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6.あなたの声

【前回のあらすじ】


琴乃の暮らすマンションの夢を見る「ボク」

写真に纏わる彼女との思い出に浸る。


同時に、愛について考え込んでしまう「ボク」

愛とは何か、実在を確認しないままに恋に落ちてしまったことの意味を考え始める。

同時に、自分が彼女に会えないと思い込んでいる事情をまたくよくよ考え始める。

 あの夜、私は不安でどうしていいかわからなかった。少し前から、あなたが時々突き放すような言い方をすることに気づいていたけど、それはきっと私の選んだ言葉がおかしかったり、反応が遅れたりしたからだと思う。そういう時、あなたはすぐに苛立ってた。あなたが苛立つと私はとても不安になる。もうこれっきりメッセージが途絶えるんじゃないかと思って、居ても立っても居られなくなる。だから、あなたの返信を待たず、一方的にメッセージを続けざまに送ったことが何度もある。

 でも、そんなときでも結局はあなたが笑ってくれて、もう怒ってないよってメッセージをくれる。それで安心できてた。


 あの夜は違った……


「あまり話していても仕方ないから、今日はもう寝るね。おやすみ」


 そんなこと一度もなかった。あなたは私が深夜2時近くになって、まだメッセージし続けても、明日の仕事は大丈夫なの? って言うだけで、私が寝るねっていうまで、いつまでも付き合ってくれた。

 インフルエンザで体調を壊したあとは、さすがに毎日2時は遅すぎるよ、できれば0時までにしようねって言われたけど、それでも、私がおやすみなさいと言うまでは、絶対にメッセージを打ち切ったりしなかった。


 あの夜は違った……


「どうして? まだ11時にもなってないよ? 

 まだ眠くないよ」


「うん…… だけど疲れた」


 あなたはいつもとは絶対に違う。何かが違う。


「ねえ、電話していい?」


 私たちはHangoutを使い始めてた。そこに通話機能があることは知っていたけど、どちらもそれを使おうとしなかった。私はあなたが嫌うことをわかっていたから、あえて知らないふりをしてきた。でも、それも限界だと思った。


「嫌だ」


 予想通りの反応だった。でも私はそうしなきゃもうダメになると思った。ムーちゃんとの関係は終わってしまうと思った。


「どうして? 私が嫌いになったの?」


「そんなことあるわけないじゃないか!」


 嘘じゃないと思った。


「お願い。電話させて。声が聴きたい。

 ムーちゃんと話したい」


 我慢してきた気持ち、抑えきれない気持ち、どうしても直接伝えたい気持ちがあって、その夜は電話しなきゃもう死んでしまいそうなくらいな気持ちだった。


「だけど、声を聴くと会いたくなるから嫌だ」


「どうして……」


 私はしばらく何も書き込めなくなった。どうしてこの人は私を避けるのだろう? 何がそうさせるのだろう? 私には全然思い当たることがなかった。さっきも、週末は主人が帰ってくるけど、いつもどおり、できるだけ時間を見つけてメッセージするからね、って言っただけなのに。私の気持ちはムーちゃんにしかないことを伝えたかっただけなのに。急に機嫌が悪くなる。


 私はどんな時だってムーちゃんのことばかり考えてる。家の人がいても、私は疲れてると言い訳して自分の部屋に閉じこもるだけ。寝室はもうずっと前から別々だし、私が自室に引きこもると、家の人は決して邪魔なんかしない。だから、いつもどおりメッセージできるよ、っていったつもりなのに……

 悲しくてメッセージする言葉が思い浮かばなかった。




「琴乃? 大丈夫? そんなに電話したいの?」


 私を気づかってムーちゃんが問いかけてくれた。やっと気持ちが伝わったと思った。


「うん……」


「わかった。じゃあ、ボクから電話するね」


「……うん」


 ドキドキした。どんな声がムーちゃんなのか、それを思うだけで喉が塞がるほど緊張した。




 Hangoutは雑音がかなりあった。でも、そこから確かに聞こえてくる声がある。


「もしもし…… 琴乃?」


 初めて名前を呼ばれた。ムーちゃんの前で私は琴乃でしかなかったし、メッセージの中で何度もそう呼ばれていたから、琴乃は私には本名以外の何ものでもなかった。


 涙が出てきた……

 声が聞こえている、そう思っただけで涙が止まらなくなった。


「…… もしもし」


「琴乃? 泣いてるの? …… 

 

 ごめんね、ボクが全部悪い……」


 ムーちゃんはよくそうやって謝ってくれた。私が悲しむと、ボクが全部悪いと言ってくれる。


「ムーちゃん…… 嬉しい」


「ボクも嬉しい…… ハハ、泣けてきた」


 何に不安な思いをしていたのか、もう全然考えられなかった。

 実際の声が聞こえるだけで、何万字の文字より、もっとずっと強いチカラで抱きしめられている気がした。

 自然に涙が溢れる。


「私はムーちゃんが好き。何もできなくなるくらい好き」


「わかってる」


「本当なんだよ。ムーちゃんのことばかり考えてるんだよ、わかってね……」


「うん……

 なんかさあ、声のチカラってすごいね。

 なんか色んなことがどーでも良くなった」


 そう言ってムーちゃんは笑った。こんなふうに笑うんだと思った。いっぺんに笑い方を好きになった。


「……どうでもいいって何が?」


「琴乃がね、ボクのことを本当に好きなんだって伝わってくるから、もうそれだけでいいやって思ったってこと」


「本当に? 伝わった?」


「うん、ちゃんと伝わるよ。言葉がなくても伝わるよ」


「……嬉しい」


 声を出して泣いていた。あなたに恋してから、ずっと切ない気持ちがあった。いくら好きになっても、結局受け入れられないのかもしれないという不安があった。私が好きになればなるほど、あなたが私を遠ざけてる感じがすることも気持ちを塞がせていた。


 でも、あなたの声が聞けた。思った以上に落ち着いた声だった。しかも、私の声を聞いて、何も話さなくても伝わると言ってくれた。思った通りの優しい人だった。このまま包まれていたいと思わせてくれる温かみのある声だった。


「琴乃? 聞いてる?」


「うん、聞いてる」


「電話は凄く身近に感じさせるね。でも、できるだけメッセージのやり取りのままにしない?」


 ちょっとがっかりした。でも、不安はなかった。


「いいよ。ムーちゃんがいいようにして」


 私はムーちゃんが書いてくれるメッセージを読むのも好きだった。愛情に溢れているし、いつも大切にされてる感じがした。私はムーちゃんが関心のあることになら何でも興味が持てた。精神世界のことはもともと興味があったし、音楽はすっかり趣味が一緒というわけではなかったけど、ムーちゃんの選ぶ曲は私の好みにはちゃんとあってた。


 翌日、家に帰るとしばらくはメッセージしてたけど、いつのまにか電話してた。それから、深夜遅くまで電話した。

 その翌日も電話した。ムーちゃんも、もう何も言わなくなった。


 あの頃が一番楽しかった。いつかきっと、ムーちゃんの言う、神が決める日がやってきて、私たちは必ず会えると思っていた。


 その頃は…

読んでくださってありがとうございました。

いかがでしたでしょうか?


ご意見ご感想お聞かせいただくと嬉しいです。


次回は琴乃とその夫との関係を理解できないボクが陥る矛盾した世界のことを描きます。

引き続きお読みいただけると幸せです。よろしくお願いします。

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