28.絶望的な終焉
【前回のあらすじ】
酔ったまま琴乃に連絡してしまったボク。本当はこんな話などやめて、静かに眠るべきだと思っている。たったひとこと、琴乃が変わらず愛していると伝えてくれれば、それで良かったはずだが、琴乃は琴乃でボクの真意を知りたがる。
そして、お互いの包み隠さぬ本当の気持ちを伝え合ううちに、ボクは未来への扉がすべて閉じてしまったことを感じ絶望する。諦めたボクは琴乃に絶望的な言葉を投げかけ始めた。
パソコンを開いて待っている。ハングアウトで、彼の言葉を待っている。もう1時間以上前にオンラインになったことはわかっている。
少しでも冷静になろうと思って、パソコンを立ち上げた。彼からのメッセージにすぐ反応するには、やはりキーボードの方がいい。
だけど彼は何も書き込んでこない。
(ムーちゃん…… 私からメッセージするのを待ってるの?)
そうかもしれない。彼は弱い。彼の優しい言葉と、時々荒んだ挙句に繰り出される言葉を並べてみると、彼は出会った当初思った通り、繊細で弱々しい。そして、思いもよらぬ激しい恋をする。
彼はGW中に様々な物語を書き残していた。もう全部捨てられてしまったけど、そこには彼の初恋の物語があって、私が学生の頃に経験した恋愛とは違う、周囲がまったく見えなくなる激しい愛の在り方が綴ってあった。あの物語を読んだのは、家の人の実家でのことだったから、なんの反応もできなかった。いや、何かコメントをすることはできたかもしれない。だけど、あの激しさは、家族の優しさに包まれていたあの時、とても反応する気になれないものだった。
(あなたが怖い…… どんな言葉を選んだらいいかわからない……)
「琴乃の気持ちを聞かせて欲しい」
やっとのことでメッセージが届く。でも、そうじゃない、私の気持ちじゃない、怒りに任せてドライブのすべてを消し去った、あなたが今どんな気持ちでいるのかが先に知りたい。私じゃない、あなたの気持ちを聞かせて欲しい、そう書き込んでいた。
彼の気持ちはすぐに分かった。思った通り…… GW中のことを気にしてる。特に、家の人の実家から私がメッセージしてこなかったことを、お正月のことと比べて、私の心変わりだと気にしている。
(ムーちゃん…… 全部話した方がいいの? 本当にそうなの? )
どう表現すればいいかわからない。いきなり大切な思い出を全部消去されて、まだその傷も癒えていないのに。
ムーちゃんの心の在り処がわからない。私の心変わりを詰っているような気がする。何を書いてもすべて否定される。お前の本当の気持ちはそこにないだろうと決めつけられる。
それでも私は懸命に本当の気持ちを書いた。今書かないと、ずっと伝えられないままになりそうな予感がしたから。ひょっとすると彼が誤解するかもしれないと思いながらも、彼のことを思っている気持ちに嘘などないのだから、本当のことだから、そのことが伝われば、きっと分かり合えると思って書いた。
「ムーちゃんだけが好きなんだよ…… それを忘れないで」
(本心だよ! わかって…… )
祈るような気持だった。彼だけが好き。
でも…… たったそれだけの言葉でさえ、彼には届かない。
「まだボクを縛るの? ボクを縛って、自分は離れていくんだね」
(どうしてここまで私の言葉を真反対から受け止めるの…… )
ムーちゃんは私から離れたがっている…… そうとしか思えなくなった。
ヌード写真を贈る前から、彼の変化には気づいていた。彼は私とのメッセージのやり取りを、きっとちっとも楽しんでいない。重荷なんだ、きっとそうだ、そうとしか考えられない。
(でもなぜなの? なぜそこまで私を受け入れないの? )
最後の気力を振り絞ってこう書き込んだ。
「できるだけ、今までのようにやり取りしたい。して欲しい」
(ドライブの思い出を捨ててしまったあなたに縋る、私の最後の言葉だとわかってね、ムーちゃん、これが最後なの……)
でも…… 送られてきたのは、信じられない言葉だった。
「お前のことなんか、最初から好きでも何でもないよ」
ぼんやり画面が流れる様を眺めている。次々に言葉が浴びせかけられる。
冷酷で、人に耳を貸さない、彼らしくもある言葉が並ぶ……
「ボクはホントは何を思ってたんだろ?」
「好きだったのかな?」
「そうでもないような気がする」
「何が真実だったんだろう?」
