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27.ボクに見えた真実

【前回のあらすじ】

自室に戻りボクからの連絡を待つ琴乃。改めてボクの激情ぶりに恐れをなしている。

そんな事情を知ってか知らずか、家の人は変わらぬ優しさで琴乃(理子)を受け入れようとする。このままボクから受け入れられないとすると、家の人まで失うわけにはいかないという気持ちも湧きおこる琴乃。それが正直な彼女の気持ちだった。

 酔っていた。後輩が帰ってからもずっと飲んでいる。止められない。



(もう諦めよう、楽になろう…… )



 そう納得しようとする。逃れたいのだ、この苦痛から。



(琴乃を失って何が残る? )



 今度は琴乃を失う絶望的な喪失感を思う。するともうじっとしていられなくなる。


 断続的にやってくる絶望の波を抑え込むため、ボクはさらにアルコールの力に頼る。

 ところが、アルコールによって感覚はどんどん研ぎ澄まされる。


 過去にやり取りしたハングアウトやブログのメッセージを眺めてみる。



(この言葉の意味は何だったんだ…… )



 そこに並んだボクへの愛と、さっき聞かされた家人への思いやり、家族のみんなを大切にしたいという文字が、再び琴乃を詰問するよう唆す。


 悪い予感がする。


(こんな状況で琴乃とメッセージをやり取りすれば、必ずどこかでボクは暴走し始める。だから、ひと言だけ謝って、話は明日以降に先延ばしにしよう、それがいい…… 

 ドライブにあったものは、それぞれが持っているものを寄せ集めればまだなんとかなるはず)


 そう思って、深夜、ようやくメッセージする。



(すぐに切り上げよう)



 固く決心してメッセージを送る。酔っぱらっている。ミスタッチが増えている気がする。






「琴乃…… 起きてる?」


 すぐに返信がある。


「うん、待ってた」


 なにをどう書けばいいんだろう。ボクは言葉に詰まる。ボクたちにとっては長すぎる間が空いてしまう。


「ムーちゃん……? 」


「ごめんね、琴乃。昼間はボクが悪かった」


「ううん…… 」


 琴乃も言葉が見つからないのだろう。



 ボクは酔っている。素直にそう言って眠ろうか…… そんな気も起こる。だが、眠れない。


「琴乃…… 琴乃の気持ちを聞かせて欲しい」


 もう一度、彼女の真意を確認しておこう。そう思った。まだ、ボクのことだけが好きなのかどうか、それだけ言ってくれれば、もう寝てしまおう。


(ひとことだけ、たったひとことだけ言ってくれ…… ボクだけを愛していると言ってくれ…… )




「私の気持ちよりムーちゃんの気持ちを聞かせて。

 ショックだったの。ドライブを消されたこともそうだけど、ムーちゃんに言われたことがショックだった。私がムーちゃんを軽い存在にしてると思われてることがショックだった……

 本当にそう思ってるの? 」





 ボクは酔っている。

 酔った頭で文字を眺めている。




 たぶん、ボクはこの時に全てを諦めた気がする。

 これから、別れについて延々と話し合う、そんな予感がした。


 ボクたちのどちらもが、そのことに蓋をできなくなっている気がした。不都合な真実を暴き出さない限り、ボクたちは結局前にも進めず後ろにも下がれない。そして、その結論はボクにははっきりしていた。


(好きだと言ってくれればそれだけで良かったのに…… )


 ボクは酔っている。明らかに酔っている。だから…… もうたぶん、ボクは自分を止められない。





「GW前に話したことを憶えてる?」


「憶えてるよ。一切の連絡をしないでおこうという話でしょ?」


「うん。琴乃は反対したよね。我慢はするけど、できる限り時間を見つけるって言ってくれたよね」


「そうだよ。私の実家にいるときは、朝5時前に起きて散歩して電話したよ。夜中、家の人が寝静まるのを確認して、メッセージも送ったよ。ムーちゃんは優しく無理しなくていいからねって言ってくれたよ」


「そうだな。そう言ったよ。そんなのは嘘だけどね」


「…… ごめんね。強がってるとはわかってたけど、言葉に甘えた」


「いいんだよ。ボクがそう言うんだから。

 でも、家の人の実家に行くと、そこからはほとんど連絡なかったよね」


「…… できないの。したくてもその時間がないの」


「そう…… お正月はあったよね。お雑煮食べたとか、おせち食べたとか、そういうメッセージが届いた」


「…… あの時はスマホを触れたの。家族に何か言われても平気だったの……

 でも今回はできなかった。スマホを触ることができなかった……」


「琴乃の気持ちが変わったってことでしょ? 」


「違う…… 絶対に違う…… もう、上手に誤魔化すことができないと思ったの」


「違わないよ。ボクの存在が不都合なことに気づいて、蓋をしたんだよ」


「違う、違う、違う、絶対に違う…… ムーちゃんは特別な存在になったから、怖くて家族の前でスマホを見られなかったの! わかって…… ムーちゃん…… わかって」


「それなら、深夜、家の人が寝静まってからでもできたよね。でも、そうしなかった」


「…… 言葉に甘えた。ムーちゃんに甘えた。ムーちゃんが、GW中は無理しなくていいよって言ってくれたから、その言葉に甘えた…… ごめんなさい」


「ボクは試したんだよ。琴乃を試した。琴乃がボクと家の人とどっちを選ぶか試した。

 その結果、ボクを選ばなかったということだよね」


「でも、マンションに戻ってすぐにメッセージしたよ。真っ先に連絡した。早くしたくてしたくてどうしようもなかった。マンションに戻った時は、嬉しくて嬉しくて…… 本当だよ」



