10話 探索
■1日目 午後9時0分 フロンティア西部 湾岸倉庫地区 "シーピース社"倉庫 2F
非常口の先は、倉庫内の照明や空調を整備するためのキャットウォークに繋がっていた。
ただし、そのキャットウォークは落下防止のための簡単な柵しかついておらず、そのまま進めば1階からは姿が丸見えになるだろう。
カインは見つからないように身を低くし慎重に移動すると、左目の義眼に意識を集中させる。
彼の義眼は特別製で、レンズの倍率を変更することが可能で、さらにエーテルセンサーも搭載済みだ。
カインは義眼の倍率を上げ、1階の様子を覗き見る。
「……警備兵が2名ずつ、計4名」
彼は小声で呟くと、さらに義眼をエーテルセンサーに切り替える。
「エーテルによる罠、ゴーストの存在も確認できず。
宗次の方はどうだ?」
『こちらからも確認出来るのは4名だ。
エーテルセンサーにも目ぼしい反応はない』
宗次はドローンを操作しながら答える。
彼のドローン"月光1号"は偵察用のドローンであるため、迷彩機能を搭載している。
その機能によってドローンは周囲の景色に溶け込んでおり、遠目では探し出すのは難しい。
彼はドローンの迷彩機能を存分に発揮し、倉庫の上空から周囲を観察する。
「宗次、監視カメラはどうだ?」
『この倉庫内には4台。
解析結果は、カインとリィーンさんのバイザーに送る』
すると、彼らの装備しているヘルメットのバイザーに、倉庫の地図と監視カメラの位置が描写される。
「ねえねえ、私は?」
『翠玉のデバイスに、同じものを送ることは出来るけど……
潜入中にわざわざデバイスに目を通すのは危なくないか?』
「それもそうね。
ま、私が分からなくてもカインが分かっていればいいか」
そう言うと翠玉は、カインの後ろにぴったりとくっつく。
それに対して、カインは面倒くさそうに引き剥がす。
『で、どうするんだ?
2階から進入したは良いけど、2階には何もない。
ということは、1階に移動しなければいけないが……
通路もそうだが、何より階段は使えないぞ』
2階から1階に下りる階段には監視カメラが設置されていた。
階段には身を隠すような遮蔽物はないため、この階段を使えば確実にばれるだろう。
「なら、階段を使わなければいい。
という訳で、リィーンやれるか?」
カインは当たり前のことのように言うと、リィーンに顔を向ける。
「いつでもどうぞ。警備兵はどうしましょうか?」
「今はまだ殺すな」
「了解。
クリエイト――アイアン・ニードル」
リィーンの指の間から3本の細長い針が現れる。
さらに腰に固定したポーチからビンを取り出し蓋を開けると、今作り出したばかりの長針を中の薬液に浸す。
「リィーンちゃん。その薬ってなーに?
イケナイお薬かな?」
翠玉がビンを覗き込みながら質問する。
「ただの即効性の神経毒よ。
熊とか象とかを仕留めるのに使うやつ」
『それを人間に使って大丈夫なんですかね……』
「大丈夫よ、きちんと調整してあるもの。
それじゃ、行って来るわね」
リィーンは迷いなく2階から飛び降りると、音もなく着地する。
そして、すぐさま警備兵に向かって風のように疾走する。
リィーンは着地と同じく音もなく倉庫内を駆け抜けると、警備兵の一人に背後から飛び掛る。
「……ッ!!」
警備兵が反応するよりも速く組み付くと、警備兵の口を塞ぎ、首筋に薬品のついた針を突き刺す。
針を刺された警備兵は1秒も立たずに全身から力が抜ける。
「……?
何んだ……ンンッ!!!」
もう一人の警備兵が異変に気付くが遅い。
リィーンはすでに背後に回り込んでおり、同じように口を塞ぐと首筋に針を突き刺した。
こうして僅か2秒で二人の警備員が無力化された。
リィーンはそのことに特に感慨もないのか、動かなくなった二人の身体を通路の端に寄せると、
残り二人の警備兵に向けて、走り出した。
■1日目 午後9時0分 フロンティア西部 湾岸倉庫地区 "シーピース社"倉庫 2F
『……リィーンさんって強くね?
