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25.喪失

【前回のあらすじ】


繁華街の真ん中で突然別れを切り出された琴乃。前夜の穏やかなやり取りの記憶が新しいだけにショックを隠せない。

これまで、ふたりで大切に積み重ねてきた思い出の数々を一瞬にして消去されてしまって茫然とする琴乃。彼の激情に怖さを感じ始める。

 真っ白になったドライブを眺めていた。


(消してしまった…… はは……)


 渇いた笑いが込み上げた。あまりにあっけない結末に、しばらく声も出なかった。


(これでいい…… ようやく終わる…… これでいい…… はは)


 これでいいと口に出すことで、自分を正当化しようとしている。間違った判断ではない、正気を失った挙句の衝動ではないと思い込もうとしている。


(これでいい…… こうしたかったんだから…… もうずっと前からこうしたかった……)


 もうこれで苦しむこともない、もう琴乃の呪縛に囚われることもない、もう嫌な自分を見ることもない、もう何もない、もういい、もう終わりでいい、もう何もいらない、もう放してくれ、もう考えたくもない……


 スマホを耳に押し当てたまま、窓の外を眺めた。空虚で色のない、安っぽくてくすんだ隣の外壁が、いつも通り視線を塞いだ。どうせ何も見えてない。くすんでいようが、視線を遮ろうが、どうせ何も見えていない。ボクにはもう何もかも関係がない。すべてが無に帰した。それだけだ。それ以上でもそれ以下でもない……


 スマホの向こうから、すすり泣く声が聞こえる。


(琴乃…… なぜキミはスマホから離れない?)


 ボクは自分が打ちのめしてしまった相手のことを思いやる気力も思いやりも優しさも失くしていた。




 そこへLineで後輩から連絡が入る。これからそっちへ行くけど都合はどうだという連絡だった。


(良かった…… こいつと酒でも飲もう…… でなきゃどうなるかわからない……)


 渡りに船のような事態に、少し落ち着いた。結局、ボクは一瞬の孤独にも耐えられない男なのだ。

 酒でも飲むかと返信した。




 琴乃はまだすすり泣いている。


「琴乃…… 勝手に消して悪かった……」


「…… ムーちゃん」


 声にならないようだった。ようやく琴乃のことが気になり始める。


「こんなボクをまだ追いかけてくれるの? 優しくもなく、思いやりの欠片もないのに……」


「……ムーちゃん、ごめんなさい…… 私は、私は……」


「ボクが悪かった。あれはボクだけのものじゃなかったね……」


「うん…… 私の宝物だったんだよ……」


 愛しかった。ボクはこの時初めて、ボクと会えない時の彼女を想像した。ボクとメッセージしない時、ボクが突き放した時、彼女はそこに書き残されたボクの気配を見て、自分を慰めていたのだろう。数々の写真を見て、ボクとの会話を思い起こしていたのだろう。それをボクはすべて勝手に捨て去ってしまった。彼女の了解もなく…… 

 そんな権利がどこにあったのだろう、そう気づくと、ボクは自分の罪の重さに耐えきれなくなった。


「琴乃…… ボクはどうかしている。少し頭を冷やして考えたい。これから人にも会う。夜、もう一度メッセージできるかな?」


「うん…… 待ってる。何時まででも待ってる」


「もう一度考えてみる。ファイルを捨てたことは謝る。ごめん、ボクが悪かった」


「ムーちゃん…… 私もいけなかった。私も考えてみたい。いい?」


「うん、どうできるかわからないけど、考えてみる……

 琴乃…… ボクを許せる?」


「うん…… 許せると思う。

 私のことをわかってくれる?」


「…… うん…… そうだね」


 そこで一旦電話を切った。後輩が思いもよらずすぐにやってきたからだ。

 ただ、ボクの心は塞がっていた。鉛でできた重いドアのように、とても明るく全開できる感じがしなかった。きっとこれで終わる、もう彼女の心は取り戻せない、きっと彼女もボクのことを諦めたはず、もう終わろうと思ったに違いない、もう終わりだ、仕方ない、ボクが蒔いた種だ、受け入れよう、全てを受け入れよう…… そう思った。



 

「どうした?」


 突然の来訪に、ボクは驚きながらも、とてもひとりきりで部屋にじっとしていることもできなかっただろうから、ちょうどいいタイミングで話し相手ができたことに内心はホッとしていた。


 彼はボクより10歳近く年下だが、彼が新人の時、先輩社員として面倒を見てからずっと可愛がっている唯一の後輩だった。


「出張ですよ。連休の最中に呼び出されました」


「そうか。ご苦労さん。で、今どこだ?」


「OBPにいます。去年、異動しました」


「そうだったか。すまん、忘れてた」


(大阪か…… 偶然だよな)