「好き? (笑) ないない(笑)」
「何を思って付き合ってた?」
「いや(笑) 付き合ってないから(笑)」
「何をもって付き合ってる?」
「ないない(笑) 関係がない(笑)」
「好き? 錯覚だろ?(笑)」
「何もないな、存在ってなんだろう?(笑)」
「愛ってなんだろ?(笑)」
「何を見ていたんだろ(笑)」
「くだらんな…… 」
「何十年もかかって得た答えがこれだよ(笑)」
「くだらね〜〜〜〜 」
「愛もない」
「存在もない」
「何があるんだろ?」
「宇宙には何かあるのかな?」
「何か存在すべきものがあるのかな?」
「…… 好きにしてくれよ」
「もういいよ」
「ごちそうさまでした」
「さようなら」
「ありがたくもなく、どこにでもある錯覚へ」
「どこにでもあって、どーでもいいことばかりだと言うこと、それがよくわかった(笑)」
「さようなら」
「さようなら」
同じような言葉を何度か繰り返して、ようやく書き込みが止まった。
日頃から彼は(笑)をよく使った。娘さんに、パパが(笑)を使うのは嫌だと言われて落ち込んだという話も聞かされた。そんなこと…… 聞きたくもなかったのに……
でも、今日この瞬間まで、この文字を見ると、私は初めて電話で聞いたあの笑い声を想像できていた。
(大好きだったムーちゃんの笑い声…… )
だけど、ここに並ぶ(笑)は、もう、何も意味していない。私を貶める意味で使っているのかもしれないけど、私にはもうただの記号でしかなかった。
(ムーちゃん…… 私から離れたほうがいいみたいね)
涙も出なかった。重く塞がった気持ちで、泣き喚きたいのに涙が出ない。
もう、振り返りたくなかった。彼が訪れることがないブログなら、もうなくなってしまった方が良かった。私はブログの退会処理をした。
綺麗さっぱりなくなった。
グーグルのアカウントも、ムーちゃんのためだけに取得したものだから、これも削除した。
何もなくなった。ドライブの保存ファイルは彼が捨て去ったけど、ブログとアカウントは私の意志で消し去った。意外にも冷静な自分がいて不思議だった。PCを閉じてベッドに横になる。
(これでなにもかも切れた…… ムーちゃんのことはなかったことになった……)
……
そう思った瞬間、わっと涙が溢れ出た。
天井を眺めている。毎晩、この天井に向かってスマホからムーちゃんにメッセージを送っていた。明日から、朝も、昼も、夕方も、夜も、深夜も、ムーちゃんからのメッセージを知らせる音が鳴らない。
(ムーちゃんには言ってなかったけど、私もムーちゃんからの着信音は Flow tone にしてたんだよ…… )
泣けてきた。偶然にも同じ色の、同じメーカーのスマホだったなんてことも、私たちの奇跡的な出会いを象徴しているね、と笑いあったことを思い出す。終わりがないと思っていた日々の記憶が蘇る。
涙が止まらなくなる。このスマホと、デジカメのメモリーに残った写真を眺める。Mというフォルダーに入った写真は全部ムーちゃんに見せたいと思った写真ばかり。その中に、マンションから南の方向の空を写した写真が沢山ある。マンションの位置がわかってしまうからとムーちゃんに叱られた写真だった。
涙が溢れる。泣きたい…… 大声で泣きたい……
(ムーちゃん…… ムーちゃん…… なんで! なんで!…… )
独りぼっちじゃ眠れない。ムーちゃんがおやすみと言ってくれなきゃ眠れない。誰も代わりにならない。ムーちゃんの代わりになんかならない。
…… 知らぬ間に少し眠っていた。
ハッとした。スマホを持ったまま眠っていた。ムーちゃんにメッセージ……
そう思って気が付いた。
(消してしまった……)
そのことの意味を痛切に知らされる。もう、送ることもできない、ムーちゃんから送られてくることもない。
恐る恐る、ムーちゃんのブログを見てみる。
消えてる…………
泣きながら部屋を出た。家の人がこっちを見ている。
でも涙が止まらない。
「どうしたの…… 大丈夫?」
彼に抱きしめられた。
彼が私にキスしようとする。
思わず…… 顔を背けた。。
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次回、最終話となります。
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