13話 リィーン・シリーズ
■1日目 午後9時25分 フロンティア西部 湾岸倉庫地区 "シーピース社"倉庫 B1F 研究所?
『これが……能力者同士の殺し合い……』
宗次は目の前の惨状に思わず呟く。
リィーンの能力で作り出した蛇の形をした鎖。
その鉄の蛇から無数の槍が突き出している。
そして、その槍先には全身を貫かれ、息絶えたリィーンと同じ顔をした少女。
少女から流れ出た血で、白銀の槍は真っ赤に染まっていた。
「ま、大したことはなかったわ」
リィーンは、この惨状をそれだけの言葉で締めくくる。
その言葉に合わせるように、彼女の持つ鎖は幻のように消えた。
槍が消えたことで、少女たちの穴という穴から血や内臓が溢れ出し、力なく崩れ落ちた身体は、自身の血で作った血溜りに沈み込む。
その地獄のような光景を、ドローン越しに見ている宗次は考える。
日本ではライセンスを持たない者は、公的にも私的にも能力を使用してはならない。
とは言え、完全に取り締まりが出来ているわけではない。
ライセンスを持っていなくても裏でこっそりと使っているところは、宗次も見たことがあった。
しかし、能力を積極的に"殺し"に使う光景は初めて見た。
そして、その結果がこれだ。
能力者がその気になれば、あんなにも簡単に人が殺せるのだ。
――リィーンさんの能力は武器の具現化。しかし、あれはそう単純なものじゃない。
彼女が見せた蛇の形をした鎖――チェーン・スネークはまだ理解できる。
あの鎖は能力を使わずとも、現実に作成可能だからだ。
だが、最後に見せた槍の奇襲は、現実の武器では出来ないものだ。
いや、作ろうと思えば作れるだろう。
だが、作ったところで持ち運びも出来なければ、実用にも耐えない。
それでも、"あの瞬間だけ"という条件なら、これ以上ないというほどの奇襲として作用した。
――つまり、リィーンさんの能力の本質は、汎用性を否定した特化型の武器の作成。
能力で作ったものだから、コストも、耐久性も、携帯性も全て無視できる。
その結果が、あの異形の武器か。
『だが……それにしたって、これは……
いや、そもそも……"リィーン・シリーズ"と言ったか、このリィーンさんと同じ顔をした少女達は何だ?』
その疑問にカインが答える。
「見たままだ。時間がないので詳細は省くが、リィーンを含め、彼女達は"リィーン・シリーズ"と呼ばれる"リィーン・フォーレスト"という能力者のクローンだ。
まあ、完全なクローンではなく、遺伝子やら脳みそやら色々弄ってあるがな」
『クローンって……そんなSFみたいな』
「サイボーグ、ナノマシン、クローン……
人類は未だに地球にしがみついているが、この世界は十分にSFだよ」
カインはそう言いながら、倒れたリィーン・シリーズの一体に近づくと、円筒形の物体を取り出す。
『何をするつもりだ?』
「リィーン・シリーズの血を採取する。
期待は薄いが、リィーンにとっても有用な何かがあるかもしれない」
そう言うと、カインはリィーンに円筒形の注射器を押し当てる。
内部に格納された針が少女の皮膚を突き破り、シリンダーの中に赤い血液が流れ込む。
そのカインに向けて、翠玉がいつもの調子で問いかける。
「ねえ、カイン君。
私も死体の一部を持って行っていいかな?」
「別に構わんが、もしそれを触媒にリィーンに魔術をかけたら殺すからな」
カインはギロリと、視線だけで人が殺せる程の殺気を乗せて睨みつける。
「そのガチの殺気はしまってくれるかな?
心配しなくても分かってるわよ。さすがにカイン君を敵に回すほど、私は命知らずじゃないわ」
翠玉はカインの殺気を受け流しながら答えると、リィーンシリーズの一体の近くにかがむ。
そして、少女の髪を一房切り取り、さらに千切れた指を拾い、ハンカチに包んでポーチの中に入れる。
『あの、翠玉さん。それ何に使うつもりですか?』
恐る恐る、嫌な予感がしつつも、宗次は問いかける。
「魔術の実験。いやー、こうでもしないと少女の身体の一部なんて手に入らなくてねー」
『ええ……』
宗次は思わず呻く。
麻薬といい、人体実験といい、本当に碌でもない。
「宗次、魔術師なんてものは、あれが普通だ。
魔術の研鑽とは、膨大な血と魂の積み重ねによって行われている。
宗次は他人事のように言っているが、お前のデジタルマジックだって、本質はこれだぞ」
デジタルマジックとは、魔術の生々しい部分を、電子化というパッケージで覆ったものに過ぎないとカインは言う。
『それは……いや、そうなんだろうな』
「まあ、そうは言っても必要なら使うしかないしな。
ただ魔術を使い続けるなら、覚悟しろということさ。
さて、そろそろ行くぞ。
警報は鳴っていないが、さすがに気付かれただろう」
カインの声に、翠玉が再びペンデュラムを取り出して答える。
「はーい!
翠玉ちゃんのパーフェクトナビゲート復活!!