「どうしたんですか、昼間から酒飲もうなんて」


「どうもしないよ。オレは昔から休日は昼間からビールだよ」


 冷蔵庫からビールを取り出して、乾杯した。なんに乾杯すればよかっただろう……


「あ〜、思い出した! バーベキューやると飲んでましたよね、確かに手伝いもせず、ひとりで、アハハ」


「つまらんことをいつまでも言うな」


 しばらく昔の話をした。

 ボクは昔話しかしない同窓会だの同期の集まりだのは面倒で顔を出すことはないが、こいつとだけは昔を懐かしむことができる。今日はこのまま夜になるまで昔話をしてもいいかという気分ではあった。


「ところでどのあたりに住んでるんだ?」


 話の流れでついつい聞いてしまう。


「高槻です。わかります?」


 中学生の地理の程度の知識はある。


「ん~っと、大阪と京都の間?」


「そうですそうです。あっち詳しいんですか?」


「いや、一度も住んだことない。帰省の途中で気まぐれに神戸あたりで途中下車するくらいのものかな。

 大阪ってさ、意外に中心部から近いところに住んでるんだって?」


 ボクは琴乃から聞いた話を受け売りにして話をしていた。


「東京に比べるとそうかもしれませんね。高槻で単身赴任中って言うと、なんでそんな遠くに住んでんの? って顔で見られますね。移動するには都合がいいんで高槻にいるんですけど、あっちの常識だと中心部に通うには遠すぎるって感じですよ」


「へぇ、じゃあ御堂筋線とかは便利なのかな?」


「人気のエリアじゃないですか? でもなんでです? 先輩の口から御堂筋線なんてピンポイントのエリアが出ると、なんか気になるなあ」


 彼は人をからかうような顔でボクを覗き込んだ。


「つい最近、転勤してきた奴の話を聞いてたからだよ。あの辺は大阪弁使わない人間も多いらしいじゃないか?」


「そうですよ、梅田なんて、大阪の気配ないですからね。東京と同じですよ。それこそ全く同じ。関東の人間はみんな大阪というとコテコテの南の方をイメージするから、最初来るとびっくりしますよね」


「そうなんだ。そいつ、もともと大阪人ではないらしんだけど、大阪が長かったらしいのに大阪弁が全然喋れないっていうから、そんなことあるのかなって不思議に思ってたんだよね。そうなんだ……、違うんだ、梅田のあたりって」


 ボクは琴乃のとの会話を思い出しながらしゃべっていた。彼女が確かそんなことを言っていた気がする。


「ええ違いますね。ボクもまだ一年ですけど、全く違和感ないですよ。ちょっと寂しいくらいかな」


「高槻って何線?」


「JRと阪急ですね」


「阪急? 京都線?」


「よく知ってますね」


「つい最近聞いたばかり。御堂筋線のどこかで阪急線に乗り換えて京都に行くって言ってたから」


「…… それ誰ですか? 転勤してきたの誰でしたっけ?」


 同じ会社で大阪方面から転勤してきたなんて話はどうせ嘘だとバレる。


「えっ…… 実は新しい彼女」


「マジっすか! ……」


 善良な後輩は大袈裟に驚く。


「なわけないだろ、謹慎中の身の上で」


「そうですよね。謹慎中じゃなきゃこんなとこ住まないですよね、ハハハ」


 そう言いながら、後輩は無遠慮に部屋を見渡した。


「お前…… 殺す、アハハ……」


 彼がもっと聞きたがったら、この日のボクなら洗いざらい話してしまっていただろう。そういうことができる人間なら、ボクはもっと気楽に生きられたのかもしれない。だが、ボクなんかのことに、一体誰が興味を持つだろうかと諦めてしまうのだ。聞きたがりもしない相手にだらだら自分のことを話す、それは高慢ちきなボクのプライドが許さなかった。


 彼は7時頃帰って行った。ボクはまたひとりになった。彼と話している時、ボクは見知らぬ大阪のことを幾度も訪問した気になって話をした。そうだ、以前、斑鳩をえらく気に入って、日帰りで何度か旅行したことがあった。伊丹から中心部を抜けて近鉄奈良線に乗り換える途中、きっと梅田辺りも通ってるはずだ。その頃は存在を知る由もない彼女が、ボクの傍をすれ違っていたかもしれないと思うと、なぜ、彼女との奇跡的な出会いを無に帰すような真似をしてしまったのか、ボクは途方に暮れた。


 後輩といる間忘れていた胸の塞がりを、再び強く感じた。

読んでくださってありがとうございました。

いかがでしたでしょうか?


ご意見ご感想お聞かせいただくと嬉しいです。


次回は突然の別れを切り出され、ようやくマンションに戻った琴乃の揺れる気持ちを描きます。

引き続きお読みいただけると幸せです。よろしくお願いします。

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