 ボクは酔っている。酔っていて、相手の言うことなど聞いてない。冷静な判断など、できるはずがないからこう思う。


(どうしてこの子は自分の言っていることの矛盾に気づかないのだろうか? )


(ひょっとして、彼女は頭が悪いのだろうか? それとも、この矛盾が矛盾なく成立してしまうほど身勝手な女なのだろうか? )




 ボクの酔った頭はどんどん残酷さを増す。



「…… じゃあいいよ。琴乃の今の正直な気持ちを聞かせてよ。それで納得するから」


 言葉と裏腹に、ボクは冷酷に琴乃の言葉を待っていた。どこかひとつでも矛盾があれば、斬って捨ててやる、そんな気持ちだった。





「誤解しないで聞いてね」


「うん」


「私ね、ずっと考えてた。ムーちゃんに頼りきりだって。このままじゃいけない、ムーちゃんに嫌われるって思って怖かった。だって、これまでちゃんとしてきた家のことも放りっぱなしだし、英語の勉強もしてない、エッセイも書いてない、仕事も休みがち…… もう…… 壊れてる…… 私、壊れていくのが怖い」


 おそらく、スマホの向こう側で泣いている琴乃がいるのだろう。だが、ボクには琴乃が言う怖さの向こう側にあることが知りたいのだ。


「うん…… 続けて」


 冷酷に聞いている。矛盾点だけを探そうと言葉を待ち受けている。



「これは、家の人の単身赴任が終わるって話を聞いたからでも、実家に帰省したからでも、そこで優しくされたからでもないの。もう前から、ムーちゃんと一緒にいると辛いの。愛しているから辛いの。どうしようもないの。何もできないの。ムーちゃんに本当に抱きしめて欲しかったの。腕の中で泣きたかったの。

 でも、できないんでしょ? ムーちゃんは私にしっかりして欲しいんだろうなって思ってた。だから、GW中に連絡しないで、って言ったんだと思った。ボクのことばかり考えてもダメだよ、と言ってる気がした。

 そしたらね、みんなが優しくしてくれて、あっちのお母さんが泣くの…… 私に寂しかったねって言って泣くの…… だから、この人たちのことは裏切っちゃいけないと思ったの。

 ムーちゃんのことが大好きで、ムーちゃんのことばかり考えてるのに、そういうことも思ってしまうの。

 ムーちゃん…… 私を…… 私を助けて…… 」



 ボクは酔っている。酔っているボクには、彼女の言葉は別れの言葉にしか聞こえない。



「…… わかったよ。楽になりたいんだよね。ボクも同じだよ」


「楽になりたいだけなの? 私はそうなの? 」


「ボクとのことに疲れたんでしょ? だから追いかけられない、そういうことでしょ? 」


「…… 好きなんだよ、ムーちゃんだけが好きなんだよ…… それを忘れないで」


「まだボクを縛るの? ボクを縛って、自分は離れていくんだね」


「違うよ。ドライブの思い出も全部消しちゃったけど、私は変わってないからそれを忘れないでって言ってるのに……」


「琴乃…… いいよもう。琴乃の中でもう決めてるんでしょ? 何を大切にするか」


「しっかりしたいの。ムーちゃんと出会う前のちゃんとした自分でいたいの」


「それでいいじゃないか。家の人も帰ってくるんだし。そこまではっきり言われたら、ボクも何も言えないよ」



 ボクは酔っている。酔っているから投げやりな自分でも平気な気がしてくる。


 急速に虚しくなっていく。もうどうでもいいや、なぜこんなことに全ての時間を費やしてきたのか、もう何もわからなくなってくる。



「誤解しないでね。ムーちゃんを愛しているんだよ。大切なんだよ。変なふうに思わないでね」


「結局最後に訳の分からないことを言い始めるんだね、琴乃は…… 」


「できるだけ、今までのようにやり取りしたい。して欲しい」


「家の人とうまくいかない現実を埋め合わせるためにボクにまだ傍にいろってことだね……

 琴乃…… 言ってることの残酷さに気づいてる?」



 ボクは酔っている。もう、湧き上がる感情を抑えるつもりもなくなった。


 キレそうになった…… スマホを壁に思い切り投げつけて、それでこの瞬間に終わりにしてやろうと思った。


「…… ごめんなさい。だけど正直な気持ちなの。そうでないと、私、何もできないの。ムーちゃんがいないと何もできないの……」







(やめた。もうこいつの相手はやめた…… )







「…… お前のことなんか、最初から好きでも何でもないよ」




 ボクはこうとでも書くしかなかった。もう、ダメだ…… 失った。すべて失った。この6か月間、ボクが全ての時間を費やしてきたことが、泡のごとく消え去るのを目の当たりにするようだった。


 ボクは酔っぱらっている…… それからのことはもう覚えていない。

読んでくださってありがとうございました。

いかがでしたでしょうか?


ご意見ご感想お聞かせいただくと嬉しいです。


次回はこの会話が、琴乃にはどう見えていたかを描きます。

引き続きお読みいただけると幸せです。よろしくお願いします。

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