12話 人造能力者
■1日目 午後9時15分 フロンティア西部 湾岸倉庫地区 "シーピース社"倉庫 B1F 研究所?
「これは……」
倉庫の地下は、がらりと雰囲気が変わった。
倉庫内のどこか誇りっぽい空気から、埃1つない空間。
それは、研究室のクリーンルームを思わせる。
「研究所のような……というか、研究所そのものだな。
……すごく嫌な予感がする」
カインはそう言うと、顔をしかめる。
「……嫌な予感ね。翠玉、宗次気をつけなさい」
カインの呟きに、リィーンは真剣な表情で警告を出す。
『ここからが本番だってのは分かるが……そんなにまずいのか?』
「まずいでしょうね。カインの勘は良く当たるから、悪い方は特に」
『勘ですか……』
勘と言う言葉に、宗次は疑わしそうに声を上げる。
「フ、フ、フ……宗次君はまだまだこの世界のことを分かってないわね。
勘は馬鹿には出来ないものだよ。特に、魔術師の勘はね。
ま、カイン君は私ほどじゃないけどね!」
翠玉は無駄にドヤ顔で、説明する。
『魔術師?翠玉さんじゃなくて、カインが?
カインはエーテルリンカーじゃないのか?』
その宗次の問いに、カインはため息をつきながら答える。
「魔術師であることと、エーテルリンカーであることは矛盾しない。
俺というか、如月の家は魔術師の家系なんだよ。
もっとも魔術師というより、退魔師と言った方が良いがな。
ただ、どちらにしても魔導の家としての如月はとっくに終わっているよ。
俺も基本的な魔術しか知らないしな」
『退魔かぁ……漫画では見かける設定だけど、本当にいたんだなぁ。
それでカインはどんな魔術が使えるんだ?』
「如月の魔術は"境界"の魔術だ」
『"境界"?』
この宗次の問いに、カインは答えるつもりはないと言葉を濁す。
「……まあ、気にするな。
俺の魔術は12年前のテロの時に破壊されている。
今の俺には大した魔術は使えない」
『ふむ、まあ、言いたくないなら答えなくていいけどな』
――きっと一族以外には話せない事情があるのだろう。
宗次はそう納得した。
「では、気を取り直して進むぞ
この地下にあるだろう"サーバールーム"に進入し、敵の情報をぶっこ抜く。
翠玉、ナビを頼む」
「了解~。任せて!」
■1日目 午後9時20分 フロンティア西部 湾岸倉庫地区 "シーピース社"倉庫 B1F 研究所?
「カイン君~、そっちの通路は右ね」
「おう」
地下に潜入して、5分が過ぎた。
カイン達は翠玉のダウジングによるナビゲートにより、
敵陣の中にあっても敵に遭遇することなく進んでいく。
『翠玉さんはすごいな。ここまで誰にも会わないなんて』
「もっと褒めてもいいよ!」
カインの感嘆の声に、翠玉は調子よく答える。
その様子に先頭を進むカインは、やれやれとため息をつくが……その顔に緊張が走る。
「……止まれ。
この先の通路、いるな」
『いるって何が?』
「たぶん、敵の能力者」
「もうカイン君!
それを言うのは私の役目でしょ!
まあ、私も同意見だけどね。ここからはどんなに確率をいじっても、敵との遭遇は避けられない。
という訳で、翠玉ちゃんのパーフェクトナビゲーションは終了でーす」
翠玉は両手を挙げて、降参のポーズをとる。
すると彼女の言葉に呼応するように、今まで道を指し示していたペンデュラムが力なく垂れ下がった。
「ま、ここまで楽した分、ここからは私達の仕事ね
宗次、この先の通路は長い1本道だったわね」
『センサーからの地形データはそうなっている。
なるほど、見張りがいると隠れる場所がないな』
「ならば、隠密行動はここまでだな。
ここからはハック&スラッシュだ。
やるぞ!!」
カインは力強く宣言すると、迷いなく通路に躍り出る。
「ッ!!」
果たして、敵はカインの予想通りにそこにいた。
20メートルほどの通路の先に3人の人影。
綺麗な水色の髪と、同色の瞳を持つ3人の少女。
黒い戦闘服を身に纏ったそれは、リィーンとまったく同じ顔をしていた。
『な、リィーンさんが3人?』
「"リィーン・シリーズ"!!
チッ!!つまり、ここは、そういうことか!!」
『リィーン・シリーズ?』
状況についていけない宗次と、
吐き捨てるように、舌打ちをするカイン。
その二人の横を凄まじい勢いで少女が走り抜ける。
綺麗な水色の髪と同色の瞳を持つ少女"リィーン・リュート"。
「私がやるわ!!翠玉をお願い!!」
「……分かった」
後衛から一気に前に出るリィーンとスイッチするように、カインは後退し敵の視線を遮るように翠玉の前に立つ。
同時に敵のリィーン達もカインに気付き、戦闘態勢に移行する。
ここに、4人のリィーンによる戦闘が始まった。
■1日目 午後9時21分 フロンティア西部 湾岸倉庫地区 "シーピース社"倉庫 B1F 研究所?
