷いなく距離を詰めると、一番身体の大きい兵士に組み付く。
「グッ!!離せ!!」
兵士も抵抗しようとしたが、それよりも速くカインは間接を抑えると、強引に身体の向きを入れ替える。
しかし、テロリストもカインに好きに行動させる気はない。
未だに冷静とは言えない状況だが、それでも他の兵隊たちはマシンガンの銃口を向ける。
「――"仲間を撃つのか?"」
組み付いた兵隊を盾にしながら、カインはそう口にする。
それは短い言葉であったが、タイミングが絶妙であった。
今まさに引き金を引こうとしていた兵隊達の動きが僅かに止まる。
――なるほど、こいつらに人質は有効なのか。
カインはそう納得すると、盾にした兵士からマシンガンを奪い取ると、躊躇なく引き金を引いた。
「グァアアアアアアア!!」
カインによる至近距離からのマシンガンの一掃射。
フルオートで打ち出されるそれは、容赦なく兵士達を薙ぎ払っていく。
「何をしてる!!撃て!!」
「しかし!! ガッ!!」
「クソったれ!!構うな!!撃て!!」
未だ同士討ちに対しての覚悟が決まりきらないままのテロリストに対して、カインはマガジンが空になるまで引き金を引き続ける。
1対多数の戦いで、唯一と言って良い利点は、フレンドリーファイアを気にせずに全力攻撃が出来ることだ。
カインの射撃の腕は大したことはないが、周り全部が敵というこの状況なら狙いをつけずとも当たる。
その結果、カインの掃射で6人が死亡。負傷者も10名は下らない。
「残り、20人」
だが、カインだけが一方的に攻撃できる訳ではない。
景気良く銃弾をばら撒いていたマシンガンから、銃声が止まる。弾切れだ。
「今度はこっちの番だ!!死ねぇえええ!!」
それを好機と見たテロリスト達は、一斉にマシンガンの引き金を引いた。
既に仲間に死者が出た以上、もはや同士討ちへの忌避感はない。
一斉に降り注ぐ銃弾の雨に対して、カインは冷静に盾の後ろに身を隠す。
「やめッ!!ガアアア!!!」
盾が悲鳴を上げる。しかし、銃声は止まらない。
「ギャアアア、痛っ、やめ、アアアア!!」
容赦なく撃ち込まれる銃弾に、盾の悲鳴が木霊する。
幸か不幸か……いや、これは不幸なのだろう。
盾は一度の射撃で死ねなかった。
それはカインが体が大きく、体力がある人間を盾に選んだからであり――
「――エーテルコンバート。タイプ・ヒューマン」
カインがこの盾に対して能力を使っていたからだ。
彼は自身のエーテルを盾にした人間のエーテルに同調させると、失った生命エネルギーの替わりにエーテルを注ぎ込む。
無論、盾にされた人間はエーテルリンカーではなく、カインの能力も純粋な回復能力ではない。
それでも、"替わり"にはなる。
それで稼げる時間は一瞬であろうが、その一瞬こそがカインにとっては重要なのだ。
「――エーテル・コンバート。タイプ・マテリアル」
続けて、カインは盾に身を隠したまま、足で床を叩く。
その瞬間、カインを中心にまるで波紋のようにエーテルが床を走る。
エーテル反応を利用した探知。それは何も罠を見つけるだけではない。
――左に兵士9。正面に5。右に4。……数の少ない右からやるか。
盾に身を隠しつつ敵の配置を確認する。応用力の高さがカインの能力の真骨頂なのだ。
カインは弾切れのマシンガンを捨てると、床に転がっていたマシンガンを足で器用に拾う。
そして、盾を構えたまま迷いなく右側の敵に接近する。
「うあああああ!!来るな!!来るな!!」
右側にいたテロリスト達は思わず叫ぶ。
彼らからしてみれば、ずっと後ろに隠れて前が見えていないはずの人間が、
なぜかまっすぐに自分達の方に向かってくるのだ。
そして、何よりこの男に掴まれれば確実に殺される。
それが分かっているからこそ、彼らは必死に引き金を引き続ける。
だが、それが仇になる。
「うぉおおおお!!あ、あ?」
彼らのマシンガンの銃声が止まる。
引き金を引いても弾が出ない。今度は彼らが弾切れになったのだ。
「り、リロード!! ギアアア!!」
彼らがもっと冷静であったのなら、弾数を考えながら戦っていただろう。
だが、リィーンシリーズの惨殺、少女の遺体の放り込み、人間の盾、至近距離でのマシンガンの掃射。
これだけの残虐極まる行動の数々が、彼らから冷静さを奪い取っていた。
そして、冷静さを失った人間から戦場では死んで行く。
カインは銃弾を受け続け、ついに息絶えた盾を左側の人数が密集している所に蹴り飛ばすと、右側にいた人間に素早く組み付き盾とする。
そして、テロリスト達がリロードと、蹴り飛ばされた盾に手間取っている間に、再びマシンガンをフルオートで叩き込む。
「残り、19、18、17、16、15……」
カインは冷静にカウントを行いながら、銃弾をばら撒いていく。
そう、カインはこの状況で"冷静"だった。
今までの所業はすべて冷静に考えた結果、行われている。
だが逆に、この状況で冷静であることこそが異常なのだ。
その姿はまさに化け物だった。
「やめ、止めてくれ!!降参する!!ガアアア!!」
「嫌だ!!死にたくない!!うあああああ!!」
戦線は完全に崩壊した。兵隊達の心は折れ、もはや戦意はない。
しかし、カインに彼らを生かすつもりが、まったくない。
そうである以上、虐殺は加速する。
「……11、10、9、8……」
抵抗を止めたもの、最後まで抵抗したもの、その全てに対してカインは弾丸を叩き込み――
「――5、4、3」
その結果、兵隊達はすべて死体と成り果てた。
カインは最後に残った能力者2人に向けて、マシンガンの銃口を向けて口を開く。
「……残り2人」