11話 エーテルコンバート
■1日目 午後9時5分 フロンティア西部 湾岸倉庫地区 "シーピース社"倉庫 1F 事務室
「では、改めて潜入再開。次は地下だな」
地下を目指すカインの行動は速かった。
倉庫地区を抜け、地下に行くためには1階奥にある事務室を通る必要があると分かると、
電子ロックを宗次に解除させ、迷いなく事務室に侵入した。
事務室には5名の作業員がいたが、次の瞬間、彼らの頭には"蛇の形をしたアンカー"が突き刺さる。
リィーンの能力――『クリエイト・メタル・アームズ』で創られた鉄の蛇。
彼女の手から発射された5本鎖は、瞬く間に5名の人間の頭を食い破り、彼らを死体へと変えてしまった。
彼女が能力を解除すると"チェーン・スネーク"は幻のように霧散し、遅れて糸が切れた人形のように5人の身体は崩れ落ちた。
「制圧完了」
リィーンはただ事実を確認するように、そう言った。
「ご苦労さん。
宗次、そこにあるパソコンから何か情報を得ることは出来ないか?」
カインにとって、この光景は特に驚くようなことではないのだろう。
彼は倒れた5人の身体を物色しながら、宗次に仕事を振る。
『ああ……やってみよう』
事務室には、壁面に監視カメラの映像を写したモニターが取り付けられ、
机の上には、つい先程まで使用されていたパソコンが、ログオンされた状態のまま取り残されている。
ハッキングする必要もない。
『……』
宗次はドローンを操作しつつも、視界の隅で横たわる人間について考える。
――こんなにも簡単に人は死ぬのか。いや、殺せてしまうのか。
……これでは、まるでゲームだ。
それが率直な宗次の感想だった。
宗次は所謂、オタクであり、ゲームが好きだ。
そのゲームの中には、特に海外のゲームでは、
NPCを自由に殺害できるようなものもある。
実際、彼も皆殺しプレイをやってみたこともある。
だが、リアルでそれをやろうとは思わない。
そして、リアルにやってしまえる人間が目の前のカイン達であった。
――認識が甘かったと言えば、それまでだが……
以前、自分はカルト集団に追い掛け回されたことがあった。
そのカルト集団はカイン達に皆殺しにされたのだが、自分がそれを知ったのは全てが終わった後だった。
だから、皆殺しという言葉も、あまり真剣に考えていなかったように思う。
――確かに自分は、悪党が何人死のうがどうでもいいと言った。
しかし9人だぞ。ものの数分で9人の人間が死んでいる。
自分が元々勤めていた会社の部署は30名だったので、およそ3分の1の人間が死んだ計算となる。
日本の凶悪犯罪でも9人という人数は、滅多にお目にかかるようなものじゃない。
――もちろん。彼らがテロリストと繋がりのある人間で、カイン達は仕事で殺しているのは分かっているのだが……
カインやリィーンから悪意は感じない。殺しを楽しんでいたり、殺しに酔っているようにも見えない。
だが、殺すことに忌避感はない。
仕事だから殺す。必要だから殺す。
つまり、彼らは必要と感じたなら、誰でも殺すのだろう。
――本当に大変なことになってしまったなぁ。
宗次はため息を吐く。
恩人の頼みとは言え、軽い気持ちで裏稼業に手を出したことに、今更ながらに後悔する。
それでも手は動かし続ける。なぜなら、それが自分の仕事だからだ。
そうして、宗次はとあるファイルを見つけた。
「これは……?」
「どうした? 何か見つかったか?」
「……帳簿だ。シーピース社の取引記録」
そう言いながら、宗次はファイルを開く。
「どれどれ……ふむ」
そこに書かれたいたのは、表に出せないブツの数々。
麻薬、覚せい剤、重火器、そして……
『……エーテルリンカー?』
参考資料として添付されていた写真には、動物のように檻に入れられ、首輪を付けられた子供達の姿があった。
『クソが!!人身売買かよ!!』
宗次は思わず声を荒げるが、それに対してカインは冷静に感想を述べる。
「能力者を兵隊して使う"マーダー・エーテル"らしい手口だな。
そうやって攫ってきた子供達を洗脳し、兵士にする」
エーテルリンカーの人身売買。
この手の人身売買は、人口の多い発展途上国で行われているという。
兵士として、実験材料として、あるいは愛玩用として、能力者を売り買いする。
その用途は様々だ。
「俺の幼馴染もそうだし、宗次も身に覚えがあるだろう?」
『あのクソカルト共か……』
宗次の妻はエルフだ。
件のカルト集団はエルフを何かの儀式の生贄にしようとしていたらしいが、そんなことはどうでもいい。
――ああ、今ようやく理解した。こいつらはクソだ。
あんまりにも簡単に殺されてしまったから、可哀想などと勘違いしてしまった。
こいつらは人の人生を滅茶苦茶にするクソどもだ。
だが、だからと言って宗次に出来ることはあまりない。
彼はプログラマーで、情報処理が専門。つまり裏方だ。