上から見てるのに、姿を見失いそうになるんだけど』
宗次は感嘆の声を上げる。
「そりゃ、強いっていうか。
俺らの中で一番強いのがリィーンだからな」
『え、カインよりも?』
「そうだ。
俺とリィーンは初めて会ったときは敵同士でな。
初めてリィーンを見た時は、『何だ少年兵か……どうやって手加減して倒そうか』……
なんて舐めたことを考えていたよ」
『それで、どうなったんだ?』
「適当に気絶させようと、刀で峰打ちしようとしたらな。
初手で右腕を切り飛ばされて、そこから全身をナイフで滅多刺し。
大量出血によるショックで心肺停止」
さすがに死んだと思ったね、とカインは冗談のように言う。
『心肺停止って……何で生きてるんだ?』
「その時は、優秀なバックアップがいたからな。
意識を失った俺の身体を回収した運び屋に、回復能力者、さらに、腕の良い医者。
すべて彼らのおかげで……まあ、強いて言えば運が良かった」
カインは宗次に忠告するように続ける。
「宗次、肝に銘じておくといい。能力者には"性別も年齢も関係ない"。
俺はあの時から、たとえ相手が女子供でも容赦しないと誓った。
まったく、言葉では知っていたのにあのザマさ……っと!」
突如として、彼のすぐ横の手すりに"蛇の形"をしたアンカーが絡みつく。
同時にリィーンが空中に舞い上がると、器用に手すりの上に着地する。
「もうカイン!その話はしないでって、いつも言ってるでしょ!!
……私とカインの大事な"初めて"何だから」
リィーンはとても大切な宝物のように語る。
「俺にとっては右腕の切断に、全身滅多刺しなんて、トラウマ以外の何ものでもないけどな。
それで終わったのか?」
「終わったわよ。
フン、何の経験にもならない雑魚ね」
「まあ、そう言うなよ。ここからが本番なんだから。
ではリィーン、頼む」
彼女は手すりに"スネークチェーン"を固定すると、その鎖を使って彼らは階段を使うことなく1階に移動した。
■1日目 午後9時2分 フロンティア西部 湾岸倉庫地区 "シーピース社"倉庫 1F
倉庫の1階部分は、船で運び込んだと思われる大型のコンテナや、ダンボールが所狭しと積まれていた。
おかげで身を隠しながらの移動は容易だろう。
『で、ここからどうするんだ?
上から見た限りでは1階部分は、完全に倉庫だな。
一応、この奥に事務室があるみたいだが、おそらく本命は地下だと思うんだが』
それにカインも頷く。
「ああ、俺も同意見だ。
おそらく地上部分は、それなりにヤバイモノしかないだろう。
まあ、だからこそ、その前にやっておくことがある」
『それなりって……何をするつもりだ?』
「宗次のことを信用しないわけじゃないけど、大義名分は押さえておこうと思ってな」
『大義名分?』
「ああ、状況的にこの倉庫の持ち主が、敵と繋がっていることは間違いない。
だが、万が一にも勘違いだった場合に、すごく困る。
だから、証拠は多い方がいい」
そう言うと、カインは翠玉に視線を向ける。
「という訳で翠玉。
このコンテナの中から麻薬とか、異界の品とか……
明らかな違法なブツを見つけたい。出来るか?」
「ふふーん、出来るに決まってるでしょう!」
カインの問いに、翠玉は胸をそらしてドヤ顔で答える。
「ま、カインの言う品は、"有る"でしょうね。
だったら、これでいいか」
翠玉は、紐のついた宝石――ペンデュラムを取り出すと、振り子のように振る。
同時に彼女の黒い瞳に、緑色の光が灯る。
それは翠玉の中で、魔力が活性化している証である。
そして、翠玉は呼吸を整え、世界に宣言するように呪文を唱える。
「――"我至天命"」
翠玉がそう言葉を発した瞬間――世界が回る。
彼女を中心にして、彼女のために、彼女の都合の良いように。
しかし、それはもちろん錯覚だ。
だが、彼女の持つ"運命"の魔術とはそういうものだ。
運命を"自分の都合の良い方に"捻じ曲げる。
さすがに世界全てとはいかないが――彼女の周囲は"彼女のための世界"となった。
翠玉の瞳の輝きはさらに高まり、まるで本物のエメラルドの如く。
彼女は楽団の指揮者のように、手元のペンデュラムを操る。
その振る舞いからは、普段のおちゃらけた雰囲気はなく、まるで世界の支配者のようだ。
「――そこ!」
彼女のペンデュラムはくるくると回り、ぴたりと一点を指し示す。
その先には積み上げられた木箱があった。
カインはその箱に罠がないことを確認すると、慎重に蓋を外す。
中に入っていたのは、ビニール袋に包装された白い粉末。
彼はその中の1つの包みを破り、指先で掬うと舐める。
『カイン、これって……』
「ああ、麻薬だな。
非合法組織の資金源といったら、これだろう?