サーバールームは、この通路の先だよ!」
「よし、では急ごう」
■1日目 午後9時28分 フロンティア西部 湾岸倉庫地区 "シーピース社"倉庫 B1F サーバルーム
翠玉が言う通り、通路を抜けた先にサーバールームはあった。
扉には電子ロックがかかっていたが、宗次のハッキングにより無効化すると、カイン達は室内に押入る。
サーバールーム内は無人であり、部屋の中には巨大な記憶装置が押し込まれていた。
宗次はドローンからケーブルを延ばしサーバーに接続すると、ハッキングを開始する。
『……見つけた!脅迫メールの発信記録を確認』
「よし、それは当然コピーするとして。
リィーンシリーズのデータ……いや、この際だ。全てのデータをコピーしよう。
宗次、もし全てのデータをコピーするとしたら、どれだけの時間がかかる?」
『15分……いや、20分は欲しい。厳しいか?』
「ここは敵地だからな……20分では敵がこちらに来る方が速いだろう。
ふむ、ここに来るまでの通路は一本道だったな。
ならば、俺が時間を稼ごう」
「私も行く」
リィーンが手を上げるが、カインは首を振る。
「リィーンは、ここで宗次のドローンと翠玉を守れ」
「むぅ……分かった」
リィーンは頬を不満そうに膨らませるが、一応納得はしているらしい。
「そんな顔をするなよ。
さっきリィーンシリーズと戦っただろう? 次は俺の番。
じゃあ、そういうことなんで、俺は時間を稼いでくる」
カインは、まるでコンビニに出かけるような調子で部屋を出ようとする。
「カイン君、いってらしゃーい!!」
「……いってらっしゃーい」
翠玉とリィーンは手を降ってカインを見送る。
その中で、宗次だけがツッコミを入れる。
『軽くね?たった一人で時間稼ぎなんだろ?心配とかないの?』
「だって、カインだし」
そのツッコミに、二人は当然のようにそう答える。
「俺だって死にたくないからな、死なない程度に頑張ってくるよ。
じゃあ、宗次はデータのコピー頼んだぞ」
カインはそう言うと、今度こそ1人でサーバールームから出て行った。
『ああ……本当に一人で行ってしまった……大丈夫かね。
リィーンさん、今からでもカインの加勢に行った方がいいのでは?』
「そのカインの指示で、私はここの守り。
私はご主人様の忠実なる僕なので、ご主人様の命令には逆らえないのです。
ま、冗談は置いておいて、カインなら1人でも大丈夫でしょう」
『リィーンさんがそう言うなら、そうなんでしょうけど。
実際の所、カインはこの状況をどうやって乗り越える気なんだ?
カインの能力はランクはD、武器は刀。
対して、敵は恐らく大人数、かつ銃で武装しているはず。
客観的に見ると勝てる要素があるように思えないんだが……』
宗次の言葉に、リィーンは興味深く頷く。
「ふうん。やっぱり、カインのことを知らない人間だと、そう思うのね。
……まあ、いいか。あまり言いたくないけど、カインについて1つ教えてあげましょう」
『……?』
「カインが言っていたでしょう。
私と初めて戦った時、カインは右腕を切り飛ばされて、私に滅多刺しにされたって」
『ああ、言っていた。
あれは本当にカインの右腕を切断して、滅多刺しにしたんですか?』
宗次は確認するように問いかける。
この世界には"回復"の能力だってあるから、右腕を切断されたとしても、全身を刺されたとしても元通りに出来るのだろう。
だから、そこは別にいい。
ただ、その話を聞いただけでは、カインはむしろ弱いのではないかと宗次は思う。
しかし、宗次はカインが殺人鬼の異名を持つエージェントであることも知っているし、
実際にカインとリィーンが頭のイカれたカルト集団を皆殺しにしたことも知っている。
これは一体どういうことなのだろうか?
その問いに、リィーンは肯定するように頷く。
「確かに、私は不意打ちでカインの右腕を切り飛ばしたし、カインの全身をナイフで刺した。
でもね。客観的にはそうだけど、主観的にはまったく別なのよ。
私はカインを嬲り殺しにしたかったわけじゃない。
本当は、さっさと首か心臓にナイフを突き刺して、殺すつもりだった。
だけどそれは出来なかったのよ」
『出来なかった?』
「カインは右腕を切り飛ばされても、一歩も下がらなかった。
即座に左手でナイフを抜いて、応戦した。
当時の私はね、そのカインの姿を怖いと思ったの。
信じられる?
右腕を亡くして大量の血を流している相手に、勝てるビジョンがまったく浮かばなかった。
だから、妥協案としてカインの消耗狙いで、手足をナイフで削る戦法に切り替えたのよ」
なんてチキン野郎なんでしょうね、とリィーンは笑う。
「でもね。カインと2年間、行動を共にしたから分かるわ。
あの時の私の判断は間違いなく正しい。
もし不用意にカインの懐に入っていれば……私のナイフがカインを殺す前に、カインのナイフが私を貫いていたでしょう。
……カインは心臓を貫いた程度では死なないけど、私は死んじゃうからね」
あの時の私の判断を褒めてあげたいわね、とリィーンは自画自賛する。
『いや、さすがに心臓を貫かれた死ぬだろう』
宗次の言葉を、リィーンは鼻を鳴らして否定する。
「この世界には本物の化け物がいるのよ。
事実として、私はカインを殺し損ねてる。
カインは右腕を切断した程度では殺せない。全身をナイフで刺した程度では殺せない。
腹を槍で貫かれた程度では殺せない。
どれだけ傷を負わせても殺し損ねれば、戦場にまた戻ってくる。
私に言わせれば、カインの方が余程強いと思うわ。
……だからこそ、いつか私がカインを殺す」
何気なく続いたリィーンの言葉に、宗次は思わず問い返す。
『カインを、殺す?
なぜ、リィーンさんが?』
「別に、私達にとっては普通のことよ。
私達は能力を使って人間を殺すためだけに生まれてきたんだから。
だから、一番強い人間を殺したいと思うのは、当然のことでしょう?」
リィーンはただ事実を述べるように、淡々とそう言った。