映画の主人公のように、悪の手から子供達を守れるような存在ではないのだ。
『……攫われた子供は、もうここにはいない。
帳簿のデータはコピーした。先に進もう』
「……そうだな。行こう」
攫われた能力者がどうなったか、それを今更考えても意味はない。
仮に生きていたとしても、もうまともな人生は歩めないのだから。
ならば、今出来ることは元凶を叩くことだけなのだ。
■1日目 午後9時10分 フロンティア西部 湾岸倉庫地区 "シーピース社"倉庫 1F 事務室
「で、敵の本拠地があるだろう地下には、この扉を通る必要があると」
事務室内の探索を切り上げると、カイン達は入ってきた方向とは逆の位置にある扉に目を向ける。
その扉にはドアノブも鍵穴もなく、分厚い金属の板が行く手を阻む。
では、本来この扉はどうやって開けるのかといえば、
扉の横にカイン達が入ってきた非常扉と同じようにコンソールがついている。
しかし、そのコンソールにはカードキーを差し込むようなスリットはなく、
人間の掌ぐらいの大きさのパネルがついているだけだ。
「これ、電子キーじゃないわね。
エーテルセンサーを利用した、人間の固有エーテルで認証するシステムよ」
エーテル認証ってやつね、とリィーンは解説する。
『チッ、面倒くさいな。
だが、結局は認証したデータを電子的に処理してるんだろう。
だったら、このパネルを引っぺがして、直接アクセスすれば……』
宗次はハッカーとして意見を言うが、それにリィーンは待ったを掛ける。
「宗次の方法でも良いのだけれど。
もっとスマートに行きましょう。ねぇ、ご主人様?」
リィーンはカインに視線を向けると、彼も頷く。
「そうだな。よし、サポート系の能力者の本領を見せてやるよ」
カインはそう言うと、コンソールに取り付けられたパネルに迷いなく手をつける。
「――エーテル・コンバート」
カインは手のひらに神経を集中させる。
この扉が日常的に使われているものなら、使用者のエーテルの痕跡がある筈だ。
それは普通なら感じ取れない残り香のようなもの。
だが、それを感じ取れないようでは、エージェントとしてやって行けない。
「解析完了」
エーテルの痕跡から、使用者の固有エーテルは掴んだ。
ならば、今度はその固有エーテルを再現する。
「――エーテルコンバート。タイプ・ヒューマン」
カインは自身のエーテルを"扉の使用者"の固有エーテルに変換し、パネルに流し込む。
すると、分厚い扉は何事もなく簡単に開いた。
『うへぇ……エーテル認証をパスするのに、1秒も掛からないとか』
「エーテルの感知、解析、変換は得意分野だからな。
能力の威力はともかく、能力の精度に関してなら、Aランクだって目じゃないさ」
カインは自信を持って断言する。
「能力は使いようってことね。
ランクの低い能力は、能力の威力や効果範囲は狭いけど、
その代わりエーテルの消費も軽いし、小回りが利きやすいのよ」
『なるほどなぁ』
「ま、威力の無さはどうにもならんがな。
さて、ついでだ。俺の能力はこういうことも出来る」
カインは床に手を当てると、精神を手に集中させる。
「―エーテルコンバート。タイプ・マテリアル」
『何をしているんだ?』
宗次の疑問に、カインは床から手を離し、立ち上がりながら答える。
「簡単な探知だよ。
まず、床が持つ固有エーテルを解析する。
次に、俺のエーテルを"床の固有エーテル"に変換して、床の表面に流す。
で、その反応をまた解析する。
そうすることで、床にエーテル系の罠があっても探知できるという訳だ」
そう言うと、カインは足で床を叩く。
すると、カインを中心にして、まるで波紋のようにエーテルが床を走る。
このエーテルの反応によって、仮に目に見えない罠があったとしても探知できるのだ。
『まるでレーダーみたいだな。
って、もしかして足からもエーテルを出せるのか?』
「おう、全身何処からでも出せるぞ」
『……あそこからも?』
「あそこからも。ちなみに尻からも出せるぞ」
「ちょっとーカイン君!!下品!!」
「下品ね。
私の"チェーンスネーク"で食いちぎってあげましょうか?」
「リィーンが言うと洒落にならないんで止めてくれ」
『止めてください。死んでしまいます』
敵地でありながら、こうして冗談を言い合うのも悪いことではない。
人間は長時間集中し続けることは出来ないからだ。
抜く時は抜く。締めるときは締める。
メリハリが大切だ。
カインはゴホンと咳払いをすると、話題を切り替える。
「さて、ここから地下に潜入する。
隊列は、俺が先頭。リィーンが殿。
翠玉と宗次のドローンは真ん中だ。
宗次、最悪の場合は翠玉の盾になってくれ。
ドローンは弁償するから」
「分かった。まあ、このドローンは元は軍用だからな。
ピストルの弾ぐらいなら弾き返せる」
「そいつは頼もしい。
では行こうか。ここからが本番だ」
カインはそう宣言すると、迷いなく扉を潜り抜けた。