「クリエイト――チェーン・スネーク!!」
その言葉と共に、リィーンの手に蛇を模した鎖が現れる。
同時に、敵である3人のリィーン達も武器を具現化する。
敵の手に現れたのは、長さ2メートル程度の槍だ。
柄も刃も艶消しの黒で塗りつぶされたシンプルな槍である。
その槍を見た瞬間にリィーンは、敵の力量を概ね察した。
――推定、"リィーンシリーズ"第3世代。生後3ヶ月と言ったところか。
それに引き換え、私は"リィーンシリーズ"試作型。さらに言えば稼動開始から既に2年半。
この子達から見れば、私は時代遅れの旧式なのでしょうね。
リィーンの胸に暗い感情が広がっていく。
「――ああ、まったく。嫌になるわね」
リィーン・シリーズとは、Aランク能力者"リィーン・フォーレスト"の細胞を試験管で培養し、
さらに電子化された彼女の記憶を植え付けた人造能力者である。
なぜ記憶を植えつけるのかと言えば、能力とは人間のメンタル、つまり記憶に強い影響があるからだ。
一部の例外を除けば、能力者の能力が発現するのは10代前半。
一人の人間としての自我が形成される時期である。
事実、記憶を転写していないクローン体は、ただの1つも能力が発現しなかった。
――だから、私達には感情がある。でも、それが私達を苦しめる。
所詮、私達は人の形をした能力発生装置でしかないのだから。
リィーンの胸には暗い感情が渦を巻いている。
カインと一緒に傭兵家業をやっているリィーンにとって、仕事道具の更新は当たり前に行っていることだ。
新しく性能が良い道具があるなら、古くて性能に劣る道具を使う意味はない。
であるならば、私はどうなのだろう?
――まあ、カインが私を捨てることは無いと確信しているから、私は戦えるけど。
あなたたちは、どうでしょうね?
ギリギリギリ、とリィーンの感情に呼応するように、不快な金属音を響かせながら3本の鎖が射出される。
それは敵の腹を食いやぶらんと、人間には到底回避不能な速度で襲い掛かる。
そう"人間"には。
リィーンの鎖は、敵に当たることなく空を切る。
何のことはない。彼女達のスペックはリィーンを上回っている。
彼女達にとって、リィーンの攻撃は"遅い"のだ。
3人のリィーンは鎖を難なく避け、反撃とばかりに槍を構えるとリィーンに向けて疾走する。
その速度はリィーンよりも速く、1秒後には彼女達の槍がリィーンを串刺しにするだろう。
――避けられるのは想定内。ああ、本当に嫌になる。
自分のスペックが劣っていると、はっきりと見せ付けられた瞬間だ。
それでも絶望することはない。
なぜなら、強くなるための第一歩は、自分が弱いと言うことを自覚することから始まるからだ。
――そう、私達は弱いのよ。
そもそもの話をすれば、リィーンの能力は強い能力ではない。
"武器の具現化"
それは確かに便利であるが、その程度の能力でしかない。
この能力がなくても、実物の武器を持ち込めばいい。
そういう意味では暗殺向きの能力で、正面から戦う分には特に優れているわけではない。
――貴方達のマスターはそれを分かっているのかしらね。
私達を生かすのも、殺すのもマスター次第。
ええ、私のマスターは最高よ。
リィーンは避けられ虚しく空を切る"チェーン・スネーク"を強く握り締める。
カインが最高のマスターである理由は色々有るが、1つ挙げるならこの武器だろう。
"チェーン・スネーク"はカインとリィーンが、デザインから製造まで、一緒に作ったオリジナルの武器だ。
カインにとって武器を自作したり、改造したりすることは当然のことだから、深く考えずにリィーンにも武器の作り方や、弄り方を教えた。
それはただの偶然だったが、それがリィーンに力を与える。
――世界に1つだけの、私だけの武器。
私はあなたたちの様な、無個性の量産型じゃない。
だから、"リィーン・リュート"の戦い方を見せてあげましょう。
能力には精神力が強く影響する。
「――能力拡張!! 武器改造・聖槍 レプリカ!!」
その瞬間、鉄の蛇から弾けるように無数の槍が突き出した。
「ッ!!」
それは完全な不意打ちとして、頭を、胸を、腹を、手足を、軽く10を超える槍がリィーン達を串刺しにした。
「ア……」
それはまるで昆虫の標本の様であり、全身を槍で貫かれたリィーンシリーズは活動を停止した。
「かつて聖人を貫いたとされる聖なる槍、ロンギヌスの模造品。
以前、教会のエクソシスト達とやりあった時に、構造解析をしたものよ。
貴方達の槍よりも上等でしょう?」
リィーンは動かなくなったリィーンシリーズに向けて、皮肉を込めて言う。
そんなリィーンに対して、カインは顔をしかめる。
「うげぇ……俺、あの槍は嫌いなんだよな。
あの槍に腹を貫かれて内蔵をぐちゃぐちゃにされたせいで、内臓を全取替えすることになったし……。
まあ、俺のことはどうでもいいか。リィーンお疲れさま」
「ありがと。ま、大したことはなかったわ」
こうしてリィーンシリーズとの戦闘は終了した。