宗次、映像を撮っておけ」
『ああ、もちろん。最初から全部録画済だ。
という事は、なるほど。
少なくともこいつらは麻薬の売人ってことか』
「ああ、宗次のハッキングを疑うわけではないが、
この倉庫が善良な会社の所有物でした、ではまずいからな。
だが、これでその心配もなくなった」
『自分のハッキングも絶対に間違いがないとは言えないからなぁ。
確かに証拠は多い方がいい』
宗次は特に気にした風もなく、むしろ感心したように言う。
「そう言って貰えると助かる。
と言うわけで、リィーン。ここからは殺し解禁だ。
すまないが、先程の警備兵、殺してきてくれ」
「了解」
『え?』
リィーンは頷くと、迷いなく気絶させた警備兵達に止めを刺しに行く。
その突然の流れに、思わず宗次が口を開く。
『わざわざ殺す必要があるのか?』
「……一般人の宗次には悪いと思うが、"殺す"。
生かしておく理由がなければ、殺していけない理由もない。
死人に口なし。死体にしておくのが"一番安全"だ」
カインはそう断言する。
『そうか……いや、実際に鉄火場にいるのはカインだ。
奴らはテロリストなんだから……死んだところで……問題は、ないはずだ』
宗次は自分に言い聞かせるように、口を開く。
その様子から、理屈では理解しているのだろう。
ただし、まだ彼の常識が追いついていないのだ。
「まあ、あまり深く考えないことだな。
奴らがどんな人生を送ってきたのかはしらないが、
少なくともこいつらは麻薬を扱う組織に属していた。
1つの罪も無い、善人ってことはないだろう」
カインがなだめるように言うと、今度は翠玉がいつもの調子でカインに質問する。
「ねー、ねー、カイン。
この麻薬、一袋貰ってもいい?」
『え?』
「自分で使う分ならな。
もし売りさばいたら、"殺す"」
「もち、自分用よ。じゃあ、貰うね」
翠玉は麻薬の包みを、迷いなく自分のポーチの中に突っ込んだ。
『ちょ!!何言ってんの!!
麻薬は駄目!!』
「えー……いいじゃん。
人殺しよりかは、いいと思うけど?」
『いや、確かにそうなんだが……』
宗次は納得がいかないと唸る。
「……あれはいいんだ。
翠玉は魔術師だから、薬の知識も当然ある。
そもそも、魔術と麻薬の歴史は古い。
何しろ、素面で魔術は使えないからな」
「そういうこと。大丈夫、大丈夫。私を信じて、ね」
『うーむ……生死感も、麻薬への認識も、一般人とは違うなぁ……
まあ、この場では自分の常識の方が、非常識なんだろうけど』
「……無理はしなくてもいいぞ。
俺らは法の外側の人間だから、本来は宗次の感覚が正しい。
だが、ここは法が守ってくれるような場所じゃないってだけだ」
『分かっているさ。一度仕事を請けた以上、途中で投げ出したりはしない。
元サラリーマン舐めんなよ!
切った張ったなんてことはしたことないけど、死人が出かねない修羅場は何度も潜っている!!』
宗次は気合を入れて宣言する。
そうこうしている内に、リィーンが戻ってくる。
「カイン、お待たせ」
「お疲れ、手間を掛けさせたな」
カインはリィーンを労うと、改めて皆の方を見る。
「では、改めて潜入再開。次は地下だな」
カインの宣言の元、彼らは再び行動を開始した。